『五分後の世界』
f0018981_1272185.jpg


 昭和二十年八月十四日。広島・長崎への原爆投下、ソ連の火事場泥棒的対日参戦を受けて、ポツダム宣言の受諾をめぐって御前会議が皇居の地下で行われた。降伏を主張する者と、本土決戦を主張する者とで会議は割れ、鈴木貫太郎総理大臣は、昭和天皇の御叡慮を仰いだ。これは異例中の異例だ。そこで、昭和天皇は終戦の御聖断を下された事は余りにも有名だ。

 もしも、この御聖断がなければ日本はどうなっていたか。歴史は色々と仮定してみると面白いものだ。その“もしも”を描いたのが、この村上龍の『五分後の世界』だ。

 長野県松代市に松代大本営という地下壕がある。皇国史観研究会の平成十六年度合宿で訪れた。小さな入り口から入ると、広大な地下壕が広がっている。新宿駅の地下街ぐらいはあるだろうか。ここに政府機関と各省庁、NHK、皇居が入る予定だったというのだから想像を絶する計画だ。

f0018981_153199.jpg


 『五分後の世界』では、昭和天皇の御聖断による終戦がなく、日本人が皆、地下に潜って人口三十万人程度となりながら、アメリカやソ連に徹底抗戦を貫いている。日本人、持ち前の知恵が生み出した科学力と技術力、そして誇りに基づいた闘志で戦っている。松代大本営の地下壕を石原莞爾の指揮の下で拡大し、列島をさながら蟻の巣のようにして戦争を継続しているのだ。

 その、もう一つの日本に、一人の男が五分前の世界、すなわち我々が生きている世界から迷い込む。そして彼は、もう一つの日本である五分後の世界を経験することになる。終戦と占領を経験し、民族の誇りを喪失した日本に生まれ育った彼はそこで何を感じ、最後に何を選ぶのか、とても面白い構成だ。僕には、この『五分後の世界』は村上龍氏の現代日本への痛烈な皮肉に読めた。

 むろん、これは小説であり、小説として十分に楽しめる。息をつかせぬ戦闘シーンや五分後の日本がたどった歴史の話、地下都市の描写など、面白くて一気に読んでしまった。しかし、この『五分後の世界』は、ただ単に娯楽小説ではなく、日本の戦後、もう一つの日本という可能性について深く考えさせられる作品となっている。

 全く別のパラレルワールドが舞台であるにも関わらず、読んでいて、まるで自分がそこにいるかのように物語の中に入って行ける。最後まで読み終えて、自分の時計の針を五分進めるか、進めないか考えてほしい。


応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-06-02 02:13 | 読書録
<< 日本の国家制度と主体性 最終回... 日の丸を持って悪いのか!? >>