2月16日、皇国史観研究会勉強会
 二月十六日、国士舘大学世田谷校舎にて皇国史観研究会定例勉強会が開かれまし
た。今回は平泉澄『我が歴史観』(青々企画)を元に発表があり、歴史を如何に捉え
るかを討論しました。下にその概略を記します。


 『我が歴史観』は大正十五年至文堂より発売された『我が歴史観』の巻頭を飾った
書籍と同名の論文である。当時助教授であった平泉先生の歴史に対する姿勢を窺える
貴重な論文でもある。

 まず平泉先生ご自身が読破した原書の知識を元に西洋歴史観の諸派を紹介する。英
雄よりも民衆を重視する説、人類学的に歴史を語ろうとする説、環境と遺伝を重視し
て之を元に歴史が作られるという説、その環境説を拡大して、人は経済によって規定
されると言う唯物史観説が挙げられる。

 これらの歴史観は西洋に於いては様々な紆余曲折を経て模索の内に生み出されて
いった説である。ところが日本に於いては明治時代に歴史学が隆盛を見せる際に西洋
から突然そのまま持ち込まれたものである。つまり日本では必要な経過を経ないまま
これらの説が流入してきたのである。これは「百花繚乱の美がないではない。しかし
ながらその中に入つて取捨選択を行はんとすれば、左右の昌光一時に目を射て瞑眩
し、却つてその矛盾背反の潮流に漂没するおそれさへある。」(四十六項)為、歴史
家の苦悩はここに存在し、「何等か解決の血路をひらかねばならない。」(四十六
項)と説く。

 次に先に挙げた歴史観に対して批判を加える。「歴史はいつから存在するのか?」
という問いに対し、人類学の立場からはそれは無い、あるとすればそれは人類草創の
昔からあると説明する。つまり太古の昔の蛮人にも歴史が存在すると言う事である。
しかしその時その時の衝動をもって行動する蛮人は鳥獣と変わりないといって良い。
それならばもっと拡大して虎や獅子、果ては大自然全体に人間同様歴史がある事を意
味するのである。
 人間と鳥獣を分かつ原理は何であろうか?「それは一言にしていえば人格に外なら
ぬ」(四十七項)訳である。カント哲学を元にヘーゲル哲学を経て、平泉先生が確信
した重要な核である。人格が定まる前の段階は歴史では無く、その人の歴史の背景に
過ぎないのである。『物語日本史』上巻にもこの事についてよく述べられている。

 当時学生であり、「中世に於ける百姓(編注、ここではイコール農民を指す)を研
究したい」と述べた中村吉治氏に対し、平泉先生は「百姓に歴史はありますか」「豚
に歴史はありますか」と言葉を重ねたと言う。一見百姓=豚であるという差別意識を
持っている様に見え、大変誤解され易い。しかし上記の文章を御覧になれば分かるよ
うに決してそうではない。農民は農耕を本業としている。自覚した人格による歴史創
造は農民全体に対して求めるのは無理と言うものである。自らの使命を自覚し人格を
固めた人にこそ歴史が存在すると考えた平泉先生の歴史観の表れなのである。それを
証拠に平泉先生は二宮尊徳教えの書「報徳外記」を、自らが監修する『日本学叢書 
第十三巻』にわざわざ収めている位である。また自らの門下生にも事有る如く様々な
書物を引用して百姓を“おほみたから”と愛護し、また、自らも農作業に励まれてい
たのである。決して百姓・農民蔑視故の発言ではないのである。

 話を戻す。平泉先生は人格を持った人間こそが歴史を作ると唱え人類学と峻別し
た。この点を踏まえると先に挙げた種々の説も批判できる。環境と遺伝が歴史を作る
と言う事は、そこには人格の自由が無い。人は一旦この世に生を受けたら変えようの
無い運命にひたすら身を任せるだけであり、その様な人は能動的ではないし、よって
自ら責任の負えない人が発生する。
大衆を重視し英雄を軽視する説に対してはどうか。個人無くして民衆無し、民衆の中
に英雄が存在すると説く。どんな大運動にも必ず指導者が存在するのである。種々の
革命、クーデターに関しても、その流れに居た全ての人々が確固とした信念を宿して
いた訳ではないだろう。その無自覚な賛同者を率いていくのはやはり自覚した英雄な
のである。ここで注意されたいのは英雄とは何も武士・軍人・政治家など、いわば上
層階層の人間ばかりではないという事である。例えどの階層に位置していようとも自
らの使命を自覚した人格者こそ英雄なのである。

 それでは今までの事を踏まえた上で歴史家はどうあるべきだろうか。歴史家はかつ
て存在した事実を記述し、そこには自身の思想を極力交えず、あくまで主観を斥け、
「歴史家自身もこれを自己の正しき職分と考へ、慎んでこの範囲を出ない様につとめ
た所であった」。(五十二項)つまりよく言われるところの客観的に歴史を叙述せよ
と言われるものである。しかしこの言い方は大いに疑問である。ある人の一日の歴史
を客観的に叙述しようとするならば一日の行動を全て書き連ねることになるだろう。
しかし普通はその様な事はしない。必ず叙述するに当たって取捨選択が行われるので
ある。そこには書き手の意識が表れるのが当然であり、これを主観的と非難するのは
間違いである。「客観的」が必要とされるのは古文書等の解析の時である。

 それでは取捨選択は何に基づいて行われるべきだろうか。それは「史家が何を問題
としてゐるか、全体として何をつかんでゐるか」(五十四項)であり、「中世に書か
れたる歴史は、畢竟中世的把捉である。現代は現代的把捉を要求する。」(五十五
項)のである。例えば現代の食文化に対し疑問を抱く人は過去の歴史に於いて食文化
に関する事象を求め取捨選択する。そして選び出した史料を客観的に解析し、自らの
問題意識という「主観」に基づいて歴史を叙述する事になるのである。「歴史は畢竟
我自身乃至現代の投影」(五十五項)つまり良く語れられるところの「歴史を鏡にす
る」という事であり、現代と過去は現代に於ける問題意識によってリンクされる訳で
ある。日本精神なんぞやと問われた時代には国体明徴と銘打った歴史書物が量産され
た。真の革命如何、資本主義の行く必然如何と問われた時代にはメルト(マルクス
(M)、エンゲルス(E)、レーニン(L)、トロツキー(T))が店頭の最前列を
賑わせた。これは実に上記の理由故であると言えよう。

 最後に平泉先生は「我は歴史の外に立たず、歴史の中に生くるものである。歴史を
有つものでなく、厳密には歴史するものである。」(五十五項)と説く。私達は日本
に生まれ日本の気風を受けて育てられた。日本の歴史を真に理解出来るのは日本人で
ある。日本人が外国に行き、その国の素晴らしさを目にし、それに触れることは出来
る。しかし自らがその素晴らしさの源泉を体得し発露する事は全く容易には出来ない
事である。何故なら彼、日本人はその国にあっては外国人だからである。清流を伝え
るものはただ清流であり、炎は春風を伝える事は出来ぬ道理である。「我は歴史の外
に立たず、歴史の中に生くるものである」は正にこの宣言である。

歴史は現代に対する自らの問題意識を反映して叙述される。そしてその人は自らの歴
史の外に立つことはできず、歴史の中に生きる人である。日本の現状を憂う私達はそ
の問題意識を以って歴史に望むのであり、私達は日本の歴史の中に生きる為の歴史観
=「皇国史観」を掲げる。そして私達は「歴史するもの」、歴史の最前線に立つ人格
者で無ければならない。

文責:彩の國

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by shikisima594 | 2007-02-17 18:35 | 活動報告
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