『天皇・祭祀・維新』
 昭和天皇の御崩御、社会主義圏の崩壊、アメリカによる日本バッシング、そして 今上陛下の御即位。今よりも国内外の情勢が激動を極めた平成二年に、この本は出版された。しかも出版元が当時、反共運動急先鋒で、今は無き全貌社というところが時代を偲ばせる。

 著者の四宮正貴氏は国体と皇室に関しては、民族派陣営随一の碩学であり、当時の大嘗祭をめぐる政府と国内の動きに関して鋭い筆致で批評を加えている。平成元年は大嘗祭と即位の大典に関する記述が多いながらも、神代から始まる皇室の祭祀と、それに根ざした維新のありかたを綴った一編は一読の価値が大きいだろう。以下に少し紹介しよう。

 先般、大変議論された皇室典範の問題では、血統による万世一系ということが盛んに言われた。しかし、この書中で四宮氏は次の様に書いている。

「日本天皇の御位の事を、天津日継(あまつひつぎ)と申し上げる。日の神たる天照大神の霊統をお継ぎになる事を言ふ。『日継』は、天皇のお位、もしくは、皇位の継承者を意味し、『日』は『日の神の御神霊』の意である。」(21頁)

 血筋による万世一系も尊い。しかし、天皇が天皇であらせられ、至尊の御存在である理由は、この霊統による継承が脈々と万世一系として続いて来たところにある事を忘れてはなるまい。

 そして、その霊統の継承は、即位にあたって行われる、大嘗祭でなされる。

「大嘗祭はわが国の純粋なる伝統を保持してゐる新帝即位に際しての祭祀である。
 とくに重要なのは、天皇が大嘗祭に於いて神とともに新穀を食されると云ふ事である。これは天皇が、神と一体となられると云ふ事なのである。
 天皇は、この大嘗祭において、国土の魂と一体となられると共に、天の神とも一体となられるのである。ここに、天皇の神聖性、現御神(あきつみかみ)としての御本質が発現する」(48頁)

 ここで言う「神」とは決して、西洋でいうところのGodではない。日本古来から存する神の概念であり、本居宣長も論じているような神だ。 「五穀の豊穣、国民の幸福を祈る為に行はれるのが、<天皇の祭祀>である。従って、祭りが行はれると云ふ事は、日本国と日本国民の共通の心、希望、祈りがそこに集約されると云ふ事である。<天皇の祭祀>は、国家国民の全体意思を形成し発現する行事である。」(93頁)

 祈る。誰しも自分のためや、自分の大切な人のために、多かれ少なかれ、祈ったことがあるはずだ。しかし、天皇陛下は我々日本人が土器をこねていたり、国内の戦乱にあけくれていた昔も、金儲けと享楽にふけっている現代でも、無私の御心で変わられずに国民の幸福を祈っておられる。

 その事実を、我々日本国民が日々の忙しい生活の中で、少しでも思いをいたせば、この国は少しは良くなるような気がする。

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by shikisima594 | 2006-04-10 17:37 | 読書録
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