皇国西遊記(前編)
「終戦記念日」翌日の16日から18日まで、皇国史観研究会の有志会員で西日本旅行に行ってきた。といっても、JRが季節限定で出してくれる、青春18切符を使っての気ままな貧乏旅行だったが、その模様を少し紹介する。題して「皇国西遊記」

 早朝の東京・品川から電車を乗り継ぐこと12時間。とっくに日も沈んで、中国地方の玄関口、岡山駅に到着。地下街はゼネコン行政のためか結構きれいだったけど、写真を見ての通り、人がほとんどいない。

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 ちなみにまだ午後8時を少し過ぎたくらい。普段、東京で暮らす我々は、この映画か漫画の一コマみたいな光景にみんな驚いてしまった。東京と地方との差をまざまざと実感した。どちらが異常なのかは、いずれ歴史が証明してくれるだろう。

 さて、翌日は岡山市の吉備津神社に参拝した。ここには桃太郎のモデルとなった、第七代孝霊天皇の皇子である大吉備津彦命が祀られている。第十代崇神天皇の時代に、この吉備地方に朝鮮から温羅(うら)という賊がやってきて、地元民を襲ったり、誘拐したりしていたので、それを憂えられた朝廷が大吉備津彦命を派遣して征伐させたそうだ。

 本当に朝鮮人は昔から同じ事ばかりしている。平壌にいる“鬼”も現代の桃太郎が早く征伐しなければならない。北朝鮮と交渉に臨む政治家や外交官には是非ともこの吉備津神社に参拝してほしい。

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 その吉備津神社には日本で一番長い回廊があり、回廊沿いに様々な神様を祀った社が並んでいる。そして、神社の駐車場には下の写真の「殉国烈士之碑」がある。

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 これは昭和59年に建立された物で、頂上に魂か日の丸の日を模したと思われる赤くて丸い石が据えられている。そして、注目すべきはこの石碑の書を、「富田メモ」で一躍有名になった靖国神社宮司の松平永芳氏が書かれている。

 この石碑は「法務死」された人々の碑だ。つまり、東京裁判をはじめ、大東亜戦争後に連合国が各地で行った不当な茶番劇で殺された同胞のためにたてられた石碑なのだ。そこにいわゆる「A級戦犯」を靖国神社に合祀した、当時の松平氏が碑文を寄せている。

 松平氏が東京裁判の不当性をいかに深く考え、この国のことを強く想われていたかが、その雄渾な筆致から拝せられる。松平氏は幽冥界から、「富田メモ」で右往左往する現代の日本をどうご覧になっているのだろうか。

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 余りにも巨大な鳥居で有名な最上稲荷の鳥居。道路の真ん中にいるのが身長170センチの皇国史観研究会員。どれほど大きいか分かるだろう。

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 瀬戸内海にかかる瀬戸大橋を背景に。それまで曇っていたのだが、展望台につくころには青空が広がり、青松が海と空の青によく映える絶景だった。太平洋、日本海、瀬戸内海とそれぞれ違った顔を持つ海に囲まれた日本に生まれた事を幸せに感じた。

 瀬戸内海は小島が連なる隙間を船が行き交い、入道雲と青空が本当に美しい。明日は日本海が間近に迫る、島根県出雲市の出雲大社に参拝に行く。(つづく)


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by shikisima594 | 2006-08-19 18:18 | 活動報告
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