皇室と名前
 今月六日に御降誕された親王殿下のお名前が昨日、悠仁さまに決せられた。秋篠宮殿下と妃殿下の「長く久しく」という思いがこめられてとの事で、まことに皇室にふさわしいお名前で、お健やかなご成長を祈念申し上げるばかりである。

 男性皇族のお名前は昔から「仁」の一字を付けるのが習慣となっているが、これには「慈しみの心をもって民に接する」という意味が込められている。我々、国民一人一人にも当然ながら名前があるが、日本人の名前は決して皇室と無関係ではない。

 山田、木田、小島、村上、夏目、手塚、飯沼、依田、多田、小国、山県、清水、田尻、浅野、土岐、船木、石川、太田、明智、中川、宇野、大森、武田、馬場、小笠原、三好、板垣、南部、佐竹服部、新田、山名、里見、足利、細川、森…

 他にも大勢いるが、これらは清和源氏といって第五十六代清和天皇の血を引く名字である。それだけではない、

 村岡、三浦、畠山、相馬、梶原、北条、名越、金沢、伊勢、杉原、和田、千葉、大村、横井、東郷…

 こちらは桓武平氏といって、第五十代桓武天皇の子孫の人達だ。ここに書いたのはあくまでも代表的な名字で、ほとんどの相当数の名字や氏族が神武天皇の血を引いている。自分が上に上げた名字の中になくても、自分のクラスや職場、携帯電話のアドレス帳や名刺帳に絶対何人か入っているはずだ。

 名字だけではなく名前もそうだ。敬宮愛子内親王殿下がお生まれになったときは、あやかって「愛」と子供に命名する人が増えたようだし、皇太子殿下がお生まれになった昭和三十五年には、皇太子殿下のご称号である浩宮にあやかって、「浩」の字を名前に付ける人が増えたそうだ。いま四十代半ばをむかえた周囲の人に「浩」の字が付いた人が皆さんの周囲にいないだろうか。

 アニメ「ドラえもん」がある。「ドラえもん」の「えもん」とは、漢字で書けば「衛門」となる。江戸時代の男性に多かった名前として思い出されるだろう。この「衛門」の意味とは、「宮居の門を衛る」ということであり、それは「天皇陛下をお守り申し上げる」という事である。昔は天皇陛下に対し奉る尊崇の念を直に口にするのは畏れ多いとして、「恋闕」といった。つまり皇居の門が恋しいと。

 ほかにも「忠」という字を名前に使った人々がいるが、「孝」が親に尽くすことを言うように、「忠」とは主語や修飾語がない限り、天皇陛下に対し奉るものだ。よく左がかった学者の中で「江戸時代の人は天皇なんか知らなかった」と言う者がいるが、江戸時代以前より一般国民の中に広く皇室に対する尊崇の念があった。

 また、教育勅語の最後は「御名御璽」と読むが、実際の教育勅語原文には明治天皇のお名前である「睦仁」と書かれ、御璽(判子)が押されている。これを「睦仁、印鑑」と読まないのはなぜかというと、日本や支那には古来から尊い方の名前は畏れ多くて直に口にしないという習慣があった。

 だから直にお名前を読み上げず「御名御璽」と読むのである。これは現在では残っており、天皇陛下のお名前である「明仁」とマスコミが伝えたりすることは、ほとんどない。天皇陛下の名前を直に出すのは学術的論文か、極左がカタカナで書くぐらいに限られている。実に、皇室と名前の由来には深いものがある。

 それほどまでに皇族の名前は日本人の名前と関係しているが、話を名字に戻すと、天皇陛下には名字がない。名字とは天皇陛下が国民に賜るものだからである。皇室に反対する者は一刻も早く自分の名字を返上して、名字のないモングルにでも帰化すればいいのである。

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by shikisima594 | 2006-09-13 18:49 | 随想・雑記
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