『硫黄島からの手紙』
f0018981_19533352.jpg ひさしぶりに泣いてしまった。昨年末、大学時代の先輩と一緒に「硫黄島からの手紙」を見に行ってのことだ。会場はほぼ満員で、自分と同じ若者が目立った。(!以下に映画のネタバレも含みます!)

 自分は約二年前に遺骨収集で硫黄島に行ったことがある。だから冒頭の場面が遺骨収集から始まったのは、非常に感慨深いものがあった。あの海、あの空、あの砂と地下壕。まさに硫黄島だった。 硫黄島は一応、東京都だが、我々が日頃生活する都心からは南に千二百キロも離れている。ゆえに冬でも夏場のように暑く、一部の地下壕は地熱で天然サウナと化している。水も少なく、およそ人間の生存に適しているとは言い難い島だった。

 さて、この映画はアメリカ人のクリント・イーストウッド監督の作品で、アメリカ人のつくる戦争映画といえば、自分の場合は「パール・ハーバー」や「ウィンドトーカーズ」などの侮日トンデモ映画の印象が強かったが、これは本当にいい映画だった。なぜこのような映画をアメリカ人がつくれて日本人がつくることができないのかと残念だった。

 日本人が戦争を描けば、「ざわわ、ざわわ」でお馴染みのTBSが制作した「さとうきび畑の唄」を筆頭に紋切型の横暴な日本兵と、厭戦的な主人公を配して、当時の風潮を軍国主義の集団狂気としてしか描かない映画が目白押しだ。

 さて、この映画は硫黄島戦を指揮し、アメリカ軍の肝を寒からしめた栗林忠道中将を「ラストサムライ」の渡辺謙が演じ、大東亜戦争下においても“サムライ”は確固として存在したのだと示してくれた。「だったら、『ラストサムライ』は“ラスト”じゃねぇじゃン」というツッコミはこの際いらない。

 また、ジャニーズの二宮和也が当時の徴兵された一兵卒の西郷を演じていたが、彼は当時の日本人らしさを演技で表現しつつも、現代の若者らしさも漂わせていて、この映画を見る若者にとって時代感覚の架け橋的な役柄になったのではないかと思う。戦時下の日本人の感覚を理解できないという人は多いと思うが、そうした人も彼の演技を通して劇中の人物に感情移入し、彼らを少しは理解できるのではないだろうか。

 二宮演じる西郷は冒頭、陣地構築の作業をしながら「こんなちっぽけな島なんかアメ公にくれてやりゃいいじゃねぇか」とぼやく。こうした考えは今の日本人にも共通しているかもしれないが、米軍にとって硫黄島は本土爆撃への重要な足場である。日本にしては、この島を一日でも長く守る事が、本土にいる同胞の安泰で平和な暮らしにつながっている。ゆえにこの島で敵を食い止める一日には意味があると栗林中将は言うのだ。

 こうした栗林中将の姿勢を、劇中に登場する他の紋切型の日本軍人と相対化させるような描き方は、栗林中将が知米派であった点を強調するものであり、所詮はアメリカ人監督の映画と批判する向きもある。確かに、そうした傾向がないわけではないが、それは『ラストサムライ』にも見られるもので、制作者は我々の中に何らかの共通点を見出そうとする。

 それは国際的な映画や文学を表現する者に共通する傾向であり、ことさら言い立てるものでもあるまい。むしろ、この映画の中で「バロン西」こと西竹一大佐がアメリカ側捕虜を手当するように命じるのと対照的に、アメリカ側では投降した日本兵捕虜を虐殺する場面が描かれており、従来のアメリカ戦争映画よりは公平な視点である。

 そしてクライマックス、最期を悟った栗林中将は西郷に「ここは日本か?」と問う。西郷は力を込めて「日本です」と答え、栗林中将の最期を見届ける。ここが最も感動した。その瞬間まで硫黄島が日本であったのは彼らが必死で守ったからこそであり、彼らが守ろうとしたのも実に日本に他ならない。

 雑誌『SPA!』最新号で漫画家の江川達也氏が、『硫黄島からの手紙』は国辱映画だと批判していた。その根拠の一部には同意するものもあるのは確かだ。アメリカ人がつくる作品に日本人としての完全を期すのは無理だろう。しかし、氏が冒頭の西郷の「こんな島…」という台詞をもって悪い映画と批判するのは木を見て森を見ない批判だ。むしろこうした冒頭の投げやりな台詞や態度が、クライマックスの伏線になっていることに気付いていない。

 日本という共同体を命がけで守ろうとした先人がいた。それはどうやったって覆せない厳然たる事実だ。そのことを「硫黄島からの手紙」は現代の自分達に伝えてくれている。

タカユキ

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by shikisima594 | 2007-01-13 20:26 | 映画
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