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田中卓先生へ、女系天皇で問題ありませんか?
思ひもよらぬ事が起きた。
雑誌「諸君!」の三月号に掲載された、皇學館大学名誉教授田中卓先生による、女系天皇を是とする論文だ。題して「女系天皇で問題ありません」
田中先生は皇国史学の平泉澄博士の門下生であり、博士の著述を現在までに多数、解説して世に伝へ広めて来られた。

さうした事から愚生をはじめ、皇国史観研究会の会員は、田中卓先生を御尊敬申し上げてゐたが、今回の「諸君!」論文は、政府による皇室典範改悪を阻止するために戦つてゐる同志達の戦列に対して、後から発砲するが如き性質のものだ。事実、田中論文は政府与党の皇室典範改悪派議員により、保守系議員に広く配布されたと聞く。
だから驚いた。

むろん、田中先生は、確固たる尊皇精神を御持ちであり、その学識たるや愚生如きは到底及ぶべくも無い。そして論文中に於いても、鋭い指摘が幾らかある。また、田中論文に対しては多くの心ある国民有志が自らのブログやサイトに於いて徹底批判されてゐるから、ここでは一言申し上げるに留めたい。例へそれがドンキホーテのやうな事だとしても。

田中論文には、かつて存在していた側室制度が廃された今となつて男系にこだはるのは無理がある事、今さらになつて旧皇族の復帰を主張する者は、何故いままでそれを主張して来なかつたのか。…こうした点は反省を要する所ではある。しかし、田中論文には、政府の遣り方を擁護せんがための言説が余りにも目立つ。

「私の最も憂慮するのは、この動向に影響されて皇族の間に意見の分裂がおこることであり、若しそのようなことがあれば、それこそ、“内乱の勃発”“国体の破壊”を招く恐れがある。」(55頁)

確かにそのやうな事態は避けるべきだが、実際問題として皇室典範改定賛成・女系天皇容認の皇族はいるのだらうか。三笠宮寛仁親王殿下が反対されたのは有名だが、賛成された皇族の話は一切聞かない。そうした方が居られないのに、国体破壊を心配するのは、杞憂の類ひだ。

また、「皇室の祖神、天照大神は女神」である、という事を女系容認の伏線にしやうとしてゐるが、天照大神が「葦原の千五百秋の瑞穂の国」に降臨させ給はれたのは、男神であるニニギノ尊であり、橿原の宮で初代天皇に御即位遊ばされたのも、男の神武天皇である。そして、その後も「天皇」という位は、,天照大神という女神を祖としながらも、常に男系によつて継承されてきた。この事実を忘却してはならない。

田中先生は神武天皇の実在を長年論証されてきたさうだが、その事と絡めて次のように言つてゐる。

「戦後の学界では『神武天皇』の存在そのものを否定するのが通説であり、実在の証明されない神武天皇に因む『二月十一日建国紀念日』には断固反対すると、東大の史学会総金で席を蹴って立ち去られたのが、他ならぬ、寛仁親王の御尊父三笠官崇仁親王殿下であったからである。」(56頁)

まことに的外れな言ひ掛かりだ。寛仁親王殿下の父君が、かくの如き事をされたとしても、寛仁親王殿下の仰られている事に矛盾が生じる物ではない。むしろ、そのやうな父君を持ちながらも、国体護持を真剣に考えられる寛仁親王殿下の姿勢を評価しなければならない。

「過去の日本で、実際に皇統が『男系男子』を基本としていることは間違いない。しかしその一方で、例外もあり、『女帝』が実際に存在されたこと(推古天皇をはじめ後桜町天皇まで、十代御八方)も、明白な歴史上の事実である。また大宝令でも『女帝』の存在を認めていて(但し、その女帝は四世以上の親王を夫とされる。)次のように明記されている。(継嗣令)
『凡そ皇の兄弟皇子を皆親王と為よ。女帝の子も亦同じ。以外は並びに諸王と為よ。親王より五世は、王の名を得たりと雖も、皇親の限りに在らず。』」(60頁)

一体、田中先生はだうされたのだらうか。今さらになつて女帝が居たことを持つて来て女系を認めよとでも言ふつもりだらうか。純粋に女系天皇と云へる方は存在されてゐないし、田中論文に於いても、そのやうな方に言及は為されてゐない。

また、「有識者会議」の吉川弘之座長が、三笠宮寛仁親王親王殿下の御発言に対し、「どうと言うことはない」と不遜な発言をした事を必死になつて弁護してゐるが、この点も不可解だ。吉川座長が「小泉内閣メールマガジン」に於いて、皇室典範改定論議に参加する事を「恐れ多いこと」と重責であるとするやうに書いている事などを以て、「反対論者の非難が、いかに皮相で軽率なものか、明らかであろう。」として、「有識者会議を素人呼ばわりするのは失礼ではないか」としてゐるが、失礼なのはどつちだ。

「反対論者の中には、ある会合で講演し、参会者の中から、“天皇陛下の御意向を承る必要があるのではありませんか”と質問が出たところ、『それは必要ない。そのようなことをして、若し天皇陛下が将来は女帝でも差し支えない、とおっしゃったらどうするのか!』と切りかえした、という話を私は仄聞している。若しそれが事実なら、その講師は、日本国体の極致にして至純の伝統、『承詔必謹』(詔を承りては必ず謹む)の精神を、何と考えられているのであろうか。」

「承詔必謹」は大ひに当然だ。そのやうな発言をした講師は間違つてゐる。しかし、恐れ多ひ事だが、もしも、天皇陛下が「退位したい」「もう皇室といふ制度をやめたい」との御意向を明らかにされたなら、だうするのか。「承詔必謹」には、他の歴史的・自然法的な前提が存在しなければならない。

それは「国体護持」であり「君民一体」「蒼生安寧」である。これは愚生が勝手に言つてゐるのではない。天照大神をはじめ、歴代の皇祖皇宗が神勅・詔で仰てをられる精神だ。ここを離れた詔は存在しない。故に、先に例示した退位や皇室の廃止はもとより、ヨーロッパの絶対専制君主の如き暴政や圧政、いままで例の無い女系天皇容認はあり得ないのだ。
そうした歴史的前提を忘れて「承詔必謹」を言つてゐたのでは、「朕は国家也」と言つたルイ十四世の家臣と何等変はる所なく、天皇の天皇たる所以は地に落ちる。

最後に田中論文は、「後醍醐天皇の精神を仰ぐ」として、後醍醐天皇の「今の例は昔の新儀なり。朕が新儀は未来の先例たるべし」といふ御言葉を引き合いに出し、「女帝・女系反対論者は、この後醍醐天皇のお言葉を心して拝聴するがよい」(69頁)と言つてゐる。

何をか言はんやだ。この後醍醐天皇の御言葉は政治改革にあたり発せられたものであり、国体の変革に用ゐられたものではない。田中先生は恰も尊皇精神を持つてゐるかのやうに装ひながら、最後にトンでもない事を書ひてしまつた。これこそ承詔必謹の精神を歪曲するものである。この後醍醐天皇の御言葉の後に女系天皇が誕生したのか、皇位継承をはじめ、国体に何らかの変化はあつたのか、それを一番良く知つてゐるのは、田中先生自身のはずなのに、なぜさうまでして小泉政府の遣り方を支持しやうとするのかは、終始不明であつた。

田中論文を読んでいて、ふと思ひ出したのは、戦前戦中に、あたかも自分は尊皇精神に満ちてゐるかのように吹聴して、異論を封じて、政府による国策の提灯を持つた連中である。かくの如き連中により、如何に国体が歪められ、本当の尊皇家や維新者が憂き目に遭ふた事か。田中先生の師、平泉澄博士が御存命ならば、この事態をどのやうに思はれる事だらうか。
by shikisima594 | 2006-02-16 17:27 | 随想・雑記
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