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第七回英霊慰霊顕彰勉強会に参加
靖国神社崇敬奉賛会による第七回英霊慰霊顕彰勉強会が、『靖国問題をどう解決するか』と題して、二月五日に千代田区公会堂で開催され、私たち皇国史観研究会も参加して参りました。

講師は拓殖大学教授の高森明勅氏と漫画家の小林よしのり氏で、会場には多くの若者が集まっておりました。まず、第一部として、両氏による講演が行われました。いつものごとく以下に会員のノートの写しを掲載いたします。

高森明勅氏の講演
 靖国問題の解消にはどうしたらよいのかというと日本人が正気を取り戻すこと。

 「靖国問題」を定義するなら、GHQの占領政策により、靖国がその本来の沿革に沿う活動やしかるべき援助を得られなくなった問題である。
 
 一 憲法の問題
 これは憲法上問題はない。そもそも日本国憲法は完全に政教分離を行うわけではない。加えて、マスコミが靖国を問題化しようとダブルスタンダードの姿勢でいることは間違いない。たとえば東大寺は、文化財保護の観点から国が援助を行っているのに、これは問題にされない。小泉首相は、政教分離の問題があるからといって米ブッシュ大統領のみ靖国に行かせたが、金閣寺には付いて入ったのに、これも問題にされなかった。

 二 外国からの問題化
 靖国神社がA級戦犯を祀っていることに関する中国や韓国からの反発は、的を射ていない。戦後からずっと首相は参拝を行っていたのに、両国が反発したのは突然のことであった。

 三 歴史認識の問題
 靖国神社が中国や韓国からの非難をうけ、問題化される原因の一つには、日本が近代以降それら近隣の諸外国に加害行為ばかり行ってきたという国内の歴史認識がある。

 どういう解消法が間違っているか

 一 中国の要求どおりA級戦犯の分祀
 分祀は宗教上不可能だが、仮に可能だとしてもその次はB、C級戦犯の分祀、中国戦線に出征した御魂の分祀と、際限なく要求をのむことになる。

 二 無宗教の国立戦没者慰霊追悼施設
 無宗教なのに慰霊追悼は不可能だ。

小林よしのり氏の講演

 石原慎太郎氏と田原総一郎氏が、東条英機氏の国内の犠牲者への責任を責め、靖国でも彼らには手を合わせていないといっていた。しかし、開戦の責任というものは国際法的には無い。そして犠牲者への責任は、東条氏にしてみれば、自殺を図ったことでその責任を負っている。
 そもそもあの戦争自体、国全体がやったことだ。その責任を誰かが取るべきだろうか? 実際に極東軍事法廷の前に、国内の責任者を裁く案が出されたが、昭和天皇は否定された。理由は、戦争中忠臣として讃えた彼らを、同じ名において国賊として裁くことができなかったからという。
 また現在統計を取ると、外的からの攻撃に武器を取って抵抗する者は十数%しかいない。現代に生きる誰が、武器を手に取った当時の人を責められるのか?

 それから、国内にも問題は増えている。小泉首相は先の戦争を「心ならずも」起こってしまったと何度も言い、不戦の誓いまでしたが、それが先の戦争で戦地に赴いた方々の意識を理解できているのかどうか?
 最近では、天皇は公人でしかありえないにもかかわらず、私人としての参拝に触れる者まで出てきた。

 現在左の運動が間違いなく勝っている。たとえば、宗教分離というほう意識は加速している。高橋氏の問題提起にもあったが、宗教分離を規定するとされる憲法第二十条三項の原文では、Religious activityを規制するとあり、これには儀礼的な宗教行為を含まないのだ。
 本来、政治家はきっちり諸外国に靖国神社への参拝を説明しなければならない。たとえば同情できる事情があったとしても、帝国主義的な時代であった当時の事情を彼らに認めさせなければならないし、われわれ言論人は、こうした問題にはもっと戦略的包括的に取り組まなければならない。
 
 我々は英霊が守ろうとしていたものを守らなくてはならない。今、グローバリズムの名の下に、欧米の自由市場原理主義経済が導入され、無責任な勝ち組の、自己責任という価値観の敗者への押し付けだとか、子供たちへのマネーゲーム教育だとかが始まっている。郊外の、ムラの美観を失った情報都市は子供の性格をゆがめていく。我々は、こうした問題をマクロな視点から捉えなければならない。国の美風を守らなくてはならない。アメリカ化に進みながら、靖国を論うのはよくない。

次に休憩を挟み、第二部の前にAreiRaise「日本が好きになる歌」として『矜持』を歌ってくれました。そのあとに、両氏が会場から寄せられた質問に答えられながら対談されました。これも以下に概要を掲載します。

小林氏
 問 天皇陛下の参拝についてどう思いますか
 答 するべき
 ちなみに、これを提案した麻生は、一二月八日(開戦日)に参拝しようと言っているらしいが、逃げに使っていると思う。

高森氏
 先ほどの続きだが、靖国問題の正しい解決法には、何より靖国神社の公的な復権が望ましいと思う。これは要するに、天皇陛下にお見えいただくのが最もよいが、その前座として首相の公的参拝があったほうが良い。

 ところで、中国や韓国は本当は靖国神社への参拝への抗議を我ながら疑問に思っていると思う。八月一五日は日本の敗戦日だからだ。

小林氏
 問 戦争に負けたことと、上層部の犠牲者への責任についてどう考えますか
 答 上層部には自決という形で責任を取ったものがいる。責任は取れている面がある。
 また、これについてよく問われるが、そもそも戦争に持ち込んだのはアメリカだ。そして、上層部は負けるということを承知で戦争を起こしている。私はそんな人々に責任を追及することは忍びない。本当なら、「よくやってくれた」といってやるべきだとおもう。

高森氏
 戦争は回避できたかということだが、できなかったと思う。よく戦争の原因になったといわれる三国同盟にしても、あれは日本が戦争を避けようとした、いじらしい努力の一つだ。それに、中国に進出しようとしていたアメリカは、最初から日本と戦うつもりでいた。

小林氏
 問 日本の美風を守るということに関して、たとえば私の様な田舎者は故郷に帰って畑を耕すべきでしょうか
 答 美風というのは自然だけでなく、もっと重要なものに社会のモラルがある。
 今、市場原理主義が台頭しつつあるが、これが利益の追求のため、組織を壊そうとしている。大店法なんかは早いうちに無くされたし、終身雇用も、アメリカでさえ完全には否定されていないのにどんどん壊されていく。
 最近話題になっている、『国家の品格』という本もある。この本にはかなり私の主張と似たことが書いてあるが、ここでも話題にされる組織や共同体への愛情は、バランスが肝心だ。このさじ加減は結局品格とでも呼ばれるものになる。まずは思想的な品格を持つことが大事である。
 ところでこの『国家の品格』の著者藤原正彦氏は、私がテレビ出演したとき、国益が大義より大事だという岡崎久彦に脱力した私をみて、「大義のほうが大事だ、なぜそう言い返さないのか」といったと西部邁氏から聞いた。

高森氏
 問 出征後、靖国に祀られた方で、その後生存が確認された方がいらっしゃいましたが、靖国神社はこれをどうとららえているのでしょうか。
 答 「もともと亡くなっていなかったのだから、霊魂がいらっしゃらず、最初から祀られていなかったことになる」
 考えもしなかった、面白い質問だ。早速神社に問い合わせたところ、こういう答えが帰ってきた。

 ところでさっき触れなかった、この問題の解決法に触れることにする。
 一つ目に、首相の公式参拝であるが、これは説明したとおり法には触れない。
 二つ目に、天皇陛下の参拝だが、小林氏がさっき言ったことと違って、天皇陛下にも純然たる私的行為がある。だから公私が問われることになるが、これは当然公としての陛下にご参拝遊ばされたい。
 三つ目に、国家が靖国に直接かかわることである。たとえば防衛省管轄下での特殊法人としての形はどうだろう。
 それから四つ目だが、これからわが国にも戦争が起こる可能性はある。その際、戦死される方はどこにお祭りすればよいのか。これは靖国であるべきと思う。日本国の大日本帝国との連綿性を考えるからであるし、そのほうが個人のお墓より名誉が与えられ、お祭りする人も絶えないからだ。

小林氏
 靖国じゃなければ、例の国立慰霊追悼施設や千鳥ガ淵に祀られるようだが、いずれにしても靖国神社ほどは人が来ていない。
 それに、あえて靖国ではないところに祀ることは無いはずだ。それからサヨクの攻撃には、思想を持って戦う必要がある。

高森氏
 本当に彼らは、そういうことに関しては手段を選ばないでやっている。

小林氏
 問 先生の言う男らしさや女らしさとはどんなものでしょうか
 答 たとえば座り方一つとっても、男が女らしい座り方でいるのは気持ち悪がられる。そういう感覚のことだ。
 そうしたものはフィクションだから壊せてしまう。共同体も全てそうやって成り立っている。 サヨクはこうした物語を壊そうと躍起になる。こういう物語をあえてフィクションといってしまうなら、しかし、近代国家はそうしたフィクションを必要とするのである。フィクションを要さない思想が生まれればそれは壊してもよいが、それまではあえてそこを問題視するのはよくないだろう。

高森氏
 それに関して、『靖国問題』という本があるが、これは死者を国家が弔うこと自体否定している。『炎のメモリアル』という映画でも見てみよといいたい。「君の死を悼むのではなく、讃えたい」という感動的なシーンがあった。
 また、『三丁目の夕日』という映画が人気を呼んでいるが、これには金持ちの家に行くより、貧乏な家族のもとへ子供がとどまる名場面がある。「お金では買えない価値がある」ということが、これが日本人の中に残っている「品格」を呼び起こすのだろう。小林さんの言う「英霊たちが守りたかったもの」というのは、こういうことを言うのではないか。

また、同時にこの日、靖国神社崇敬奉賛会青年部が正式に設立されたことが発表されました。
by shikisima594 | 2006-02-08 16:04 | 活動報告
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