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カテゴリ:活動報告( 86 )
掲載活動報告集
かくすればかくなるものと知りながら
            已むに已まれぬ大和魂(吉田松陰)


こちらでは今までの「活動報告」を掲載しています。


平成二一年
 六月
 ┏■本日署名を提出致しました
 ┣■第二十五回鶴川祭に参加
 ┗■救う会に署名用紙を提出


平成二〇年
 一月
   ■新年一般参賀

 二月
 ┏■2月2日、皇国史観研究会勉強会
 ┣■幹部交代式
 ┣■共和制と君主制と世界
 ┣■第二十三回紀元節奉祝式典に参列
 ┣■2月16日、皇国史観研究会勉強会
 ┗■2月23日、皇国史観研究会勉強会

 三月
 ┏■靖国神社清掃奉仕に参加
 ┣■硫黄島遺骨収集記 第一回
 ┣■硫黄島遺骨収集記 第二回
 ┣■硫黄島遺骨収集記 第三回
 ┗■平成十八年度国士舘大学卒業式

 四月
 ┏■平成19年度 新入生勧誘
 ┣■拉致被害者全員の即時返還を求める国民大集会に参加
 ┗■昭和の日、武蔵野御陵参拝

 五月
 ┏■平安神宮参拝
 ┣■第二十三回鶴川祭に参加
 ┗■第49回靖国神社清掃奉仕に参加

 六月
 ┏■李登輝前総統が靖国神社参拝
 ┣■六月八日勉強会における、私の発表
 ┗■六月十五日定例部会

 八月
   ■第二十三回國士舘皇居勤労奉仕に参加


平成一九年
 一月
 ┏■1月13日、定例勉強会
 ┣■皇室典範改悪阻止!!国民総決起集会
 ┣■1月20日、定例勉強会
 ┣■皇室典範改定問題を考える緊急集会
 ┗■1月27日、皇国史観研究会定例勉強会

 二月
 ┏■皇室典範の拙速な改定に反対する緊急集会
 ┣■第七回英霊慰霊顕彰勉強会に参加
 ┣■紀元節奉祝式典に参列
 ┣■頭山満生誕百五十年祭に参列
 ┗■硫黄島遺骨収集に参加

 三月
 ┏■平成十七年度国士舘大学卒業式
 ┣■多摩御陵清掃奉仕に参加
 ┗■代々木公園でお花見

 四月
 ┏■同期の桜を歌う会と奉納プロレス
 ┣■新入生勧誘
 ┣■4月14日、皇国史観研究会定例勉強会
 ┣■自衛隊体験入隊記
 ┣■4月21日、皇国史観研究会定例会
 ┗■4月28日、皇国史観研究会定例勉強会

 五月
 ┏■第二十二回鶴川祭に参加
 ┣■5月19日、皇国史観研究会定例会
 ┣■平成十八年度新入生歓迎会
 ┣■5月26日、皇国史観研究会定例勉強会
 ┗■今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会に参加

 六月
 ┏■6月3日、皇国史観研究会定例勉強会
 ┣■6月9日皇国史観研究会定例勉強会
 ┣■皇室と日本を考える第一回学習会に参加
 ┣■磐南総合研究会懇話会に参加
 ┣■6月17日皇国史観研究会定例勉強会
 ┗■6月23日皇国史観研究会定例勉強会

 七月
 ┏■7月7日、皇国史観研究会定例勉強会
 ┣■7月14日、皇国史観研究会定例会
 ┣■「拉致被害者を奪還する国民大行進」に参加
 ┣■靖国神社みたままつり
 ┣■7月21日、皇国史観研究会定例会
 ┗■平成18年度前期納会

 八月
 ┏■第二十二回國士舘皇居勤労奉仕に参加
 ┣■「終戦記念日」靖国神社参拝
 ┣■皇国西遊記(前編)
 ┗■皇国西遊記(後編)

 九月
 ┏■「皇室と日本を考える会」 参加レポート
 ┣■ポーツマスネットワーク 山本卓眞氏講演 参加レポート
 ┣■伊豆に夏合宿
 ┗■9月22日、皇国史観研究会勉強会

 一〇月
 ┏■悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い
 ┣■出陣学徒慰霊祭
 ┣■10月13日、皇国史観研究会定例会
 ┣■日本核武装を問う街頭シール投票
 ┣■10月20日、皇国史観研究会定例会
 ┗■大東亜戦争戦歿全学徒慰霊祭に参列

 一一月
   ■平成18年度楓門祭に参加


平成一八年
 一二月
 ┏■12月2日、定例勉強会
 ┣■12月8日大東亜戦争開戦記念日
 ┣■12月9日、定例勉強会
 ┣■12月16日、17年度反省会
 ┣■天長節の一般参賀
 ┣■制裁発動で拉致被害者救出を!国民大集会
 ┣■今年の回想(前編)
 ┣■今年の回想(中編)
 ┗■今年の回想(後編)


グレゴリオ暦順、不本意也。
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by shikisima594 | 2011-12-31 23:58 | 活動報告
救う会に署名用紙を提出
第二十五回鶴川祭において私たち敷島倶楽部は、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(以下、「救う会」)」発行の「北朝鮮の不誠実な対応に全面制裁の発動を!」署名を集めておりました。
その結果、二日間で用紙四枚分・合計五十筆の署名が集まりました。

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(画像は会員再現)
署名にご協力して下さった皆様に深く感謝致します。本当に有難うございました。


署名は個人情報ですので直ちに提出しなければなりません。
六月二日午後二時、東京都文京区の救う会事務所をお訪ねしました。今回許可を頂いたことにまずお礼申し上げ、直接事務局の方に署名用紙と学園祭での売上げ金一部を無事お渡しする事が出来ました。

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署名用紙を救う会事務局(右)の方へ

その後、北朝鮮に五回も入国したことのある事務局の方から、現地の貴重なお話をお聞きする事が出来ました。

また事務局の方のお話では
○書かれた署名を控えることは無い。よって後から何等かの書類を住所宛に送ることは無い。
○署名用紙はそのまま総理大臣宛に提出される。
○署名提出者(この場合は敷島倶楽部会員)の名前等は確認の為控える。
とのことだそうです。


実は私は「署名はそんなに集まらないだろう」と高を括っているようなところがあったのですが、最近の北朝鮮情勢もあってか、沢山の方が署名にご協力して下さったことにまず驚いてしまいました。拉致被害者の方々が帰国なさってから早七年、北朝鮮がどんなに「解決済み」の幕引きを狙おうとも、日本政府が制裁を強く打ち出すことが出来ないでいようとも、それでもなお多くの方々が拉致問題を決して忘れていないのだということを深く感じました。

以前は日本のニュースでも北朝鮮事情を面白おかしく取り上げていましたが、冷静に見ればそこで起きていることはまさしく異常な事態です。人民が数百万単位で餓えに苦しんでいるにも関わらず、核兵器に金を注ぎ込み国際社会を無視するような国に「まず話し合いから」などといくら要請しても、その方が事体の進展が見えないことは明らかです。日本は断固とした姿勢を示すべきでしょう。

私たち敷島倶楽部はこれからも自分たちで出来る限りの活動を行って、拉致被害者の方々の全員帰国の日まで戦って参ろうと思っています。
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ブルーリボンバッジがいらなくなるその日まで!



今回署名を集めるに際して、国士舘大学世田谷・鶴川学生厚生課、学園祭実行委員会、救う会事務所の方々に趣旨をお話しし許可を頂きました。こちらでも改めてお礼申し上げます。

※大丈夫だと思いますが一応補足として
・今回の署名活動は敷島倶楽部からの発案であり、救う会からの要請によってなされたものではありません。
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by shikisima594 | 2009-06-03 04:04 | 活動報告
第二十五回鶴川祭に参加
五月三十日、三十一日に町田キャンパス(旧鶴川キャンパス)で第二十五回鶴川祭が開かれました。

私たち敷島倶楽部では
「最近の北朝鮮動向では拉致問題がやや抜けているのではないか?」
「私たちで何か出来ることは無いのだろうか?」

と考えた末、例年ご好評を頂いているラムネジュースに自分達で作ったブルーリボンバッジをそえて販売し拉致問題に再び関心を持って頂くと共に、宜しければご希望で救う会発行の「北朝鮮の不誠実な対応に全面制裁の発動を!」署名にもご協力を頂くという「ブルーリボンラムネ」企画で参加しました。
当日の画像でご紹介します。

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雨の中前日準備。祭りは準備している時の方が楽しい?

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鶴川祭第一日目。やや曇り気味になりました。

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うちの会も準備中。ゲバ文字っぽくはないはず。

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九号館・十三号館前のタテカン。うちもでっかいのを作りたいな。
JWMAも参加してます。

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ステージ企画。
確か「ストリートダンス愛好会~RUN~」の皆様だったと思います。
(間違っていたら申し訳無い)
息の合ったダンスが目を引きました。


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二日目。早速準備に取り掛かります。

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なかなかの盛況ぶり。日差しもやや出てひと安心、と思ったら

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突然の雨。屋台に掲げてた看板も容赦無く剥がれます。
署名用紙が濡れないよう気にしっぱなし。

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初日は気付きませんでしたが九号館隅で鶴川キャンパスの変遷が展示されてました。

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見えにくくしてますが署名用紙が三枚目に突入。

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ラムネ無事完売!取り合えず現場にいた会員達で記念撮影。
何とか今年の鶴川祭を終えることが出来ました。

いくつかの学部が世田谷校舎に移って以来、出展サークルが少なくなって寂しくなるのではないかな、と思っていましたが杞憂だったようです。大学関係者・各サークルの皆様、そしてご来場の皆様、本当に有難うございました。
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by shikisima594 | 2009-06-03 02:31 | 活動報告
本日署名を提出致しました
ご報告が遅れて大変申訳ありませんでした。

本日二日十四時、鶴川祭で募った「北朝鮮の不誠実な対応に全面制裁の発動を!」署名合計五十筆を、会員二名が代表して北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会事務所(東京都文京区音羽1-17-11-905)に提出して参りました。

鶴川祭と本日杉並区で行われた「拉致被害者家族の支援の輪を広げよう!!区民のつどい」の詳細な報告はこのあと記事にして挙げたいと思います。

簡単ではございますがまずは報告まで。
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by shikisima594 | 2009-06-02 23:44 | 活動報告
第二十三回國士舘皇居勤労奉仕に参加
f0018981_21345615.jpg 今年も8月5日から9日まで、毎年恒例の、国士舘大学が行っている皇居勤労奉仕に参加してきた。今回の参加者は全員で20名だった。以下に簡単な報告を掲載します。

8月5日(日曜日)
 国士舘大学柴田会館に集合して結団式。国民儀礼で皇居遥拝、国歌斉唱、団長挨拶に続いて舘歌斉唱で9日まで共に奉仕に励む事を誓う。
 夕食は国士舘大学の地下食堂で。ここは朝昼晩に油たっぷりの揚げもの定食がドッサリ出て来る。これが皇居勤労奉仕最大唯一の憂鬱である。もちろん学食のBGMは軍歌である。
 夜は皇室と日本のあり方について勉強会。主に教育勅語の精神と意義について。

8月6日(月曜日)
 本日から皇居に参内して勤労奉仕に。奉仕団体の集合場所である窓明館では、朝8時15分の時報にあわせて原爆犠牲者に黙祷。作業は落ち葉を掃き集める。雲が極端に少ない炎天下で瞬く間に汗が噴き出す。
 それにしても、皇居を散策して江戸時代からの建物など、いくつもの建物があったけど、その多くが素人目にも痛んで老朽化している事がうかがわれた。予算の問題もあるのかもしれないが、我が国の 天皇陛下が住まわれる場所が粗末あつかわれ、首相官邸は豪奢につくられているのでは、かつての武家専断の時代を彷彿とさせ、実に心さびしい思いがする。
 奉仕を終えて、宿舎に戻ってからは、OB先輩から歴史認識をめぐる講義、映画『君にめぐりあいたい』を鑑賞。

8月7日(火曜日)
 今日は一般参賀で多くの国民が参る長和殿周辺の清掃奉仕。清掃奉仕は高齢方が多いためか、溝の中など、手の届きにくい場所は落ち葉や泥が堆積するに任せている状態だったので、それを一生懸命にかき出す。
 午後、 天皇皇后両陛下より御会釈をたまわる。なんど拝してもかたじけない。初参加の諸君らも目に涙を浮かべていた。僕もそれを見て目頭が熱くなる。 戦後の御巡幸もかくのごとしであったのかと思わずにはいられない。
 とりわけ、陛下が仰られた「いつもありがとう」との御言葉には、言い表せない感動をいだく。この「いつも」という形容詞がつくまでにどれほどの先輩方の努力と信念の積み重ねがあったことだろう。その積み重ねの絆の果てに僕らは立たせていただいている。
 夜、宿舎に戻って映画『日本のいちばん長い日』を鑑賞する。長いし重苦しい映画だ。国家の総力と世界の運命を賭けた戦争を終わらせる事にこれほどの苦悩があるのだ。
 彼らの苦悩はどこから出たものかを、上映中にずっと考える。すると、昼間に玉音から感じた“絆”に思い至った。先人達から連綿と受け継いで来た膨大な絆、友人や肉親、同志たちとのかけがえのない絆。それをしっかりと背負っているからこそ、彼らは苦悩し葛藤したのではないかと思う。

8月8日(水曜日)
 今日の作業は皇居のお堀まわりの草むしり。蝉の声がいっそう大きく聞こえるぐらいに日差しが強かった。
 作業を終えて、御下賜品をいただく。
 宿舎に戻ってから、みなで皇居勤労奉仕の感想を和歌にしたためる。

8月9日(木曜日)
 今日は赤坂の東宮御所で御奉仕。門の近くの落ち葉拾いを続ける。今日はソ連が日ソ中立条約を破り、侵攻して来た日。そしてアメリカが長崎に原爆を投下した日である。 なので色々と思う所もあった。
 短い御奉仕もおわり、皇太子殿下の御会釈をたまわる。我々のためにわざわざ時間を割いていただき、かたじけない。その後、靖国神社に昇殿参拝し、心静かに殉国の英霊に感謝の誠を捧げる。
 宿舎に戻って解団式を行い、短くも大変充実した皇居勤労奉仕が終わった。ともに参加された皆様、または物心両面から勤労奉仕をご支援くださった皆様、本当にありがとうございました。
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by shikisima594 | 2007-08-09 21:42 | 活動報告
六月十五日定例部会
 本日国士舘大学世田谷校舎にて敷島倶楽部定例部会が開かれました。
今回は前回の「八紘為宇」の復習と、「天壌無窮の神勅」について議論が行われました。


 『日本書紀』巻第三 神武天皇の条 三月辛酉朔丁卯 「皇都経営之詔」

「夫れ大人(ひじり)の制(のり)を立つる、義(ことはり)必ず時に隨ふ。苟(いやしく)も民に利(くぼさ)あらば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)はむ。且(また)當に山林(やま)を披拂(ひらきはら)ひ、宮室(おほみや)を經營(をさめつく)りて、恭(つゝし)みて寶位(たかみくらゐ)に臨み、以て元元(おほみたから)を鎭(しづ)むべし。上は則ち乾靈(あまつかみ)の國を授けたまふ德(うつくしび)に答へ、下は則ち皇孫(すめみま)の正(たゞしき)を養ひたまひし心(みこゝろ)を弘めむ。然して後に六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と爲(せ)むこと、亦可(よ)からずや。」


 この詔にある八紘(あめのした)・宇(いへ)と爲(せ)む、を如何に解釈すべきか。恐らくこの詔が渙発せられた時には大八洲、即ち日本国内を民族的に、血統的に統一する事を願われたのであろう。

 この詔の正当なる発展が、「民族解放」あるいは「共存共栄」である。
何故ならこの詔には大八洲という地域の限定がなされていない。いへとせむのは日本に限定されないのである。そして神武天皇が御健在ならばこの精神は当時よりも広い意味での「世界」にあまねく事を望まれたであろう。この精神は大東亜戦争において「東亜解放」「大東亜共栄圏建設」となって再び顕現されたのであった。

 八紘一宇は国体護持の精神と共に日本で最も重要な精神として伝えられるべきである。天壌無窮の神勅は日本国の形の原理を表現し、八紘一宇は日本国の使命の原理である。



 次に天壌無窮の神勅である。

葦原千五百秋之瑞穂国是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫就而治焉。行矣。宝祚之隆当与天壌無窮者矣。『第一巻上 日本書紀 前編』

 天壌無窮の神勅は『日本書紀』第九段第一の「一書に曰く」で見える。『古事記』には『日本書紀』ままの文句は見ることは出来ないがやはり天照大神の詔として同じ様な文句を読み取ることが出来る。この「一書に曰く」を含め神勅の表現の仕方は多岐に渡るが、何れもその表すところの精神は共通しているのである。

 神話にはその民族の価値観が反映されている。その神話が今日に至るまで伝えられてきた事にまず注目する。この有史以来、大和民族が「不必要!」と考えればこの神勅など破棄する機会などいくらでもあったはずである。朝廷の権勢が衰えた時代ならば時の権力者に都合の良い全く新しい”神勅の創造”も可能であったはずである。

 それなのに例え「一書」の中であろうと大和民族はこの神勅を伝えてきた。それはその神勅に絶対の価値を見出してきたからに他ならない。

 大日本帝国憲法「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」の根拠は無論この神勅による。また米国製との声も名高き日本国憲法に於いても天皇の条を設けている。GHQをしても残さねばならなかった天皇そして日本国は、現在も正に天壌無窮の神勅の下に形成されていると言えるのではないだろうか。

 しかしながら今日に於いて神勅の”神性”に安易にもたれ掛かる事は厳に慎まねばならない。私達は神勅の”確信”の下に國體護持の理論練成と行動が求められているのである。

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by shikisima594 | 2007-06-16 00:13 | 活動報告
六月八日勉強会における、私の発表
六月八日勉強会は、三人ほど発表者がいましたが、私はその中で「国家理念としての八紘為宇思想」という題でお話いたしました。この要綱に加筆して、皆様の目に触れたく思います。

■出典

 『日本書紀』巻第三 神武天皇の条 三月辛酉朔丁卯 「皇都経営之詔」

「夫れ大人(ひじり)の制(のり)を立つる、義(ことはり)必ず時に隨ふ。苟(いやしく)も民に利(くぼさ)あらば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)はむ。且(また)當に山林(やま)を披拂(ひらきはら)ひ、宮室(おほみや)を經營(をさめつく)りて、恭(つゝし)みて寶位(たかみくらゐ)に臨み、以て元元(おほみたから)を鎭(しづ)むべし。上は則ち乾靈(あまつかみ)の國を授けたまふ德(うつくしび)に答へ、下は則ち皇孫(すめみま)の正(たゞしき)を養ひたまひし心(みこゝろ)を弘めむ。然して後に六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と爲(せ)むこと、亦可(よ)からずや。」
 『www.japanesehistory.de - Personal Homepage of Sven Saaler』内の『國體の本義』文部省から http://www.svensaaler.de/Treaties/1938KokutaiNoHongi.htm
 の
 「あめのしたをおほひていえとなさむこと、またよからずや」からとられた。

 「あめのした」は、世界を現す場合もある。

「すめみまのみことのみかどをはじめて あめのしたよものくにぐにには つみといふつみはあらじと」
「すめらがみかどにつかへまつるつかさづかさのひとどもをはじめて あめのしたよもには けふよりはじめてつみといふつみはあらじと たかあまはらにみみふりたててきくものとうまひきたてて ことしのみなづきのつごもりのひのゆふひのくだちのおほはらひに はらひたまひきよめたまふことを もろもろきこしめせとのる」
 『六月晦大祓 みなづきのつごもりのおほはらひ』から

 このうち前者の場合、おほやしまの内部を特に意識しているものと思われる。
 後者は、それを合わせた世界中を意識していたものではないだろうか。

■概念

 田中智学氏が、(グレゴリオ暦)大正二年〇三月一一日、国柱新聞に「神武天皇の建国」という論文において使った、「八紘一宇」の語が広まり、国政にも大きな影響を与えた。戦前までは、公に国家理念であることが認められていた。


■社会の思想として発言として

 日本船舶振興会会長 笹川良一
 彼は「人類皆兄弟」という言葉を作って流行らせたが、これは八紘一宇の既存のアングロサクソン語約である「"universal brotherhood"」を介した現代語訳と思われる。

 西村眞悟(当時)内閣防衛政務次官
「政治家としてのライフワークは国軍の創設ですわ。(自衛隊じゃなくて国軍)もちろんそうです。(地球防衛軍というのはどうですか)そら、オモロイ。全世界への展開。「大東亜共栄圏、八紘一宇を地球に広げる」や。ボクは民族主義者やけど、民族主義者でなかったら政治家の資格はないと思ってるからな。」
『週刊プレイボーイ (グリゴレオ暦)平成一一年一一月〇二日号』


■その正統的な解釈の試論 「民族統一」か「民族解放」か

 ●当初は「民族統一」をさしていた。

 日本書紀が触れたことがわが国の歴史として適切なものとする。
 この原点にある当時の考え方では、「あめのした」という言葉は、日本と、それを含めた世界と両方の意味で用いられるものと思われるが、この文中では、明らかに、内戦状態にあった日本すなわち「おほやしま」の範囲を強調したものであろう。我々が八紘一宇を解釈するに当たっては、この範囲の問題は重大である。
 また、「いえ」という概念は、血統的なつながりを含め、氏と姓などに現れる、いわゆる氏族的、親族的な縁を意識する共同体をさす。血統の相関は、これも重大な要素である。血統が関さない場合、この言葉は世界の協調を謳いあげていることになる。
 おそらく当初、大和言葉で発されたであろうこの言葉は、日本という国家の内部での結束を求めたものと思われる。それは、当初「民族統合」を示していたものであろうと考える。そして、「おほやしま」はその後二千年以内に十分に神武天皇の王朝に統合された。少なくともすでに戦国時代以前には民族は統合されていたのであろうから、この意味での八紘一宇は、すでにその時代までに完成していたと見るべきである。

 ●その後、正当なる論理の元に、「民族解放」あるいは「共存共栄」の志向に発展した。

 しかしながら、この際、八紘一宇がその当初の意味と違っていると考えるにしても、この言葉が民族解放をさす言葉として、わが国の主義と認知されるようになったのには、正当性があるとみなされなければならない。

 第一に、この言葉自体に、「おほやしま」という限定は明確にはされていない。当時は、一応おほやしま以外の領地は認知されていたのであって、実際にその時点で行動に移すということは考えられないにしても、諸外国をある程度意識していたとも考えられる。天壌無窮の神勅を省みれば、彼の考えは地域的に限定されるべきでなかったということが、少なくとも規範としてあったと見るべきだろう。

 第二に、もし神武天皇が健在なら、果たして今むしろ広く使われる言葉の「世界」に、何を思うだろうか。そのような問いこそが、我々の正統な目的の審議に他ならない。

 第三に、その答えは、明確に後世の本朝において選択された。それこそが、大東亜戦争であった。これは、民族解放としての八紘一宇を目的にした聖戦だと、当時の国体は考えたし、そうであったと我々は今、信じている。


■大東亜共栄圏という思想への志向の哲学

 ●哲学者西田幾多郎氏の国策的な思考に、民族解放としての八紘一宇を日本が選んだ思想が明るい。彼の『世界新秩序の原理』を資料として載せたい。

※「 ~ 」で中略を表す。
「世界新秩序の原理 西田幾多郎

 世界はそれぞれの時代にそれぞれの課題を有し、その解決を求めて、時代から時代へと動いて行く。ヨウロッパで云えば、十八世紀は個人的自覚の時代、所謂個人主義自由主義の時代であった。 ~ 十九世紀は国家的自覚の時代、所謂帝国主義の時代であった。 ~ 国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争と云うものを免れない。 ~
 今日の世界は、私は世界的自覚の時代と考える。各国家は各自世界的使命を自覚することによって一つの世界史的世界即ち世界的世界を構成せなければならない。 ~ 今日の世界大戦は徹底的に此の課題の解決を要求するのである。一つの世界的空間に於て、強大なる国家と国家とが対立する時、世界は激烈なる闘争に陥らざるを得ない。科学、技術、経済の発達の結果、今日、各国家民族が緊密なる一つの世界的空間に入ったのである。之を解決する途は、各自が世界史的使命を自覚して、各自が何処までも自己に即しながら而も自己を越えて、一つの世界的世界を構成するの外にない。私が現代を各国家民族の世界的自覚の時代と云う所以である。 ~ 各国家民族が自己に即しながら自己を越えて一つの世界的世界を構成すると云うことは、各自自己を越えて、それぞれの地域伝統に従って、先ず一つの特殊的世界を構成することでなければならない。而して斯く歴史的地盤から構成せられた特殊的世界が結合して、全世界が一つの世界的世界に構成せられるのである。 ~ これは人間の歴史的発展の終極の理念であり、而もこれが今日の世界大戦によって要求せられる世界新秩序の原理でなければならない。我国の八紘為宇の理念とは、此の如きものであろう。 ~ 十八世紀的思想に基く共産的世界主義も、此の原理に於て解消せられなければならない。
 ~ 東亜共栄圏の原理も自ら此から出て来なければならない。従来、東亜民族は、ヨーロッパ民族の帝国主義の為に、 ~ 各自の世界史的使命を奪われていた。今や東亜の諸民族は東亜民族の世界史的使命を自覚し、各自自己を越えて一つの特殊的世界を構成し、以て東亜民族の世界史的使命を遂行せなければならない。これが東亜共栄圏構成の原理である。 ~ 而して一つの特殊的世界と云うものが構成せられるには、その中心となって、その課題を担うて立つものがなければならない。東亜に於て、今日それは我日本の外にない。 ~

 今日の世界的道義は ~ 各国家民族が ~ 世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。我国体は単に所謂全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成し来った所に、万世一系の我国体の精華があるのである。 ~ 皇道には、八紘為宇の世界形成の原理が含まれて居るのである。
 世界的世界形成の原理と云うのは各国家民族の独自性を否定することではない、正にその逆である。 ~ 私の世界的世界形成と云うのは、各国家各民族がそれぞれの歴史的地盤に於て何処までも世界史的使命を果すことによって、即ちそれぞれの歴史的生命に生きることによって、世界が具体的に一となるのである、即ち世界的世界となるのである ~ 私の世界と云うのは、個性的統一を有ったものを云うのである。 ~ 今日の世界状勢は世界が何処までも一とならざるべからざるが故に、各国家が何処までも各自に国家主義的たらねばならぬのである。而してかかる多と一との媒介として、共栄圏という如き特殊的世界が要求せられるのである。

 我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亜を植民地視するその帝国主義にあるのでなければならない。又国内思想指導の方針としては、較もすれば党派的に陥る全体主義ではなくして、何処までも公明正大なる君民一体、万民翼賛の皇道でなければならない。

 ~ 私の云う所の世界的世界形成主義と云うのは、他を植民地化する英米的な帝国主義とか連盟主義とかに反して、皇道精神に基く八紘為宇の世界主義でなければならない。抽象的な連盟主義は、その裏面に帝国主義に却って結合して居るのである。

 ~ 」
『青空文庫』内の『西田幾多郎全集 第十二巻』 岩波書店 (グレゴリオ暦)昭和四一年 http://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/3668_16431.html


■その精神の表現

「大和(たいわ)の世界の具現

 和は真の融合であつて、日常離るべからざる人倫の道である。一個人、或ひは一国家が、飽くまで自己を主とし自我を主張する場合は、矛盾対立を調整緩和するための共同・妥協・犠牲等はあるであらうが、それは真の和ではなく、常にその中に対立関係を孕んでゐる。
 わが国の和は、かゝる互ひに独立した個人の機械的協調ではなく、国民各々分を守り、分に応ずる奉公の行において一体となつて自己の存在を全うすることである。
 かゝる和の精神を諸国家・諸民族の間に顕現してゆくことこそ、まさに共栄の根本精神であり、新秩序の指導精神であらねばならぬ。かゝる精神に基づいてこそ、各々その所を得て、相互の敬愛の間にそれぞれその所に応じてその発展をみつゝ、全体の真の福祉と平和が齎されるのである。八紘を掩(おほ)うて宇(いへ)と為すとはまさにこのことである。
 わが国は国名に示されているとおり大和の国である。しかして我が国の我が国たる所以は肇國以来定まれる國體の儼存することであり、神(かむ)ながらの国に神(かむ)ながらの道が具現せられることである。大和の根源もまたこゝにあるのであつて、大和は万邦をしてそのところを得しめ、万民をして各々その堵に安んぜしむることの根源である。
 かくて日本世界観は決して、大八洲国のみの平安幸福を求め希ふものではなく、或ひはまた超越的、観念的な世界を想定して諸国家・諸民族の抽象的な平等無差別を主張するものでもない。日本世界観は諸国家・諸民族をして真にそのあるべき姿にあらしめることを旨とするものであつて、諸国家・諸民族はすべてこれ各々そのところに従つて存立しつゝ、大和の世界を具現して、一家として相共に睦み栄えるべきものとみるのである。」
 『日本的世界観と世界新秩序の建設』 文部省 (グレゴリオ暦)昭和一七年〇五月一三日

「帝国の大理想は東亜に於ける新秩序の建設である。即ちアジアの復興であり、興隆であり、繁栄である。その東亜とは日、満、支を枢軸としこれに更に南方を包含しこれによつて始めて世界のブロック圏に対して立ち得べき自給自足圏を確立し、帝国は東亜の指導国家たるの実力を具備することが出来るのである。
 この自給自足圏は別言すれば、帝国の国防圏である。この国防圏を確保せんがためには、我々は前途に於て、いくつかの民族との戦ひを常に覚悟しなければならないであらうし、これなくしては東亜の新秩序建設も望めないのである。しかも東亜新秩序建設の目標は大であり帝国の大理想達成の前途には大いなる試練が横たはつてゐる。この大事業は勿論一朝一夕で出来上るものではない。満洲事変はその第一段階であり、支那事変はその第二段階である。南方政策実現はその最後的段階であるといへる。 」
 『世界情勢と事変処理の目標』 陸軍省情報部 (グレゴリオ暦)昭和一五年〇七月〇三日

「申す迄もなく今次聖戦の目的は、遠く我が肇國の大理想に淵源するのでありまして、善隣友好、共存共栄の大義に立脚して東亜に於ける永遠の平和を確立し、依つて以て世界の平和と人類の福祉とに寄与せんとするに在るのであります。而して東亜長久の平和は、先づ以て国を隣する日満支三国の堅き結合を枢軸とし、更に全東亜の諸国竝びに諸民族が、真に打つて一丸となり、一体共同の発展を遂げて行くことによつてのみ確立し得られるものと確信致すのであります。この事たる、極めて密接なる関係にあります東亜諸民族の本然の要望であり、この要望を達成するために最善の努力を致しますことは、東亜の安定勢力たる帝国に課せられたる当然の使命であります。東亜の新秩序も、かゝる地盤の上にこそ、築かれるものと信ずるのでありまして、支那事変の処理も亦この方向に嚮つて進みつゝありますことは申す迄もありません。」
 『支那事変三周年を迎へて』 米内内閣総理大臣講演 (グレゴリオ暦)昭和十五年〇七月〇七日 日比谷公会堂

「皇国日本は世界永遠の平和を打ち立てますため、まづ東亜に於ける新秩序の建設を望み、米英に対して大東亜戦争を宣戦するに至つたのであります。而して大東亜共栄圏建設の基本理念は過去の世界歴史にありましたやうな力の原理に基く権力の覇者たらんとするものではなく、飽くまでも高遠な崇高な平和の真理に深く根を下した建設のための闘ひであります。
 皇国日本の世界政策は、建国の肇めから一貫した理念に生きて来てゐるのであります。即ち八紘為宇の大精神に則りまして、万邦をして各々そのところを得せしめんとする 大御心の下に終始したのであります。この真理たるや時間的に見ましても、空間的に見ましても、これを古今に通じて謬らず之を中外に施して悖らない千古不磨の一大理想であります。日本は国家の全力を傾けてこれを全世界におし汎めなくてはならないのであります。が、まづ東亜の全域をかゝる道義的一大秩序の下に安定せしむべき尊い使命を有する国であります。」
 『大東亜共栄圏建設の根本理念』 企画院第一部長 秋永月三 (グレゴリオ暦)昭和一七年〇二月一六日

「東亜永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝国ノ光栄ヲ保金セムコトヲ期ス」
 『開戦の詔書』

「朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス」
 『終戦の詔書』

「大東亜各国は米英の飽くなき侵略に対し、相携へて大東亜を米英の桎梏より解放し、其の自存自衛を全うせんが為、有らゆる艱難を克服して共同戦争の完遂に邁進し今日に及べり。
  ~ 大東亜各国は曩に共同宣言を発して大東亜戦争の意義と目的とを閘明せるが、今や米英の暴力に依り、国際正義と人類の福祉とが全く蹂躙せられんとしつゝあるを黙視し得ず、茲に大東亜各国は其の抱懐する共同の戦争目的に基く、真の世界秩序建設の為の指導原則を重ねて中外に明ならしめ、一方之を阻止破壊せんとする米英の非望に対しては、飽く迄其の総力を結集して戦争を完遂せんとする牢固たる決意を新に表明せんとす。

 『大東亜大使会議共同声明』 (グレゴリオ暦)昭和二〇年〇四月二三日


(関岡)(前略)結局、思想としての大東亜共栄圏は、日米の軍事力・経済力の格差、つまり物量の前に破れた形になりましたが、その思想的価値自体は、今でも失われていないと思います。
(佐藤) 欧州統合の理念とまったく同じですし、現在ロシアが進めているユーラシア主義とも通底しています。自分たちの一つの文化圏、完結した世界の中では独自のゲームのルールが尊重されるべきである。それが自閉するのではなく、外の世界と互いに切磋琢磨し合って共存していく。そこには世界制覇などという発想は出てこないんです。
 それぞれの文化圏、文明圏が固有の価値観に基づいた自己完結した世界を持っている。そのあたりを理論的に整理しているのが、一九三九年に出た『廿世紀思想』(河出書房)というシリーズです。その第八巻に、戦後左派として活躍した務台理作(哲学者)が編集した『全體主義』という巻があります。その解説に、「全体主義には複数の全体がある。普遍主義の対立項が全体主義なのだ。」と書いてあります。
(関岡) 私も、単一の「普遍的」価値観による世界の平均化という米英の戦略的思考、すなわちグローバリズムへのアンチテーゼになりうる唯一の理念は、多元主義的な棲み分けの論理、日本人が考え出した大東亜共栄圏以外にないと思います。

『アメリカの日本改造計画 マスコミが書けない「日米戦」』 イースト・プレス (グレゴリオ暦)平成一八年一二月二五日

■我々の志向

 八紘一宇は、天壌無窮の御神勅に一部が含まれる国体護持の主義と並んで、本朝で最も重要な主義として受け止められるべきである。そのどちらも、国体にとって、現代に至ってなお重要な主義思想である。
 天壌無窮が国体護持、その手段としての万世一系を現しているのだとすれば、八紘一宇は世界平和と、その手段としての民族解放を現しているものと考えるべきである。

 日本語wikipedia 2チャンネルなどの電網情報も参考にしました。
 ムネカミ

応援よろしくお願いしいたします。
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by shikisima594 | 2007-06-10 23:59 | 活動報告
李登輝前総統が靖国神社参拝
 昨日の夕方、とある関係筋から、「来日中の李登輝前総統が明日、靖国神社に参拝する」という連絡がはいった。来日中の李登輝前総統が靖国神社に参拝するのではないかという事は、まことしやかにささやかれていたが、自分にはどうもそれが日本人の希望的観測の域を出ないものにしか思えなかった。

 台湾は極めて難しい国際政治バランスの上に立たされており、台湾政治家の一挙手一投足は日本の政治家とは比較にならない程の駆け引きと、才知を求められる。ましてや、台湾独立の象徴的存在である李登輝前総統だ。そう簡単に靖国参拝とはいかないだろうと思っていた。

 しかし、ついに靖国参拝が決まったという。八十四歳で、青春時代を日本人として過ごし、その後の半世紀以上を台湾の指導者として中共や国内の外省人らと対峙してきた李登輝前総統の思いに心中で深く合掌するほどの感動を覚えた。

 というわけで、以下に本日の李登輝前総統の靖国神社参拝を歓迎に行った会員の報告を掲載する。

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 靖国神社には李登輝前総統を歓迎するために、多くの日本人有志や在日台湾人の方が朝は約から駆けつけていた。

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 参集殿の前には日章旗と台湾独立旗を握りしめた人垣ができ、李登輝前総統の到着を今か今かと待ちこがれ、李登輝前総統を乗せた車がくると、大きな歓声と、「日台友好、台湾独立万歳!」の声があがった。自分も総理大臣参拝以上の興奮を感じた。

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 李登輝前総統らを乗せた車。報道陣と警備の数がものすごかった。台湾とは国交が無いとはいえ、やはり国賓級の待遇のようだった。

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 靖国神社拝殿前より、奥の本殿に昇殿参拝する李登輝前総統の姿を見て、旗が打ち振られた。拝殿前は八月十五日のような人だかりだったが、それでも何とか本殿から参拝を終えられて出ていらした李登輝前総統の姿を見られた。背筋を正され、厳かに参拝される姿に何とも形容できない感慨だった。

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 境内には多くの人々が日章旗や台湾独立旗を手に集まっていた。今回の李登輝前総統の参拝は、李登輝前総統にとっても長年の夢であったろうし、また心ある日本人にとっても長年の願いであった。

 その両者の思いを妨げる勢力が日本の内外にウヨウヨしている現状はまことに悲しむべきものである。しかしそのような状況下で、自らの信念を貫き、日本人の進むべき道を粛々として示して下さったのが今回の李登輝前総統の靖国神社参拝だった。

 日本人よ迷うな。祖国を守った祖先と、この日本を想う人々と手を携えて前進して行こう。

 日台友好、台湾独立万歳!!

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by shikisima594 | 2007-06-07 23:04 | 活動報告
第49回靖国神社清掃奉仕に参加
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 先日五月二十日に有志のボランティアである、靖国神社清掃奉仕有志の会による靖国神社清掃奉仕が行われ、我々皇国史観研究会のメンバーも参加致しました。

 今回清掃に参加された方々は大体四、五十名程でした。我々の様な学生もいれば、ご年配の方、小さなお子さんを連れて参加されてる方など正に老若男女、さまざまな方がいらっしゃり、靖国神社は多くの方々によって支えられている事を強く感じました。

 清掃に入る前に昇殿参拝をしてから控え室で荷物を置き、持参した軍手をつけて、準備していただいた竹箒等を持ち、清掃をはじめました。

 当日は天気も良く初夏を思わせる陽気のなかでの作業となりました。英霊に対する感謝、尊崇の思いからの気持ちはもちろんの事、私事ながら国士舘受験の際に合格祈願をして合格へ力をお貸し下さったであろう、靖国神社への奉仕は非常に嬉しく又身の引き締まる思いでした。

 安倍総理の参拝などでマスコミが、半端な=悪質な情報を流す昨今ですが、我々も微力ながらでも戦って行こうではありませんか。

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by shikisima594 | 2007-05-21 22:42 | 活動報告
第二十三回鶴川祭に参加
f0018981_1753774.jpg 五月十二日と十三日の二日間にわたって、国士舘大学鶴川校舎(東京都町田市)で、第二十三回鶴川祭が行われました。私たち皇国史観研究会も、今年は「東亜友好印 タピオカヂユウス」と銘打って、タピオカジュースの露店を出しました。

 タピオカは若い女性や子供たちから大好評で、またたく間に露店の前に行列ができ、タピオカづくりが間に合わないほどの盛況に見回れ、大忙しとなりました。国士舘大学の学園祭でタピオカが販売されることは非常に珍しく、私たちとしても“未知の体験”となりましたが、なんとか完売することができました。

 また、ブログをご覧になった方や、弊会のOBなども、わざわざ足を運んで下さり、身に余る激励を頂戴しました。この場を借りて御礼申し上げます。

 今回のタピオカ屋は、ただタピオカを売るのみではなく、露店の脇に日本とアジア諸国との関係の過去を回顧し、未来を展望する展示を行いました。インドネシア、パラオ、インドといった国々について展示をしましたが、今回、とくに力を入れたのは、日本との関係が非常に深く、このタピオカの発祥の地でもある台湾についてです。

 以下にその文章を掲載します。

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日台関係の理想的な将来

 台湾にとっても日本にとっても重要なのは、台湾独立である。両国は国交を回復するなどして関係改善に努めるべきである。

 台湾と日本の地理的な位置は変えられず、そこに始まる戦略的関係は切れない。国交が無い状態だが、それも、中共政府は頑なで、台湾と国交を結んだ国とは国交を断つという強硬な手段を行使してきたからだ。

 もし台湾と国交を結べば、中共との関係の悪化は当然となる。もし中共が台湾に軍事侵攻すれば、なおさら日本は取捨選択しなければならない。

 経済上日本にとって一番重要なのは、シーレーンである。日本経済を支える石油は、東南アジアの開場ルートを通ってほとんどまかなわれるが、この点一つとっても日本は東南アジア諸国との関係を絶対良好にしなければならない。台湾は親日国家であったのはこの点都合がよく、その状態は維持されなければならない。

 石油船は台湾を通らなければならないから、実は日本の経済は、台湾地域が船を通すか通さないかで大きく変わってしまう。もし台湾地域が石油船を送らなければ、日本は車を含め、石油を使うありとあらゆる機械が一七〇日間ほどで動かなくなる可能性がある。だから、台湾がもし中共に占領されてしまえば、中共は日本を意のままに操れることになる。それが、最終的に中華文明圏への編入につながる可能性もある。

 もし日本経済、ひいては文化と国家の自立を望むなら、日本は中共政府よりも台湾政府と関係していなければならない。アメリカが中国を取ったときでさえ、日本は台湾をとるべきである。

 したがって、もし中台間で戦争があれば、日本はアメリカ以上に台湾独立を支援しなければならない。台湾は日本と一心同体ではないかもしれないが、日本の運命は台湾の独立にかかっているといっても過言ではない。
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f0018981_18104974.jpg タピオカの味と共に、日台関係とアジアの未来にも広く興味と関心に親しんでいただけたならば幸いです。今回は屋台の看板に写真の台湾独立旗をかかげて、店をひらきました。この独立旗を私たちに託してくださった在日台湾関係者の皆様に深く御礼と、日台連帯の誠を捧げたく存じます。


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by shikisima594 | 2007-05-14 18:20 | 活動報告