日経の闇を突く! 第八弾 新潮の報道、日経の言い訳
f0018981_12394463.gif 「『昭和天皇』富田メモは『世紀の大誤報』か」という特集記事を掲載した週刊新潮が昨日発売された。書いてある事自体は、ネットのブログや掲示板で、今回の富田メモを追跡していた人にとって、ほとんど目新しい事はなかった。

 しかし、これが電車の中吊りとなり、書店に並び、今までネットでの議論や推理を見てこなかった多くの人々にとっては、7月20日に続く、第二の衝撃になったのではないだろうか。そうした意味で、今回の週刊新潮の特集記事は画期的であった。詳しくは週刊新潮をごらんいただきたい。内容は徳川侍従長の発言であった可能性が高いのではないか、というものだ。

 「新聞でメモを見た時は、父の言っていたのと同じだなあ、と思いました。父は、家では役所の話はあまりしませんでしたがね」と語るのは徳川侍従長の長男である義眞氏。とまぁ、こんな感じで週刊新潮ならではの面白く、分かり易い構成になっている。

 メモをどのように検証したのかと問われた、日経新聞社長室は週刊新潮に次のようにコメントしている。「富田メモは今年5月に入手したものです。日記が10冊と手帳が二十数冊です。すべてに目を通して点検し、歴史家などの意見も聞いて、検証を加えた上で報道しました。報道した発言が昭和天皇以外の方のものであることはあり得ません」

 しかも、この記事の中には驚くべき証言がある。それは肝心のこの富田メモを検証したとされる東京大学先端科学技術センターの御厨貴教授だ。
私は、公開されたあの部分のメモしか見ていません。徳川さんの発言ではないか、という人がいることも承知していますが、それも憶測の上に憶測を重ねるだけです。本来、全部出して検証するのが歴史学ですが、それを日経はやる気がありませんね。」

 こいつは本当に歴史学をやる教授なのか。メモを一枚しか見ていない状態で、あれは昭和天皇のものと断じたとヌケヌケと言っているのだ。徳川侍従長説が憶測だというが、そもそも御厨教授が、富田メモの「私」を昭和天皇と断じた事こそ憶測ではないか。

 学者にメモを一枚見せただけで、「検証した」などと日経はよく言えたものだ。もはや杜撰を通り越して、意図的な政治宣伝・捏造報道であった事が、より一層明白になってきた。しかも、それでいながら今にいたるもメモの公開を拒否している。富田メモはいつからお前らのものになったのだ。

 さて、この週刊新潮の発売日である八月三日付の日本経済新聞に、「昭和天皇との10年」という連載の第一弾が掲載された。手帳やメモの他の一部分も写真で公開している。その内容はというと、週刊新潮に書かれた「徳川侍従長説」を否定するために書いたという意図が明らかな文章だ。

 わざわざ、こうした記事を週刊新潮の発売日にぶつけるあたりが、実に陰険で卑劣な日経らしい。こんなことでよくも、7月20日に富田メモのスクープを安倍官房長官の本の発売日と自社のインサイダー事件にぶつけたのを「意図はありません」などと言っても、もはや誰も信用するまい。

 日本経済新聞は「真っ向から堂々と」という日本人の美徳から逸脱した新聞だと改めて思い知らされる。日経の社長は「杉田亮毅」というが、英語で記すと「Ryouki Sugita」となり、「猟奇過ぎた」と読める。名は体を表すというか、陰険で金のためなら祖国を揺るがして恥じない新聞社らしい。

 まぁ、話を戻すと、日経はこの記事の中で次のように強調している。
「富田氏のスケジュール手帳には一日ごとに、会った人たちの名がこまめに記されている。それによると八八年四月二十八日に富田氏が会ったのは午前中に外務次官と昭和天皇、午後は皇太子(いまの天皇陛下)、夜は新聞記者の取材を受けている。それ以外の名は一切、記載されていない。」

 わざわざ、「一切」と「記載」の間に読点をふって強調しているあたりが日経らしく、いやらしい。つまり、日経は「この日富田長官は徳川侍従長にはあってないぞぉ!」とでも言いたいのだろうか。日経がそこまで常識を喪失しているとは思わなかった。

 考えてもみてほしい。ひきこもりでもない限り、人間が自分のスケジュール帳に書いた人にしか会わずに一日を過ごせるはずがない。このメモに書かれた人にしか富田長官があっていないとするならば、富田長官はこの日の朝、自宅から皇居に参内し、天皇陛下に召されるまで誰にも会っていないということだ。家族にも、宮内庁職員、皇宮警察官にも。そんな事はあり得ない。

 だとすれば、日経の主張がいかに的外れかが分かるだろう。では何故、富田長官のスケジュール帳には「外務次官、昭和天皇、皇太子(いまの天皇陛下)、新聞記者」の四名の名前しか書かれていないのかだ。

 それは手帳を持っている人は自分の手帳を見ればわかる。たとえば会社勤めをしている人ならば、取引先の人など社外の人、もしくは顧客に会うのならば手帳に書く。しかし、同じ職場に勤める同僚や課長に会ったとイチイチ手帳に書く者はいない。

 富田氏のスケジュール帳も同じで、富田氏からすれば上の四名は普通の会社員にとって、取引先か顧客に準ずる者である。そして、徳川侍従長は自分と同じ職場に勤める者だから書かなかった。それだけの事だ。

 しかも、この昭和63年4月28日は、同年4月上旬に退職した徳川侍従長が、昭和天皇の強いご希望で、再び侍従職参与として宮内庁に出勤した日である。一度退職した侍従長が職場に戻ってきて、宮内庁長官に会わないはずはない。

 社会常識からして、いずれかが挨拶にうかがい、会うのが普通だ。このとき、富田長官が、25日に行われた昭和天皇の記者会見に関して、陛下はどういうお考えであらせられたのかと徳川侍従長に意見を求めた可能性は十分にあり得る。というよりも、発言内容からして徳川侍従長の可能性の方が高いのだ。

 とにかく、昨日の日経が週刊新潮を意識して書いた記事は言い訳にもなっていないものであった。我々国民は信用ゼロの日経から、もはや御託を聞きたくない。早く富田メモを公開して、徹底した情報公開と厳密な検証を行え。

 いずれにせよ、日経は天皇を政治利用した罪は明白であるから、そろそろ今年三度目の謝罪会見の用意を早々に始められては如何か?

文責:日経追及班

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by shikisima594 | 2006-08-04 14:21 | 随想・雑記
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