「ほっ」と。キャンペーン
<   2006年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧
全国大学極左集団分布表
 大学新入生の諸君にとって、五月病の時期も峠を越えたことだろう。大学とは今までの高校生活と大きく勝手が異なり、楽しい事も大変な事も、戸惑う事もあるけれど、それが大学の楽しさだ。大いに色んな人たちと交わって充実した大学生活を送ってほしい。

 さて、大学には色んな人たちがいる。ただ単に「変人」とされるだけの人ならまだしも、悪徳商法やカルト教団など、反社会的な誘惑も多い。そして取り分け、大学内で最も恐ろしいのは極左暴力集団だ。昭和四十年代の学園紛争の映像をテレビで見た人ならば分かるだろうが、ヘルメットにタオル覆面をして火炎瓶を投げ、角材を振るう集団だ。

 彼らはマルクス・レーニン主義の旧態依然たる共産主義イデオロギーを奉じ、暴力革命により社会秩序の転覆を目的として活動している。「そんなの昔の話でしょ?」と思う人もいるが、冷戦構造崩壊などで数は減ったものの、労働運動や大学の内部には根強く生き残っている。

 幸いにも、というべきか、当然ながらと言うべきか、国士舘大学には極左はいない。昔、学生運動盛んだった頃に極左学生数人が国士舘大学鶴川校舎に乗り込んで来た事があったそうだが、即刻ボコボコにされて叩き出されてしまったらしい。それ以来、極左は国士舘に寄り付かない。

 だから、大学の近くの鶴川団地の石垣にセメントで「国士大解放」「自治会結成」「全共斗」という落書きが今でも残っている。自治会なる組織が諸大学において極左の巣窟と資金源になっていたのは事情通の人は知っているだろう。それゆえに国士舘大学には自治会がなく、学園祭実行委員会が大学側とサークルの仲介と協議の役割も行っている。

  さて、「戦争反対!」「憲法九条守れ!」と彼らは言う。しかし彼らは自らの党派のためには公然と殺人をやってのけ、自らの機関誌に「こうやって殺した!」という自慢話を載せ嬉々としている。特に極左集団最大派閥の双璧をなす中核派と革マル派は三十年以上前から互いに百人近くの人間を殺し合っている。この事は立花隆の『中核VS革マル』(講談社文庫)に詳しい。

 大学はそうした彼らの人員と資金の獲得の場であるのだ。偽装サークル(主に歴史、社会科学、国際問題、経済など)をつくり、そうした分野に興味がある人間を獲得して党派の戦闘員に洗脳し、自治会と学園祭実行委員会、生協を乗っ取り資金を獲得する。

 いまは少しずつ、こうした極左集団は大学から排除されつつあるが、ヤクザが縄張りを守るのと同様に、拠点の大学にしがみついて離れようとしない。そして今の世代の若者は社会問題に無関心であると同時に、そうした彼らへの知識はゼロに等しい。大学を選ぶ基準も通学距離と偏差値のみで、校風やその大学が抱える問題は知らない。

 だから、以下に「全国大学極左集団分布表」を掲載し、大学生や、これから大学に入って過ごす人たちに注意を喚起したい。

中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)
弘前大学、東北大学、山形大学、法政大学、筑波大学、横浜国立大学、富山大学、京都大学、三重大学、大阪市立大学、岡山大学、広島大学、山口大学、鳥取大学、愛媛大学、富山大学、九州大学、沖縄大学

 中核派は全国に散らばっていて、一カ所に集中していない。この中で、法政大学が最大の拠点と言われる。サミットや重要行事前には大学構内に強制捜査が入っている。

革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)
北海道大学、旭川教育大学、帯広畜産大学、金沢大学、東京大学、早稲田大学、中央大学、専修大学、大阪経済大学、國學院大學、学習院大学、横浜国立大学、お茶の水女子大学、津田塾大学、和光大学、愛知大学、名古屋大学、奈良女子大学、神戸大学、鹿児島大学、琉球大学、沖縄国際大学

 革マル派は都内に集中している傾向がある。最大拠点は長い間、早稲田大学だったが、大学側が排除を強めたため、國學院大学や中央大学にシフトしているとも。

革労協(革命的労働者協会)
明治大学、神奈川大学、千葉大学、福井大学、駒澤大学、宇都宮大学、関西大学、九州大学

 革労協は他の二派に比べると知名度と勢力は劣るものの、近年は主流派と反主流派に分裂を起こし双方血で血を洗う内ゲバ合戦を繰り広げている。上記の大学は主流派と反主流派双方の拠点を置く大学を記した。

 上記の内容に誤りがあったり、他にも拠点となっている大学の情報や、それらの大学内で具体的にどういうサークル名で活動しているかを知っている方は、メールかコメントをくだされば幸いだ。こうした集団に呑み込まれないためにも、安易に署名や勧誘に応じたりしていはいけないし、自分の大学はどういうところか良く知る事が必要だ。

 金属疲労を起こしたようなお題目のみを唱える旧態依然の極左学生運動を乗り越え、新たな民族派学生運動のうねりを巻き起こして行こう!

極左学生運動に代り民族派学生運動の高揚を!応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-31 00:10 | 随想・雑記
『A2』
f0018981_23553525.jpg
 オウム真理教(アレフに改称)が、麻原彰晃の影響力を薄めようとする上祐派と、麻原彰晃を以前の様に崇拝する反上祐派に分裂したという報道があった。オウム真理教が松本サリン事件と地下鉄サリン事件という、我が国史上未曾有の無差別殺戮事件から十年以上が経過した。今だに事件の爪痕は多くの人に残され、オウム真理教への反発は極めて根強い。

 四月の初め頃、テレビを見ていると、世田谷区の僕の下宿の近くにオウム真理教の本部があることを知った。興味本位で行ってみると、近くには「オウムは出て行け」「平穏な町を返せ」という横断幕や垂れ幕があちこちにあり、オウム真理教が入居するマンションの前には機動隊のバスが止まり、数人の警察官が退屈そうに監視を続けていた。

 脇にある付近の住民が建てた監視小屋の中には誰もいなかった。マンションの横を通り過ぎて行く大学新入生の女の子達が、垂れ幕を見て、「平穏な町を返せだって」「えっ、何これ?」「わかんない」「高層マンションでも立のかな?」と会話をしていた。オウム真理教が入居しているそのマンションを取り巻く構造をながめ、僕は奇妙な言い知れぬ違和感を感じたのを覚えている。

 さて、このA2という映画は、映画監督の森達也氏が、一連の事件から数年後のオウム真理教を取り巻く状況を、時に内から、時に外から撮影したドキュメントだ。大学に入って間もない頃に知人から紹介されて見た。

 正直に言って、驚いた。僕がそれまで抱いていたオウム観が崩れたといっても過言ではない。とある教団施設ではオウム信者と、「殺人集団オウムは出て行け」と言っている住民達が和気あいあいと仲良くしている。初期の頃の立ち退き運動を両者で回顧して笑ったり、さながら田舎の寄り合いのようだ。

 そして彼らオウム信者が立ち退く際には住民達に教団の本をあげたり、住民も「元気で頑張れよ」と声を掛けている。しかしそれをマスコミは報じようとしない。

 上祐がいた横浜の施設での事だ。いわゆる右翼民族派の活動家が施設の前で「オウムと会って話をさせてくれ」と警備の警察官に頼んでいる。しかし、警察は警備を理由にこれを一切拒否。右翼の方が身体検査をしてもいいし、会談に警察官を同席させてもいいから会わせて話をさせてくれと言っても、警察官達は首を縦に振らない。所詮これが警察官というものだろう。

 右翼の人は言う。「出て行けといって、仮に出て行ったとしても他の所でまた同じ問題になるだけで、根本的・本質的な問題の解決にはならない」と。

 年が明け、横浜で右翼民族派の神奈川県維新協議会がオウムの解散を求めてデモを行う。戦闘服も着ず、罵声もあげず、淡々とオウムの解散を求めてのデモだ。なぜなら立ち退きを求めただけでは根本の解決にはならない。このデモの模様を撮影するために森監督も街宣車に乗るのだからスゴい。

 しかし、翌日の新聞には「立ち退きを求めてデモ」と報じられる。とにかく、この映画はオウムを取り巻く現象に代表される現代日本の問題の構造と、人間とはどんなものかと考えるにあたって、非情に面白い視点を提供してくれる。

f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-30 00:33 | 映画
今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会に参加
f0018981_0241225.jpg


 五月二十八日、日比谷公会堂で開催された「今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会」に皇国史観研究会の有志達が参加して来ました。集会後の報道によれば、二千五百人の人々が参加していたそうです。

f0018981_0252280.jpg


 以下に集会の様子の一部を会員のメモに基づきご報告いたします。

f0018981_0271359.jpg


 まず、救う会常任副会長の西岡力氏が「『今年こそは』と言って十年経ってしまった。北朝鮮はおろか日本政府・マスコミも『嘘と暴力』に加担してしまった。『(国民への)愛と(制裁を下す)勇気』が嘘と暴力を打ち破り進んできたのだ。心身ともに疲れた拉致被害者家族に対しての政治家の言葉を聞きたい。」として、来賓の国会議員に北朝鮮への責任ある断固たる姿勢を問うところから、集会は始まりました。

 この問いに対し、農林水産大臣で拉致議連でも活躍している中川昭一氏は「この問題はいち団体・いち政府が騒いでいる問題ではないんだ、国民の世論なんだという事を示していくことが解決へのパワーになる。私が出来ることは何か?日本だけでは限度がある。外国に赴くたびに拉致問題を話し教えている。民主主義を愛しまともな人間の心がある人であれば『私には何が出来るだろう?』と考えてくれている。拉致被害者が還らぬ限り、北朝鮮に食料は渡さない。拉致被害者が全員帰国するまで戦い続ける。」と固い決意を語られました。

 次いで拉致議連会長で、今は孤高の無所属である平沼赳夫氏も「第二回目訪朝の際、総理は家族には面会してくれなかった。頼み込んで私と面会した。外為法改正・特定船舶入港禁止法案を作ったことを言い、総理は(刀の)大小二本を挿している事を告げた。総理は結局『平壌宣言を履行している限り、経済制裁は出来ない』として大小二本を置いてしまった。残念だ。新総理は拉致事件に毅然とした態度で立ち向かう人でなけらばならない。」として、拉致問題解決のために次期総理に誰がふさわしいかを示唆しました。

 また、集会の後半では韓国の拉致被害者家族等が続々と壇上に立ち意見表明をし、日韓連携による拉致被害者救出運動が戦われていることが印象深く、普段自分が頭の中に思い描くものとは違った韓国の側面を見られたような気がしました。

f0018981_0402626.jpg


 韓国ハンナラ党国会議員の宋永仙氏は力強く、次の様に連帯の意見を表明しました。「拉致問題に日本は政府国民が一体になっている。羨ましいことだ。率直に言ってわが党の中でも拉致問題に対し正しい認識が足りない。拉致問題会議を開いても与党・来客ははほとんど来ない。今の韓国政府は金正日に屈している。『拉致被害者』という言葉は北朝鮮を刺激すると考えているのだ。与党とはこの様に基本的認識が違うので我々野党はとても苦しいが、私はこの道を進んでいくつもりだ。韓国を愛しているからだ。真の朝鮮の平和のためだ。自由民主主義の勝利を金正日に見せつけよう。解決のため、共に進もう。」

 最後に拉致議連事務局長代理の松原仁氏が決議案を朗読し、満場の拍手で採択されました。拉致被害者の即時救出を参加者一同固く心に誓い、日韓連携と、国民の結集により、国民大集会の成功は勝ち取られたのです。今年中に拉致被害者の救出を、次の国民大集会が被害者達全員の帰国報告会とならんことを深く祈るばかりです。

f0018981_0502473.jpg


 尚、以下に大会決議を掲載いたします。

 多くの拉致被害者が北朝鮮にいるのを分かっていながら救出できず、今年もまた、私たちは国民大集会を開いた。なぜ、助けられないのか、口惜しくて、悲しくてたまらない。

 それでも、国際連帯と制裁による圧力という二つの柱を掲げた私たちの運動はこの1年で大きな成果を挙げた。
 金正日が世界12カ国から拉致を行っているという驚くべき事実が明らかになった。また、横田早紀江さんが米議会で証言し、ブッシュ大統領との感動的な会見を行ったことも記憶に新しい。日韓の拉致運動の連帯も強化された。

 日本政府も拉致問題特命チームを中心に法適用厳格化などで強い圧力を加え始めたし、米国が昨年9月に実施した金融制裁は大きな効果を上げている。

 窮地に追い込まれた金正日政権がどのような反撃に出てくるのか、予断を許さない緊迫した局面が生まれている。

 私たちは今、北朝鮮の地で助けを待っている被害者に向かい「あともう少しです、元気で待っていてください」という心からのメッセージを送りながら、次の3点を強く要求する。

1 金正日政権はすべての拉致被害者を即刻返せ。
2 小泉首相は、北朝鮮への制裁を発動してすべての被害者を救出するという強い国家意思を示せ。
3 韓国盧武鉉政権、中国の共産党政権は、拉致というテロへの加担を意味する金正日への支援を中断せよ。

平成18年5月28日
小泉首相の決断と、今年中に拉致被害者全員救出を求める国民大集会参加者一同


f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-29 01:03 | 活動報告
『皇国史観の対決』
f0018981_23313867.jpg


 以前にこのブログの二月十六日の記事で、女系天皇論に関連して批判させて頂いた皇學館大学名誉教授の田中卓氏の本だ。この本は田中氏が五十代後半から六十代の初めにかけて書かれた本で、皇学館大学出版部から発行されている。

 読んですぐに「あっ、田中先生の本だ」と思った。田中氏は文体が独特なのだ。特に「〜よいであらう」「〜するがよい」といった具合にだ。二月十六日に批判した田中氏の『諸君!』論文でも締めくくりは「この後醍醐天皇のお言葉を心して拝聴するがよい」となっている。

 さて、その中身であるが、かなり面白い。且つ読み易い。田中氏もまだ若かった頃だから、闘志と熱血が溢れているし、全体的に毒舌が目立つ。だから面白いし、すぐ読めてしまった。表題の「皇国史観の対決」というのは、昭和五十八年に岩波書店から永原慶二氏の著書として出された『皇国史観』という本への反論論文が冒頭に二編おさめられている。

 岩波書店とそこに巣食う「進歩的文化人」達が示した“皇国史観”と田中卓氏をはじめとする平泉学派の“皇国史観”を示し、皇国史観を軍国主義の偏狭な歴史観とする考えに徹底反論する。だから『皇国史観の対決』なのだ。

 戦前の文部省編纂『国史概説』と、田中卓氏の師匠であり、皇国史観の巨星と言われた平泉澄博士との関係を明らかにし、皇国護持史観と皇国讃美史観との違いを明確にしている。それに戦後の日本を「YP体制」と新右翼民族派ばりに痛烈批判しているとこからも、田中氏の当時の豪気健筆ぶりが察せられる。

 他にも「『建国記念の日』と二月十一日」「教育勅語を仰ぐ」「国旗日の丸と国歌君が代」「元号法の制定」「教科書問題解決のために」といった論文がおさめられている。だから、「田中卓短編集」と言えば、本の構成はご理解いただけるだろう。しかし、田中氏は戦っている。皇室を否定する者、建国記念日に反対する学者、国旗国歌に反対する日教組教師などに対峙して、透徹した皇国史観(皇国護持史観)の理論を引っさげて“退治”していく。

 だから“皇国史観の対決”だ。少し内容を紹介しよう。

「日の丸を国旗といふ証拠がない、などといふのは、歴史と伝統を知らない妄想である。このやうな妄想者は、おそらく自分の父親にたいしても、父親といふ科学的証拠がない、と言つて騒ぐのではなからうか。」(125頁)

「日の丸を国旗ではない、などと放言するものは、すなはち日本に国旗なしといふ見解に立つのであるから、この船舶法の規定を承認し得ないはずである。
 偏向教師諸君、諸君のなすべきことは、まづ船舶法否認運動ではあるまいか。さもなくば、諸君らの教へ子が船長になると、例外なく『五万円以下の罰金』を取られることになりますぞ。」(128頁)

「(元号)反対論者は、西暦一辺倒を引つこめて、紀年法を自由にせよ、と論旨を改めた。『自由』の語は口あたりがよいので、ふとそれに同調するものもあらうが、国家が独立してゐる以上、公的紀年法は必ず一定させる必要があり、もし国民が自由に、勝手気ままな紀年法を用ゐると、国家秩序は崩壊するであらう。
 たとへば、役所への出生届や婚姻届、学校や会社への履歴書の中で、今年(昭和五十四年)を表記するのに、八人の人それぞれが、A、二九二八年 B、二六三九年 C、一九七九年  D、一三九九年 E、一一一年 F、五四年 J(原文ママ)、三五年 H、五七年 と書いてきたら、どうするか。Aは仏滅暦、Bは皇紀、Cは西暦、Dは回暦、Eは明治維新、Fは昭和元年、Jは昭和二十年(敗戦の年)を基点とする。Hは私の生誕年(大正十二年)を元年とした計算だ。紀年法が自由ならば、これらを拒否する根拠はない。」(159〜160頁)

 時に毒舌であったり、アルファベットの順序を間違えたりする茶目っ気(?)を覗かせながらも、田中氏の祖国日本への至誠と情熱が全編に皇国史観理論と共に流れている。読み進めていて、いまの日本が比較的まともな状態であるのは、田中氏のような人の働きがあったからだと感じた。


f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-28 00:36 | 読書録
5月26日、皇国史観研究会定例勉強会
f0018981_0351774.jpg


 五月二十六日金曜日、国士舘大学世田谷校舎で皇国史観研究会の定例会が行われた。今回は国語問題と題して、会員から発表があった。

 まず、我々日本人が国家とする君が代を正確な字で書けるかと新入会員達に聞き、次にその君が代の漢字にそれぞれ、振り仮名を書いてもらった。

君が代は
千代に八千代にさざれ
石の巌となりて
苔のむすまで

 とあるが、君が代は古今和歌集に詠み人知らず、第知らずとして掲載され、そこでは「我君はちよにやちよにさざれいしの巌と成て苔のむすまで」とある。「君」とは「大君」のことであり、 天皇陛下のことに他ならない。左傾連中や一部の学者が、君が代の君とは英語で言うところの「You」であると言うが、そんな事実はない。

 また、千代に八千代にとあるのは、英語に訳したとして「1000 generations」と訳すのは不正確極まりない。さらに「八千代」とあるのだから尚更だ。日本では江戸の町を八百八町、京都を八百八寺と言い、神道の神を八百万の神と言うが、八や千、百という数が付くのは「数えきれない」「無限」といった意味である。

 そして、新入会員は「石の巌」の振り仮名を「いしのいはお」と書いたが、これは正しくは「いしのいはほ」である。本来ならば、「いはを」と書くかもしれないところだが、これを「ほ」とした所に先人達の信念と思いが込められている。

 例えば、我々が「ほ」と聞いて想像するのは炎の「ほ」であり、稲穂の「ほ」である。和歌や大和言葉にはそうしたいくつもの意味を込めて歌われたものが多い。穂は実り豊かな農業の発展と国民生活の安定であるし、それらの実りが豊かである為に太陽の光が必要である。太陽は太陽神にして皇室の祖先神天照大神に通じる。

 また、天照大神は五穀の豊穣を祈り、皇位継承の無窮と日本の繁栄を願われた。日本が無窮に繁栄するには皇室の弥栄と国民生活の繁栄が渾然一体となった形で続く事が絶対条件である。それを願って歌われたのが君が代である。

 ところが、戦後の国語教育ではこうした先人達の思いを継承すべき国語が忘れ去られ、その結果、現代の若者の頭から祖先の伝統が抹殺されたのである。当用漢字制度にしても、横書き左綴じの教科書の氾濫にしても、日本の国語を解体消滅せしめる工作であることを自覚し、我々が正しい国語を取り戻し、本来の歴史と伝統を継承しなければならないのではないか。

 本来ならば、上記の文章は正字体、正仮名遣い、縦書きで記すのが本来の筋であるが、恥ずかしいことに自分が正仮名遣いに堪能ではなく、パソコンには正字体があまり入っておらず、ブログに縦書き機能が無いため、このような矛盾に満ちた記事になった。ご了承とご寛恕を乞う次第である。

尚、国語の問題に関しては、こちらの國語問題協議會に詳しいので、ご参照ください。

f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-27 01:09 | 活動報告
大楠公を偲ぶ
f0018981_015025.jpg


 大楠公と聞いて誰の事か分かる人は、今の日本ではかなり少数だ。僕の使っているパソコンでも「大楠公」と一発で変換できなかった。この大楠公というのは、楠木正成のことだ。「河内の国の悪党」とは、現在の歴史教科書に書かれている楠木正成に関する記述である。

 徳川家康、織田信長なんかは知っているけど、楠木正成って誰?という人が多いのではないだろうか。以前は「大楠公」と呼ばれ、国民の尊敬を集めた人物であったが、今の歴史教科書ではコラム程度の小さな扱いだ。

 時に元弘元年、天皇御自らによる御親政を実現しようとされた後醍醐天皇は当時の鎌倉幕府に追われ苦境にあられた。その後醍醐天皇の呼びかけに応じて、笠置山の天皇の御元に馳せ参じたのが幕府から「悪党」と呼ばれた楠木正成である。

「戦の習にて候へば、一旦の勝負をば、必ずしも御覧ぜらる可からず。正成一人、未だ生きてありと聞召され候はば、聖運遂に開かるべしと思食され候へ」

 後醍醐天皇を前にして、自分一人が生きていれば大丈夫だとの、この大自信と忠義の誠。これが楠木正成だ。この後、正成は赤坂城で挙兵し、幕府軍を相手に持久戦で善戦するが、形勢が不利になると正成は雨の夜に城に火をつけて密かに脱出。幕府軍は正成が死んだと思い引き上げる。

 しかし翌年、正成は再び挙兵し、縦横無尽の奇抜なゲリラ戦術で幕府軍を翻弄した。この正成の戦いに勇気づけられ、幕府打倒の動きは全国に広がり、元弘三年五月に鎌倉幕府は滅亡した。

 そして、天皇親政による平和な世が訪れたかに見えたが、足利高氏が反乱を起こし、九州から京に攻め上がった。正成はこれを京都に入れ、包囲して討とうとしたが、朝廷はこの案を拒み、迎え撃つように命じた。

 正成は戦のプロである。失敗すると知っていると。しかし一度命令が出たならば、それに従い兵庫に向かう。途中、桜井の駅で十一歳の息子正行に「父亡き後は必ず高氏の天下だ。その時、大義を忘れ、我家多年の忠節を失う様なことがあってはならない。汝をこの世に留め置くのは親子の情にほだされ、汝を不憫に思ってではない。唯々大君のために、滅賊のために汝を残すのだ」と語って、今生の別れを済ませた。

 正成と弟の正季は七百人の兵を率いて湊川へ。一方の足利高氏側は数十万とも言われた。まさに一身万軍に当るだ。これだけの戦力差でありながら、正成は六時間あまり戦ったが、つに兵も約七十人になってしまった。民家に立て篭り最期を迎える際に、正成は正季に「生まれ変わったらどうしたい」と聞いた。

 正季が「七度生まれて、賊を滅ぼしたい」と答えたのを聞き、「自分も同じ考えである」と言って刺し違えて自決した。正成四十二歳。それが延元元年五月二十五日。昨日がちょうど六百七十年目にあたる。忠義に生き抜いた武将の最期だった。

 写真の立派な楠木正成の銅像は皇居外苑に佇み、静かに皇基を守っている。


f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-26 00:32 | 随想・雑記
『国体に対する疑惑』
f0018981_23551221.jpg


「 天皇ってなんでエラいの?」という問い掛けが投げかけられることがある。それだけではない、僕たちのような事をしていたら、もっと鋭い疑問や指摘が皇室に対して言われる。そうした時に返す言葉が無ければ、国体は守られない。

 特に大東亜戦争敗戦後、日本は国体は否定すべき概念とレッテルを貼られ、皇室への批判的言辞は掃いて捨てるどころの騒ぎではないのは、周知の事だ。この『国体に対する疑惑』が発行されたのは昭和三年だ。その当時では、こんな題名の本を出すだけで大事だ。ショッキングな題名、装丁と中身から『国体に対する疑惑』はベストセラーとなった。

 国体に対する赤裸々な疑惑が書かれていたため、宣伝で目次の公開が禁じられた。それほど驚天動地のことだったのだ。さて、その中身だが“国体に対する疑惑”について著者の里見岸雄博士が一つずつ回答を書いて論破して構成だ。

 里見岸雄博士は明治三十年に国柱会創始者である田中智学氏の息子として生を受け、早稲田大学哲学科を卒業後、イギリス、ドイツ、フランスに留学し、昭和十一年に日本国体学会を創設し、立命館大学法学部国体学科で教鞭を執り、戦後は憲法改正運動と国体護持運動に生涯を捧げた。歴史学、法学、哲学、宗教学に深い造詣を持ち、生涯の著作が英文と独文を含めて200冊というのだから途方もない天才的頭脳の持ち主だ。

「『畏れ多がり』『不敬がり』さへすれば果して国体の尊厳が保てるか?」「国体を信ぜんとする者は先づ、此の疑惑に答へよ」とある。肝心の目次を一部紹介しよう。
・天皇陛下の御真影に敬礼するは要するに偶像崇拝にあらずや
・天皇は何故神聖なりや
・我等は何故天皇に忠義を尽さざるべからざるか、忠義観念はつひに人の理性を昏味ならしむる麻酔剤にはあらざるか
・忠君愛国といふことは要するに資本家階級が自己の保存の為にする宣伝道徳にはあらざるや
・日本民族はアイヌ民族を征服したり、是れ果して正義人道に協ふや
・壬申の乱の如き忌はしき歴史あり、何を以て国体を讃美するや
・主権は人民全体の上にあるが正当にして一個人が主権を独占するは不合理にあらざるや
・国体、国体といつて、国体を無上のものの如く言ふ人があるが、そんな抽象的理想よりも、現実によりよく生きることの方が遥かに大事ではないか

…その他あわせて計50の疑惑が論じられている。一見して分かるように、現在でも盛んに言われる疑惑がほとんどだ。これを戦前に論じたのだからスゴい。博士は次の様に言う「世の多くの国体論者、皇室中心主義者と名乗る人々が、戦利あらずと知るや、一も二もなく、『畏れ多い』『不敬だ』『国賊だ』といふ奥の一手一点張りで左傾連を窮地に陥れようとするは、その至誠至情まことに涙ぐましきことではあるが、然もそも効果を以て論ずる時は頗る薄弱といはねばならぬ。」

 戦前においては「不敬!」「国賊!」と言えば済んだが、今は反皇室の左翼に「国賊、非国民!」と罵っても「そうです、私は地球市民ですから非国民ですよーだ」と開き直るに決まっている。ゆえに徹底した国体護持の理論が求められる。

 マルクスとエンゲルスはかつて、社会主義を空想的なものから科学的、論理的なものとしたが、里見岸雄博士は実に空想的国体論を廃し、科学的国体論へと昇華した先駆けだ。その理論がわかりやすく、書き尽くしてあるのが、この『国体に対する疑惑』だ。国体に疑惑を持つ人も、国体を守ろうとする人も絶対に読んだ方が良い。

 現在、展転社から復刊されて販売されている。

f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-25 00:47 | 読書録
諸行無常な人々
 今日テレビを見ていると、保釈中のライブドア元社長、堀江貴文氏が今の心境を直筆でつづった文書を発表したという。そこには「諸行無常というのが私の人生観」と書かれていた。軍記物語として名高い我が国の『平家物語』にも「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし、たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ」とある。

 堀江氏のいままでの生き様は、この境地を地で行っている。かつて時代の寵児と言われた栄達も束の間、逮捕失脚とこれからの裁判により、彼の人生はどのように変転して行くか分からない。堀江氏のことだから、再起を視野に入れて「諸行無常」と言っているのかもしれない。

 さて、今回私が意外に思ったのは、その文書の日付が「平成十八年五月二十三日」と記されていたことだ。去年の九月六日、日本外国特派員協会で「憲法が天皇は日本の象徴であると言う所から始まるのは、はっきり言って物凄く違和感を感じる」「大統領制にしたほうがいい」と発言し、皇室を否定した。ところが、この文書では元号を日付に用いているのだ。

 元号は言うまでもなく、今上陛下の御即位を基準に数える日本独自の年号で、皇室の御存在を絶対条件としている。堀江氏は三ヶ月の拘置所生活で何を考えていたのだろうか。諸行無常の言葉に表されるように、自己の栄枯盛衰を顧みながら、かつて自分が否定した皇室と自己を比較したのだろうか。そこではじめて万世一系、万代無窮の皇統の偉大さに気付いたのだろうか。

 まぁここまで考えるのは考え過ぎだが、もしそうだとする拘置所もなかなかいいところだ。そうして思い出したのが、経済同友会代表幹事で日本IBM会長の北城恪太郎氏だ、「政治関係の冷却化が両国間の経済、貿易面にも負の影響を及ぼす」し、靖国神社参拝は「政教分離の問題を含めて、日本国民の間にもコンセンサスは得られていない。再考が求められる」と散々言った。

 この発言のあと、北城氏は「お騒がせしました」と小泉総理に陳謝したらしいが、発言の撤回はもとより、自らの国家観や歴史観についての謝罪はなされていない。北城恪太郎経歴を参照していただきたい。尊敬する人物が福沢諭吉となっているが、それはただ単にお金が好きだと宣言しているだけではないのか。それに好きな言葉も「自由闊達」であり、実に資本主義ブルジョアジーの典型のような人物だ。

 それにしても、先に挙げた北城発言は、経済同友会の提言として、経済同友会加盟企業70社が賛同したというのが何とも腹立たしい。金儲けのためには国の為に命を捧げられた方々をも蔑ろにしろという許しがたい姿勢だ。このブログで以前に経済同友会幹事達は靖国神社に土下座参拝せよと書いたが、堀江氏のように拘置所にでも入って来て、世の諸行無常を痛感してきていただきたい。

 そして我々は、諸行無常である事と、無常ならざる存在への認識を深める事によって、現在の時勢において透徹した見識を少しずつ養って行きたい。

f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-24 22:58 | 随想・雑記
今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会のお知らせ
「遺骨」も「死亡確認書」もすべて捏造でした。にもかかわらず、「拉致問題は解決済み」と居直り、誠実な対応を示さない北朝鮮。これ以上北朝鮮との話合いは無駄です。圧力をかけない限り、金正日政権は国家犯罪を隠し続けることが誰の目にも明らかです。

 米国は北朝鮮によるドル札偽造で制裁を発動しました。4月に来日した北朝鮮代表は、「米国が制裁を解除しなければ6者協議に出ない」とし、その間に核兵器の増強を進めると居直りました。これらは、制裁に効果があったが故の犯罪政権の捨て台詞です。この時、米国代表は北朝鮮との「対話」を拒否し、北朝鮮船舶に対し新たな制裁準備を始めました。

 日本が今、米国と共に制裁を発動すれば、北朝鮮は対応せざるをえなくなります。日本人の人権と日本の主権を侵害し、拉致被害者をいつまでも返さない北朝鮮に対し、日本の国家意思を明確に示さねばなりません。そうでないと拉致問題だけが置き去りにされてしまいます。

 北朝鮮に対しては、「圧力」をかけて「対話」すべきです。今こそ決断の時です。そして今年中に拉致被害者の全員救出を求めます。


↑以上「今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会」のビラより引用させて頂きました。
 もはや多くの言葉はいらないでしょう。四年前の平成十四年に金正日が拉致犯罪を認めて以来、北朝鮮は残り多くの日本人拉致被害者を返さずに開き直りと恫喝を繰り返すという信じがたい暴挙を繰り返しています。

 皇国史観研究会も拉致問題には強い関心を払い、過去の国民大集会には幾度も参加して来ました。その都度に、日本政府の怠慢と北朝鮮の態度に砂をかむような歯がゆい思いをして来ました。もっと多く、もっと多くの国民が関心と足を向けて行かなければならない、と思うのです。領土は百年たとうが取り返せます。

 しかし、拉致被害者は拉致されてから三十年近く。人によっては天寿を全うされる方々も出て参ります。拉致被害者の救出は一刻一秒を争う事態なのです。

 このブログをご覧のみなさま、日本人同胞を救出する、その思いで、どうか五月二十八日の国民大集会に結集し、私たち日本人の心意気を総理大臣官邸と、平壌に叩き付けましょう!

今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会
とき 平成17年5月28日(日) 午後4時から6時半まで
開場 午後3時(先着順)
ところ 日比谷公会堂(〒100-0012)千代田区日比谷公園1-3
TEL03-3591-6388
地下鉄霞ヶ関駅B2・C4口、内幸町駅A7口、日比谷駅A14口徒歩3分
司会 桜井よしこ(ジャーナリスト)
訴え 家族会会員、救う会役員、拉致議連役員、韓国人被害者家族と家族会など
来賓 未定
参加費 無料(会場カンパ歓迎)
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会


 f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-23 21:38 | 告知
法政大学の学生弾圧を批判する
 もう二ヶ月も前になってしまったが、今年の三月十四日のことだ。
 法政大学構内で大学当局が一方的に打ち出して来た、立て看板とビラ配りの規制に反対する学生達二十九人が、大学周辺でのデモを終えて構内に戻って来た所を、待ち構えていた公安刑事二百名に「威力業務妨害」「建造物侵入」で逮捕されたのだ。

 この事件については、フジテレビでも放送されたし、いろんな政治系・社会派系ブログが扱っているからご存知の方もいると思う。この逮捕された学生達というのは、革命的共産主義者同盟全国委員会マルクス主義学生同盟の学生達だ。早い話が中核派系全学連の学生達だ。

 あのヘルメット、タオル覆面にサングラスという出で立ちの集団だ。さて、彼らは逮捕されたあと、しばらく拘留されて取り調べを受けて釈放されて不起訴が確定したが、今度は法政大学当局が、当該学生達を「逮捕されたこと」を理由に自宅謹慎処分にし、五月十七日には法政大学文学部教授会で当該学生達に退学処分を下した。

 まず、断っておくが、僕はセクト化した左翼などポチホシュと同じくらい嫌いだ。人間性を喪失した共産主義論理をドグマとし、党派の論理でしか物事を観られない不幸で厄介な連中だと思っている。諸大学における連中の横暴さと、今までの学生運動華やかなりし頃の事件なども知っている。ただ、思想は違うにせよ志を持って声をあげていく彼らには、ある種よきライバルに対するような感情を持っていることは否定しない。

 しかし、それにしても今回の法政大学当局のやり方は許しがたい。思想や感情を超えて、同じ大学生として、同じ日本に生を受けた者としても看過できない。まず、威力業務妨害という罪状だが、これに関して警察は「大学当局が立て看板を撤去しようとしたのを中核派学生達が妨害した云々」と言っているが、そもそも当日は大学当局による立て看板撤去作業は行われていなかったようだ。故に威力業務妨害のしようがない。

 また、一番おかしいのは建造物侵入だ。逮捕された二十九人の中核派学生達のうち、五人は、れっきとした法政大学の現役学生なのだ。どうして白昼堂々と自分の大学に入っただけで逮捕されなければならないのか。こんな方法が罷り通るのなら、僕も明日から「建造物侵入で逮捕される可能性があるので登校しません」と言って家で寝ていたい。

 こういうと、「他の二十四人が他大学の学生や学外者だから問題があったんでしょう」と言う者がいる。では、スポーツの試合や、学術の交流会で大学に訪れる学外者を片っ端から逮捕するのだろうか。そんなことをしたら大変な事になる。僕も他大学への「侵入容疑」で逮捕されてしまうし、早稲田大学の早稲田祭など、膨大な逮捕者が出る。こうしたことから、いかにこの逮捕理由がバカバカしいかお分かり頂けただろう。

 しかも、先に書いた様に、この事件の模様はフジテレビが放送している。法政大学の説明では学生達とトラブルとなったので110番して警察がかけつけ逮捕してもらった、となっているが、逮捕した警察官達は皆私服の公安刑事であり、数も二百人だ。とても110番一発で来る陣容ではない。

 だとすると、大学と警察が、最近流行の“共謀”をして学生達に弾圧を行ったのだろう。だとするならば、その場にテレビ局が居合わせた事も説明がつく。いくら厄介な学生とはいえ、警察と組んで学生を司直の手に引き渡し、その挙句に、「逮捕」されたことを理由に退学処分にするとは法政大学もヒドい大学だ。

 三月にこの事件が発生したあと、保守派の仲間達にあって話をしてきたが、この事件の重要性を認識していないどころか、当然の処置と言う者や、単に喜んでいるだけの者が少なくなかった。そうした人々は大概、運動に携わる事もなく、大学や権力とぶつかる事もなく、口だけが勇ましい人たちだ。

 この法政大学の事件が一体何をもたらすのかを考えてほしい。ただでさえ無気力が充満し、社会から目を逸らした学生が増加し、個性・特色を喪失した状況が全国の大学に蔓延している。その中で自分の頭で国家を考えたり、社会を批判したりする学生が大学側から煙たがられ、消されて行けば、大学は実に味気なくつまらないところになる。

 そもそも、大学とはもっと自由かつアナーキーであってよいと思うし、大学の個性をもっと発揮出来るようになってほしいと願っている。それはずっとこのブログで言って来た事だ。今回の法政大学の学生弾圧は、大学の大学たる所以を消し去る“大学の自殺”である。法政大学は日本の大学史上消しがたい汚点を残してしまったのではないか。

 最後に、不遜かもしれないが、三島由紀夫烈士が、日本の先行きを憂えられて残された言葉を、“大学”に置き換えてみた。ご笑覧の上、大学とこれからの日本について共に考えていきたい。


「僕はこれからの大学に対して希望をつなぐことができない。
このまま行つたら『大学』はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。大学はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る事なかれ主義と営利主義の教育機関が日本の各地に残るのであらう。それでもいいと思っている人たちと、僕は口を聞く気にもなれなくなっているのである。」

f0018981_132743.gif応援のクリックを!
[PR]
by shikisima594 | 2006-05-22 00:36 | 随想・雑記