平泉澄「国史学の骨髄」を読む
 今回は平泉澄「国史学の骨髄」(著平泉澄、編田中卓『平泉博士史論抄』平成十年二月、青々企画、収録)を取り上げる。本論文は「昭和二年六月二十三日朝に一気に書き下され、同年八月発行の「史学雑誌」(三八─八)に掲載された。」(同書「解題」五百八十項)ものである。昭和二年というと、平泉先生は東京帝国大学助教授、当時三十三歳であり、京大学連事件が世相を騒がせていた時代である。

 この背景も含めて、平泉先生の歴史観が強く見て取れる重要な論文であると私は考えている。

 まず初めに「歴史のあるのは単なる時間的経過の為ではない。」と平泉史学に於ける歴史の定義を行う。歴史とは「明らかに高き精神作用の所産であり、人格あって初めて存在し、自覚あって初めて生ずるものである。」(八十三項)と説く。以前平泉澄「我が歴史観」を紹介したがそこに於いても触れられた平泉史学の大切な部分である。

「単なる時間的経過」を歴史と言うならばこの世に存在するあらゆるものに歴史が存在し実際その様な意味で使われる事も多い。しかしそれでは鳥獣と人間に於いての歴史には差が無い事を意味する。それでは何故我々は国史を学ぶのか、鳥獣と同じならば取り分け国史を大事にして学ぶ意義も無いであろう。ここで「人格あって初めて(歴史は)存在」すると定義する事で人間と鳥獣山河と区別し、国史学の独立性を確立しようとしたのである。

 そしてその「人格」に対しても「進歩発展」を要求する。藤原頼長や特に日蓮を例に挙げその過去・現在・未来の精神の変化に着目しこれを個人に於ける重要な時代区分目安と考える。ここでは人格あって歴史が始まると思考している事に留意しよう。


 次に「重要なるは、歴史は即ち復活なりといふ事である。」(八十五項)「(崇高なる人格に)生命を与へて歴史の殿堂に迎ふるものは、現代人の認識の力である」(同項)と説く。どういう意味だろうか。具体例として橘曙覧の歌の価値を評価した正岡子規、本居宣長の精神を受け継いだ伴信友・平田篤胤、神勅・神器の意義を明らかにした北畠親房の様に、例えその時代に大なる評価を受けなかったとしても、彼等「人格」者と同じ「人格」を持つ人間が表れれば何十年何百年時を経ようとも其の精神はいつでも現代に「復活」する。「火を伝えるものは火でなければならず」(八十六項)「同じ偉大さ」(八十七項)を持たなければ歴史・精神を受け継ぐ事は不可能であると言う事である。

 以上の事を踏まえ、本論文で私が一番重要であると思う所を、少々長いが引用する。


「更に思ふ、我等は紛れもなき日本人として、桜咲く日本の国土の上に、幾千年の歴史の中より、生まれ出で、生ひ立ち来たつた。我等のあるは、日本あるによる。日本の歴史は、その幾千年養ひ来たつた力を以て今や我等を打出した。我等の人格は、日本の歴史の中に初めて可能である。同時に、日本の歴史は、我等日本の歴史より生まれ出で、日本の歴史を相嗣せる日本人によって初めて成立する。仏を相嗣せるものは仏でなくてはならない。宣長を復活せしむるものは、篤胤でなければならない。(略)日本の歴史を求め、信じ、復活せしむるものは即ち我等日本人でなければならない。」(八十九項)


 平泉先生は「日本の歴史=崇高な人格者達の歴史」と捉えている。この人格者達の歴史から生まれてきたのが「我等日本人」である。「我等日本人」が歴史を受け継ぐ為には「人格」を作らねばならない。「人格」を作るとは如何なることか。「志尚立たざる者に於いては、歴史は未だ存しない。」(八十三項)から考えると「人格」を作るとは志を立てる事である。

 志(=人格)は「日本の歴史(=崇高な人格者達の歴史)の中に初めて可能である」のだからその志は崇高な人格者(曙覧・篤胤・親房等)と同じかそれ以上の志を持たねばならぬという条件が出てくる。そうする事によって初めて歴史を受け継ぐことが出来る=崇高な人格者達の「人格」を受け継ぐ事が出来るのである。これを「相嗣」と表現している。

 崇高な人格者の歴史を受け継ぐ事が出来た人は人格者となり、日本の歴史を構築していく。それはまた後世に伝えられる。そして次の時代の者がその人格者に感化され、志を立て人格者となり、歴史を作り…と無限の連鎖を繰り返す。「現代人の認識の力」を要求し、「かくて日本の歴史は、日本精神の深遠なる相嗣、無窮の開展であ」(九十二項)る。と宣言するのはこの理論による。


 では、歴史の捉え方についてはどう語っているか。「史学は科学として純粋客観を必要」(八十九項)とする為私達となんら関与する事の無い外国の歴史に於いて「最も完全にして公平なる歴史」(同項)を見る事が出来るという見解がある事について、歴史は「単に事実をありのまゝに描写すべきものと解する僻見」(同項)であるとし「歴史は、その本質に於いて、決して事実そのまゝの模写ではない」(同項)「無関心の傍観者として対するならば、この世相は複雑混沌極まりなく」なってしまうとする。

 うがった見方をする方はこの部分を平泉は事実を無視しても良いと言っていると考える様だがそれは間違いである。平泉先生の実証主義に関する見解は今まで紹介してきた。ここで平泉先生が言いたい事は、事実をありのまま並べるとしたら起床から昼食、就寝まで全て書く事が求められる。その様な事は不可能だ。歴史を捉えるには必ず歴史家の問題意識が反映されてしかるべきである、という意味である。ではどうするべきか。

 「我等が之を(=歴史を)組織するは、自らの意志により、信仰による。歴史は単なる知的所産ではない。歴史の認識は知的活動の外に情意の活動を必要と」するものであると説く。意志は勿論歴史を受け継ぐ為の歴史家の人格である。信仰とは「人格者」の精神を信じ汲み取らんとする心である。「神を信ぜざるものには神の存在は感知し得ない。」(八十六項)と言うが如く、歴史の中より積極的に精神を汲み取ろうとするならば己自身は人格者達の精神を信じなくてはならない。歴史的に、結果的にそうなった、ではなく、人格者達がこうさせた、と信じなくては彼等の行為は全て偶然的なものとしか解釈出来ない。

また、ここで急に「信仰」が出てくる背景として、大正末期に平泉先生が直面した“文献研究でも説明がつかず膠着した論議を打破する為”にこの様な心理面が強調されたと研究する論もある。(昆野伸幸「平泉史学と人類学」日本思想史懇話会編『季刊日本思想史』六十七号、ぺりかん社、平成十七年十二月参照。また此の部分だけではなく、本記事全体も之を踏まえている)

 歴史は「我が意志」で「組織」され、「我が行」で「把捉」され、「我が全人格」で認識される。平泉先生にとって歴史は日本の歴史を構築した人格者=日本人の歴史なのだから、我等日本人が認識出来るのは「祖国の歴史に於いて」他にないのである。つまり人が認識すれば歴史=人格者達はいつでも「生きている」と言える。それは「歴史は永生」(以上引用全て九十項)である事を確信する事だった。


 次の段に移ろう。平泉先生は歴史の変化は人格の発展ではならないとし、革命は国家に於ける「発狂の際の如き」(同項)ものであった。日本に於いては神勅の発露である建武御中興により明治維新により「国家の歴史は絶えず生き生きと復活する。」「未だ曾て革命と滅亡を知らず、建国の精神の一途の展開として、日本の歴史は唯一無二であ」り、日本の歴史こそ「歴史の典型」であるとする。(同項)


 そして「史学は、歴史を抽象化して法則を立てんとする学問では決してない。」(九十一項)と説く。「歴史」の「抽象化」と「法則」を立てようとする学問の動きとは、時代背景を考えると人類学・唯物史観を念頭に入れていると思われる。平泉先生は歴史の研究(法)は日本には日本の、東洋には東洋の、西洋には西洋の「独特」のものがあり、その為領分が分かれていると反論する。また今西洋史学が日本に流入したとはいえその長所を取り込んだ後、日本の研究法は自らの特異性を発揮して「本来の面目を明らかにするであらう。」(同項)と言う。何故此の様な事が言えるのか。「独特」とは何か。それは「日本精神」(同項)であり「東洋精神」(同項)ある為である。「国境は単なる地理的のものではない。否地図の上にすら国境あり、況や、精神界の微妙なるに於いておや。」(同項)と説明する。

因みに「学問に国境なしをいふを、単に学者の提携、相互の補助と見れば即ちよし。」(九十二項)「かくいふ事が、世界的知識の拒否を意味するものではない事はいふまでもない」(同項)としている。簡単に言えば精神の混同は反対、技術の流用は可也という訳である。
 最後の纏めである。日本の歴史は「日本精神の深遠なる相嗣、無窮の展開」(同項)であり、これは「歴史の典型」であり、日本のみに存在する。日本人は日本の歴史の中で初めて人格を作ることが出来、之を受け継ぐことが出来る。此の中で歴史の研究も日本独特の発展を遂げてきたと言う訳である。「国史学は国史学として、あざやかに一個独特の旗幟を翻す。日本精神にして亡びざる限り、この旗も亦断じて倒されるべきではない。」(九十三項)と論文は締めくくられた。


 結末から分かるように直接の目的は当時流行の人類学・唯物史観に対する国史学の優位性・独自性を確保せんが為に打出された攻勢的論文なのである。これも平泉先生に於ける歴史観の形成過程に於いて非常に興味深いが、またその国史の独自性の理由に着目すべきであろう。人格の形成と継承を柱とする事により人類学・唯物史観と決別し、これをもって国史を日本精神の連続と捉えたのである。また歴史家に主体的な歴史認識を訴え、それを「行」と表現したのも注目して良いだろう。私が平泉先生に興味を寄せるのはひとつにこの点である。以前紹介した葦津珍彦先生の論文の時代の様に、「神州不滅」の確信が迂闊には持てない時代になってしまった。現代に於ける“国難”を克服する為には我々日本人ひとりひとりが思考と行動を要求される。その中に於いて、歴史から(静的である)「神州不滅」の確信と、(動的である)「国体護持」の信念を紡ぎ出す為、平泉先生の唱える主体的な認識、人格の形成と継承という能動的な歴史学に、現代を克服する鍵が隠されているのではないかと感じているのである。

彩の国

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by shikisima594 | 2007-06-20 23:58 | 読書録
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