ブログ開設一周年にあたって
 早いもので皇国史観研究会ブログを開設してから今日でちょうど一周年になる。一年と聞けば長いようであるが、自分の実感としては束の間の事のようだ。せっかくの機会だから、このブログ誕生の経緯と、ブロブの内容について簡単に振り返ってみたい。

 皇国史観研究会では平成十六年の十二月から翌年の七月まで『敷島だより』という 国士舘大学内限定の壁新聞を発行していた。この新聞でいまのブログに書いているような事を毎週掲示していた。

 ところが、この壁新聞の内容に反発した左翼教授(なぜ国士舘大学にそんなものがいるのかは世界の七不思議の一つだが)が学生部へ強硬に抗議。日和見で事なかれ主義の学生部はこれに屈服し、我々に対して壁新聞の掲示不許可を突如として一方的に通達してきたのである。

 これにより我々は言論手段を喪失してしまい、しばしの沈黙を余儀なくされる。しかし、内外情勢は我々に沈黙を許すような状況でなかったのは読者の方々もよくご存知だろう。

 いまだに解決していない拉致問題、皇室典範改悪問題が大いに取り沙汰されていた。さらには格差の拡大により大きな綻びを見せ始めた小泉改革、相変わらず不当な言いがかりをつけてくる中国・韓国、日本精神の破壊を狙う反日マスコミ、日本をパシリのように扱うアメリカと、それに追従するアメリカの傭兵と化した親米主義者。

 これらの勢力に対して、わずかながらでも反撃の声をあげなければならない。当時、正式に皇国史観研究会会長に就任したての自分はその手段をブログに求めた。 それより少し前に、自分達とは反対の立場にある左翼学生陣営もネット上、とりわ けブログに進出してきた時期でもあり、個人的には軽い衝撃と、いくらかの影響を受けた。

 立ち上げたばかりの頃は、皇室典範に関する活動が多かったし、親米派をはじめ、いわゆる保守派とされている陣営への批判が目立ち、全体的に模索状態だった。春ごろには文化論に重点を置いていた。夏ごろから時局問題への言及が増えたし、そのころからアクセスも激増した。

 ブログをつくるに際して会員達に言った事は、このブログがネット上における現代の千早城たらんとのことだった。千早城とはかつて後醍醐天皇に仕えた忠臣大楠公が倒幕のために挙兵した城である。この千早城の戦いに連帯し、各地で倒幕の兵が蹶起し、鎌倉幕府はたちまちのうちに打倒されたのである。これを現代に、ネット上から再現させようと説いた。

 はからずも今年の七月二十日、日本経済新聞が「富田メモ」を報じ、十月の末には毎日新聞佐賀支局の在日記者による不敬事件が発覚した。この時はネット上のみならず、実際においても大勢の方々から連帯と身に余るほどの激励をいただいて微力ながら戦いを進めることが出来た。

 我々のみで千早城になろうというのではない。むしろそれは難しい。軍神杉本五郎中佐は『大義』の中で、様々な特技や長所を持つ者が寄り集まって「大楠公近爾の人物たるに到るべし」と説いている。一人でも多く、そうした日本の事を想う者同士の、誠と誠が結び付いたとき、それは時代を変える大きな力になるだろう。

 そして我々はそれをこれからも一層目指して行きたい。皆様におかれましては是非今後とも皇国史観研究会に一層のご支援とご指導を賜りますよう、お願い申し上げまして、皇国史観研究会ブログ開設一周年の挨拶に代えさせていただきます。


皇国史観研究会 会長 タカユキ

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by shikisima594 | 2006-12-12 00:05 | 告知
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