六月八日勉強会における、私の発表
六月八日勉強会は、三人ほど発表者がいましたが、私はその中で「国家理念としての八紘為宇思想」という題でお話いたしました。この要綱に加筆して、皆様の目に触れたく思います。

■出典

 『日本書紀』巻第三 神武天皇の条 三月辛酉朔丁卯 「皇都経営之詔」

「夫れ大人(ひじり)の制(のり)を立つる、義(ことはり)必ず時に隨ふ。苟(いやしく)も民に利(くぼさ)あらば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)はむ。且(また)當に山林(やま)を披拂(ひらきはら)ひ、宮室(おほみや)を經營(をさめつく)りて、恭(つゝし)みて寶位(たかみくらゐ)に臨み、以て元元(おほみたから)を鎭(しづ)むべし。上は則ち乾靈(あまつかみ)の國を授けたまふ德(うつくしび)に答へ、下は則ち皇孫(すめみま)の正(たゞしき)を養ひたまひし心(みこゝろ)を弘めむ。然して後に六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と爲(せ)むこと、亦可(よ)からずや。」
 『www.japanesehistory.de - Personal Homepage of Sven Saaler』内の『國體の本義』文部省から http://www.svensaaler.de/Treaties/1938KokutaiNoHongi.htm
 の
 「あめのしたをおほひていえとなさむこと、またよからずや」からとられた。

 「あめのした」は、世界を現す場合もある。

「すめみまのみことのみかどをはじめて あめのしたよものくにぐにには つみといふつみはあらじと」
「すめらがみかどにつかへまつるつかさづかさのひとどもをはじめて あめのしたよもには けふよりはじめてつみといふつみはあらじと たかあまはらにみみふりたててきくものとうまひきたてて ことしのみなづきのつごもりのひのゆふひのくだちのおほはらひに はらひたまひきよめたまふことを もろもろきこしめせとのる」
 『六月晦大祓 みなづきのつごもりのおほはらひ』から

 このうち前者の場合、おほやしまの内部を特に意識しているものと思われる。
 後者は、それを合わせた世界中を意識していたものではないだろうか。

■概念

 田中智学氏が、(グレゴリオ暦)大正二年〇三月一一日、国柱新聞に「神武天皇の建国」という論文において使った、「八紘一宇」の語が広まり、国政にも大きな影響を与えた。戦前までは、公に国家理念であることが認められていた。


■社会の思想として発言として

 日本船舶振興会会長 笹川良一
 彼は「人類皆兄弟」という言葉を作って流行らせたが、これは八紘一宇の既存のアングロサクソン語約である「"universal brotherhood"」を介した現代語訳と思われる。

 西村眞悟(当時)内閣防衛政務次官
「政治家としてのライフワークは国軍の創設ですわ。(自衛隊じゃなくて国軍)もちろんそうです。(地球防衛軍というのはどうですか)そら、オモロイ。全世界への展開。「大東亜共栄圏、八紘一宇を地球に広げる」や。ボクは民族主義者やけど、民族主義者でなかったら政治家の資格はないと思ってるからな。」
『週刊プレイボーイ (グリゴレオ暦)平成一一年一一月〇二日号』


■その正統的な解釈の試論 「民族統一」か「民族解放」か

 ●当初は「民族統一」をさしていた。

 日本書紀が触れたことがわが国の歴史として適切なものとする。
 この原点にある当時の考え方では、「あめのした」という言葉は、日本と、それを含めた世界と両方の意味で用いられるものと思われるが、この文中では、明らかに、内戦状態にあった日本すなわち「おほやしま」の範囲を強調したものであろう。我々が八紘一宇を解釈するに当たっては、この範囲の問題は重大である。
 また、「いえ」という概念は、血統的なつながりを含め、氏と姓などに現れる、いわゆる氏族的、親族的な縁を意識する共同体をさす。血統の相関は、これも重大な要素である。血統が関さない場合、この言葉は世界の協調を謳いあげていることになる。
 おそらく当初、大和言葉で発されたであろうこの言葉は、日本という国家の内部での結束を求めたものと思われる。それは、当初「民族統合」を示していたものであろうと考える。そして、「おほやしま」はその後二千年以内に十分に神武天皇の王朝に統合された。少なくともすでに戦国時代以前には民族は統合されていたのであろうから、この意味での八紘一宇は、すでにその時代までに完成していたと見るべきである。

 ●その後、正当なる論理の元に、「民族解放」あるいは「共存共栄」の志向に発展した。

 しかしながら、この際、八紘一宇がその当初の意味と違っていると考えるにしても、この言葉が民族解放をさす言葉として、わが国の主義と認知されるようになったのには、正当性があるとみなされなければならない。

 第一に、この言葉自体に、「おほやしま」という限定は明確にはされていない。当時は、一応おほやしま以外の領地は認知されていたのであって、実際にその時点で行動に移すということは考えられないにしても、諸外国をある程度意識していたとも考えられる。天壌無窮の神勅を省みれば、彼の考えは地域的に限定されるべきでなかったということが、少なくとも規範としてあったと見るべきだろう。

 第二に、もし神武天皇が健在なら、果たして今むしろ広く使われる言葉の「世界」に、何を思うだろうか。そのような問いこそが、我々の正統な目的の審議に他ならない。

 第三に、その答えは、明確に後世の本朝において選択された。それこそが、大東亜戦争であった。これは、民族解放としての八紘一宇を目的にした聖戦だと、当時の国体は考えたし、そうであったと我々は今、信じている。


■大東亜共栄圏という思想への志向の哲学

 ●哲学者西田幾多郎氏の国策的な思考に、民族解放としての八紘一宇を日本が選んだ思想が明るい。彼の『世界新秩序の原理』を資料として載せたい。

※「 ~ 」で中略を表す。
「世界新秩序の原理 西田幾多郎

 世界はそれぞれの時代にそれぞれの課題を有し、その解決を求めて、時代から時代へと動いて行く。ヨウロッパで云えば、十八世紀は個人的自覚の時代、所謂個人主義自由主義の時代であった。 ~ 十九世紀は国家的自覚の時代、所謂帝国主義の時代であった。 ~ 国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争と云うものを免れない。 ~
 今日の世界は、私は世界的自覚の時代と考える。各国家は各自世界的使命を自覚することによって一つの世界史的世界即ち世界的世界を構成せなければならない。 ~ 今日の世界大戦は徹底的に此の課題の解決を要求するのである。一つの世界的空間に於て、強大なる国家と国家とが対立する時、世界は激烈なる闘争に陥らざるを得ない。科学、技術、経済の発達の結果、今日、各国家民族が緊密なる一つの世界的空間に入ったのである。之を解決する途は、各自が世界史的使命を自覚して、各自が何処までも自己に即しながら而も自己を越えて、一つの世界的世界を構成するの外にない。私が現代を各国家民族の世界的自覚の時代と云う所以である。 ~ 各国家民族が自己に即しながら自己を越えて一つの世界的世界を構成すると云うことは、各自自己を越えて、それぞれの地域伝統に従って、先ず一つの特殊的世界を構成することでなければならない。而して斯く歴史的地盤から構成せられた特殊的世界が結合して、全世界が一つの世界的世界に構成せられるのである。 ~ これは人間の歴史的発展の終極の理念であり、而もこれが今日の世界大戦によって要求せられる世界新秩序の原理でなければならない。我国の八紘為宇の理念とは、此の如きものであろう。 ~ 十八世紀的思想に基く共産的世界主義も、此の原理に於て解消せられなければならない。
 ~ 東亜共栄圏の原理も自ら此から出て来なければならない。従来、東亜民族は、ヨーロッパ民族の帝国主義の為に、 ~ 各自の世界史的使命を奪われていた。今や東亜の諸民族は東亜民族の世界史的使命を自覚し、各自自己を越えて一つの特殊的世界を構成し、以て東亜民族の世界史的使命を遂行せなければならない。これが東亜共栄圏構成の原理である。 ~ 而して一つの特殊的世界と云うものが構成せられるには、その中心となって、その課題を担うて立つものがなければならない。東亜に於て、今日それは我日本の外にない。 ~

 今日の世界的道義は ~ 各国家民族が ~ 世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。我国体は単に所謂全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成し来った所に、万世一系の我国体の精華があるのである。 ~ 皇道には、八紘為宇の世界形成の原理が含まれて居るのである。
 世界的世界形成の原理と云うのは各国家民族の独自性を否定することではない、正にその逆である。 ~ 私の世界的世界形成と云うのは、各国家各民族がそれぞれの歴史的地盤に於て何処までも世界史的使命を果すことによって、即ちそれぞれの歴史的生命に生きることによって、世界が具体的に一となるのである、即ち世界的世界となるのである ~ 私の世界と云うのは、個性的統一を有ったものを云うのである。 ~ 今日の世界状勢は世界が何処までも一とならざるべからざるが故に、各国家が何処までも各自に国家主義的たらねばならぬのである。而してかかる多と一との媒介として、共栄圏という如き特殊的世界が要求せられるのである。

 我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亜を植民地視するその帝国主義にあるのでなければならない。又国内思想指導の方針としては、較もすれば党派的に陥る全体主義ではなくして、何処までも公明正大なる君民一体、万民翼賛の皇道でなければならない。

 ~ 私の云う所の世界的世界形成主義と云うのは、他を植民地化する英米的な帝国主義とか連盟主義とかに反して、皇道精神に基く八紘為宇の世界主義でなければならない。抽象的な連盟主義は、その裏面に帝国主義に却って結合して居るのである。

 ~ 」
『青空文庫』内の『西田幾多郎全集 第十二巻』 岩波書店 (グレゴリオ暦)昭和四一年 http://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/3668_16431.html


■その精神の表現

「大和(たいわ)の世界の具現

 和は真の融合であつて、日常離るべからざる人倫の道である。一個人、或ひは一国家が、飽くまで自己を主とし自我を主張する場合は、矛盾対立を調整緩和するための共同・妥協・犠牲等はあるであらうが、それは真の和ではなく、常にその中に対立関係を孕んでゐる。
 わが国の和は、かゝる互ひに独立した個人の機械的協調ではなく、国民各々分を守り、分に応ずる奉公の行において一体となつて自己の存在を全うすることである。
 かゝる和の精神を諸国家・諸民族の間に顕現してゆくことこそ、まさに共栄の根本精神であり、新秩序の指導精神であらねばならぬ。かゝる精神に基づいてこそ、各々その所を得て、相互の敬愛の間にそれぞれその所に応じてその発展をみつゝ、全体の真の福祉と平和が齎されるのである。八紘を掩(おほ)うて宇(いへ)と為すとはまさにこのことである。
 わが国は国名に示されているとおり大和の国である。しかして我が国の我が国たる所以は肇國以来定まれる國體の儼存することであり、神(かむ)ながらの国に神(かむ)ながらの道が具現せられることである。大和の根源もまたこゝにあるのであつて、大和は万邦をしてそのところを得しめ、万民をして各々その堵に安んぜしむることの根源である。
 かくて日本世界観は決して、大八洲国のみの平安幸福を求め希ふものではなく、或ひはまた超越的、観念的な世界を想定して諸国家・諸民族の抽象的な平等無差別を主張するものでもない。日本世界観は諸国家・諸民族をして真にそのあるべき姿にあらしめることを旨とするものであつて、諸国家・諸民族はすべてこれ各々そのところに従つて存立しつゝ、大和の世界を具現して、一家として相共に睦み栄えるべきものとみるのである。」
 『日本的世界観と世界新秩序の建設』 文部省 (グレゴリオ暦)昭和一七年〇五月一三日

「帝国の大理想は東亜に於ける新秩序の建設である。即ちアジアの復興であり、興隆であり、繁栄である。その東亜とは日、満、支を枢軸としこれに更に南方を包含しこれによつて始めて世界のブロック圏に対して立ち得べき自給自足圏を確立し、帝国は東亜の指導国家たるの実力を具備することが出来るのである。
 この自給自足圏は別言すれば、帝国の国防圏である。この国防圏を確保せんがためには、我々は前途に於て、いくつかの民族との戦ひを常に覚悟しなければならないであらうし、これなくしては東亜の新秩序建設も望めないのである。しかも東亜新秩序建設の目標は大であり帝国の大理想達成の前途には大いなる試練が横たはつてゐる。この大事業は勿論一朝一夕で出来上るものではない。満洲事変はその第一段階であり、支那事変はその第二段階である。南方政策実現はその最後的段階であるといへる。 」
 『世界情勢と事変処理の目標』 陸軍省情報部 (グレゴリオ暦)昭和一五年〇七月〇三日

「申す迄もなく今次聖戦の目的は、遠く我が肇國の大理想に淵源するのでありまして、善隣友好、共存共栄の大義に立脚して東亜に於ける永遠の平和を確立し、依つて以て世界の平和と人類の福祉とに寄与せんとするに在るのであります。而して東亜長久の平和は、先づ以て国を隣する日満支三国の堅き結合を枢軸とし、更に全東亜の諸国竝びに諸民族が、真に打つて一丸となり、一体共同の発展を遂げて行くことによつてのみ確立し得られるものと確信致すのであります。この事たる、極めて密接なる関係にあります東亜諸民族の本然の要望であり、この要望を達成するために最善の努力を致しますことは、東亜の安定勢力たる帝国に課せられたる当然の使命であります。東亜の新秩序も、かゝる地盤の上にこそ、築かれるものと信ずるのでありまして、支那事変の処理も亦この方向に嚮つて進みつゝありますことは申す迄もありません。」
 『支那事変三周年を迎へて』 米内内閣総理大臣講演 (グレゴリオ暦)昭和十五年〇七月〇七日 日比谷公会堂

「皇国日本は世界永遠の平和を打ち立てますため、まづ東亜に於ける新秩序の建設を望み、米英に対して大東亜戦争を宣戦するに至つたのであります。而して大東亜共栄圏建設の基本理念は過去の世界歴史にありましたやうな力の原理に基く権力の覇者たらんとするものではなく、飽くまでも高遠な崇高な平和の真理に深く根を下した建設のための闘ひであります。
 皇国日本の世界政策は、建国の肇めから一貫した理念に生きて来てゐるのであります。即ち八紘為宇の大精神に則りまして、万邦をして各々そのところを得せしめんとする 大御心の下に終始したのであります。この真理たるや時間的に見ましても、空間的に見ましても、これを古今に通じて謬らず之を中外に施して悖らない千古不磨の一大理想であります。日本は国家の全力を傾けてこれを全世界におし汎めなくてはならないのであります。が、まづ東亜の全域をかゝる道義的一大秩序の下に安定せしむべき尊い使命を有する国であります。」
 『大東亜共栄圏建設の根本理念』 企画院第一部長 秋永月三 (グレゴリオ暦)昭和一七年〇二月一六日

「東亜永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝国ノ光栄ヲ保金セムコトヲ期ス」
 『開戦の詔書』

「朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス」
 『終戦の詔書』

「大東亜各国は米英の飽くなき侵略に対し、相携へて大東亜を米英の桎梏より解放し、其の自存自衛を全うせんが為、有らゆる艱難を克服して共同戦争の完遂に邁進し今日に及べり。
  ~ 大東亜各国は曩に共同宣言を発して大東亜戦争の意義と目的とを閘明せるが、今や米英の暴力に依り、国際正義と人類の福祉とが全く蹂躙せられんとしつゝあるを黙視し得ず、茲に大東亜各国は其の抱懐する共同の戦争目的に基く、真の世界秩序建設の為の指導原則を重ねて中外に明ならしめ、一方之を阻止破壊せんとする米英の非望に対しては、飽く迄其の総力を結集して戦争を完遂せんとする牢固たる決意を新に表明せんとす。

 『大東亜大使会議共同声明』 (グレゴリオ暦)昭和二〇年〇四月二三日


(関岡)(前略)結局、思想としての大東亜共栄圏は、日米の軍事力・経済力の格差、つまり物量の前に破れた形になりましたが、その思想的価値自体は、今でも失われていないと思います。
(佐藤) 欧州統合の理念とまったく同じですし、現在ロシアが進めているユーラシア主義とも通底しています。自分たちの一つの文化圏、完結した世界の中では独自のゲームのルールが尊重されるべきである。それが自閉するのではなく、外の世界と互いに切磋琢磨し合って共存していく。そこには世界制覇などという発想は出てこないんです。
 それぞれの文化圏、文明圏が固有の価値観に基づいた自己完結した世界を持っている。そのあたりを理論的に整理しているのが、一九三九年に出た『廿世紀思想』(河出書房)というシリーズです。その第八巻に、戦後左派として活躍した務台理作(哲学者)が編集した『全體主義』という巻があります。その解説に、「全体主義には複数の全体がある。普遍主義の対立項が全体主義なのだ。」と書いてあります。
(関岡) 私も、単一の「普遍的」価値観による世界の平均化という米英の戦略的思考、すなわちグローバリズムへのアンチテーゼになりうる唯一の理念は、多元主義的な棲み分けの論理、日本人が考え出した大東亜共栄圏以外にないと思います。

『アメリカの日本改造計画 マスコミが書けない「日米戦」』 イースト・プレス (グレゴリオ暦)平成一八年一二月二五日

■我々の志向

 八紘一宇は、天壌無窮の御神勅に一部が含まれる国体護持の主義と並んで、本朝で最も重要な主義として受け止められるべきである。そのどちらも、国体にとって、現代に至ってなお重要な主義思想である。
 天壌無窮が国体護持、その手段としての万世一系を現しているのだとすれば、八紘一宇は世界平和と、その手段としての民族解放を現しているものと考えるべきである。

 日本語wikipedia 2チャンネルなどの電網情報も参考にしました。
 ムネカミ

応援よろしくお願いしいたします。
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by shikisima594 | 2007-06-10 23:59 | 活動報告
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