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著者名順 あ行 イ・ヒョンソク、イ・ユジョン ■『軍バリ!』 相沢 幸悦 ■『品位ある資本主義』 葦津珍彦 ■「一、国民統合の象徴」『日本の君主制─天皇制の研究』 荒岱介 ■『大逆のゲリラ』 井上宏生 ■『神さまと神社』 井上章一 ■『夢と魅惑の全体主義』 岩田温 ■『日本人の歴史哲学』 打越和子 ■『靖國のこえに耳を澄ませて』 大原康男 ■『天皇—その論の変遷と皇室制度』 か行 勝谷誠彦、藤波俊彦 ■『世界がもし全部アメリカになったら』 草地貞吾 ┏■『天皇私観』 ┗■『大東亜戦争大観論』 小林よしのり、西部邁 ■『反米という作法』 古森義久、田久保忠衛 ┏■『反米論を撃つ』を撃つ 第一回 ┣■『反米論を撃つ』を撃つ 第二回 ┣■『反米論を撃つ』を撃つ 第三回 ┣■『反米論を撃つ』を撃つ 第一回 ┣■『反米論を撃つ』を撃つ 第四回 ┣■『反米論を撃つ』を撃つ 第五回 ┣■『反米論を撃つ』を撃つ 第六回 ┗■『反米論を撃つ』を撃つ 最終回 さ行 里見岸雄 ■『国体に対する疑惑』 四宮正貴 ■『天皇・祭祀・維新』 清水馨八郎 ■『侵略の世界史』 杉本五郎 ■『大義 杉本五郎中佐遺著』 関岡英之 ■『拒否できない日本』 た行 竹田恒泰 ■『語られなかった皇族たちの真実』 但野正弘 ■『藤田東湖の生涯』 田中卓 ■『皇国史観の対決』 徳川義寛 ■『侍従長の遺言』 な行 ならやたかし(睦月影朗) ■『ケンペーくん』 中川八洋 ┏■『皇統断絶』 ┗■『日本核武装の選択』 中川八洋、渡部昇一 ■『皇室消滅』 中村武彦 ■『私の昭和史―戦争と国家革新運動の回想― 』 野村秋介 ■『さらば群青』 野村旗守 ■『Zの研究』 は行 フリードリヒ・エンゲルス ■『空想から科学へ』 浜田和幸 ■『たかられる大国、日本』 平泉澄 ┏■「国史学の骨髄」『国史学の骨髄』 ┗■「一の精神を欠く」『国史学の骨髄』 堀江貴文 ■『稼ぐが勝ち』 ま行 マルクス、エンゲルス ┏■共産党宣言を読む(第一回) ┣■共産党宣言を読む(第二回) ┣■共産党宣言を読む(第三回) ┗■共産党宣言を読む(最終回) 毛沢東 ■『実践論・矛盾論』 松浦聡彦、武論尊 ■『ライジング・サン』 見沢知廉 ┏■『ライト・イズ・ライト』 ┗■『天皇ごっこ』 三島由紀夫 ┏■三島由紀夫『金閣寺』 ┣■『若きサムライのために』 ┣■『葉隠入門』 ┣■『行動学入門』 ┗■『花ざかりの森・憂国』 三田村武夫 ■『大東亜戦争とスターリンの謀略 ー戦争と共産主義ー』 村上龍 ■『五分後の世界』 や行 ヤン・ビョンソル ■『嫌日流』 山岡荘八 『吉田松陰』 山野車輪 ■『嫌韓流』 ら行 わ行 渡部昇一 ■『ハイエク—マルクス主義を殺した哲人』 記号 『大西郷遺訓』出版委員会 ■『大西郷遺訓』 最近の日本が変わって来ている。新聞やテレビの見出しを拾うだけでも、その変貌の急速さを実感せずにはいられない。規制緩和、IT業界・人材派遣業かの急成長、郵政民営化、商法大改正(国際会計基準の導入)、法科大学院の大幅な設置……これらの“改革”をマスコミは盛んに、さもあたりまえのように報じているが、これらの背景には全然と言っていいほど、スポットをあてようとしない。というのも、実はこれらの“改革”には全て「元ネタ」が存在する。 その「元ネタ」とは、アメリカ政府が毎年、日本政府に対して突き付けてくる「年次改革要望書」である。本書は、この「年次改革要望書」の実態と、アメリカのドス黒い魂胆を詳細に追及した本である。 「年次改革要望書」には、日本人の伝統文化・慣習に対する配慮も、生命、財産への思慮も全く見られない。あるのは露骨なまでのアメリカへの利権誘導である。近年、日本に急激に侵出してきている外資系企業や、アメリカのハゲタカファンドの露払いが、この「年次改革要望書」である。 読み進めれば読み進めるほど、この「年次改革要望書」に政治家も、マスコミも、官僚たちも口をつぐんでいる現状に薄ら寒い恐ろしさを抱かずにはいられなかった。言われるがままに、好き勝手に人の国を改造して、いったい日本は誰のものなのか。アメリカの植民地なのか。 親米派とされる人々は、口を揃えて「アメリカには二つのアメリカがある。反日の民主党アメリカと親日の共和党アメリカがある。だから日本は親日の共和党と仲良くすればいい」というのだ。それはもはや幻想にすぎない。 なぜならば、この堂々とした屈辱的内政干渉の「年次改革要望書」は平成5年に当時の宮沢首相と民主党のクリントン大統領の間で締結され、現在では共和党のブッシュ政権により強化された形で引き継がれているのだ。共和党も民主党もない。アメリカはアメリカということだ。 「年次改革要望書」の内容は、規制緩和、行政改革、審議会行政、情報公開、独占禁止法、公正取引委員会、入札制度、業界慣行、民事訴訟制度、農業、自動車、建築材料、流通、エネルギー、金融、投資、弁護士業、医薬・医療、情報通信、などなど、トンでもなく多岐にわたる。 それら全てが「グローバル化」の名の下に「アメリカ化」させられているのだ。かつて160年前にカール・マルクスが「ブルジョアジーは自分に似せて世界を創造する」と指摘したが、いまや日本は拝金主義の狂信国家アメリカに、すっかり改造され尽くそうとしている。 つらつら考えてみる。「年次改革要望書」の“オチ”とは何だろうか? それは、「Japanの合衆国への編入」ではないのか。 アメリカ国旗の星の数は、建国以来、増え続けてきた。それはアメリカの帝国主義的膨張を象徴している。日本がそこに新たな星として加えられてもいいのか。 そうなってからでは遅いのだ。本書がより多くの各界各層の日本人に読まれ、アメリカの日本改造を食い止めなければならない。 タカユキ 応援のクリックをお願いします
今回は平泉澄「国史学の骨髄」(著平泉澄、編田中卓『平泉博士史論抄』平成十年二月、青々企画、収録)を取り上げる。本論文は「昭和二年六月二十三日朝に一気に書き下され、同年八月発行の「史学雑誌」(三八─八)に掲載された。」(同書「解題」五百八十項)ものである。昭和二年というと、平泉先生は東京帝国大学助教授、当時三十三歳であり、京大学連事件が世相を騒がせていた時代である。
この背景も含めて、平泉先生の歴史観が強く見て取れる重要な論文であると私は考えている。 まず初めに「歴史のあるのは単なる時間的経過の為ではない。」と平泉史学に於ける歴史の定義を行う。歴史とは「明らかに高き精神作用の所産であり、人格あって初めて存在し、自覚あって初めて生ずるものである。」(八十三項)と説く。以前平泉澄「我が歴史観」を紹介したがそこに於いても触れられた平泉史学の大切な部分である。 「単なる時間的経過」を歴史と言うならばこの世に存在するあらゆるものに歴史が存在し実際その様な意味で使われる事も多い。しかしそれでは鳥獣と人間に於いての歴史には差が無い事を意味する。それでは何故我々は国史を学ぶのか、鳥獣と同じならば取り分け国史を大事にして学ぶ意義も無いであろう。ここで「人格あって初めて(歴史は)存在」すると定義する事で人間と鳥獣山河と区別し、国史学の独立性を確立しようとしたのである。 そしてその「人格」に対しても「進歩発展」を要求する。藤原頼長や特に日蓮を例に挙げその過去・現在・未来の精神の変化に着目しこれを個人に於ける重要な時代区分目安と考える。ここでは人格あって歴史が始まると思考している事に留意しよう。 次に「重要なるは、歴史は即ち復活なりといふ事である。」(八十五項)「(崇高なる人格に)生命を与へて歴史の殿堂に迎ふるものは、現代人の認識の力である」(同項)と説く。どういう意味だろうか。具体例として橘曙覧の歌の価値を評価した正岡子規、本居宣長の精神を受け継いだ伴信友・平田篤胤、神勅・神器の意義を明らかにした北畠親房の様に、例えその時代に大なる評価を受けなかったとしても、彼等「人格」者と同じ「人格」を持つ人間が表れれば何十年何百年時を経ようとも其の精神はいつでも現代に「復活」する。「火を伝えるものは火でなければならず」(八十六項)「同じ偉大さ」(八十七項)を持たなければ歴史・精神を受け継ぐ事は不可能であると言う事である。 以上の事を踏まえ、本論文で私が一番重要であると思う所を、少々長いが引用する。 「更に思ふ、我等は紛れもなき日本人として、桜咲く日本の国土の上に、幾千年の歴史の中より、生まれ出で、生ひ立ち来たつた。我等のあるは、日本あるによる。日本の歴史は、その幾千年養ひ来たつた力を以て今や我等を打出した。我等の人格は、日本の歴史の中に初めて可能である。同時に、日本の歴史は、我等日本の歴史より生まれ出で、日本の歴史を相嗣せる日本人によって初めて成立する。仏を相嗣せるものは仏でなくてはならない。宣長を復活せしむるものは、篤胤でなければならない。(略)日本の歴史を求め、信じ、復活せしむるものは即ち我等日本人でなければならない。」(八十九項) 平泉先生は「日本の歴史=崇高な人格者達の歴史」と捉えている。この人格者達の歴史から生まれてきたのが「我等日本人」である。「我等日本人」が歴史を受け継ぐ為には「人格」を作らねばならない。「人格」を作るとは如何なることか。「志尚立たざる者に於いては、歴史は未だ存しない。」(八十三項)から考えると「人格」を作るとは志を立てる事である。 志(=人格)は「日本の歴史(=崇高な人格者達の歴史)の中に初めて可能である」のだからその志は崇高な人格者(曙覧・篤胤・親房等)と同じかそれ以上の志を持たねばならぬという条件が出てくる。そうする事によって初めて歴史を受け継ぐことが出来る=崇高な人格者達の「人格」を受け継ぐ事が出来るのである。これを「相嗣」と表現している。 崇高な人格者の歴史を受け継ぐ事が出来た人は人格者となり、日本の歴史を構築していく。それはまた後世に伝えられる。そして次の時代の者がその人格者に感化され、志を立て人格者となり、歴史を作り…と無限の連鎖を繰り返す。「現代人の認識の力」を要求し、「かくて日本の歴史は、日本精神の深遠なる相嗣、無窮の開展であ」(九十二項)る。と宣言するのはこの理論による。 では、歴史の捉え方についてはどう語っているか。「史学は科学として純粋客観を必要」(八十九項)とする為私達となんら関与する事の無い外国の歴史に於いて「最も完全にして公平なる歴史」(同項)を見る事が出来るという見解がある事について、歴史は「単に事実をありのまゝに描写すべきものと解する僻見」(同項)であるとし「歴史は、その本質に於いて、決して事実そのまゝの模写ではない」(同項)「無関心の傍観者として対するならば、この世相は複雑混沌極まりなく」なってしまうとする。 うがった見方をする方はこの部分を平泉は事実を無視しても良いと言っていると考える様だがそれは間違いである。平泉先生の実証主義に関する見解は今まで紹介してきた。ここで平泉先生が言いたい事は、事実をありのまま並べるとしたら起床から昼食、就寝まで全て書く事が求められる。その様な事は不可能だ。歴史を捉えるには必ず歴史家の問題意識が反映されてしかるべきである、という意味である。ではどうするべきか。 「我等が之を(=歴史を)組織するは、自らの意志により、信仰による。歴史は単なる知的所産ではない。歴史の認識は知的活動の外に情意の活動を必要と」するものであると説く。意志は勿論歴史を受け継ぐ為の歴史家の人格である。信仰とは「人格者」の精神を信じ汲み取らんとする心である。「神を信ぜざるものには神の存在は感知し得ない。」(八十六項)と言うが如く、歴史の中より積極的に精神を汲み取ろうとするならば己自身は人格者達の精神を信じなくてはならない。歴史的に、結果的にそうなった、ではなく、人格者達がこうさせた、と信じなくては彼等の行為は全て偶然的なものとしか解釈出来ない。 また、ここで急に「信仰」が出てくる背景として、大正末期に平泉先生が直面した“文献研究でも説明がつかず膠着した論議を打破する為”にこの様な心理面が強調されたと研究する論もある。(昆野伸幸「平泉史学と人類学」日本思想史懇話会編『季刊日本思想史』六十七号、ぺりかん社、平成十七年十二月参照。また此の部分だけではなく、本記事全体も之を踏まえている) 歴史は「我が意志」で「組織」され、「我が行」で「把捉」され、「我が全人格」で認識される。平泉先生にとって歴史は日本の歴史を構築した人格者=日本人の歴史なのだから、我等日本人が認識出来るのは「祖国の歴史に於いて」他にないのである。つまり人が認識すれば歴史=人格者達はいつでも「生きている」と言える。それは「歴史は永生」(以上引用全て九十項)である事を確信する事だった。 次の段に移ろう。平泉先生は歴史の変化は人格の発展ではならないとし、革命は国家に於ける「発狂の際の如き」(同項)ものであった。日本に於いては神勅の発露である建武御中興により明治維新により「国家の歴史は絶えず生き生きと復活する。」「未だ曾て革命と滅亡を知らず、建国の精神の一途の展開として、日本の歴史は唯一無二であ」り、日本の歴史こそ「歴史の典型」であるとする。(同項) そして「史学は、歴史を抽象化して法則を立てんとする学問では決してない。」(九十一項)と説く。「歴史」の「抽象化」と「法則」を立てようとする学問の動きとは、時代背景を考えると人類学・唯物史観を念頭に入れていると思われる。平泉先生は歴史の研究(法)は日本には日本の、東洋には東洋の、西洋には西洋の「独特」のものがあり、その為領分が分かれていると反論する。また今西洋史学が日本に流入したとはいえその長所を取り込んだ後、日本の研究法は自らの特異性を発揮して「本来の面目を明らかにするであらう。」(同項)と言う。何故此の様な事が言えるのか。「独特」とは何か。それは「日本精神」(同項)であり「東洋精神」(同項)ある為である。「国境は単なる地理的のものではない。否地図の上にすら国境あり、況や、精神界の微妙なるに於いておや。」(同項)と説明する。 因みに「学問に国境なしをいふを、単に学者の提携、相互の補助と見れば即ちよし。」(九十二項)「かくいふ事が、世界的知識の拒否を意味するものではない事はいふまでもない」(同項)としている。簡単に言えば精神の混同は反対、技術の流用は可也という訳である。 最後の纏めである。日本の歴史は「日本精神の深遠なる相嗣、無窮の展開」(同項)であり、これは「歴史の典型」であり、日本のみに存在する。日本人は日本の歴史の中で初めて人格を作ることが出来、之を受け継ぐことが出来る。此の中で歴史の研究も日本独特の発展を遂げてきたと言う訳である。「国史学は国史学として、あざやかに一個独特の旗幟を翻す。日本精神にして亡びざる限り、この旗も亦断じて倒されるべきではない。」(九十三項)と論文は締めくくられた。 結末から分かるように直接の目的は当時流行の人類学・唯物史観に対する国史学の優位性・独自性を確保せんが為に打出された攻勢的論文なのである。これも平泉先生に於ける歴史観の形成過程に於いて非常に興味深いが、またその国史の独自性の理由に着目すべきであろう。人格の形成と継承を柱とする事により人類学・唯物史観と決別し、これをもって国史を日本精神の連続と捉えたのである。また歴史家に主体的な歴史認識を訴え、それを「行」と表現したのも注目して良いだろう。私が平泉先生に興味を寄せるのはひとつにこの点である。以前紹介した葦津珍彦先生の論文の時代の様に、「神州不滅」の確信が迂闊には持てない時代になってしまった。現代に於ける“国難”を克服する為には我々日本人ひとりひとりが思考と行動を要求される。その中に於いて、歴史から(静的である)「神州不滅」の確信と、(動的である)「国体護持」の信念を紡ぎ出す為、平泉先生の唱える主体的な認識、人格の形成と継承という能動的な歴史学に、現代を克服する鍵が隠されているのではないかと感じているのである。 彩の国 応援のクリックをお願いします
いつであったか、大学の友人から「葦津珍彦って誰?」と問われて少し驚いた事があった。よく分からないが授業で出てきたらしい。特に政治や思想を話題にしない友人であったからやや説明に困り「全国の神社を纏める神社本庁という組織を作った神道家であり思想家だよ」と答えておいた。
思い返してみれば私も葦津先生ご自身の事はあまりよく知らない。私が知るのは殆どこの葦津珍彦『日本の君主制─天皇制の研究』葦津事務所 平成十七年からである。今回はこの中から「一、国民統合の象徴」(六項)を取り上げる。 本論文は昭和三十六年に左翼雑誌『思想の科学』三十七年新年号に掲載されるはずであったが中央公論によって自主規制され、結局四月号に掲載されることになったものである。今ひとつ事件の経緯や背景がはっきりと分からなかったのでこの事は割愛させて頂く。 まず「戦争と敗戦とを通じて、日本の天皇制は、その根づよい力を立証した。」(六項)と始まり、占領下圧倒的な軍事力・統制力を発揮したGHQですら破壊できなかった「天皇制」(天皇制という言葉は日共が天皇と国民の関係を、いくらでも変えられるひとつの対立的政治制度として捉える為に創造した悪意ある単語として理解しているが、ここでは引用上著者に合わせる事をお断りする)の確認をして、「次次に亡び去った君主国と日本国とでは、大きな事情の差があったにちがいない。」(七項)と推定する。 大戦後国民投票で君主制から共和制に移行したイタリアと日本を比較し、君主国の中にも様々な具体的事情が存在する事、また、一方に「君主制から共和制に移行するのは世界的事象」と考える潮流がある事を挙げ、「日本とか英国の具体的事実を無視して、日本、英国などの具体的な国の運命を、抽象理論で予見しようとする浅はかさ」(十項)を戒めた。 次にアメリカ・フランスの政治事情を歴史的に詳しく考察してその共和制の中に、常に選挙を勝ち抜いた戦闘的で野心的な強力なリーダーの出現の可能性、下手をすると君主制的な状態になる事を証明した。これを踏まえイギリスとアメリカ・フランスの政治事情を比較する。イギリス国王は政治的責任を負う必要が無いので「政敵のない英国王が、米国型の大統領制よりも、はるかに“国民統合”の役割を演ずるのに適していることは、いうまでもあるまい。」(十八項)と考えた。 では日本の場合はどうであろうか。日本の天皇は英国に比べて遥かに非政治的で非権力的である、しかし「列国の君主の中でも、もっとも強力な社会的影響力をもっており、もっとも根強い国民意識に支えられている。」(二二項)とする。 そして「問題を端的に具体的に考え」(同)る為日本が共和制になった場合を考える。葦津先生は日本に大統領が立つとしたら「おそらく岸信介か池田隼人であろう。」(同)と想定。思わず時代を感じてしまった。「これらの人物に対して、多数の国民が国の代表または象徴としての敬意を感じるだろうか。」と権威の天皇と選挙によって立てられた時の権力者との決定的な差を明らかにする。安倍首相のせいで死ぬものはあっても安倍首相の為に殉死するものは無い事は明白である。 「国民投票過半数の数千万の票を集め得たとすれば、岸でも池田でも天皇以上に尊敬したらいいではないか、それが進歩した共和的市民の心理である、といってみても国民の実感が承知しない。なぜだろうか。国民の間に、動かしがたい国体意識あるからである。」(二三項) 葦津先生の言う国体意識とは何か。それは美濃部達吉博士が説くところの倫理主義的なものではなく、千差万別の国民が皇室に引き寄せられる複雑な「心理的な力」(二五項)にあるという。国体に関しては昔からその解明が試みられてきた。葦津先生はその中で国体の一面的・表面的(倫理主義・道徳主義からの説明)な解釈を否定し、国体の多層的な面(文化芸術を含めた皇室と国民の複雑な結び付き)を認めたのである。この様な考え方から「君主制から共和制へ」という時流がたとえ存在していたとしても葦津先生はいや日本の場合はそうはならないよと明快に否定出来るのである。 そして本論の最後にある「この地上から、トランプの四つの王が消え失せるとも、日本の天皇制は繁栄し続けるであろう。(二五項)」という葦津氏の確信が大変印象的である。 「道徳的とか宗教的とか政治的とかいって割りきれるものではない(二五項)」この皇室への国民の意識が、現在まで国体を形成する有力な力となってきたと考えるのには賛成である。皇室と国民との関係を政治・経済・宗教の枠組みのみで捉えては国体の持つ柔軟性というものが見えてこない。政治や経済が変われば皇室と国民との関係も変わるとすぐ考えるのは誤りである。資本主義が天皇制の本質と思い込み、本来なら無用な蜂起と弾圧を繰り返した悲劇を我々は知っているではないか。里見岸雄先生が叫ぶが如く、「社会主義を克服せずして何の金甌無欠の国体か、いわく、社会主義を国体化せよ!」の柔軟で積極的な国体の解明が求められているのである。 本論文には葦津先生の“国民の自然的な皇室敬慕の念への信頼と確信”が読み取れる。私もそれを信じたいが不安を感じずにはいられない。「天皇制?無くてもいいけどあっても良いや」という戦後から続いたサイレントマジョリティに似たこの空気はいつ崩れるやも知れない。現代の最前線を生きる我々はいたずらに“かつての志士達の無限の殉国の末に構築されてきた国体”に安易にもたれ掛かるのではなく、自覚を持って常に国体をつくりかためなさなくてはならない。 追記:今回は駆け足の様な粗野な作りになってしまった。次回からはより踏み込んだ内容にしたいと思う。 応援のクリックをお願いします 最近、『たかられる大国、日本』という本を読み、その内容が大変興味深いものだったので、その中でも興味深いと思ったもの、特に中国に関するものを簡単に紹介します。私は知識も教養も乏しい者ですので、この本を読み、度々米国や中共の手口に驚きました。タイトルからも御察知して頂けるかと思いますが、米国や中共政府が、日本を自在に操れる魔法の呪文「戦争責任」を唱えることなどにより、どれだけの財産をむしりとってきたのかを、その具体的な手段とともに書き記したものであります。 日本が「戦争責任への謝罪」として払い続けた日本の対中ODAは、一九八〇~二〇〇〇年までの二十年間で約六兆円。この額は世界の先進国と比してみて、明らかに異常です。そしてこの多額のODAを彼らはどうやって使うのか、その一例を紹介します。 まずは中国の発展の為にという名目で国営の超巨大空港を建設するのですが、その建設にあたり「戦争責任」を巧みに用いて日本からODA援助金を引き出し、そして空港完成後にそれを株式会社化、株を外資系企業などに売りさばくのです。 この時に売り出された空港の株券はその殆どが元は日本のODAであり、株を売りさばいて得た資産が中共の懐に入った後、その行方はわからないのだそうです。そして、「戦争責任」を口実に引き出された金が、戦争被害者に支給されるのかというと、実際に支給された例は殆どないのだそうです。 ちなみに、日本が中共政府に対し多額のODAを支払うことが始まる前後に、中国の軍事力は飛躍的に増強されはじめるのです。日本の対中ODAが中国で軍の増強に用いられている可能性は、限りなく高いでしょう。 なお、日本のODA大綱には軍事、戦争目的として使用されるための援助はしないと明確に記されています。台湾への侵攻に用いることが出来る鉄道の建設等にも日本のODAが使われています。ですから、対中ODAは日本のODA大綱に違反した援助であると言えます。 中国は非常に軍事というものを重視しています。かつて鄧小平はこんな国家政策を掲げました。 軍民結合 平戦結合 軍品優先 以民養軍 これを日本語に直すと、「軍と民の区別はない、平和と戦争の区別もない、軍事が全てに優先するのだ。要は、民は軍に仕えていればよいのだ。」となります。 鄧小平はもう亡き人ですが、中国の現状を直視すれば彼が掲げた国家政策は今もなお生きていると断言できるでしょう。中国が軍事を何より重視している証拠に、「超限戦」という今中国軍部で注目を集めている論文の内容を紹介します。 「超限戦」、それは判りやすく例えるなら、「禁断とされる戦争手段のすすめ」とでも言うべき内容の本であり、弱い国が強い国に戦いを挑むときは、何も国際法に則った手段を選ばなくてもよいという分かりやすい視点に立った論文です。 具体的には、暗殺、爆弾テロ、麻薬、生物化学兵器、毒ガス、サイバーテロ、金融面での攪乱、メディアを通じた洗脳あるいは情報操作、更には環境破壊による公害といった方法を大いに用いるべきという内容が記されています。 こんな論文、たった一人の行かれた人間が書いただけで、軍部で注目を浴びているからといって実際に国家がこんな人道をはずした方法をとるはずがないと思う方もいらっしゃるかと思いますが、今の中国では似たような発想から執筆された論文が次々に発表されており、危機を敏感に察知した米国では、「超限戦」をコピーしたものを重要な討議資料として国会で全員に配布し、議会は騒然となったのです。 現在中国では「超限戦」は試行の段階であり、すでに日本はサイバーテロによって経済面、情報面に打撃を受けているといいます。中国は正に今、我々の予想の及ばぬような手段で日本を陥れる準備をしているのかもしれないのです。 こうした軍事最優先自己中心国家中国が、かつての日本における「富国強兵」や「帝国主義」の悪を世界に宣伝するのは、滑稽にも見えますが、そのなりふり構わぬ姿勢には脅威と腹立たしさを覚えます。 日本政府は日本国民の生命や財産を脅かす可能性のある国家及び政府に対し、ODA云々理由とつけて、「我々を脅かす何か」を実行、増強、生産する可能性を孕む援助金を出資することを、一日本国民としてやめていただきたいと思います。 下馬坊 応援のクリックをお願いします この本では、イタリアのファシズム、ドイツのナチズム、そして日本の戦時体制を比較しながら全体主義を考察していく。第二次世界大戦下の日本を同時期のファシズム国家と比較した議論は数多く行われてきたが、都市と建築に着目した比較というのは珍しい。かつて、ヒトラーはベルリンをナチスドイツの首都にふさわしい姿へ造り変えようと していた。スターリンも建築には熱心で、スターリン・デコとよばれる様式まで生みだすに至っ ている。ムソリーニ、ヒトラー、スターリンは壮麗な巨大建築と都市改造計画により、自らの 体制の力を誇示していた。 しかし、彼ら独裁者はともに権力の簒奪者であり、統治者の正当性にはどうしても欠けるところがあった。その弱点を克服するために、独裁者は国民を扇動し、彼らの支持をとりつける必要があった。ファシズム国家における都市改造計画は、民衆の支持を得るための重要な装置でもあった。 しかし、同時期の日本の都市建築には、そのような形跡はない。むしろ、意匠を凝らした建築は贅沢品として敵視され、鹿鳴館などの明治期の名建築も取り壊されてしまった。 その代りに、東京の官庁街には、鉄鋼の節約のため木製の安っぽいバラックの庁舎が次々と建てられた。外見が安っぽいだけではない。火災にも弱く、一度の落雷で九棟の庁舎が全焼したことさえあった。 また、物資の節約のため、建設途中のまま六階建てのうち三階以上が鉄骨しかない状態で竣工した駅舎まであった。ヨーロッパの独裁者たちは、壮大な建築により自らの正当性を示し続けなければならなかった。 一方、日本においては、そのような大がかりな建築は必要ではなかった。その理由は、日本では統治者としての天皇の正当性は、建築に訴えずとも揺らぐことがなかったからである。 だが著者は、そのような見てくれを否定し禁欲精神の貫徹する社会も、ドイツやソ連とは目指す方向が異なるものの似たようなユートピア色があると主張し、それを「日本ファシズ ム」と表現する。 私は「見てくれを否定し禁欲精神の貫徹する社会」というのは、つまり、当時の日本の国力の限界を示しているのであって、戦前・戦中の日本に存在した「日本ファシズム」とは「戦時体制」以上のものではないと考える。 確かに、戦時体制の日本は全体主義国家であっただろう。 だが、それは戦時下においては仕方のないことであって、日本をファシズムという枠組みでひとくくりにすることはできないはずである。 私は建築には全くの素人だが、このような視点から歴史を見ることも興味深い。 応援のクリックをお願いします
平成大不況の中で政府は「アメリカ型経済システム」の導入を選択した。金儲け一辺倒のアメリカ型市場原理主義が導入されたことにより、徹底的な金融自由化や規制緩和、撤廃が進められてきた。
その結果、この数年ですさまじい所得格差、経済格差が発生した。それだけではなく、経済倫理、企業倫理の低下が深刻な問題として噴出してきた。 昨年、ビジネスホテルチェーンの東横インがコスト削減のため、条例に定められた障害者用施設を設置していなかったことが判明した。しかも、罰則がないのをいいことに、条例違反をしたまま新規開業を強行した。企業倫理の欠如を象徴する事件であった。 2005年にも、乗客の安全性を軽視した結果、JR西日本の脱線・転覆事故が発生。一級建築士によるマンション・ホテルの耐震強度偽装も発覚した。 本書、相沢悦幸『品位ある資本主義』(平凡社 平成十八年八月十日)は、アメリカ流金儲け万能主義と、それに追随しつつある日本経済を痛烈に批判している。それとともに、政府の無駄を省き、環境に配慮し、企業倫理を確立し、経済格差が少なく弱者にやさしい社会を目指すという選択を取るべきであると主張する。 これが本書における「品位ある資本主義」像だ。 そして、日本を「品位ある資本主義」に導くための参考例として、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国を挙げている。著者の提言は、経済問題に限らず、エネルギー問題、教育のあり方、国防など多岐にわたる。日本が抱える問題が的確に分析され、多くの点で納得できる。 しかし、少々極端な主張も見受けられる。 「人々のコミュニケーションを阻害する携帯メールは原則禁止する必要がある。」 「遺伝子組換え技術の導入により食料が危険になる。」 など、人体にどのような悪影響を及ぼすか十分に検証されていないにもかかわらず、「無害ではないと思う」から禁止すべきというのは、短絡的ではないだろうか。 最後に、日本は、アジア諸国とともに歩む道を模索すべきであり、そのためには、アジア連合の早急な結成が必要だと結論付ける。これにより、日本は経済、軍事における対米依存から脱却することができ、また、アジア経済全体の発展に日本の経済力を役立てれば、日本もある程度の経済成長を実現できるとしている。そして、アジア連合結成後、日本はアジアの環境保護に全力で取り組まなければならないとしている。 さらに著者は、EUでは実現できなかった「防衛共同体」の設立を説く。「防衛共同体」とは各国軍隊を統合し、各国が軍を独自に行動できないようにするもので、著者によると、それを設立しない限り「アジアは日本の再侵略の脅威から解放されない」らしい。 ASEAN諸国との経済統合、環境保護活動への支援ならともかく、いきなりアジア連合の結成と軍事力の統合とはあまりに非現実的だ。そもそも、「日本の再侵略の脅威」などと考えているのは特定アジアだけだろう。 また、アジア最大の軍事力を保有し、周辺国を侵略し、アジアだけでなく世界的な軍事的脅威となっているのは中国だ。 筆者の主張は極論だと思う部分もあるが、的を得ている部分も多く、耳を傾ける価値はある。 応援のクリックをお願いします 僕は国士舘大学に在籍して学業を続けている。大学名は読んで字の如く、「国の士(サムライ)の舘」となり、国家にとって柱や礎となるような人物を育む事を旨とした大学である。大学名に「士(サムライ)」と関した教育機関は少ないし、ましてやそのサムライが国家にとってのサムライであると規定した大学は我が国士舘大学だけであろう。僕はこの事を大変誇りにしているし、そういった志と理念を持った教育機関で学べる事を嬉しく思っている。 最近、大学の教授から聞いた話だが、この国士舘大学という名前は現在では日本人学生よりも、中国や韓国からの留学生の方で評判が高いらしい、彼らの国では、国士とはまさに天下第一等の祖国のための人物といった意味で、祖国に帰ってから学歴が「国士舘」となっていると大変に胸が張れるという。 そういった話を聞くと、国家のための人物としての「士」を尊ぶ中国や韓国の習慣と信念が羨ましくもあるし、まだまだ「国士」という名前に誇りと自信を持ちきれない日本人学生について残念でもある。「士」とは本来、男性を意味するところであるが、さらに意義を深めて「侠」や「漢」といったものよりも思想的・道統的な意味合いを加味し、サムライという概念をつくり出したのは、実に日本の精神風土に他ならない。 ではサムライとは何か、武士道とは何か。 そういった時に我々はそれに対する明確な答えを出し得るだろうか。山本常朝の『葉隠』を持って来る、新渡戸稲造の『武士道』を挙げる、藤原正彦の『国家の品格』を説くなど、議論百出するだろう。 それらは一面において武士道とサムライの片鱗を描き出し、記しているかもしれないが、全体像を描いているとは云い得ないのではないか。マルクス主義のように一時代の特定の人物がつくった思想ならば数冊の本を通読すれば概要を知る事は出来る。 しかし武士道とサムライとは、前述の通り日本の精神風土が長い主に封建生社会を中心として育んだ精神と生き様、価値感であり、それは数冊の本において全体が理解し得る性質のものでは決して無い。 そうした前提の上で、サムライとは何かを考える手がかりとして今回は三島由紀夫氏の『若きサムライのために』を挙げたい。「昭和のサムライ」と呼ばれた三島由紀夫氏がサムライの血を受け継いだ日本の青年たちにしたためたのが、本書である。 本書の精髄は前半における「若きサムライのための精神講話」にしっかりと込められている。この中で自分が最も好きな話は、「信義について」の章である。以下に一部を紹介する。 「一旦約束を結んだ相手は、それが総理大臣であろうと、乞食であろうと、約束に軽重があるべきではない。それはこちら側の信義の問題だからだ。 上田秋成の『菊花の約』という小説は、非常に信じあった友人が、長年の約束を守るために、どうしても約束の場所、約束の時間に行くために、人間の肉体ではもう間にあわなくなって自殺をして、魂でもって友人のところにあらわれるという人間の信義の美しさを描いた物語である。その約束自体は、単なる友情と信義の問題であって、それによってどちらが一文も得をするわけではない。その一文も得をするわけでもないのに命をかけるということは、ばからしいようであるが、約束の本質は、私は契約社会の近代精神の中にではなく、人間の信義の中にあるというのが根本的な考えである。一人一人の人生にとって、時間というものは二度と繰り返せぬものである。」 三島氏にしてはじめてこの例えあり、と唸らせられてしまう。人間の信義こそが、明文化された契約や、金銭取引、利害関係を超越して最も重い所以を端的に説き著している。この信義に殉ずる者こそまさにサムライである。 そして信義に殉ずるためには、至誠の境地にまで高められた誠意が必要不可欠である。上記文中では、ある男は友人との信義を果たすために自決している。これは極めて文学的な表現かもしれないが、信義の重さと、サムライのサムライたる所以は実にこの誠意の透徹した境地に他なるまい。 新撰組が「誠」を旗印にし、国士舘大学が徳目として第一に誠意をあげているのも、実にサムライの根本的資質に対する追究があって事であろう。しかしどうだろう、昨今は携帯電話の普及により、「あー、もしもし、ごめん。今日さぁ、ちょっと急に用事はいっちゃって行けなくなったわ」で信義が宙を舞い、サムライは消えつつあるではないか。 サムライとは何か、人間の美しい生き様とは何かを考えさせられ、自らにとっても自警の書となるのが、この『若きサムライのために』ではなかろうか。 文責:タカユキ 応援のクリックをお願いします 先日の卒業式をもって長い間お世話になっていた先輩方が卒業していかれた。自分が大学入学と同時に、皇国史観研究会の門を叩いてより三年間にわたりご指導とご鞭撻を仰いできた先輩達である。一時代が終わったといえば大袈裟に聞こえるかもしれないが、何かが終わったとの実感が自分の内にある。そして早いもので、いよいよ自分が四年生となる番が来たのだと思うと、感慨深いものがある。卒業式は、ひとつの区切りであり、いうなれば「おわり」である。一個の「おわり」の訪れが、次代の訪れと新生をもたらす。それはさながら、舞い落ちた木の葉の下から新しい芽吹きがでているかのようでもある。 すべからく物事には「おわり」がある。そして、それぞれの「おわり」には筆舌に尽し難い美と感動が包含されているのは誰しも漠然と思っているところだろうが、その「おわり」に込められた意義を追及したのが、この三島由紀夫氏『行動学入門』である。 行動はすべてはじまりと終わりを伴う。昭和を代表する行動的文筆家だった三島氏は、その行動を探求することは、同時に「おわり」を究めることでもあった。といっても、本書の主題ともなっている『おわりの美学』は硬く難解な文章ではなく、週刊誌『女性自身』に連載されたものであり、平易で読み易く、三島氏独特の皮肉の効いた面白い文章になっている。 例えば、先に挙げた卒業ということだが、三島氏は「学校のおわり」について次のように書いている。 「さて、問題は、この『学校のおわり』です。学校のおわりは卒業式ということになっている。しかし、それで本当に卒業した人が何人いるでしょうか? 本当の卒業とは、 『学校時代の私は頭がヘンだったんだ』 と気がつくことです。学校をでて十年たって、その間、テレビと週刊誌した見たことがないのに、 『大学をでたから私はインテリだ』 と、いまだに思っている人は、いまだに頭がヘンなのであり、したがって彼または彼女にとって学校は一向に終っていないのだ、というほかありません。」(107頁) 毒舌ながらも鋭い指摘だと思う。この意味からして、本当に学校を卒業する人間がいまやどれほどいるのだろうか。かくいう自分だって卒業できるか分かったものではない。また、最終章は『革命哲学としての陽明学』となっている。 陽明学とは支那の王陽明が唱えた朱子学の一派であるが、行動に重きをおき、過去において多くの維新・革命に影響を及ぼした思想である。『行動学』と称する以上、三島氏が陽明学に言及していたのは流石と思ったが、その内容も短いながらも濃い。 江戸時代、民衆のために蜂起した大塩平八郎と陽明学との関係性、また大塩平八郎の思想が後世にどのような影響を及ぼしたかを、西郷隆盛、吉田松陰を挙げて論及しているのであるが、その中で、三島氏が革命原理としての陽明学を「能動的ニヒリズム」と指摘しているのは、興味深くもあった。 三島氏の市ヶ谷での最期の瞬間。氏を突き動かし、氏の胸に去来していたのは、ニヒリズムであったのか。その答えは分からないが、氏の革命と行動に対する思想の片鱗が垣間みられるのが、本書でもある。 タカユキ 応援のクリックをお願いします 三島由紀夫とは、同時代で見ていた人と、後世でしか知らない人とでは相当に印象が異なるのではないかと思う。自分たちの世代からすれば、「むかし、自衛隊市ヶ谷駐屯地のバルコニーから軍服着て演説して切腹した人」という認識が支配的である。たしかに、あの瞬間においてこそ、行動者三島由紀夫の本質はまざまざと表現されているのであるが、同時代で三島由紀夫を知る人達はそれにとどまらない、多彩な三島由紀夫の肖像を見ていたはずだ。 まず、第一に三島由紀夫は作家であった。それも評論や報道を生業とする作家ではなく、文学者といった方が適しているかもしれない。脚本も書き、内外の雑誌や新聞から取材され、映画に自ら出演し、東大で全共闘と討論し、楯の会をつくり… そのあとは皆の知る所であるが、そのような多彩な顔を持った稀代の表現者であり行動者であった三島由紀夫の実像の一端が垣間みられるのが本書『花ざかりの森・憂国』(新潮社文庫)である。これは三島由紀夫に因る自選短編集であり、よく一人の作家が、これほどまでに多岐に渡る題材で筆を走らせたものだと驚いてしまった。 しかも、表題になっている「花ざかりの森」は、三島由紀夫十六歳の時の処女作であり、若くして恐るべき才能に満ちていたのだと実感する。到底、いまの十六歳に描ける文章ではない。自分は同じく表題になっている「憂国」が目当てで買ったのだ。 これは同名の映画(写真、本書の扉より)にもなったもので、三島由紀夫が自ら演じる軍人が切腹して果てる場面は大きな話題を呼んだ。三島由紀夫、市ヶ谷での自決に先立つ事十年前の作品である。 ここにおいて、十年後の壮絶な最期の壮大な伏線をひいていたのではないかと勘ぐってしまうが、三島由紀夫がこの時すでに武士的日本人の生き様の最期を切腹にみいだしていたと考えるのは早計ではなかろう。 この映画は後に三島由紀夫夫人が、その内容から、回収して焼却処分にしてしまい、幻の映画になってしまったとされる。それはさておき、この「憂国」は先に紹介した二・二六事件を基にしているのである。 二・二六事件勃発により、それまで親友であった将校達が反乱軍として蹶起し、主人公の中尉はこれを討たねばならなくなる。しかし、それはできない。さりとて、彼らと共に起ち、陛下の勅命に抗する事も出来ない。 そこで彼は逡巡の果てに、友への信義も、陛下への忠義も、いずれかを取る事は出来ず、自決を決意し、切腹し、彼の妻も粛々とそれに続く様を描いた小説である。短いながらも三島由紀夫らしさが凝縮された小説であり、人間の誠のあり方に対する三島由紀夫の一つの見解とも読める。 また、この『花ざかりの森・憂国』には「卵」という短編ギャグ小説も収録されている。多分、三島由紀夫を既存のイメージでしか認識していない人は、「あの三島由紀夫がこんなのを書いていたのか!」と思うぐらいの構成になっている。 毎日、卵ばかりを食べている学生たちが、擬人化した卵に取っ捕まって、卵たちから東京裁判のような裁判にかけられる話なのだが、三島由紀夫の耽美で繊細な文学の印象とは大きく懸け離れた作品だけにおもしろい。 応援のクリックをお願いします < 前のページ次のページ >
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