日経の闇を突く! 第六弾 消された会談
f0018981_037717.jpg 日記を書いている人や、ブログで自分の日々あったことを書いている人ならば分かると思うが、本当に嫌な事や思い出したくもないことがあれば、日記に書かない事がある。

 また、不特定多数の人の目につくブログやホームページに何でもかんでも身の回りの事を書くわけには行かない。親中売国奴の山崎拓センセイが「今日は愛人と会って云々」と自分のブログに書くわけが無い。

 社会的地位の高い人が、自分のブログに「不倫した」「ヤクザと会って飯を食った」「大企業から袖の下をもらった」などと書かない。そんなの当たり前だ。でも、書かない事こそ重大な情報である事を忘れてはいけない。事実としてあったのに、当人が書かない事のなかに大きな意味が込められているという事が往々にしてある。

 書かない事と実際に発生した問題との関係性を考えてみれば、新たな事実が推測できる場合もある。例えば、ある政治家がとあるパーティーに出席していた。自分もそのパーティーに出席して、その政治家を見た。ところが、その政治家は自分のブログにそのパーティーの事を記していない。

 それはつまり、そのパーティーの主催者とその政治家の間に追及されたくない関係があるか、主催者か参加者のいずれかが社会的に認められていない、いわゆる“アウトロー”とされる人々であり、それらとの関係を知られたくないからだ。

 さて、前置きが長ったらしくなったが、本題に入ろう。本連載第一弾でも書いたが、今年の4月13日に日本経済新聞社の杉田亮毅社長と中国の国務委員である唐家旋が会談している。この席で次のようなやりとりがあった。


唐「われわれは『日本経済新聞』はじめ日本のメディアが現在の中日関係と中国の対日政策を日本国民が正しく認識するよう導き、中日関係の改善と発展のために積極的かつ建設的役割を果たすよう期待している。」


杉田「日中関係は現在、重要な時期にあり、日本経済新聞は両国民の理解増進、日中関係の改善のため積極的に努力したい」



 このやりとりは中華人民共和国駐日本大使館のサイトで確認できる。この他にも人民日報をはじめ、中国系メディアがこの会談を報じている。

 しかも会談した場所が北京の釣魚台国賓館だ。我が国の天皇皇后両陛下、米国大統領など世界の国家元首も泊まる、まさに名の通り国賓を接遇するところだ。しかも、物価が激安の中国にして、スイートルームの一泊が3998ドル(日本円にして45万円ぐらい)というから驚きだ。

 そこで日経の杉田社長は中国の唐家旋と会談したのだ。まさに国賓級の扱いといっていいだろう。とても個人ではこうはいかない。ちなみに5年前、総理大臣の靖国神社参拝を「やめなさいと厳命」した時、唐は外交部長だったが、いまは出世して国務委員になっている。

 中国共産党と中国の政治体制の序列で見れば、国家主席、総理、副総理、国務委員と来るからどの程度の人物かは分かるだろう。それほどの地位にある者と会談してきたのだから大ニュースだ。

 ところが、日経の過去の記事を探しても、この会談が掲載されていない。ネット上でこの会談が話題に上っているところもあるが、それは全て中国メディアがソース(情報源)だった。肝心の日経がこの会談を報じていないのだ。

 確認するため、図書館に行き、「日本経済新聞縮刷版2006年4月」を調べてみた。13日、14日、15日、と会談のあとの日もしばらく調べてみたが載っていない。巻末の記事検索で調べたがやはり載っていない。これはどういうことか。以下に理由を推理してみた。断っておくが、これは妄想じみた推測だ。

 中国大使館の報道では唐が杉田社長に、日本国民の認識を正しく導くように、と言っている。他の中国系メディアもニュアンスの多少の違いはあるが、同様の記事を書いている。おそらく、この部分が日本に伝われば批判されると日経は思ったのだろう。だから、この会談を無かったかのようにしているのだ。

 そして、この会談か訪中の期間に「日本国民の認識を正しく導くための手段」が話し合われたのではないか。朝日新聞の「AERA」が、日経が「富田メモ」を入手したのは去年の9月と報じたところ、日経は真っ先に7月27日付の朝刊で「富田メモ 『アエラ』記事訂正 本社が申し入れ」と題した記事を載せ、「実際に日経が富田メモを入手したのは今年五月。」と書いた。

 「AERA」の記事に限らず、他にも日経の「富田メモ」報道に多くの疑惑が寄せられていた中で、なぜこのメモを入手した時期にだけムキになって反論したのか。「去年の秋」に入手していたのと、「今年の5月」に入手していたのでは何が違うのか。

 どちらにせよ「富田メモ」を入手した時に報じず、報道まで時間がかかっている点では変わりない。しかし、唯一大きな相違だと思われるのは、この日経が報じなかった「杉田社長と唐国務委員会談」だ。この会談があったのが今年4月13日。

 5月にメモを入手していたのならば、この会談の際に杉田社長は「富田メモ」を知らなかった事になるが、去年の秋に入手していたのならば会談の際に「富田メモ」を知っていた可能性が強い。これは何を意味するのか。

 それはつまり、会談の席で杉田社長以下日経幹部達と唐家旋以下中国共産党幹部達の間で「富田メモ」を用いて「日本国民の認識を正しく導くため」の謀議がもたれた可能性があるということだ。またしても唐家旋から色々と“厳命”されたか、谷垣センセイみたいに色仕掛けの罠に掛かったかは知る由もないが。

 こちらの徒然なるままに@甲斐田新町によれば、独立総合研究所の青山繁晴氏が「このメモを日経は、去年の年末には手に入れてた。其処から表に出すまでには八ヶ月あった。」と話していた事を紹介している。これを読む限りでは日経の社員の証言のようだ。

 ところがどうして、日経はメモの入手について、自らが報じなかった4月13日、杉田社長と唐国務委員の会談後である5月としたがるのだろうか。これは、この会談で何かがあったと見るのは自分の考え過ぎだろうか。とにかく、日経がこの会談になんらかの“疚しさ”を感じているのは間違いないと思う。

文責:日経追及班

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by shikisima594 | 2006-08-02 01:45 | 随想・雑記
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