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皇室への言葉を糺せ
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 亥年である今年は、年頭にあたって、「起って皇基を護れ!」という記事を投じたが、ここに書いてある事こそ、自分の今年一年の誓願であるし、この誓願に基づいた記事を何度か書いていこうと思っている。まず、その一つとして今回は言葉を糺せということを訴えたい。

 それは皇室に対し奉る言葉に他ならない。昨今の皇室に対し奉る言葉遣いの乱れは目を覆うばかりの物がある。去年十月の佐賀県毎日新聞在日記者不敬質問事件には多くの心ある日本人が怒ったことは記憶に新しい。

 中には「自分は普段はノンポリですが、これには自分の大切な場所が土足で踏みにじられたような怒りを感じました。」と書いていた方が何人も目につき、特に印象に残っている。皇室とは実に理論理屈を超越した、日本という共同体の中における国民との脈々とした紐帯の結晶であり、自分のように声高に尊皇をいわない人でも、皇室に対して適切な敬称をつかわれずにいると怒りを感ずるのは自然なことだろう。

 ところが、である。その皇室に対する言葉で我々が現在では普通に使ってしまっている中に、皇室を無き物にしようとする悪意や、欧米模倣の概念がかなり混じっており、いわゆる世間一般で名の知られた保守論客とされる人々ですら、それに気付かずに使っているのである。

 例えば、天皇制と天皇家という言葉がある。これなどはこのブログをご覧になっている人でも使っている人が多いかもしれないが、これらは二つとも戦後になって日本共産党が皇室を無き物にすべく作り上げた言葉である。

 その後、アカデミズムの場で日本共産党系学者が勢いを得た昭和四十年代に大学教育で使われ、そこで学んだ教師やマスコミが用いるに及んで、特定セクトの専門用語ではなくなり、「あなたは天皇制に賛成ですか、反対ですか?」という世論調査が行われるまでになったのだ。実に馴れとは恐ろしい。

 天皇制とは、皇室とは単に法律に規定されただけの制度に過ぎず、他の社会制度と同じく、いくらでも改廃できるという立場からつくられた言葉である。皇室の御存在を制度と定義するところから端を発してしるが、これ自体が大きな誤りである。

 確かに、皇室の存在に伴う制度は存在する。戦前の民族派言論においても「皇室制度」という言葉が使われている。しかし、ここで用いられているのは、あくまでも皇室典範や大日本帝国憲法に定められた条項を指してであり、天皇の御本質と実体存在を指してのものではない。

 例えばフェミニストなどが使う「家族制度」という言葉があるが、「家族制度」と「家族」はどちらが実体であるかを考えてみればよい。家族という存在があって、それに伴って家族制度としての法体系が成立したのであり、家族という存在こそが実体であり、家族制度の成立によって家族が誕生したのではない。ゆえに家族を制度と定義する事は出来ない。

 それと同じように、日本の歴史において民族の正気が、その統合者と仰ぎ奉る天皇のご存在をみるに至ったのだ。それにともない律令の頃から諸々の法が規定されてはきた。それらの法を「天皇制」と呼ぶ事は出来ても、天皇のご存在それ自体を「天皇制」と呼ぶ事は出来ない。ゆえに我々は天皇のご存在を制度に矮小化せしめる共産党造語の「天皇制」という言葉を使ってはならない。

 同様に「天皇家」というのも、「鈴木家、斎藤家、山田家と同じように、天皇家もただの家に過ぎない。その一家を税金で特別扱いするなど」という発想から生じた言葉である。つまり、皇室の尊厳をフツーの家にと同じであるとする前提に貶めることで、皇室を無きものにしようとの画策である。

 だが、皇室にはフツーの家のような名字が存在しない。なぜなら名字とは天皇よりいただくものであったからである。一度、家となれば中世や戦国時代以降の我が国の歴史ををみれば分かるように武士も商人も「家のために」ということを言う。

 それはそれで結構なことだが、「みなのために」という視点が欠落してしまう。それが姓を持つことの常である。だからこそ、昔において国民のことを「百姓」(姓を持った多くの者)といい、民族の統合者にして無私の大御心を持たれる天皇に姓がないのは当然であった。

 関東軍の作戦参謀で、戦後は愛国運動と歴史研究に取り組まれた草地貞悟氏は「もし天皇の姓をあげるとすれば『日本』だ。」と言われていたが、実に面白い指摘だ。まさに天皇に私がないからこそ、家として存在することもないである。だから我々の祖先は「天皇家」と言わず「皇室」と申し奉ったのである。

 そしてまた、これらとは違うが、本人に悪気が無くてもかえって皇室を貶めてしまう言葉がある。それは「◯◯大帝」というものだ。「明治大帝、昭和大帝」と本人たちにしてみれば、先帝陛下や明治天皇に対し奉る敬慕の思いから使っているのかもしれないが、これは欧米の国民が王を大統領のように評価する風潮を模倣したものだ。

 明治天皇を畏敬の念を込めて「明治大帝」と申し奉りたくなる思いはわかるが、それは同時に「明治天皇は大帝と呼ぶべき偉大な天皇であったが、逆に大したことの天皇がいた」という意味を常に含ませている事に気付かなければならない。その発想はややもすれば革命思想の萌芽にもつながっているのである。

 であればこそ、我々は本当に尊皇を言うのであれば、歴代皇祖皇宗全てに対し奉り、等しく御遺徳と大御心を仰ぐ態度を以て語るのが至当の態度ではあるまいか。他にも敬称の問題は多岐にわたりここで論ずる余裕がないが、言葉は体を表していく。ここで言葉を糺さなければ、祖先が綿々として抱いて来た思いを我々の代で途絶えさせることにもなりかねない。

文責:タカユキ

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by shikisima594 | 2007-02-15 20:08 | 随想・雑記
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