『反米論を撃つ』を撃つ 第二回
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「目くそ鼻くそを笑う」の諺がある。似た者が似た者を笑うと言う事だ。今回は『反米論を撃つ』第二章「反米に踊らされる『マスコミ文化人』たちよ」を紹介し、鼻くそを笑う目くその笑えない実態を見てみたい。

朝日新聞が平成十五年四月から連載した「私とイラク・アメリカ」に登場する各界の有名人達の言葉を田久保・古森両氏が批判するといった構成になっている。まぁ批判される方もサヨクチックな痛々しい人達が多いから致し方ないが、それにしても酷いもんだ。

田久保「これに対して(引用者註:中坊公平氏がアメリカ批判する事)中坊夫人は立派なことをおっしゃっています。  
ご主人に向かって「あんたかて、戦争中『鬼畜米英』って洗脳されてたでしょ。イラクの人たちも(フセインに)だまされているんだ」って。」(39頁)

一体この中坊婦人の歴史認識を「立派」と言える田久保氏はどういう感覚をしているのだろうか。どうして保守を気取りながら「我々は日本政府に洗脳されていたというふうに戦後、アメリカから洗脳された」という発想がでてこないのか。これでは大東亜戦争下の国内に対する認識が、サヨクと大して変わる所がない。

この両氏に目立つのはレッテル貼り、決め付け、読解力の欠如と論理のねじれが多いことだ。それだけなら高校生が初めて書いた小論文みたいで微笑ましいが、両氏のは、それらをアメリカ擁護のためにしているのが最大の特徴だ。その顕著な例が次のようなものだ。

古森「この本(引用者註:池澤夏樹氏『イラクの小さな橋を渡って』)のイラクに対する評価があまりに偏っていることがすぐにわかります。たとえばサダム・フセインの政権のとき、「イラクは立派だった。食べるものは充分にあったし、質も申し分ない」と書いてあります。
その一方で、「アメリカとイギリスの主導に沿って国連が経済制裁という名の禁輸を行った。食べ物の不足もさることながら、医薬品が入ってこなくなった」「二〇〇一年、国連は経済制裁によるイラクの死者の数を百五十万人と推定するレポートを発表した。このうち六十二万人が五歳以下の子供だった。」などと書いています明らかに矛盾ですね。」(66頁)

いや、明らかに古森氏の読解力が足らないだけだ。どう見てもイラクが食料不足により多数の犠牲者を出すようになるのは経済制裁のあとであり、食べるものが充分にあったのは経済制裁と米英軍によるインフラ設備などへの空爆が本格化する以前のことである。実際にイラクはアラブ諸国の中でも有数の先進国であり、国民の識字率や読書量、女性の社会進出もさかんで、豊富な農作物と経済力を持っていた。両氏はアメリカを批判する者は許せない、との思いに駆られて、少しでもアメリカに批判的な事を書く者は反米主義者でテロリスト支援者の類いのように思い込んでしまっているのだろうか。

古森「その米原(引用者註:米原万里氏のこと)さんもひどいですね。こんなことを述べています。 『テロは確かに悪い。何の罪もない、無垢な市民をいきなり襲うわけですからね。でも、こうして何だかんだと理由をつけて、まったく反撃能力のない国をつぶし続ければ、そう(いう)国はテロという手段しか、恐らく残っていないんだと思うんです』」
田久保「これはテロ容認ですね。 アメリカが何の罪もない国を潰そうとするから、自衛の手段としてテロをやった、とう理屈です。テロと民主主義国家を同じテーブルに載せてまったく疑問を感じないというのがこのお二人のようです。」(53〜54頁)

もはや読解力が欠如しているというよりも、わざと自分の論じやすいように解釈しているとしか言いようがない。米原氏が言っているのは、テロは悪だが、その発生する経緯と事実・ザインに関して述べているのだ。それを田久保氏はあたかもゾルレン(〜であるべきこと)と読み違え、テロと民主主義国家を同じにするなと言うのみだ。ならば民主主義国家は何をやってもいいのか?民主主義国家アメリカの蛮行にはまったく疑問を感じないというのがこのお二人(田久保忠衛氏、古森義久氏)のようです。

この章は終止、米軍の犠牲になったイラクの子供達よりも、アメリカの9・11テロの犠牲者の事を考えろ、アメリカの行為はテロではない、という論調で貫かれている。しかし、この章の最後には、日本人として見逃し難い箇所がある。古森氏はアメリカがテロリストとは違う事を主張するために次のように言っている。

古森「アメリカも国家をあげてのテロ行為に走った場合、どうでしょう。テロリストは使える兵器は何でも使いますから、アメリカは核兵器を平然と使うことになる。」(68頁)

昭和二十年八月六日と九日、アメリカは平然と日本に核兵器原子爆弾を投下し、数十万人もの人々を殺傷した事を忘れているのだろうか。この古森氏の言によれば、アメリカは正真正銘テロ国家になる。いずれにせよ、とても数多の同胞民間人をアメリカに虐殺された日本人の発言とは思えない。
以降、両氏のことはそれぞれMr.Tadae TakuboとMr.Yoshihisa Komoriと記す事にする。(つづく)
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by shikisima594 | 2006-02-07 14:56 | 読書録
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