『反米論を撃つ』を撃つ 第一回
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前にこのブログで小林よしのり氏と西部邁氏の『反米という作法』を紹介した。この『反米論を撃つ』は、小林・西部両氏を含め、日本の「反米派」の主張を批判し、アメリカを正しく理解する事を目的として発行されたらしい。

初版が平成15年に出ており、産経新聞記者の古森義久氏と杏林大学教授の田久保忠衛氏との対談をまとめたもので、『反米という作法』と同じ趣きの本である。本来なら僕は普通にブログ掲載一回分だけの文章量を書くつもりだった。

しかし、読み進めるうちに言い表せない違和感を感じてきた。次第に違和感は不快感に、そして義憤へと変わるのにページ数と多くの基礎知識はいらなかった。今回の読書録は、まことに申し訳ないが終止、日本人としての僕の義憤で綴られている。その点をご理解の上、御覧頂きたい。

古森・田久保両氏は自他ともに「保守」を称する地位にあるはずだ。僕も日本の保守派を気取っているから、その点は同じだ。しかし、この『反米論を撃つ』は普通に読んでいてもツッコミ所が盛り沢山なのだ。日本の保守論壇がどんなに退廃しているかを象徴するかのようだ。

まぁ前置きが長くなったが、早速本題に入ろう。『反米論を撃つ』は全七章で構成されている。今回はその中から「第一章アメリカを読む指針」を取り上げてみたい。

まず最初に古森氏が、アメリカを読む指針として、一・全体像の把握、ニ・日本にとってプラスかマイナスか、三・国際的規範、四・道義倫理をあげている。 この中で古森氏は、この指針のうち、二番目のことに関して、
「アメリカのイラク攻撃では、誤爆などでイラクの民間人が死ぬかもしれない。そのことだけをみれば、攻撃は悪だと言えるかもしれない。民間人をたとえミスにせよ、軍事攻撃で殺すことはそれ自体、当然ながら悪でしょう。反対すべき事象でしょう。しかしその倫理的な判断と、日本にとってのプラス、マイナスはまた別です。」(15頁)
と言っている通り、彼らの言う「国益」とは、道義倫理よりも優先する物であるようだが、そのような「国益」を掲げる事が保守派が保守すべき「道義国家日本」の理想であるのだろうか。さらに田久保氏は「国益のためには悪魔と手を結ぶことがある。生存のためにはやむを得ない。」(27〜28頁)と言っているが、これでは何のための国益なのか極めて不明瞭だ。

両氏は冒頭から、反米派の主張は感情的で非論理的なプロパガンダであるかのように言っているが、次のような行がある。

田久保「これは繰り返しになるけれど、アメリカとテロリストは同じ机上に載せられますか。」
古森「載せられるわけがありません。」
田久保「まったく違う異質なものでしょう。これを同じテーブル載せるというのは、理屈で反論するというよりも、感覚の問題で辟易します。」(28頁)

このように両氏が「感覚」というように、この後も二人はテロリストとアメリカは全く違う、警棒と棍棒の違いだ、と言うのみで、論理的理屈は提示せずに話しをすすめていく。ここに論理性は垣間みられない。 また次のような箇所もある。

田久保「大量破壊兵器はまだ見つかっていませんが、過去の巨大な犯罪行為を忘れては一方的な見方になります。八一年にイスラエルはイラクのオシラク原子炉を急襲して破壊しました。世論はイスラエルを批判したが、イラクが核を持っていたら中東はどうなったか。」(29〜30頁)

古森「あれだけの戦争(引用者註:アメリカによるイラク戦争)をやって、子供や民間人が死んだ数としては非常に少ないのだけれども、(引用者註:アメリカを批判する者は)その部分だけをみて、体が震えるぞ、怒りに燃えて、アメリカはけしからんぞ、ということになる。(中略)自分が選別したところの被害者だけを一方的にかわいそうだとする構造的な偏り、これはもう政治プロパガンダです。レポートでも何でもない、プロパガンダなんです。」(30〜31頁)

天に唾を吐くとは正にこの事。イラクでの民間人の死者が少ないから比較的問題無いと看做すなら、様々なアメリカの虐殺的行為から目を逸らす両氏は、アメリカ・イスラエルの政治プロパガンダを宣伝しています、と自白しているようなものだ。このようにアメリカを擁護・正当化する苦しい言説が随所にある。

田久保「そういう人たち(引用者註:イラク戦争の目的は石油と主張する人々)によると、今、資本主義が爛熟していて、帝国主義の段階になって、海外にマーケットを求めている。原料、つまり石油なら石油を目がけてアメリカがほかの国を侵略したという理屈になるのではないか。こんなことを言うマルクス・レーニン主義というのは、とっくに死んだものなんじゃないですか。  
さらに形を変えて、アメリカの先代ブッシュ大統領やチェイニー、ラムズフェルドはみんな石油に関係している。シェルツなんかはゼネコンに関係している。よって、このためにやっているんだとわけ知りに言い募る。  
もし、ほんとうにそうであれば、その人はかなり古いマルクス・レーニン主義に頭がいかれちゃっているか、そのこと自体も分からなくなっているんじゃかと思います。」(20〜21頁)

以上の言葉は原文ママだ。普通の感覚を持っている人なら直ちにどこが可笑しいか気付いたはずだ。ブッシュ大統領をはじめ、イラク戦争開戦当時の政権中枢にいた人物達が石油産業に関係している事は有名な事実だ。世界有数の石油産出国イラクを攻撃占領するならば、そうした事情から疑いをかけられるのは極めて当然のことだ。日本で言えば国土交通大臣がゼネコンから多額の献金を受けながら、公共事業を増加させれば、強い非難を浴びるのと同じだ。

実際問題としてブッシュ大統領は、ハーバード大学経営大学院を卒業したあと、原油鉱床採掘会社アルプスト・エネルギー社を設立した。そしてそれがハーケン・エネルギー社という巨大石油会社に成長し、ブッシュ大統領は多くの株を保有した上で同社の顧問になっている。

そもそもイラク戦争開戦当初は、「大量破壊兵器を廃棄せず世界秩序を乱すイラクの脅威を除くため」という大義らしきものが掲げられたが、大量破壊兵器が見つからないとなれば、「サダム・フセイン独裁制を倒し、イラクの人々を解放するため」と言われた。こんなにも標榜する“大義”が変化すること自体が、この戦争には表立って言えない目的が存在していることを示しているのではないか。

こうした事実を指摘して批判しただけで「マルクス・レーニン主義」という短絡的なレッテル貼りをしているのだ。こんな理屈が大手を振ってまかり通れるのは、日本の保守論壇がいかに退廃し、思考停止状態に陥っているかを如実に物語っている。「マルクス・レーニン主義がとっくの昔に死んだ」というが、確かに共産主義を標榜する国家はソビエトを筆頭にことごとく崩壊し、路線転換したりした。

しかし「マルクス・レーニン主義」という“思想”はどうか、前述している「マルクス・レーニン主義」とされる資本主義の発展段階とその作用に関する論理は、社会学的分析手段としていまだに用いられている。もし仮に「マルクス・レーニン主義」がとっくの昔に死んでいるとするなら、それらの脅威に対して形勢された、両氏らのような親米反共主義もとっくの昔に死んでるはずではないのか。(つづく)
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by shikisima594 | 2006-02-06 19:20 | 読書録
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