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4月28日、皇国史観研究会定例勉強会
 4月28日金曜日の夕刻より、国士舘大学世田谷校舎で皇国史観研究会の定例勉強会があった。今回は、このブログに「日本の国家制度と主体性」を連載している会員より、我が国の連続性と正統性に関して発表があり、皆で討議を深めた。

 現在、我が国は「日本国」を国号としているが、戦前は憲法の名前になっていた通り、「大日本帝国」という名称であった。よく、戦前と戦後は断絶しているかのような議論をする人がいるが、形式は大いに問題があるにしても、現行憲法は大日本帝国憲法の改正憲法である。

 そして、それは天皇陛下により発布されている。戦前と戦後に限らず、明治時代とそれ以前の歴史が断絶していないのも、この天皇陛下、皇室の連綿とした御存在により証明される。徳川幕府の征夷大将軍とは天皇陛下より任命される役職であり、それは今の総理大臣も同じである。

 徳川幕府の前の、関白豊臣秀吉も、それ以前の足利、源、平も同じである。我が国は常に皇室が存在・君臨されてきた脈々とした歴史を有する国家である。

 逆に、中国何千年の歴史、と自称する中国は易姓革命による断絶に次ぐ断絶の歴史である。今の中国共産党が支配する中国は、わずか57年の歴史しか有していないし、朝鮮半島も似たようなものだ。

 革命に際して歴史的連続性が途絶えるならば、日本も同じではないかと屁理屈を言う向きもあるかもしれないが、日本の明治維新に際して言われたのは、「王制復古」「大政奉還」である。その指す所の意味を顧みれば、我が国の連続性と正統性がより明らかになるであろう。

 他にも、会員より、古代日本における国家制度の特色として、連邦制的な色合いがあったのではないかという面白い話があった。詳しくは、このブログに連載されている「日本の国家制度と主体性」をご参照いただきたい。

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by shikisima594 | 2006-04-30 23:24 | 活動報告
杉本五郎中佐遺著 大義 復刊版
杉本五郎中佐遺著『大義』復刊第二版発行!!

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 このブログの読書録活動紹介でも取り上げて来た『杉本五郎中佐遺著 大義』だが、この度、多くの期待の声に応えて、皇国史観研究会から復刊版を出版した。

 昭和十三年発行当時、その過激なまでの信念に満ちた内容から、ズタズタの削除と伏せ字を受けながらも、熱烈な支持を受けて百数十万部を超える歴史的ベストセラーとなり、戦後はGHQにより焚書にされ、歴史的に抹殺された伝説的な書。

 復刊にあたり、読みやすいように旧字体を新字体に直し、現代の若者である現役大学生達の感想文を何編も巻末に掲載した。特筆すべきは、昭和十三年の発行当時に伏せ字となっていた箇所を全て完全復元した点である。

 日本とは何か、戦後すっかり失われてしまった問い掛けに対する最も明晰で、信念に満ちた答えがここにある。著者杉本五郎中佐の日本に対する燃え滾るような信念と、日本人の魂を揺さぶる筆致を体感されたし!

A5判・110ページ・頒価500円
緒言
第一章 天皇
第二章 道徳
第三章 「無」の自覚到達の大道
第四章 神国の大理想
第五章 皇道
第六章 解党
第七章 生活原則
第八章 七生滅賊
第九章 国防
第十章 第一等の人物
第十一章 維新
第十二章 神勅
第十三章 信仰
第十四章 大命
第十五章 神社
第十六章 高天原
第十七章 戦争
第十八章 皇国民の定義
第十九章 行
第二十章 死生観
付録 大義を読んで
あとがき

 ご希望の方は、住所、氏名、年齢、希望冊数、連絡先(メールか電話番号)を記して下記のアドレスへ!
部数に限りがありますので、お早めにご注文ください。本と一緒に郵便振り込み用紙を同封いたしますので、最寄りの郵便局でお支払いください。尚、送料は実費いただきます。送料は二冊までならば160円です。
また、差し出し人の名に「皇国史観研究会」と入っていると不都合がある方は、メールでその旨を記してください。個人名でお送りいたします。

shikisima594@excite.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしておりますので、小文字に変更してください。)


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by shikisima594 | 2006-04-29 03:06 | 発行物
エヴァンゲリオンへの皇国史観的考察
 Yahoo!JAPANで新世紀エヴァンゲリオン十周年記念総力特集をやっていた。エヴァンゲリオンは平成七年から翌年にわたり放送された人気アニメで、独特の世界観と謎めいた設定が話題を呼び、大ヒットしたアニメだ。このブログを見ている人の中にも、リアルタイムで見た人も多いだろう。

 西暦2015年の日本を舞台に、次々と襲来する“使徒”と、人類の運命を担って、汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンに乗り込んで“使徒”と戦う少年少女達を描いたものだ。その謎めいた設定ゆえに、かつてないほど大量の謎本が出版され、様々な解釈がなされた。

 アニメ本編の詳しい内容と、既になされた解釈については記さない。今回は今に至もなされていない、エヴァンゲリオンへの皇国史観的解釈を試みるのが、本稿の趣旨である。まずは第八話「アスカ、来日」をご覧いただきたい。

 これは放送時には題名が「アスカ、来日」となっていたが、テレビ局に提出された企画書の段階では「アスカ、来朝」となっている。他にも企画書と放映時で題名が異なっているものもあるが、この第八話題名変更の意味は大きい。

 来朝の「朝」とは朝廷に通じ、広義においては、君主のいる国に外国人がやってくることであり、狭義としては天皇陛下の君臨される日本に外国人が訪れる意味である。むしろ後者の方が使われる機会の方が多い。日本に帰国することを帰朝とも言う。

 つまり、来朝であれば皇室が明確に存在していることになるが、これを来日といった場合では、皇室の存在は極めてあやふやになる。企画書の段階ではエヴァンゲリオンの世界には皇室が御存在されていたことになるが、放映段階では存在の有無が確認できないようにされたのだ。

 では、エヴァンゲリオンの世界に皇室は存在されるのか、はたまた存在されないのか?その答えを探る為には、実際に他の話を見てみればよい。映画版の「Air」では日本の「首相」とされる人物が登場するが、あえて「総理大臣」ではなく、首相という表現では天皇陛下御存在の有無が確認出来ない。

 しかし第七話「人の造りしもの」では、「内務省長官」が登場する。内務省は戦前の日本にも存在し、総務省、警察庁、国土交通省などを兼ねたような大規模な官庁だった。周知のように、日本の省庁においては、庁の最高官職は「長官」であり、省の最高官職は「大臣」である。

 「大臣」とは、天皇陛下の臣下の中でも特別の者ということであり、「大臣」という言葉は皇室の存在がなければ称することはない。逆を言えば、省でありながら「大臣」という言葉をわざわざ使わない事より、新世紀エヴァンゲリオンの世界には天皇陛下が存在されていないのだ。

 新世紀エヴァンゲリオンの監督庵野秀明は、スタジオジブリの宮崎駿監督に師事したことで知られているが、宮崎駿は大学時代から社会主義思想に傾倒し、東映時代は労働組合運動にも参加した反体制左翼思想の持ち主で有名である。

 こうした事実とエヴァンゲリオンの世界における皇室の不在との関連は定かではないが、皇室に対して何らかの意図が働いているのは明白である。他にも物語の随所に「壱、弐、参、拾」といった漢字が使用されている。

 これにはいくつかの解釈がある。まず一つは、世界全人類の半分が犠牲となったとされる西暦2000年に発生したセカンドインパクトにより、日本に台湾や香港などから大量の難民が流入し、独特の漢字文化となったとする説である。

 そしてもう一つは、GHQによる字制改革が施行されなかった。すなわち大東亜戦争に日本が勝利するか、有利な条件で講和に持ち込んだ可能性である。このエヴァンゲリオンの世界で有力な国家となっているのは、日本の他にドイツ、中国、アメリカであることから、大東亜戦争の結末が現実のそれではないことが伺われる。

 しかし、エヴァンゲリオンの面白さとは、このように見る者に深読みをさせ、知的欲求を充足させるところであろう。ちょうど放送終了から十年目にあたる今年、当時持っていなかった知識を持って、今一度見てみるとおもしろいかもしれない。

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by shikisima594 | 2006-04-27 22:22 | 随想・雑記
特高警察の守ろうとしたもの 第二回 国体と政体の相違
 特高警察の取締活動の重要な根拠となった治安維持法は、今昔問わず批判が多い。
 大逆事件の発生と、日ソ基本条約締結によるソビエトとの国交樹立後の共産主義運動の台頭に危機感を抱いた若槻礼次郎内閣により、大正14年に制定された治安維持法には「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」と、規定されている。

 昭和3年の改正では、「国体変革」と「私有財産否認」を分け、前者を厳罰化し、最高刑を死刑とし、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」として、実際に結社に加入していなくても、結社の目的の行為した者も、加入した者と同等に罰する規定となった。

 また、昭和16年の改正では、刑期下限が引き上げられ、取締範囲が拡大し、条文も増えるなど、全体的に厳罰化された。

 ここで、着目しなければならないのが、「国体の変革」と「私有財産制度否認」を並べて処罰対象と規定している点である。この点は当時の社会主義者のみならず、国家主義の陣営からも批判された。戦前、戦後を通じて国家主義理論家として知られた立命館大学教授の里見岸雄は治安維持法制定の当時より、次のように主張している。

「国体と私有財産とを、殊更にかく近接事項として取扱ふ用意の中にブルジョア精神の国体利用が看破されるのである。為政者のブルジョア擁護のこの態度が、ただでさへ生活苦の為に眼くらんだ無産階級左翼思想運動者流に、いよいよ日本国体即ブルジョア組織といふ心証を強調するであらう事は余りに明白だ。無産階級の国体即資本主義制度観が無智に基いたものであるとしても、強いて国体をブルジョア擁護の楯の如く取扱ふ者共の不都合はまさに日本国民の名に於て糾弾すべき国体冒涜罪である。」
  (里見岸雄『天皇とプロレタリア』27頁)

 ややもすれば、治安維持法は国体のみを守ろうとした法律であるかのように思われるが、その内実は私有財産制度否認の禁止という権益擁護が含まれていたことを見逃してはならない。果たして、この点は多くの国民と日本の国体にとって必要欠くべからざるものであったのだろうか。

 治安維持法は、社会主義者・共産主義者を取り締まる目的で制定された法律なので、「天皇制と私有財産制度の廃止」を主張する共産主義者は取締りの対象となった。共産主義者達の多くは、第一章の一項にも紹介したように「自分達は天皇制廃止、戦争廃止を主張したから処罰された」と言っているが、自分達が主張していた筈の私有財産制度否認を処罰の理由に挙げる者が殆ど見受けられない。こうした視点は特高警察、治安維持法とその対象者との関わりを考察する上で正確な事なのであろうか。

 そもそも、治安維持法が最初に適用されたのは、大正14年の京都学連事件である。京都大学や同志社大学の学生が逮捕され、翌年、京都地方裁判所は、「私有財産制度の否認」を目的に協議したとして、38人の社会主義学生全員を治安維持法に基づき有罪とする判決を下している。

 治安維持法に規定された「私有財産制度否認」であるが、これは左翼の共産主義、社会主義は元より、場合によっては「統制経済」と「私有財産の制限」を説く、右翼の国家社会主義も取締の対象となるものである。これについては裁判所の判例があり、「私有財産制度」に関して「私人が財貨に対して絶対的な支配権を有することを是認し、これを保護する制度」と定義している。

 そもそも、この「私有財産制度否認」の思想は、マルクスとエンゲルスが1848年に著わした『共産党宣言』に代表的に記されている。

「諸君(ブルジョアジー)は、われわれが私有財産(私的所有)を廃止するのだといって、びっくり仰天している。だが、諸君の支配している現在の社会では、私有財産は全社会の十分の九にとっては廃止されてしまっている。すなわち私有財産は、まさに十分の九の人びとにとって存在しないことを条件としてのみ、存在しているのである。だから諸君が非難しているのは、われわれが社会の圧倒的大多数が無財産(無所有)であることを必然的な前提条件として成り立っているような財産を廃止しようとしている、ということである。ひとことで言って、われわれが諸君の財産を廃止しようとしている、というのが諸君の非難するところである。そのとおり、われわれはまさしく諸君の財産を廃止しようとしているのだ。」
  (マルクス・エンゲルス『新訳・共産党宣言』37頁)

 更に『共産党宣言』は、私有財産制度否認の具体的な方策として、土地所有の収奪と地代の国家支出への充当、強度の累進課税と財産相続権の廃止などを挙げている。

 当時の日本国民の内、九割が財産を「廃止」されていたかどうかを論じるのは、本稿の論旨から外れる上、筆者の力及ばぬ所であるが、いずれにせよ、共産主義者やそれに類する者の「私有財産制度廃止」の意図が資本家階級が所有していた財産を否認し、それによって、多くの一般国民に財産を再分配するという意図であったことが分かる。

 そして、その意図は資本家階級の権益と真っ向から対立するものでこそあれ、国体の変革に関係の及ぶものであるかは甚だ疑問に残る所である。

 日本が、古より資本主義を国是とし、私有財産制度を国風としてきた国柄であったのならば、私有財産制度否認は国体に影響を及ぼすはずである。それを確かめるために、治安維持法の定める「国体」とは如何なるものであるのかを検証しなければならない。

 国体とは何かを論じる前に、まず留意しなければならない事がある。古今、殊に戦前においては、国体に関する議論は広く行われ、細かい点をあげつらえば、国体観は多種多様に存在する。おおよその意味は国柄、国風、国の本質、原理やそれらに基づく生活・道徳規範を指すものである。

 しかしながら、本稿においては治安維持法の定めるところの国体の意味を追って、論を進めて行きたい。治安維持法には第一条に「国体を変革し…」と記されているが、具体的に国体とは何かの補足説明がなされていない。

 これについては、昭和4年と昭和6年にそれぞれ、当時の最高の司法機関である大審院によって、国体の内容に関する判決が下されている。昭和4年の判決では、「我帝国は万世一系の天皇君臨し、統治権を総攬し給ふことを以て其の国体と為す」とあり、昭和6年の判決によると「万世一系の天皇を君主として奉戴することが我国の国体なり、換言すれば万世一系の天皇を戴く君主制が我国体なり」と定義されている。

 また、朝鮮の独立運動に対して治安維持法が適用された例では、朝鮮高等法院刑事部の判決で「朝鮮の独立」とは「統治権の内容を実質的に縮小するもの」として、「国体の変革」に抵触すると定義しているが、これなどは御都合的な拡大解釈の過ぎる物であろう。なぜなら日本が領土を新たに獲得・割譲する度に、時の為政者は「国体の変革」の罪に問われ裁きを受けざるを得なくなってしまう。

 いすれにせよ、「統治権の総攬」とその内容の規模を含むか否かの相違はあるが、どれも「天皇君臨」を国体と定義している。歴史的に見て、天皇が君臨され給うのは、莫大な財産を所有されているからではないし、天皇の地位に御即位されるのは富を成したからでもない。天皇の地位と私有財産制度は無関係であるし、むしろ御歴代の天皇の大御心は、私有財産制度に対して否定的であられた。

「方に今、百姓猶乏し、而るを勢有る者は、水陸を分け割きて、私の地とし、百姓に売り与へて年に其の値を索ふ。今より以後、地を売ること得じ、妄りに主と作りて、劣く弱きを兼ね升すこと勿れ」
(坂本太郎他、校註『日本書紀(四)』254頁)

 また、その翌年には、

「昔在の天皇等の立てたまへる子代の民、処処の屯倉、及び、別には臣、連、伴造、国造、村首の所有る部曲の民、処処ノ田庄を罷めよ。よりて食封を大夫より以上に賜ふこと、各差有らむ。降りて布畠を以て官人・百姓に賜ふこと差有らむ。又曰く、大夫は民を治めしむる所なり。能く其の治を尽すときは、民頼る。故、其の禄を重くせむことは、民の為にする所以なり。」
(前掲書256頁)

 これは孝徳天皇の大化の改新にあたっての詔であるが、孝徳天皇に限らず、御歴代多くの天皇が同様に、一部の者が土地や富を独占し、臣民から多くの作物や年貢を搾取したり、奴隷的労働に従事させる事を戒めておられる。これは近代的な資本と労働の関係が完成する以前の詔ではあるが、決して現代に無関係な事ではない。なぜなら、国体という語が政体という言葉と区別される大きな理由の一つは、そこに古から築かれて伝えられて来た、精神的意味付けや信念、共同体の道徳的指導原理があるからである。

 そしてまた、時の幕府・政府などの意向に左右されずに、いつの時代も揺らぐ事なく日本人と共に存在され、君臨されてきた。だからこそ国体なのである。

 前述した国体に対して、政体とは何かを明らかにしたい。先に国体が政体と異なる理由の一つとして、歴史的・精神的・道徳的な内容を有していることを挙げた。この点からするならば、政体とは一時の、その国の形態であり、国体のように道徳的な内容を有するものではない。

 法学的な見地から言うならば、政体という言葉は、国家機関の組織形態や主権の所在に基づいて、国家を議会政体、立憲君主政体、専制政体、共和政体などに分類する時に用いられるのである。そして、この国家機関の主権の運用の形態を指して政体という。対して、国体という語を、このように国家機関の組織形態の分類に用いる場合は、国家主権の所在の形態を指す。

 このように、法学的区分で国体と政体とを区別した時、相違点として浮かび上がるのが「主権所在」か「主権運用」である。当時の大日本帝国憲法においては、主権という用語は存在せず、代りに大日本帝国憲法第四条に「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」とある。ここに記されている統治権という言葉が主権に相当する。この統治権の内容であるが、これは司法権・立法権・行政権の、いわゆる三権であると見るべきものである。

 しかし、これは即天皇主権ないしは、天皇専制を指すものではなく、国家が所有する統治権を天皇に委譲して、更に天皇が、その統治権を司法・立法・行政の三権に分立されて、それぞれの任に務める者に託されていたと見る学説、いわゆる天皇機関説が妥当であろう。そして、当時において、天皇機関説は、学説的に天皇主権説を圧倒し、東京帝国大学の美濃部達吉博士を中心に、大多数の憲法学者の支持するところであった。

 であるならば、政体とは、これらの三権(主権)を託され、それぞれの運用にあたる者達の組織形態であると言える。これは時代の流れによって、薩長の藩閥であったり、諸々の政党であったり、官僚や軍部などに移り変わり、時の権力を構成して運用されてきた。

 この点が、連綿として続き、本質は変わる事なく、発展して来た国体とは大きく異なり、自ずから、そこに既得権益を擁護しようとする働きと、財閥や軍閥などの有力勢力の影響と腐敗が生じてくる。この点などは特に、ややもすると国体とは相容れない側面である。つまり、長期的に国体と政体を同時に、且つ完全に守る事は出来ない問題である。

 これで、国体と政体の、おおまかな相違が明らかになった。それでは次に、特高警察は、国体と政体のいずれを守るために活動していたのかを、彼らの理念と実際の活動を追って明らかにする。

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by shikisima594 | 2006-04-26 00:18 | 随想・雑記
米軍基地グアム移転ー日米交渉の落とし所ー
 他の多くのブログは竹島紛争で韓国批判を盛んに行っている。むろん、コソドロ韓国の竹島強奪は論外であるが、それはそっちの人達に任せて、こっちは韓国の影に隠れてしまったシマシマ模様のジャイアンことアメリカの行いを少し記しておきたい。

 以前からこの皇国史観研究会ブログで取り上げてきた米軍のグアム移転費用の日本側負担額が、日本時間の二十四日早朝にアメリカで決まった。負担率は59%で60億9000万ドル。日本円にして約7100億円。日本人一人当たりの負担は約6000円。

 これに今年度の米軍への「おもいやり予算」2326億円を足すと、約9426億円となる。一人あたりの負担は7855円となる。あの「赤い羽共同募金」が年間に集める募金が約220億円だそうだ。国民一人あたりにして183円だ。

 同じ国民同胞が困っているのに200円も出さないのに、相手がアメリカならば黙って7855円くれてやる神経のギャップが理解に苦しむところだ。アメリカは言うまでもなく世界第一位の経済大国で軍事国家だ。

 我々皇国史観研究会は政府が60億ドル支払い案を提示する前の三月十七日に「少なくともこの調子なら、日本の負担が60%以下にならないような気がする。」と予想したが、今回の結果はこれをわずかに1%下回るのみだった。

 その時に書いたが、アメリカ側の今年二月時点での試算では約80億ドルだったそうだが、後で基地外のインフラ整備、主に道路建設にかかる金として20億ドルが上乗せされた。東京都の四分の一の面積しかない島にだ。これは所謂“水増し請求”の可能性があるのではないか。

 ここで少し算数をしてみよう。移転費用の合計は約100億ドル(約1兆1400億円)だが、ここからアメリカが上乗せしてきたインフラ整備費20億ドルと日本の負担分60億9000万ドルを差し引いたら、アメリカの負担は10億1000万ドル(1330億円)に過ぎない。まぁ、これはアメリカが上乗せした2000億ドルが完全な“水増し請求”であった時の話しだ。今回、道路建設などはアメリカが行うというが…

 アメリカに限ったことではないが、交渉事は最初に相手が飲めない要求を出して、交渉して本来の落とし所に誘導する。それが交渉の常道だ。日本はまたしてもそれに踊らされたに過ぎない。しかし、それにしてもこの負担は大きい。

 ドルで払わせるところもアメリカらしい。ODA(政府開発援助)のように円で払えば、アメリカ国防省は日本のゼネコンに工事を発注するから、なんだかんだ言って日本に金が還流する。しかしドルで日本が払えば、アメリカ国防省はアメリカの会社に工事を発注するので、日本から金を巻き上げられて、自国の産業も潤い、国防も充実するので一石三鳥だ。

 結局、骨折り損のくたびれ儲けを強いられるのは日本だ。
 そしてそれに気付かないで、自国民同士で勝ち組か負け組かとあげつらっているのが日本人だ。アメリカに良い様に操られてパシリにされている時点で、日本人全員が負け組だ。
 その構造に気付け!

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by shikisima594 | 2006-04-25 01:50 | 随想・雑記
成分解析してみた。
成分解析というのが流行っているらしい。あらゆるものの名前や文字を入れてみると、それを構成する成分が表示される。
試しにやってみた…

まずは我が母校国士舘大学を入力して解析してみた。

国士舘大学の解析結果
国士舘大学の97%は愛で出来ています
国士舘大学の3%は祝福で出来ています

すげぇぇぇーー、うちの大学は愛で出来ていたのか!世間一般では硬派一筋で男ばっかりの大学に見られているが、何と素敵な…と少し思ったが、よくよく考えてみると、多分この「愛」は祖国日本への愛なんだ!なにしろ「大日本の柱石たる国士の育成」を掲げて建学され、昔は天長節と紀元節なんかは、総長以下みんなで日の丸を持って天皇陛下万歳をしていたんだ。愛国心日本一の大学だ。納得。なかなか良く出来ている成分解析だ。

じゃあ次は我が皇国史観研究会を解析してみよう。どうなることやら。

皇国史観研究会の解析結果
皇国史観研究会の74%は魔法で出来ています
皇国史観研究会の16%は税金で出来ています
皇国史観研究会の8%は濃硫酸で出来ています
皇国史観研究会の2%は心の壁で出来ています

うちの会員達は魔法で動いてるのか!?なんか不気味だ。16%の税金は私学助成金だとすれば納得するが、濃硫酸ってなんだよ。みんな内部から溶けるだろ。ちなみに、会名を全部正字体にして解析してみると…

皇國史觀研究會の解析結果
皇國史觀研究會の80%は勢いで出来ています
皇國史觀研究會の9%は時間で出来ています
皇國史觀研究會の6%は気の迷いで出来ています
皇國史觀研究會の5%は心の壁で出来ています

どちらかと言えばこちらの方が実態に近い。
「俺がこの会を運営して行く上で感じた事を一言で言えば“体当たり”だな!」と三代前の会長が言っていた。二代前の会長は「大丈夫、大丈夫」の口癖で結構ムチャをやっていた。現会長もそんな気があるのか「ごちゃごちゃ言わねーで行動しろ!」と言っている。

さて、そんな自分達が研究している、この国はどうか…

日本の解析結果
日本の67%は嘘で出来ています
日本の28%は時間で出来ています
日本の4%はお菓子で出来ています
日本の1%は言葉で出来ています

なんとも生々しい数字が出てしまったような気がする。政治家、官僚、言論人、マスコミ、財界人、警察官、建築技師、宗教家、そしてこれを読んでいる方。胸に手をあててこの67%の比率を下げるべく努力しましょう!

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by shikisima594 | 2006-04-24 04:57 | 随想・雑記
特高警察の守ろうとしたもの 第一回 特高への現代的評価
 人権擁護法案、共謀罪などが話題に上る時代となった。そうすると、戦前に存在した治安維持法、特高警察の存在と絡めて論じられる向きがある。同世代の保守主義を標榜する学生などと話していると、「特高や治安維持法が今一度必要だ」と論じる者が少なくないが果たしそうか。

 戦前戦中を通して、特別高等警察は治安維持法等の法律により、思想運動などへの取締り活動を行った事で知られている。戦後、特高警察に対しては毀誉褒貶を含めた様々な論評が為されて来たが、その中でも主立った批判を行ってきたものとして、日本共産党が挙げられる。日本共産党は結成以来、特高警察による取締りに遭って来た。
 党の出版物では、特高による取り締まりについて、次のように記している。

「日本共産党は創立の当初から、絶対主義的天皇制反対、侵略戦争反対を主張していた。そして暗黒政治に反対して国民の自由と民主主義を守るために、その先頭に立ってたたかってきた。それゆえに、党は天皇制政府の憎悪の的になり、なによりもまず過酷に弾圧された。」
  (「赤旗」社会部編『証言特高警察』56頁)

「特高警察は侵略戦争の拡大と呼応し、“自由主義思想も共産主義の「温床」になる
“天皇中心”の「国体」とあいいれない「邪宗」を取り締まる”などの口実で共産党と無関係な団体や個人、宗教団体なども弾圧し、国民の疑問や反戦・厭戦(えんせん)感情などを封じて、戦争体制の一翼を担いました。」
  (機関紙『しんぶん赤旗』平成15年2月20日付け)

 つまり、特高警察とは、国体、天皇制政府を守るために活動し、自分達を一方的に弾圧して来たというのが、日本共産党などをはじめとする、取り締まられた共産主義者達の言い分である。
 しかし、当時の日本共産党はコミンテルンの日本支部として、『共産党宣言』に「共産主義者は、自分たちの目的が、これまでのいっさいの社会秩序の暴力的転覆によってしか達成されえないことを、公然と宣言する。」(マルクス・エンゲルス『新訳・共産党宣言』72頁)とあるように、一時期などは全員が軍用拳銃や匕首で武装し、逮捕に来た特高刑事達と銃撃戦を繰り広げ、双方に死傷者が出る事も度々であったから、このように恰も一方的に弾圧されたかのように主張するのは事実の歪曲である。

 ただ、「天皇制打倒」を主張してきた彼らに取って、特高警察の活動が国体を守るために活動しているように見えたのは、否定しようのない事実である。
 しかし、それが全てであったのだろうか。つまり、国体を守る事が特高の本質であったのか。そこで、次に彼らを取り締まった当の特高警察自体は、当時の活動をどのように捉えているのかを見てみたい。

 大東亜戦争開戦直前の昭和16年5月に刊行され、数人の元警視総監が序文を書き、特高警察官に精神修養的参考書として読まれた本には、次のように書かれている。

「併し不穏思想と認定さるべきものは何と言つても国体観念に背反する思想なるが故に、之が現はれた限り直ちに抹殺しなければならない。とは言へ出来得べくば不穏思想の現はれる以前、既に其の徴候見えしときに之れを防ぐ事が肝要である。最早実践運動として発展し来たりし限りに於いては、論なく之れを弾圧して根絶することの正当なるは火を見るよりも明かである。」
  (村瀬武比古『特高警察大義』120頁)

 そして、当の特高警官自体へも、警察幹部が次のように訓示している。

「先づ日本人たることを忘れてはならぬ。職業としてではなく、陛下の臣民たる日本人として建国の本義に目覚める事が第一である。然る後此の悪むべき国体への反逆者を殲滅するのだと云ふ一大覚悟の下に起つべきである。」
  (大日方純夫『天皇制警察と民衆』195頁)

 先の日本共産党が主張する様に、特高警察自体にも、国体を守るために、国体に背く不穏思想などは行為以前に「徴候」が見えただけでも取り締まる事が自らの活動であると捉えていたであろう事が伺える。そうした意味で、特高警察が、国体の内実をどれほど理解していたかは疑問の残るところではあるが、幾分か意識して守ろうとしたものが国体であったことは否定できない。

 特高警察を指揮した元警視総監で、内務大臣まで上り詰めた安倍源基は、戦後、特高の働きについて次のように述べている。

「多数の警察官の中には行き過ぎをした者もあるであろうが、結局は治安維持法その他の取締法規を制定した政府や国会が、之を負うべきものではあるまいか。特高の取締は極右分子に対しても峻厳であつた。内乱予備其他の非合法行為を未然に防御した事件は枚挙に遑がないが、是も特高の犯した悪事であり人民の敵であつたのであろうか。」
  (小林五郎『特高警察秘録』2頁)

 特高の活動は政府などの指導により、治安維持法などの諸法規に基づいて行われたものであると主張しているが、筆者は本稿に於いては、当時の政府権力者の思惑と諸々の法規の“実行部隊”の代表として特高を捉え、そこに表れた意志を汲み取りたい。
 つまり、当時の時の権力の思惑の表れの一つの形として特高を定義し、彼らの本当に守ろうとしたものを照らし出す事によって、現代における各種の「特高論」に対して新たな視点を提するものである。

 特高警察が活動したのは、明治44年から昭和20年の大東亜戦争敗戦までの間、約34年間。その間に国家を左右する多くの重大事件にも対処してきた。

 往々にして特高は、日本の国体を守るために動いていたと言われるが、果たしてそうだったのだろうか。恐らく、現代の大半の日本人は国体と聞いても何の事か正しく認識できない。そもそも、現代は元より、特高が活動していた戦前の時代に於いてすら、世間一般が認知していた国体観念は曖昧であり、不明確に認識されることも多かった。ましてや、戦後、国体観念をGHQに一掃されてしまった現代の者が、「特高は国体を守るために活動していた」と言う事に如何程の説得力があるというのか。

 現在において、国体を守ろうとしたとされる特高の活動に対する評価の中には、国体と政体を混同した物が多く見受けられる。

「天皇裕仁の即位大礼の警備に特高警察は総動員され、要注意人物の発見、監視と予防検束に従事していく。守るべき国体とは、この天皇を中心とした政治体制なのであった。」
(大日方純夫『天皇制警察と民衆』192頁)

 これなどは、国体と政体を完全に同一視した顕著な例であるが、このように国体と政体を混同し、あたかも「国体=政体」であるとの見方が、特高に関する論文には多い。

 大正11年に、内務省警保局が、第45議会に提出し、廃案になった過激社会運動取締法案という、治安維持法の前身となった法案の第一案には「国体又ハ政体ヲ変革スル事項」「政体ヲ変壊シ国憲ヲ紊乱スル事項」という様に、字の上においては、国体と政体を分けて記している。

 筆者は、当時の明文化された諸法規と、社会情勢、国体の観念、そして実際の特高の行った活動などを検証して、国体と政体の相違を論証する。
 そして、創設から、大東亜戦争敗戦による解体まで、特高の34年間に亘る活動を俯瞰した時、彼らが本当に守ろうとしたものは、時の政体であったのではないか。その実証のために論を進めて行く。

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by shikisima594 | 2006-04-23 23:32 | 随想・雑記
4月21日、皇国史観研究会定例会
 四月二十一日、皇国史観研究会定例会が国士舘大学世田谷校舎でありました。
 五月の鶴川祭に向けての会議をすませたあと、会員より日本文化と我々の活動に対する提議がありました。

 「我々の活動とは、現実から理想への移行を試みるものであり、その理想とは天皇主義とも国粋主義とも言えるものです。その目的達成としては、従来のようなイデオロギーに彩られたのみの運動ではなく、大衆の感覚に沿ったアプローチが必要ではないのか。

 つまり、日本文化を現代的感覚によって復興することによって、日本人が喪失した原基を回復できるのではないか。そして我々がその先頭に立つべきではないか。」

 この意見に対し、会員相互で活発な意見交換がなされました。
 その後、国士舘大学の学食で軍歌をBGMに直会となりました。国士舘大学の学食は夕方頃になると軍歌が掛かっているという、国士舘の校風を伝える素晴らしい学食です。

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by shikisima594 | 2006-04-22 00:48 | 活動報告
自衛隊体験入隊記
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 「ここでは、おまえらは家畜虫けら!教官の命令には絶対服従。分かったか!」
今から二年前の平成十六年十一月二十七日九時五分、陸上自衛隊●●駐屯地。皇国史観研究会先輩の紹介で参加した陸上自衛隊体験入隊で自分は、それまで空気のように当たり前に存在していた「人権」という概念が存在しない空間に迷い込み、酸欠のような目眩を覚えた。

 そもそも、先輩からは「ラクだぞ、楽しいぞ」と言われ、二つ返事で参加を決めた。しかし、というべきか、当然というべきか、初っ端から聞いていた話しと明らかに違う。こうして自分の二日間におよぶ波乱の自衛隊体験入隊が始まった。

 呆然とする間もなく急いで戦闘服に着替えさせられる。早速ボタンや名札の掛け方、着替える時間について教官から怒号が飛ぶ。宿舎に荷物を置いて昼食を食べる。ここでも箸の置き方から飯の食い方に至るまで教官から指導される。食い終わるとすぐに訓練が始められた。

 まず鉄線の下を何度も匍匐前進。少しでも頭が高ければ教官から怒鳴られ小突かれる。頭を地面に擦り付けながら必死に手で土と草を掴みながら進んだ。砂を噛みながら「体験入隊はラクで楽しいぞ」と言って自分を体験入隊に誘った知人の言葉を頭の中で怨めしく反芻させた。

 しかし、匍匐前進が終わる頃にはそんな余裕は無くなっていた。続々と行われる厳しい訓練で頭の中には訓練を無事遂行させることしか考えられなくなっていた。

 斜めに張られたロープをよじのぼる訓練では「これはおまえらの愛国心のバロメーターだ。渡りきれて100%だ」と言われ奮起してやってみるが皆次々に落ちてしまい教官から「密入国した支那人の方が日本に愛着があるぞ!貴様らはそんな体たらくで天下国家を論ずるな!」と言われ、黙ったまま拳を握りしめようとするが、そんな力も残っていない自分が更に情けなく、日頃から、一旦緩急あれば国のために戦うと何の実力も無く言っていた自分が恥ずかしかった。

 日も沈み屋外での訓練は終了し、夕食を食ってから入浴。そして徒手格闘の訓練をする。これは型だけをやるのではなく、防具を付けて実際に殴り合うものだった。これで初日の訓練は終わった。この間、常に教官から行動に要する時間を厳密に設定させられ、少しでも遅れると腕の感覚が薄れるまで腕立て伏せをさせられた。

 その後、教官と一時間にわたり勉強会の場が持たれたが、講師(?)となった教官の話は極めて勉強になるものだった。我々日本人の命を賭けて護るべきものが何であるのかを直指され、非常な感銘を受けた。我々日本人の命を賭けて護るべきものは萬世一系の皇統を戴いた國體である、と。

 さらに昭和天皇の御巡幸の話を聞き、思わず頬を涙がつたった。おそらくこの話を聞かなかったら翌日の訓練には保たなかったと思う。天皇陛下は広大無辺な無私の大御心で国民を慈しまれている。自分一人の筋肉痛や矮小な誇りがどうしたというのだ。

 自衛隊が決してレスキュー隊の亜種でも武力に当たらない存在でもないことをしみじみと痛感し、頭の中に昼間の教官の放送禁止用語の罵声が木霊しながら就寝する。

 翌日は朝六時半に起床。すぐに何十キロとある背嚢を背負い、担架に人を乗せて四人で担いで運ぶ訓練をする。二十歩も歩かないうちにバタバタと倒れ、一人で立ち上がれない者が続出する。「そんなことで同胞の命を救えるか!」と教官から叱られる。昔の日本陸軍はこれよりも重い背嚢で一日何十キロも行軍したというのだから、まさに“父よあなたは強かった”である。

 何度も転び、何度も立ち上がり、声が枯れるくらい仲間を励まし、なんとか目的地に着き任務を達成し、教官から「この重さが任務の重さだ」と言われた時、目頭が熱くなるのを感じた。それから三、四階建ての建物に相当する高さからの降下訓練をして、訓練は終わった。初日に目眩を覚えたときからは想像もつかないような爽快感と達成感を感じ、自分でも少し驚いた。

 体験入隊を終えて自分が感じたのは、自分の未熟さと国防の重さであり、人間は自分一人だけで存在し得ないということであり、極限の状態におかれると人間の本性が美しいところも醜いところも曝け出されてしまうということである。

 人を知るには一緒に茶を飲むよりも一緒に酒を飲む方がよいと言われるが、自分は人を知るには酒を飲むよりも軍隊で一緒に泥水を飲む方がよいと思う。何もかもが弛緩した戦後日本で、わずかの体験入隊参加費で汗と涙と血を流せて、“戦友”ができたのは非常に得難く、素晴らしい体験だった。翌日の全身の筋肉痛すらも少し誇らしかった。

 この拙い文を読んでいる貴方も是非自衛隊体験入隊へ!

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by shikisima594 | 2006-04-21 02:27 | 活動報告
警察官とホームレス
 天気がよかったから自転車に乗って遠出してみた。小春日和だから気分もよかった。ところが、そんな気分が一気に逆転するような出来事に出くわしてしまった。

 渋谷駅前の交差点に差し掛かった時だ。何やら警察官二人がホームレスのおじさん二人と揉めている。ホームレスが路上の植え込みの脇に、駅のゴミ箱なんかから拾ってきた雑誌を売っていたらしい。新宿駅などではよく見かける。今日発売の雑誌が百円ほどで売っている東京名物だ。

 その雑誌売りのホームレスに警察官二人が「さっさとしまってどっか行けよぉ」と言っている。ホームレスの人は六十代後半ぐらいで、すっかり日に焼けた茶色い顔をこわばらせていた。警察官はそんなホームレスを軽蔑するような目つきで「ここでこんな事するのは駄目なんだよ。さっさとやめろ」と腰に付けた警棒の柄を指先で叩きながら言っていた。

 警察官は大学を出て五年もたっていないような若い警察官だった。そんな警察官が、もしかしたら自分の父親以上年の離れた者に丁寧語も使わずに、B系の不良がよたりながら悪態をたれるようにホームレスに接していた。確かに路上での雑誌販売は禁止されている。

 しかし、僕はその光景がとてつもなくおぞましい物に見えて仕方がなかった。自分たちは公務員だからホームレスに身を落とすことが無いという安全圏にあぐらをかいて、権力を笠に着て弱い立場にある人に傲慢な態度であたる。これが武士道の国日本の治安と正義を守る者の姿なのか。

 あたりまえの事だが、この国で生まれながらにホームレスになるものはいない。生まれて普通に育って、仕事もして、税金も納めてきた。とくにその六十代ぐらいのホームレスの人など、日本の戦後復興の労働力として活躍された方だったかもしれない。

 そうした人々の働きで築かれた繁栄の恩恵で育った僕と大して変わらない世代の警察官が「さっさとしまってどっか行けよぉ」と言っているのに、言いしれぬ憤りを感じた。それに、「どっか行け」と簡単に言うけど、どこに行くのだ?

 結局、その「どっか」でまた雑誌の販売なりなんなりして、別の警察官から「やめろ」と言われるに決まっている。それとも他の空き缶拾いなり、鉄くず集めなどの仕事に転職しろとでも言うのだろうか。でなければ野垂れ死ねと?どうせ警察官は「そんなこと知ったことではない」というのが本音なのかもしれないが。

 近年は公園のベンチでホームレスが横になって眠れないように手すりや肘掛けを取り付け始めた。公園にテントで住んでいるホームレスへの行政による強制排除も増えてきた。じゃあ彼らへの生活保障や労働環境の整備は?こちらはとんと聞かない。

 最近は野生動物の住みよい環境作りが進められている。それはいいことだ。でも、人間の方は顧みずでいいのだろうか。格差社会の広がりはあるにせよ、ホームレスはいつの時代もいるものだ。それとどこかで妥協点を見いだそうとせず排除一辺倒で望むのは絶対に間違っている。

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by shikisima594 | 2006-04-20 00:51 | 随想・雑記