『さらば群青』
f0018981_1325298.jpg 熱い人だ、と思った。この『さらば群青』の著者である野村秋介氏のことだ。とてもこの記事一つでは、野村氏の人柄と思想の一端を記すのは難しく、ややもすれば誤解を生じさせる事になるかもしれないが、それでも今日、この記事を書きたい筆者の思いをお汲み取りいただければ幸いだ。

 野村氏は昭和十年に東京に生まれ、横浜に育った。若くして右翼・民族派の運動に飛び込み、昭和三十八年に自民党の河野一郎宅を焼き討ちにして全焼させ、懲役十二年。河野一郎は「江の傭兵」のあだ名で知られる売国政治家・河野洋平の父親だ。親子そろって売国奴だからどうしようもない。

 出所後の昭和五十二年には、腐敗財界を糾弾するとして経団連本部に同志達と共に立て篭り、懲役六年。しかも、この時、野村氏と一緒に立て篭った三人同志の内、二人が国士舘大学出身者という裏話付きだ。

 通算十八年を獄中で送ったわけだ。一般人には想像を絶する話であるし、ましてやそれが金や名誉・地位のためではなく、自らの信じるところで務め上げられたのだから、今の人には信じ難い話だろう。これらの事件についても本書で触れられている。

 野村氏は戦闘者であった。そして、最後の戦いは本書にも書かれていない。その最後の戦いとは、平成五年十月二十日、つまり十三年前。朝日新聞東京本社で、野村氏の率いていた「風の会」を「虱(しらみ)の党」と揶揄した朝日新聞社の社長を前にして面談中に拳銃自決を遂げた。

 本書の発刊日は、平成五年十月二十日となっている。朝日新聞で自決する、まさにその日に本書は刊行されたのだ。つまり、野村氏はかねてから自らの最期を定め、本書を遺書として仕上げたのだ。

 だからこの本は581頁と非常に厚い。そして、それ以上に、内容も熱いものがある。自分の人生を振り返り、家族、友人、同志と語り合い、世界を渡り歩いて、様々な人々と触れ合っている。昔の大陸浪人のようでもあるし、どこかロマンに満ちている。

 本書の話題はかなりの数にのぼる。愛、テロリズム、天皇、神道、大東亜戦争、祖国、右翼、死生観、言論、自由、平和……いまでこそ雑誌やネットで闊達に語られているテーマも多いが、語り方が違う。

 獄中に十八年身を置き、その後はずっと、平成五年十月二十日に向けて、死を意識してこれらの問題に真っ向から向き合ってきた野村氏だ。感性の鋭さと、透徹した見識に驚かされる。野村氏は常に「言葉に命をかけろ!」と言ってきた。それだけに本書の言葉は、時にユーモラスに富みつつも、重い。

 常に自分を厳しく問い続けてきた人間の軌跡の一端を本書で垣間みた思いがする。野村氏は特に、戦後、第四の権力として多大な影響を与えてきたマスコミの責任を追及してきた。本書の巻末にも100頁以上を割いて朝日新聞幹部達との対談を収録している。

 野村氏の本気の言葉に、朝日の幹部達は時にたじろぎ、自分の言葉で応じている。とてもネット上で最近おこなわれているマスコミへの“電突”とは訳が違う。これだけ命を張った言葉に対して、いまのマスコミはどう変わったのか、という事を考えると、昨今の朝日や日経の報道を見るにつけ、さびしい思いがする。

 野村氏は最後に、「日本を切に愛する若き民族派諸君の為に」として「五つの敵」を挙げている。
一、東京裁判史観という敵
二、魂なき繁栄という敵
三、まやかしの平和主義という敵
四、権力悪、そして巨大なる不条理という敵
五、わが内なる“敵”という敵

 こうして挙げられた「敵」の姿と影響が、いまではより一層明確になってきたような気がする。さらに付言して明治維新の志士・高杉晋作の「国を亡ぼすは外患にあらず、内憂にあり」との言葉を引き、警句としている。マスコミや政治家の現状を見るに至言であろう。

 十三年前に自らの命と引き換えに、いまの日本の危機に継承を鳴らした野村氏の遺志を引き継いで、自らの魂を磨いていくことを誓い、謹んで野村秋介氏の御霊が安らかならんことをお祈り申し上げ、結びとしたい。

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by shikisima594 | 2006-10-20 02:34 | 読書録
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