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国士舘歌解題
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 晴れて国士舘大学に入学した諸君、心から入学をお祝い申し上げる。今回はそうした諸君らと、そうでない学外の方々に対し、国士舘がいかなる精神と理念で建てられているかを、簡単にお話ししたい。

 大学の精神が端的にあらわされるのは、何といっても校歌である。国士舘には校歌ではなく、舘歌というものがある。作詞が創立者の柴田徳次郎先生で、作曲が東儀鐵笛氏である。実際に聞きたい人は、國士舘大學應援團リーダー部で公開されているので、聞いていただきたい。今回は国士舘の精神を示す意味で、舘歌の解説する。

一、
霧わけ昇る陽を仰ぎ
梢に高き月を浴び
皇国に殉す大丈夫の
ここ武蔵野の国士舘

二、
松陰の祠に節を磨し
豪徳の鐘気を澄ます
朝な夕なにつく呼吸は
富獄颪の天の風

三、
区々現身の粗薪に
大覚の火を打ち点し
三世十方焼き尽くす
至心の焔あふらばや
至心の焔あふらばや

 まず第一番であるが、冒頭の「霧わけ昇る…」は大正時代当時の国士舘の様子をあらわしている。当時の世田谷の校舎周辺は田畑ばかりで、森が鬱蒼と繁る閑散とした場所であった。朝ともなれば霧がでて、そこから朝日が昇り行くさまを当時の学生たちは仰いでいたのである。

 「皇国に殉す大丈夫の」とは国士舘の神髄とでもいうべきものである。一天万乗、天壌無窮、万世一系の 天皇陛下を戴いた皇国のために殉ずる事を目的としているのである。これは創立者自らが特に力説している点である。

 二番の「松陰の祠」とは、国士舘大学の隣にある松陰神社の事である。言うまでもなく、ここの御祭神は幕末の志士である吉田松陰先生である。境内には吉田松陰先生の墓所まである。創立者は深く吉田松陰先生を尊敬しており、いずれ大学をその近くにつくりたいと考えており、現在の場所に移転したのである。

 「豪徳の鐘」は、国士舘から西にいったところにある豪徳寺である。ここには勅許を得ずに開国に踏み切り、尊皇攘夷の志士などに大弾圧を加えた井伊直弼の墓がある。吉田松陰先生と、井伊直弼が国士舘を挟んで隣り合って鎮まっているのも、奇しき縁である。

 「富獄颪の…」とは日本の象徴とでもいうべき霊峰富士のことだ。国士舘大学は世田谷、町田、多摩の三校舎を有するが、いずれの校舎からも富士山を拝することができるのである。

 三番の「区々現身の粗薪」とは、繊維の目が細かい松明の薪に人間を例えた言葉である。その薪に「大覚」と言う程に透徹した悟りの炎ともすのだ。「三世十方」とは、過去・現在・未来で三世、東西南北とそれぞれ間の方位、更に天と地で十方である。

 これはつまり、現世全てに満ち満ちるばかりの影響を及ぼし渡るという意味である。そのともされた炎は至心、すなわち雑念や邪気のない純粋なまごころと高い志の炎であれ、という事なのだ。

 どうか新入生諸君には、この舘歌の精神を胸に、殉国の至誠の炎胸いっぱいに燃やして、悔いの無い大学生活を送り、立派な国士となっていただきたいと思う。むろん、我々も尚一層、精進をつむつもりである。

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by shikisima594 | 2007-04-09 20:38 | 随想・雑記
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