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4月14日、皇国史観研究会定例勉強会
 4月14日、皇国史観研究会の今年度はじめての定例勉強会が国士舘大学世田谷校舎でありました。新入会員達も参加してのものであったので、まず会長より皇国史観研究会の歴史と、その母体となった国士舘大学の建学について話がありました。以下、会長の話の要旨を掲載します。

 「新入生の諸君、皇国史観研究会に入会してくださり、会の代表としてお礼を申します。さて、ではこの皇国史観研究会とどんな活動をするクラブなのか、というのが気にかかるところかと思いますが、僕自身この質問に答えるのが一番苦手なんだな。

 野球部に何しているの?と聞く者はいません。そりゃ野球やっているに決まってますからね。でも皇国史観研究会だ。得体が知れない、恐い!と思う人も大勢いるでしょう。そんな中で入会を決断された諸君の度胸に敬意を表します(笑)

 皇国史観研究会は、何をしているのかと言いますと、毎週金曜日にここで勉強会を開いて会員相互の日本人としての研鑽を行うのを主な活動としています。で、活動自体もみんながやりたいと思ったことが出来ますし、いままで経験したことのないことが出来ます。僕は大学一年の時に皇国史観研究会に入ってから送った日々は、それまでの十八年の人生よりも濃密で充実していました。それだけは断言できます。

 国士舘大学世田谷校舎の隣には松陰神社が建っていますが、ここには幕末の英傑吉田松陰先生が祀られています。吉田松陰先生は今の山口県萩市で松下村塾を開いていました。ここから、木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文といった維新の志士たちが巣立っていくわけです。ところがこの松下村塾は三年ほどしか開講していなかったんですね。

 だとするならば吉田松陰先生の桁外れの見識と熱意、そしてそこに集う志士たちの志がどれほどのものであったかが伺いしれるでしょう。この松下村塾に習い、大正の松下村塾たらんとして国士舘大学は建学されました。その影響力からも吉田松陰先生の凄さがわかるかと思います。

 で、その吉田松陰先生は若いときに尊皇を説く水戸藩の水戸学に触れて、『身、皇国に生まれ、皇国の皇国たる所以を知らず、何を以てか天地に立たん』と言われたんだ。自分は受け難き命を日本に受けた。それなのに今までの自分は日本が日本である理由を知らなかった。そんな俺が日本で生きていていいのか!?という感慨だね。

 この松陰の言う『皇国の皇国たる所以』を研究して活動していくことが、いまのような状況に陥った日本には必要であるし、それこそが国士舘の建学の精神を具現化する道だと僕は思うんだね。まぁ、堅い話になったけど、面白おかしく、楽しくやって下さい。」

 その後、みんなで自衛隊のイラクからの撤退問題と対米独立の視点についての議論が行われました。新一年生からは「今の日本はアメリカのチェスの駒だ」「自分は日米友好は大切だと思うが、今の日本はあまりにもアメリカに従属し過ぎているから、これを改める努力をすべき」との意見が出され、活発な意見交換が行われました。

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by shikisima594 | 2006-04-15 17:42 | 活動報告
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