『天皇—その論の変遷と皇室制度』
f0018981_132439.jpg 先月の親王殿下ご誕生に日本中が沸き立った。戦後、いわゆる「知的エリート」とされた人々、マスコミ人や学者らが、皇室に対して批判的でネガティブな言論を繰り広げてきたにも関わらず、皇室の御慶事には国民一同が大いに喜んできた。

 ここにこそ、GHQやリベラル左派が突き崩す事の出来なかった、日本精神の源があるのだろう。それはつまり、皇室と国民が一体となった国体に他ならない。この『天皇—その論の変遷と皇室制度』(展転社)は、その皇室をめぐる言論の変遷を俯瞰して解説した本で、戦後の人々に植え付けられた、誤った天皇観を払拭する好書だ。

 著者は皇室や大東亜戦争、東京裁判等に関して、盛んに言論を展開して戦ってこられた國學院大学の大原康男教授だ。昭和天皇がご不例で、国民がこぞってその容態を案じていた昭和六十三年十一月に出版されており、大原教授もまだ四十代なかばの若い頃で、左翼を批判する文章に勢いがある。

 日本国憲法に定められた「政教分離」を掲げて、神道を貶めようとする輩に対しては、國學院大学の本領発揮とばかりに論旨鋭く反論されている。すでに二十年近く前の本と言えども、そこで展開されている議論は、いまだに反日勢力が総理の靖国神社参拝を提訴したりする狂気の現状からして色褪せていない。

  本書は題名の通り、天皇論の変遷をたどった本で、ところどころで歴史上の人物の天皇観を紹介している。古くは『神皇正統記』を著した北畠親房から、新しいところでは出版当時、『ミカドの肖像』という大著を出して話題になっていた猪瀬直樹まで紹介している。その一部を少し引用する。

「あの日蓮も『日本国ノ王トナル人ハ、天照大神ノ御魂ノ入リ代ラセ給フ王也』と述べている。また、豊臣秀吉が明の使臣に与えた信書には『夫(それ)日本者(は)神国也。神即天皇天皇即神也。全無(レ点)別』との文言がある。」(44頁、引用文中の括弧は引用者が付した。)

 様々な天皇観が示される中でも、とりわけ日蓮や豊臣秀吉までもがこのような天皇観を持ったいた事は非常に興味深いことだ。ただ、本書は「天皇論」の根源的あらましは、古の人々が天皇に対し奉り深い畏敬の念を抱いていたと簡潔にまとめ、論の主題は大東亜戦争後の天皇論にしぼっている。

 「天皇論・100冊」と題して、天皇を論じた本を寸評と共に紹介している。有名な本や、マイナーでも中身がある本を取り上げていて、非常に参考になるが、惜しむらくは、これらの本が全て戦後に出版された本であることだ。つまり、戦後の天皇論に限定されているのだ。

 大原教授ならば、明治以降から戦前に至るまでの天皇論の変遷をもう少し詳細に書けたのではないかと残念に思ってしまう。しかし、肯定も否定も含めて、天皇論が最も活発に論じられて意見が戦わされたのは戦後に他ならないから、戦後の天皇論をたどるだけでも重要だろう。

 また、大原教授がこの本で主力を注いでいたのは、先帝陛下が昭和二十一年に出された、いわゆる「人間宣言」と呼ばれる「新日本建設に関する詔書」の研究である。この詔書がどうして出されたか、その背景にあったGHQの天皇観、なぜ「人間宣言」と呼ばれるようになったかを詳細に書いている。

 特に明治以降に出された詔書と比較研究し、本来、皇室では元旦に大切な祭祀があるため、その時に詔書を出されない事から、この詔書がGHQによるものと論証されているのは大変勉強になった。思えば、戦後の天皇論はこの「人間宣言」なるものを下敷きにしている。

 そうした意味で、この「人間宣言」とは何かを知り、日本における天皇とはいかなる御存在であるのかを考える上で本書は絶好の読み物である。

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by shikisima594 | 2006-10-25 16:35 | 読書録
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