大東亜戦争戦歿全学徒慰霊祭に参列
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昭和十八年十月二十一日に明治神宮外苑の陸上競技場での学徒出陣壮行会が開かれ、雨の中を行進した。大東亜戦争の戦局が悪化し、文系大学生の徴兵猶予が解かれ、多くの学徒が国の護りのため出征することとなった。

 この学徒出陣壮行会が開催されてから、六十三年目の十月二十一日。靖国神社の靖国会館で首都圏学生文化会議が主催する「大東亜戦争戦歿全学徒慰霊祭」がしめやかに催行され、皇国史観研究会員も手伝いとして参列させていただいた。約五十名ほどの方が参加された。(写真は慰霊祭終了後に遊就館前で撮影)

  同じ大学生として彼ら学徒兵が、祖国と後世に託した思いを受け継ぎ、彼らの御霊を慰霊するために、昭和五十九年から、この出陣学徒慰霊祭が開催されており、今年で二十三回目となる。第一部は、まず国歌斉唱にひきつづき、主催者の代表が開会の辞を述べ、次いで有志学生が意見表明し、戦歿学徒の精神を次の世代に継承していくことを誓った。

 そして、日本政策研究センター主任研究員の岡田幹彦氏が「我々に託された特攻精神とは」と題して記念講演をされた。特攻と言えば空の「神風特攻隊」が思い浮かぶが、岡田氏は海の特攻である「回天」と、それを発案した若い将校の愛国の熱意と、回天に乗って出撃していった青年達について話された。

 第二部は、場所を本殿に移して、昇殿参拝し、慰霊祭をとりおこなった。戦歿学徒慰霊祭では毎年『出陣賦』という歌を皆で奉唱する。この『出陣賦』とは昭和十八年に出征する事となった東京帝国大学(現在の東京大学)の法学部学生自治会が出陣の歌として募り、つくられたものだ。

 学徒出陣について製作された歌が他にないわけではないが、この『出陣賦』は学生自らが、出陣に臨んでの決意を歌い、広く学徒兵の間にも歌われたというから、当時の学徒兵の心情をよく表しているのではないだろうか。軍歌・戦時歌謡のCDにも収録されていないし、ネット上でも歌詞を掲載している所がないので、少し長くなるが全歌詞を掲載する。


出陣賦
大木彬彦 作詞
川添萬夫 作曲

一、
はろばろと青き空なり 厳しくもさやけき朝や
我等蹶(た)つ醜(しこ)の御楯(みたて)と 大君の任(まけ)のまにまに
眉あげて今ぞ征(ゆ)かむ

二、
さばへなす仇共討つと 風凍る北の島わに
天燃ゆる南の辺土(はて)に 愛(は)しけやし祖国をろがみ
同胞(はらから)は戦ひ死にき

三、
陸(くが)行かば山河(やまかわ)とよめ 海行ば潮とどろけ
海山のい尽くるまでに 夷らのまつろふまでに
撃ち撃ちて撃ちて止まむ

四、
御空(みそら)さす銀杏の並木 仰ぎみて学びし子等は
汝(な)が姿心に念(も)ひて 誇りかに生命(いのち)死にきと
伝へてよ八重の黒潮

五、
ああ我等究めし道は 一筋の真理(まこと)の精神(こころ)
戦ひの庭に出でては 荒魂の雄叫び猛く
征き征きてかへりみはせじ

六、
師よ父母よ心安かれ 男(を)の子われみことかしこみ
天翔り国土(くに)翔りつつ 七つ度(たび)生れ死にては
護らでや祖国の生命


 以上が『出陣賦』である。政府や軍部が強制してつくったものではなく、青年学徒達の中から自然と出来上がった歌であり、その中には彼らの祖国日本を命に代えてでも護ろうとする決意がはっきりと歌われている。こうした彼らが祖国日本と後世の我々に託した思いを受け継ぎ、微力ながらも日本を護っていこうと、戦歿学徒の英霊にお誓い申し上げた。

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by shikisima594 | 2006-10-24 01:52 | 活動報告
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