あけまして、おめでとうございます。
 喪に服さない全ての方へ、あけましておめでとうございます。民族への春の訪れをお慶び申し上げます。

 とはいっても、実際このお祝いは個人で行うに過ぎません。
 本日は、新天保暦では一月の一日でございます。季節の乱れにともない、武蔵では梅がもう散ってしまっているのは非常に残念ですが、全国にはまだ正月の風情が十分あることでしょう。

 本日は、初代カムヤマトイハワレヒコ天皇のご肇国から、ちょうど二六六七年が経つ節目の日です。近く、初詣の際には我が国の安寧を願う次第です。残念ながら、かかる行動もほんの一部の人にしか伝わらぬのです。我々は一刻も早く、大衆文化の国粋化を実現しなければなりません。その主張の完成と一部への宣伝が、本年の私の抱負となります。

 この日が元日であると見るのには、今の暦が誤っているという認識を私が持つことに原因があります。我が国の暦が、グレゴリオ暦を採っていて、しかもこれは西ローマ帝国の宗教的影響のもとにあるというお話は、以前一つ項をさいたとおりです。より正確には、我が国の法令上、我が国はグレゴリオ暦というものを採っているのではなく、それと全く同じ計算式で暦をするのですが、これは事実としてやはり同じ事と見なければなりません。このグレゴリオ暦というのは、太陽暦でした。

 我が国はこれまで、太陽太陰暦以外の暦を使ったことがありませんでした。そして、オオヤシマという、正統的な民族地域で起こる月食や日食などの諸現象の本に繰り出されたのが、以前まで使われていた天保暦でありました。太陽暦は、日本での農耕やその他の歳時に全然あっていません。農業は、歴史の原点以来国家の礎でありましたし、そうでなくとも民族の生活の基礎的なめぐり方を決定するものでありました。並べて人類にとって、農業がすべての生活の基礎となることが判然としている現在、神話以来の農耕民であったことは我々の誇りとなっていても不思議ではなかったはずです。

 その国家の成れの果てが、現在食料自給率が四割ほど、しかも国家と癒着した大企業の諸外国との貿易の関係上、減反政策が未だ終わらない国家となってしまったのも、ひとえに我々のような立場の落ち度であったものでしょう。農本主義は現在、弱者救済を一切視野に入れない企業間の闘争の中では全く無視される傾向にあります。

 我々人類は、技術の体系としての科学を発達させてきましたが、その一方でこの三百年、自然を無視してきた経緯があります。草木に神が宿ると信じる我々の思想は、この自然無しには考えられないものであったのですが、我々は明治の初め、やむを得ず殖産興業の道を選び、近代化を成し遂げました。敗戦後、この基盤は愛国心愛郷心と道徳観を喪失するにともない、日本人の自然観はかなりの程度痛めつけられました。農業と、自然環境と、草木をめでる心、そして都市景観は連なっていて、我々は一度にこれら全てを葬ってしまうところまで来ているのです。ですが、思想的に自然環境破壊の反省が行われた転換の結果、たった三〇年しないうちに、日本の環境技術は世界の先端を走っています。

 我が国の経済は、先進的な工業と、それを支える職人精神によって支えられているすばらしい体制でありました。それが、我が民族本来の自然観と、更には大規模で現実的な課題の認識に基づいた結果、まさに世界はこの技術の恩恵を受け入れなければならないところにきたのです。よく言われることを復唱することになりますが、我々は自然を養うための科学技術を、全力を上げて開発しなければなりません。そして、世界的に見て日本製品は、そのような位置付けのもとに十分な需要が見込めるようなことになりつつあります。我々の行くべき末が見えてきたのです。

 ですから、その実現のためわれわれは、民族を成すすべての人々に、我が国の自然を認知してもらい、愛着を持っていただく必要があるのです。
 このような講釈で、梅のかむせぶ正月というものは、現実的な必要性が全くないわけではないということが、皆様にお分かりいただけますでしょうか。

 ムネカミ

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-02-18 21:33 | 随想・雑記
<< 朝鮮カルト、勧誘の実態 その1 2月16日、皇国史観研究会勉強会 >>