2月2日、皇国史観研究会勉強会
f0018981_221554.jpg 二月二日昼、春休みに入って最初の皇国史観研究会定例勉強会が行われた。今回のテーマは軍神杉本五郎中佐の『大義』(写真は昭和十三年に平凡社から刊行された原書)について。この本は去年、皇国史観研究会から復刊を発行(現在売り切れ)して、皇国史観研究会員の学習文献にもなっている。

 詳しくは、このブログの中で「大義」「杉本中佐」と検索していただければ、いくつか記事があるので、そちらに譲るとして、今回は『大義』の書かれた時代背景と、その思想的位置づけ、『大義』の世界観について発表と討議がなされた。

  大義は昭和十一年夏より、翌年の九月十四日まで、約一年にわたり記されたものである。この昭和十一年の二月には、いわゆる二・二六事件が起き、明治の末期から行われていた 天皇機関説論争が社会的に広く認識され、国家社会主義・共産主義が台頭し、大きな問題となっていた頃である。

 これらの事柄に憂慮を抱いた杉本五郎大尉(当時)が、自分の子供達と部下達のために、正しい日本人の道として書いたのが大義である。これは緒言が「吾児孫の以て依るべき大道を直指す」にはじまり、「歳々大義の滅し去ること、掌を指すよりも明白なり」と書き、本文においても度々二・二六事件や 天皇機関説に言及していることから明らかである。

 現代では大義自体が殆ど忘れ去られているが、その中で大義を取り上げ、思想としての位置付けをしている者もある。評論家の吉本隆明、浅羽通明などのリベラル派は、大義を「ナショナリズム」、その中でも取り分け「超国家主義」に分類している。

 大義第九章国防には、「万邦無比の国体たる 皇国には、自ら万邦無比の国防真義なかるべからず。万邦無比ならば、正に無比なる大精神に生くること、是れ 皇国国防の基調なり。八紘は 天皇の所有なり。何をか国家の独立永昌といふや」とあり、さらに明快に「 天皇は国家のためのものにあらず、国家は 天皇のためにあり。」と書いている。大義は通俗的に言う所のナショナリズムでは分類出来ない思想的次元に存在し、その根本は 天皇主義とでも言うべきものである。

 そこには天皇を何らかの目的のための手段とする価値感は一切存在せず、全ての至上価値を天皇に認め、熱狂的なまでの天皇信仰が烈々と描かれている。『大義』執筆のきっかけの一つに二・二六事件と、その思想的背景となった昭和日本を代表する右翼革命家北一輝の存在があるが、北は天皇はあくまで維新革命後の政権正当化のための手段としか考えていなかったのとは極めて対照的である。

 ゆえに杉本中佐は『大義』章中で北一輝や二・二六事件参加将校らを批判している。北一輝は昭和十二年八月十九日に処刑される。その際、最期の天皇陛下万歳を拒否し、次のような遺書を息子にしたためている。

「……経典(法華経の事)を読誦解脱するを得るの時来らば、父が二十余年間為せし如く、誦住三昧を以て生活の根本儀とせよ。即ちその生活の如何を問わず汝の父を見、父とともに活き、しかして諸神仏の加護、指導の下に在るを得べし。……」

 この約一ヶ月後、支那で戦死する杉本中佐は、敵陣突撃直前に手帳に「汝吾を見んと要せば 尊皇に生きよ 尊皇精神ある処、常に我あり」と遺した。天皇をあくまで国家の機関とし、法華経を心の支えにした革命家北一輝は我が子に「法華経を唱えるところに父あり」と遺した。それに対して尊皇絶対の精神を生き抜いた維新者杉本五郎は上の言葉を遺したのである。

 北一輝にしても二・二六事件の将校らも、当時の日本を覆っていた貧富の差という不条理を正すために立ち上がろうとしたわけである。むろん、杉本中佐も、そうした社会の矛盾には大いに憂憤をいだいており、『大義』においても、

「明治天皇の国威宣揚の御神勅の中に『今般朝政一新ノ時ニ当リ、天下億兆一モ其ノ所ヲ得ザルトキハ、皆朕ガ罪ナレバ』と宣はせられたる 大御心、全く 天照大神の御精神、神勅に昭々乎たり。物心共に偏在し、浮浪の民あるは、神勅冒涜なり。国民斉しく恐懼慚死すべし、何の面目ありて祖宗の神霊に相見せんとはする。」

乞食や飢える者、不孝な身の者が存在する事自体が、天皇陛下の大御心に対し奉る冒涜であると痛烈に批判している。そして中佐自身も、街に浮浪者が横たわっていると、その前に黙って自分の財布を置いて去るような人柄であった。

 しかし、そうした社会改革の手段が大御心に反し、大義を損なうような手段で、ましてや天皇陛下を利用しようとの下心があってなされたものならば、それは誤りであり、義は義でも「小義」であると批判されている。ここに尊皇精神絶対の境地を胸に固く刻んだ人間の筋が通った理論として成立し、絶大な支持を受けた所以があるのではないだろうか。

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-02-04 22:55 | 活動報告
<< 「奉祝!皇紀2667年」のお知らせ  文化国粋主義という考え方 〇〇三 >>