出陣学徒慰霊祭
 十月一日、靖国神社で日本保守主義研究会(旧 磐南総合研究会)による出陣学徒慰霊祭が催行され、皇国史観研究会員も参加しました。大東亜戦争の戦局が悪化し、学徒も国の護りのため出征することとなった。昭和十八年十月二十一日に明治神宮外苑の陸上競技場での学徒出陣壮行会が開かれ、雨の中を行進した。

 同じ大学生として彼らが、祖国と後世に託した思いを受け継ぎ、彼らの御霊を慰霊するために、平成十六年から、この出陣学徒慰霊祭が開催されている。冒頭、元参議院議員で靖国神社問題に長く取り組んでこられた板垣正氏が挨拶に立ち、若い世代による戦後体制の刷新が望まれると言われました。

 次いで本慰霊祭実行委員長で、日本保守主義研究会代表の岩田温氏(早稲田大学大学院一年生)が主催者として挨拶し、幕末の会津に散った青年達、白虎隊の話を引き合いに出して共同体を護るとはいかなることかを説かれました。

 毎年恒例の学生意見表明では、皇国史観研究会の会員が一番最初に意見表明をしました。以下にその全文を掲載いたします。

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 つい最近、我々が長年唱えてきたことが、ごく一部ではございますが、広まりつつあるようです。例えば日本を取り巻く諸外国の思惑が、必ずしも日本人の平穏を脅かさないものでないことが、巷では良く取り上げられるところとなりました。

 この潮流は、我々若い世代に強い影響を与えています。他でもない私自身、その影響をこうむった一人です。私のような力の無い弱輩者でも、この壇上に立つまでに、すでに多数の後輩と知り合っております。ですからそこに立って、我々は今、先人の思いをどう受け継ぐかについて、もうひとたび確認せねばなりません。

 我々は自身を、自他ともに「保守」という言葉で呼び習わします。省みるに我々は、六十幾年前の戦争をよく引き合いに出し、現代の繁栄につながる先人たちの功績を讃え、また我々の共同体に殉じてくださった方々に、感謝を捧げて参りました。もちろんこの慰霊祭も、そうした弔いの一環であります。

 ですからこの場をお借りして、ささやかな一言ではございますが、我々と同じような学生として、戦場に赴いた彼らの勇気と意思に、感謝の意を捧げたく存じます。

 さて、これらの儀式は、我々現在に生きる者が、先人たちに送るべき当然のことであります。しかしです。戦ってくださった彼ら自身の気持ちを推し量るに、我々にできることにもう一つ重要なことがあるのにも気付かされます。なんとなれば、それは我々が保守するべき思想が、建設的なものであるという確認でございます。

 この際問いたいのは、彼らが戦わなければならなくなったとき、投げ出したものということであります。おそらく多くの場合、それは個人の創造活動でありました。それらは教育勅語にも明るいとおり、国体の精華と無関係でありません。

 しかし彼らが死地に赴いたというのは、緩急に直面した時でありました。そして一方で、彼らが戦った直接の理想は何であったかも振り返るべきでありましょう。王道楽土、万邦協和に民族解放、七生報国、或いは八紘一宇などであります。恐らくこれらは、我々が継いで守るべき精神そのものであります。

 つまるところ、それらは建設ということであったと、私は考えております。我が国は現在、技術・産業国家の頂点にあると言って良いでしょう。しかし我々が、彼らの精神を学ばなくてはならないとすれば、その限りで留まるべきではないはずでありましょう。

 我々学生は、この平時でも、彼らを見習うことができるはずです。どうか考えていただきたい。彼らが戦時でなく、平時に生きていたらどうしていらしたか。彼らが戦争に行かなかったとき、成し遂げるはずだった何かを、我々が成し遂げなければ、誰が受け継ぐのでありましょうか。我々が彼らの後を継ぐために、努力しなければなりません。

 低迷しつつあるとはいえ、まだ日本は大国であります。今あるいかなる技術開発も、企業活動も国際援助も或いは戦略も、我々の考えに収めなくてはなりません。それらは三千年前から引き継がれた、尊い理念を補完する手段に他ならないということを、今一度皆様に、確かめられることを願うものであります。

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 そして拓殖大学日本文化研究所長の井尻千男氏が「日米開戦やむなし」という記念講演を行いました。以下は会員の速記によります。

 大東亜戦争から六十年経ったいまでも、保守論壇内ですら、歴史は“選択肢”であると断じ、日本国内から大東亜戦争の“犯人探し”をしようとしている。

 選択できたという歴史観は誤りで、我々は選択を超えた大きな宿命を背負っている事を感じなくてはならない。この宿命を悟ったとき、歴史は物語となっていく。明治維新の四民平等で武士階級はいなくなったが、日清・日露戦争で武士と武士道は拡大生産され、大東亜戦争で全ての人々が武士道を体現した。

 その中でも特攻隊には畏れと敬意を表さざるを得ない。彼らを生んだ共同体とは何だろう。GHQは特攻隊を見て、その共同体の解体を考えたのだろう。

 パリ講和会議にて西園寺使節団が「人種差別撤廃案」を出したのは、歴史の流れから見れば当然と言われるが、あの差別主義世界の中で誰がこれを考えただろう。これは世界の場ではじめて発揮された武士道精神だ。

 アメリカはさぞ警戒したはずだ。その前には欧米では「黄禍論」さえ高まった。こうして日米開戦がより高まったのだ。アメリカは日英同盟を破棄させたかった。これを実証主義的に証明せよと言われると困るが、「人間の精神・思考の必然性」を考えなくてはいけない。

 日本は日英同盟を失ってはじめて、アメリカの「マニフェスト・ディスティニー」に気付いた。大東亜戦争の時のハルノートについて、日本が承諾すれば、きっと第二、第三のハル・ノートが突き付けられたに違いない。昔、我々は武士道のもとで世界を相手に戦ったのだ。この誇りある物語を次の世代に継がせなければならない。


 講演終了後、全員で昇殿参拝し、慰霊祭は終了しました。多くの先輩達が決然と祖国の危機に立ち向かって行ったあとの、学び舎に我々はいます。先輩達ができなかったこと、後世に託した思いをしっかりと受け継いで、少しでも素晴らしい日本を築いていかねばなりません。

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by shikisima594 | 2006-10-04 00:34 | 活動報告
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