『吉田松陰』
f0018981_19484325.jpgf0018981_19485943.jpg 歴史小説、とくに江戸時代のものは意外と読んでこなかった。昼下がりにテレビでやっている時代劇のように、成り行きがベタで冗長で、構成も老人趣味だという偏見があったからだ。


 ところが、ふとしたきっかけで山岡荘八氏の『吉田松陰』を読む機会があった。山岡氏の本は、いつも本屋や古本屋の歴史小説コーナーで広く場所をとって置かれているので、見かけていたが、長編が多いためことさら敬遠していた。

 しかし、ものは試しと、尊敬する吉田松陰を扱った本書を手にした。全二巻だったから、とりあえず一巻だけ買って読んでみたが、すぐに二巻を買う事になった。面白い。あの幕末の激動の潮流の中にあって、国を憂い、大君を尊び、東奔西走した吉田松陰の燃えるような熱情がこれでもかと伝わって来る。

 吉田松陰を題材にした本は多い。研究論文も多数あるし、自分もいくつか眼を通して来た。その多くが万人受けを狙いすぎるあまり、吉田松陰の本質がボヤけてしまったり、要約するあまりまるで凡人に毛が生えた程度の人物みたいになってしまっている。

 吉田松陰の機知に富んで純粋、尊皇愛国の至誠と、「二十一回猛士」の号にあらわされる激烈な思いは学術論文などではとても表現し切れるはずもない。吉田松陰を書きたがる人間は大勢いるだろうが、吉田松陰は書き手を選ぶのだ。

 そして、この本の著者である山岡荘八氏こそ、吉田松陰を描くにふさわしい作家であったと思う。他に吉田松陰を描いた人と山岡氏との決定的な差は、膨大な資料を調べた上で丹念に描いて行く山岡氏の手法はもちろんだが、それ以上に山岡氏が吉田松陰の魂に深く共鳴していることだ。

 吉田松陰の生き様に自ら感動したであろう著者が、その感動を読む者に見事に伝えている。山岡氏は大東亜戦争中、従軍作家として潜水艦にも乗り、特攻を控えた隊員に取材をしたりして、祖国の為に殉じて行く青年たちと交わって来たが、そうした経験があってこそ、幕末に維新の大義に殉じた吉田松陰を明快に理解し、鮮やかに描けたのだろう。

 章中には何カ所も山岡氏自身による解説がくわえられているが、その中でも特筆すべきは、多くの学者ですら明確な解説を出し得なかった吉田松陰の天皇観、国体観、生命観などが山岡氏自身の言葉で滔々と書かれている。しかも、その内容の透徹した事に驚いてしまった。

 現代においては、吉田松陰とは山岡荘八氏の筆によって初めて理解できるようになったといっても過言ではあるまい。とにかく、読み終わった後は猛烈に大学の隣にある松陰神社に参拝したくなった本だ。

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by shikisima594 | 2007-01-22 20:41 | 読書録
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