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6月9日皇国史観研究会定例勉強会
 六月九日世田谷学舎に於いて、皇国史観研究会の定例勉強会が開かれました。
今までにも度々記事に取り上げてきた平泉澄『物語日本史』(講談社学術文庫平成十二年)の中でも、今回は上巻中心に取り上げました。その上巻を予め全員が読み、その中で印象に残った事・考えた事を自由に発表しました。
 以下簡単に御紹介致します。


 会員の中で印象に残った章として「皇紀」が挙げられた。「皇紀」とは神武天皇が御即位された年を元年として数えられている。以前にも記事に挙げたが、論文に皇紀を使用したところ教授より「皇紀は非科学的だ。西暦を使え」と迫られた会員がいた。ところが非科学的という意味に於いては西暦もさして変わらず、今や西暦も実際にはずれが生じている事は有名な事である。それを皇紀ばかり責めるのはお門違いである。ひたすらに「科学のみ」を追求するのは私達の存在意義の消滅を主張するも同然なのである。
 平泉先生はこの皇紀成立を讖緯の学をもって説明されている。この暦を明治維新後も伝えてきた所に「我々の紀元はこれである」という日本人の精神と信仰を伺う事がであるのである。

 次に神代を取り上げる。何故『物語日本史』は神代の時代から記述されているのであろうか。そもそも日本の歴史とは日本という国が形成される過程である。それは即ち日本民族の歴史でもあって、その概念が形成される元となったのはどこかと問うた時、日本の神代は欠くべからざる時代になる訳である。

 これは中巻の章になるが、『物語日本史』に於いて江戸時代の記述はその時代に登場した思想家中心である。これは明治維新に向けての思想形成の流れを描こうとしていたからではないか、という意見が出た。そしてその思想が明治維新に留まらず、それまで日本に輸入されていた仏教・儒教という概念がどの様に日本的に純化され日本人の思想体系になっていったかという描写にも捉える事が出来る訳である。また万葉集の章にも注目した。万葉集とは「万(よろず)」の「(言の)葉」の「集(まり)」という意味である。つまり貴賎・老若男女わけ隔てなく、先人が詠まれた歌を集めている訳である。小学校も中学校も無かった時代でも、先人は和歌の一つは直ぐに詠めた事が改めて注目される。
 また、万葉集という文学を通して先人の心を直に読み感じる事が出来る事を私達は感謝しなければならないだろう。

 国士舘大学が主催する皇居勤労奉仕に於いても、参加者は和歌を詠む事になっている。現代に生きる私達も歌を詠む事で日本の立派な伝統に触れる事が出来る事を忘れてはならない。

 本書が『少年日本史』として時事通信社より出版された昭和四十五年は、奇しくも三島由紀夫烈士が割腹自決された年でもあった。三島由紀夫と平泉澄。その表現方法は違えども、国を憂える志士達の激情は源泉を同じうしている様に思えてならない。

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by shikisima594 | 2006-06-11 00:12 | 活動報告
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