今年の回想(後編)
さて、いよいよ今年も残すところ一日と半分を切りました。今日で今年の回想も最後です。十月から十二月は何かと行事も多いので、その中から選んで掲載いたしました。
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十月二十三日、靖国神社参集殿で、首都圏学生文化会議主催の「第22回大東亜戦争戦没学徒慰霊祭」が行われました。この慰霊祭には二年前より、私たち皇国史観研究会も参列させていただいております。
慰霊祭の第一部は、最初に中央大学三年生で首都圏学生文化会議の議長が挨拶を行い、次いで大東亜戦争に関する多数の著書がある、講師の名越二荒之助先生(高千穂商科大学前教授)が「世界から見た戦歿学徒の心」と題してスライドを用いた記念講演を行われました。やはり、名越先生の講演は噂通りの面白く、聞く人を惹き付けるものがあります。
第二部は慰霊祭として、参列者全員で昇殿参拝し、献歌と祭文を奏上し、厳かに行われました。



十一月二日から三日にかけて、国士舘大学世田谷校舎で毎年恒例の楓門祭が開催され、私たち皇国史観研究会は、戦後60年にちなんで、また先の大東亜戦争の意義を顕彰し、現在の我が国を覆っている自虐史観を払拭するために「大東亜戦争の真実ー世界を変えたサムライの力ー」と銘打った展示を行いました。
世界の有名人や、支那・朝鮮以外のアジアの人々が大東亜戦争をどのように評価しているか、アメリカがどのように日本を追い込み、非道なことをしたか、国難にあたって当時の若者はどう行動したか、大東亜共栄圏の理想とは何か、大東亜戦争が世界をどのように変えたか、各戦地の具体的な内実、それらを写真を含めて解説し展示しました。大東亜戦争の意義とは今更いうまでもなく、日本の自存自衛とアジア諸国を欧米列強から解放するための聖戦でした。
二日間で約300人もの方々の御来場と、熱い感想をいただきました。上の写真は当日の看板と動く看板君です。そして下の写真が当日の展示の模様です。
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十一月十八日、なかのZEROホールで「 皇室典範改悪阻止『草莽崛起』国民大会」が開催され、皇国史観研究会も参加して来ました。会場の大ホールは立ち見も出るほどの人の入りで、いかにこの問題が重要であるかを改めて感じました。
大会では、五十音順に井尻千男氏、伊藤哲夫氏、伊藤玲子氏、遠藤浩一氏、小田村四郎氏、加瀬英明氏、河内屋蒼湖堂氏、小堀桂一郎氏、名越二荒之助氏、西尾幹ニ氏、西村幸祐氏、平田文昭氏、宮崎正弘氏、三輪和雄氏、百地章氏の各先生方が登壇し、意見表明をされ、最後に参加者全員で 天皇陛下万歳を三唱しました。
今、愚者供の拙速な議論により 皇室典範を改正し、伝統を無視して 女系天皇を定められるようにし、我が国の根幹である国体が瓦解させられようとしています。私たち日本人は何としてもこの動きを阻止しなければなりません。また、来年も皇国史観研究会は、「國體死守」のため皇室典範改悪絶対阻止闘争を展開して参りたいと思います。
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十一月二十五日、九段会館で三十五回目の三島由紀夫追悼集会「憂国忌」があり、私たちは警備として参加して来ました。三島・森田両烈士は今から三十五年前の十一月二十五日に市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に楯の会の学生達と篭城し、憲法改正を訴えて割腹自決されました。毎年、この日に両烈士を顕彰し遺志を継承しようと大勢の人が集って来られます。
今年は大ホールを借り切って、神事により三島由紀夫烈士と森田必勝烈士の御霊を降ろす、五年に一度の儀式が執り行われました。写真は霊前に言葉を捧げられる小田村四郎氏(拓殖大学前総長)です。
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十二月三日、靖国神社でNPO法人磐南総合研究会による「出陣学徒慰霊祭」が行われました。第一部は靖国会館で始まり、まず、磐南総合研究会代表で早稲田大学四年の岩田温氏が挨拶し、続いて三名の学生による学生意見表明が行われ、皇国史観研究会の代表も意見表明をしました(写真)。次に十名の識者の先生方によるリレートークがあり、大いに盛り上がりました。
第二部は昇殿参拝し、祭文と献歌を奏上して慰霊祭を執り行いました。今回の慰霊祭は各大学から大勢の学生が参加し、先の大戦に赴かれて行った先輩学徒達の遺志をしっかりと継承して日本を護っていくことを誓いました。

以下、代表の意見表明全文

「本日は、皆様に於かれましては、御多忙の中にも関わらず、出陣学徒慰霊祭に御参列下さり、有り難う御座居ます。

 我々の先輩方が、学び舎を出て、我国の歴史上最大の国難であった大東亜戦争に赴かれ、その大東亜戦争が終結し、六十年が経ち、戦後という時代も人間で言えば還暦を迎えました。還暦とは「ゼロ」に戻るわけであります。そして、早いもので、新たな次の時代に向けて、今年も終わろうとしております。

 私はいつも靖国神社に参り、遊就館に展示されて居る遺書や、『英霊の言乃葉』などを読んで居りますと、先の大東亜戦争に勇躍出陣された学徒兵をはじめとする英霊達が、如何にこの国を愛し、この国の事を想われていたかを痛感致します。そのような素晴らしい先輩方のおかげで築かれた戦後という平和な時代に私は生を受け、先輩方とは対照的に惰眠を貪る日々を送って居ります。先輩方が遺書に綴られた思いを知りながらも、それを体現することの出来ない自分が居ます。

 そうした先輩方の遺書を拝していて気付いた事なのですが、その遺書の多くには、「七生滅賊」ないしは「七生報国」と綴られて居ります。この「七生」というのは、元の意味は、仏教の言葉で、七度生まれ変わるという意味です。

 この言葉を使った人物の、古く有名なところでは、後醍醐天皇に仕え、忠義を尽し、湊川で壮烈な最期を遂げられた大楠公、楠木正成や、維新の志士を数多く輩出し、安政の大獄に散った吉田松陰先生、また新しい所では、三十五年前に市ヶ谷で割腹自決された三島由紀夫氏が挙げられます。

 私は、靖国神社本殿の大鏡を拝して、この「七生」という言葉を考えていて思ったことなのですが、大楠公、松陰先生の肉体は亡んだけれども、その魂は亡ばなかったのではないか、後世の者が、先人の偉業を忘れず、その精神を継承する時、先人の魂は正にその人の胸に蘇るのではないかと思ったのです。そして、そのように先人達の魂が絶える事なく脈々と続いて来たのが、じつに我国の歴史であったと思います。

 つまり、その魂は未曾有の国難であった大東亜戦争に於いては数千数万の現身の体を借りて現れたのではないかと思うのです。そして彼らは、かつて、大楠公が湊川に赴かれたように、「あとに続くを信ず」の言葉と共に「七生」の二文字を遺して、決然と海原のはるけき果ての戦場に発って行かれました。彼らは実に、連綿とした日本の歴史の中に自らを一体化させて戦場に発っていかれたように思えます。

 そしてまた、大東亜戦争を戦われた学徒兵をはじめとする、数多の英霊を決して忘れようとせず、その精神を継承して行こうとする人々が本日は、このように大勢ご参集くださいました。かの大楠公をして「正成一人」と言われました。皆様方の眼を見て居りますと、今の日本は絶対に大丈夫だとの思いを強く致します。

 近年では、どこぞの売国奴が、靖国に祀られた英霊の事を「心ならずも戦地に赴いた方々…」と言って追悼ゴッコをして居りますが、そのようなことは英霊の遺書を拝するに、あまりに失礼な戯言であります。私達日本人が、本当の意味で英霊を慰霊する事とは何かを考えて参りましょう。

 我々、次の時代を担う学生に課せられた使命とは、英霊の精神を次の時代へと継承して行く事。すなわち、彼らの魂を「七生」のみならず、永遠に日本人と共に存在し続けるようにして行く事が本当の意味での慰霊でなければならないのではないでしょうか。

 そして、そのために我々は、英霊の精神を継承するに足りる人格を絶え間なく磨いて行くことこそが、最大の課題であると思います。
 我国の歴史を鮮烈に駆け抜け、未だ我々を見守って下さっている数多の英霊に遠く及ばない、だらし無く情けない私ではありますが、必ずや英霊の精神を心に宿した日本人となるべく日々精進して行くことを、靖国の社に鎮まります英霊にお誓い申し上げまして私の意見表明に代えたいと思います。
 拙い話しでありましたが、御静聴ありがとうございました。」
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by shikisima594 | 2005-12-30 17:35 | 活動報告
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