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JR総連が週刊現代を提訴
 30日の各地方紙に「名誉棄損と講談社提訴 週刊現代記事でJR総連」という記事が掲載された。おそらく共同通信が配信した記事なのだろう。検索してみたらほぼ日本全国の地方新聞が掲載していた。以下に記事を引用する。


名誉棄損と講談社提訴 週刊現代記事でJR総連
 週刊現代の記事で名誉を傷つけられたとして、JR総連とJR東労組などは29日、発行元の講談社と記事を書いたジャーナリストに計4400万円の損害賠償と謝罪広告を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 訴状によると、7月15日から8月29日にかけて発行された週刊現代の7月29日号−9月9日号は6回にわたり「テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」とのタイトルの連載記事を掲載。革マル派との関係を指摘するなどして両労組を中傷したという。
 記者会見したJR総連幹部らは「記事は事実無根で、革マル派とは関係がない」と話した。
 週刊現代編集部は「記事は十分な取材に基づくもので問題ない。今後も追及を続けていく」とコメントしている。


 地方の人には実感がわかないかもしれないが、JR東日本を利用する関東圏の人間にとっては、下手をすると生死に関わる問題なのだ。というのは、JR東日本の労働組合団体である東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)は極左過激派の日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義(革マル派)が主導していると言われている。

 その彼らがJR東日本で絶大な発言力と影響力を持っていることから、JR東日本は過激派に乗っ取られている、というのはタブーとされつつも公然の話だ。このブログの七月十九日の記事でも書いたが、このタブーに週刊現代が切り込み、様々な驚愕の事実を暴き出した。

 まず、この「テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」と書いた週刊現代が、JR東日本から車内中吊り広告の出稿を拒否されてしまった。そして、肝心の中身だが、JR東労組から脱退したJR社員への信じ難いいじめと嫌がらせの数々が告発されている。電車を運転中に背後から怒鳴られる。信号を隠されるなど、乗客の命に関わるようなことが横行している。

 さらには何かある度に線路への置き石事件が発生したりする。これに対してJR東日本がこの事実をひた隠しにしていることに、まず多くの人が驚くだろう。JR東日本の中には「JR東労組にあらずんば人にあらず」という言葉がささやかれている。

 革マル派との関係を否定するJR東労組だが、サイトを見ていただきたい。革マル派担当の警視庁公安部公安二課から捜索を受けたという記述や、革マル派主導の護憲団体「9条連」へのリンクがあり、彼らが普通の労働組合ではないことを示して余りある。

 それに今回の件に関するJR総連の声明を読んだが、どこにも「革マル派とは関係ありません」とは書かれていない。ではこの裁判の目的は何かというと、彼らが得意とする法廷戦に持ち込み相手を疲弊させ、そして対外的に相手が「デマを書いている」と宣伝することにある。

 図書館に行って週刊現代を読んで、これが裁判で負ける内容かどうか見てほしい。JR東労組から陰湿な嫌がらせをされた元運転手が実名で告発している。その勇気には本当に頭が下がる。この勇気にこたえ、我々国民の足となっているJRから極左過激派を叩き出そう。

JR東日本に革マル派はイラネって方はクリックを!!!

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 「昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感」
七月二十日に日本経済新聞が驚天動地のスクープ掲載した。しかし、いろいろ調べてみると次々と話にほころびや怪しい部分が……。
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by shikisima594 | 2006-08-31 02:00 | 随想・雑記
日経「富田メモ」に新聞協会賞!?
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 平成十八年度の日本新聞協会賞に日本経済新聞の七月二十日「富田メモ」が内定したようだ。部門はニュース部門だ。この新聞協会賞というのは、その年、協会加盟のマスコミで、それぞれの優れた報道や記事を対象に表彰するもので、今年度は日経の「富田メモ」報道が優れた記事として選ばれる運びになったというのだ。

 さて、この新聞協会賞とはどんなものか、日本新聞協会のサイトから見てみよう。それによると、新聞協会賞というのは、

「1957年、新聞(通信・放送を含む)全体の信用と権威を高めるような活動を促進することを目的として設けられました。毎年新聞大会の席上、編集、経営・業務、技術の3部門で顕著な功績をあげた新聞人に、賞状と金メダルが贈られています。」

 はてさて、いつ日経の「富田メモ」が新聞全体の信用と権威を高めたのか???
 ロクな検証もしていないのに、十分厳密な検証をしたと嘘をつき、総理の靖国神社参拝が話題になっている最中に意図的に報道し、与野党の政治家には散々悪用され、数々の論争と騒動を起こした。

 それどころか、日頃から皇室を軽んじていながら、自分達に都合のよいものになると利用しようとする姿勢は他社までをまきこんで、国民から「天皇の政治利用だ」と指弾され、新聞全体の信用と権威を損ねた。

 そして国民から「富田メモ」の入手過程や具体的な検証方法を問われると、一切答えられないで逃げ通している。これがジャーナリズムと呼べるのか。このブログをご覧の方はご存知だと思うが、「富田メモ」は極めて怪しい。徳川侍従長発言説が濃厚だ。

 その怪しい「富田メモ」に「新聞協会賞」を与える事によって、業界ぐるみで既成事実化を図っているのだろう。ますます国民とマスコミの溝が深まり、乖離していくのを感じるばかりだ。こんなにも疑問があげられている「富田メモ」に新聞協会賞を与える事は、金正日にノーベル平和賞をあたえるにひとしい。

 ますます新聞業界の信用と権威を下げるだけだ。日経もそんなに賞がほしいのなら、いつも尽くしてあげている中国からもらえばいいじゃないか。それとも日本でほしいなら自分が差しあげてもいい。「大誤報賞」か「捏造賞」だ。


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by shikisima594 | 2006-08-30 00:07 | 随想・雑記
朝日「テロとの戦い」
 昨日、二十八日の朝日新聞に若宮啓文論説主幹のコラム「風考計」に「『テロとの戦い』はどうした」と題する記事が載っている。八月十五日に加藤紘一氏の実家と事務所が、右翼団体の男に放火されて全焼したことに触れて書かれている。

 若宮氏は今回の事件をはじめ、浅沼事件、嶋中事件、赤報隊事件などを取り上げ、靖国神社の総理大臣参拝に反対して来た富士ゼロックスの小林陽太郎会長宅に火炎瓶が置かれた事件や、先の「富田メモ」をめぐって日経に火炎瓶モドキが投げ込まれた事件などから、

「こうして靖国神社参拝について、異議を唱えにくい空気ができていく。それがテロの狙いなのだ。」

  まるで靖国神社がテロで守られているかのように主張している。さらに総理や政府高官がこれらの事件に対して憤ったり、取り締まりを強化すると発表もしないことを捉えて、

「『右翼のテロ』とは戦わなくてよいのだろうか。」

 と言い募る。あえて記事中で取り上げる事件も「右翼のテロ」のみを取り上げ、戦う対象をそれのみに絞ろうとする。では極左のテロや北朝鮮のやってることに対してはどうなのだ。左派系の政治家や言論に右翼が「テロ」をすれば、キャンペーンをはって金切り声を挙げて批判するのに、左翼がかつて皇居に金属弾を打ち込んだり、神社に放火していた時、朝日はどれほど批判するのか。このコラム中でも「左翼の過激派が暴れた時代もあったが」とわずか一行だ。

 北朝鮮が日本人をはじめ、世界中で人をさらったり破壊工作をしたり、ミサイルを発射する極悪な犯罪を行っているが、それに対しては社説やコラムで表面的に北朝鮮を批判するが、読者の声では、「北朝鮮のやっていることはよくない。しかし、だからといってすぐに経済制裁をするというのは…」という相変わらずの「イエス・バット論法」の投書を掲載し続けている。

 テロと戦う、というならば、朝日新聞には是非とも「テロとの戦い」の旗の下、憲法改正、国軍創設、北朝鮮に軍事制裁でも主張していただきたい。また、このコラムの中に新右翼のイデオローグであった野村秋介氏の名前が見えている。

 野村氏は昭和三十八年に河野洋平の父親で、当時、建設大臣の河野一郎邸を全焼させ、経団連襲撃事件にも参加し、平成五年十月二十日に朝日新聞東京本社で社長と面談中に短銃自決された。朝日新聞とは因縁浅からぬ仲だった。

 というのは、この自決にさかのぼること一年前、平成四年の参議院選挙に、野村氏は民族派を中心とした同志達と共に「風の会」を結成して打って出た。それを朝日新聞社が発行する『週刊朝日』が「虱(しらみ)の党」とからかった。

 朝日新聞の容共的で自虐的な偏向した報道姿勢を野村氏は以前から強く批判していたが、この件で朝日をさらに批判した。野村氏はかねてから「言葉には命をかけろ」と言っていた。これは同じ民族派の青年達に対しても言っていた。集会で「○○粉砕」「△△打倒」などと書いてあると、「じゃあ諸君らは、これらを粉砕できなかったら、どう責任を取るんだ。言葉には責任をもって命をかけろ」と一喝されたと聞く。

 その野村氏が朝日新聞に対しては「社会の公器・木鐸たる新聞が自らの言論に責任を持たないというのは許せない」と批判し、自らが言葉に命をかけること、節義を通すとはどういうことかを身を以て示さんがために自決してみせた。

 この野村氏の姿勢に、朝日新聞はこれまでどれだけ向き合って来たのか。テロとの戦いを言う前にまずそれを自ら問うてみるべきだ。いまだにリベラルインテリ気取りの空念仏を唱えるだけに終止していまいか。ほかのマスコミにしても同じだ。自らの発した言葉にどれだけの責任や命をかけているのか。

 いや、それ以前にまず我々自身はどうなのか、と考えなければならない。野村氏の自決から十五年がたとうとしている。その間に我が国の世論は大きく様変わりしたが、マスコミをめぐる言論状況はあまり変わっていないように見受けられる。「言論」と「テロ」について野村氏の言葉を通して今一度考えを深めてみたい。

 付け加えるならば、自分は「テロ」を全肯定も全否定もしない。そのような態度は宗教家か狂信者のとる態度であり、思想する努力を放棄したものだからだ。テロという現象にこめられた、その行為者の思いとその結果、様々な必要性や、日本の歴史的・伝統的な価値観から個別のテロという事象を考えたいと思う。


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 「昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感」
七月二十日に日本経済新聞が驚天動地のスクープ掲載した。しかし、いろいろ調べてみると次々と話にほころびや怪しい部分が……。
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by shikisima594 | 2006-08-29 15:50 | 随想・雑記
『日経戦記』(完売しました)
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 「昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感」
七月二十日に日本経済新聞が驚天動地のスクープ掲載した。しかし、いろいろ調べてみると次々と話にほころびや怪しい部分が……。
 はたして日経のスクープは本当なのか?そしてなぜ日経はこれをスクープしたのか?「それが“私”の心だ」というが、それは誰の心だ?

 日経のスクープから約一ヶ月にわたり、皇国史観研究会有志が日経を追及。いままでにない波紋を起こし、大勢の方々から激励をいただいた。その約一ヶ月にわたるブログ上での連載「日経の闇を突く!」に大幅な加筆修正を加えて再構成し、まとめて急遽発行したのが本書。

 題名は『日経戦記』となっているが、書き逃げを決め込む日経との戦いはまだ続いていると認識しているので、本当は“日経経戦記”とでもするのが妥当だった。つまり、本書は途中報告だ。日経の富田メモが新聞協会賞の候補に挙がり、日本の根幹を傷つけた疑惑まみれ報道が既成事実化されようとする中、一人でも多くの方に本書を手に取っていただきたい。

A5判・50ページ・頒価500円
目次
7・20富田メモの衝撃
中国なみのプロパガンダ
「私」は誰なのか?
杉田亮毅社長の肖像
消された会談
ズサンな「検証」
天皇陛下と靖国神社
日経を追え!
日本経済新聞社を知る本
巻末対談・日経の闇を突いて…


 当然ながら、日本経済新聞社非推薦の本だ。
 ご希望の方は、住所、氏名、希望冊数、連絡先(メールか電話番号)を記して下記のアドレスへ!

shikisima594@excite.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしておりますので、小文字に変更してください。)

部数に限りがありますので、お早めにご注文ください。本と一緒に郵便振り込み先を記して同封いたしますので、最寄りの郵便局でお支払いください。なお、送料は実費いただきます。
また、差し出し人の名に「皇国史観研究会」と入っていると不都合がある方は、メールでその旨を記してください。個人名でお送りいたします。

(完売しました)
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by shikisima594 | 2006-08-28 00:36 | 発行物
『昭和歌謡大全集』
f0018981_22431053.jpg 「昭和は遠くなりにけり」
 いつの頃から、誰が言い出したのか知らないけれど、そんな言葉を耳にする。自分は昭和生まれで、いまの皇国史観研究会一年生達がギリギリ昭和生まれで、来年には平成生まれの世代が入って来るわけだ。年配の人はそれを聞くと「もう平成生まれが大学生になるのかぁ」と感慨深そうに言う。

 明治、大正、昭和、平成。元号で時代を把握できるのは、日本人ならではの感覚だ。平成といえば、小渕さんが色紙に書かれた「平成」の二文字を記者会見でかかげているところが、平成の始まりというイメージがある。

 この『昭和歌謡大全集』も、題名に「昭和」を冠した実に日本的な題名の映画だ。原作は村上龍で、少年グループとおばさんグループがちょっとしたトラブルから、懐かしの昭和歌謡にのって殺し合いを始めるという荒唐無稽なエンターテイメントで、だから『昭和歌謡大全集』なのだ。かなり好き嫌いが別れると思うが、グロいけど笑える構成になっている。

 少年グループの一人を『御法度』でデビューした松田龍平が演じ、トカレフから原子爆弾までもあつかう広田金物店の店主を『凶気の桜』で任侠右翼会長役だった原田芳雄が演じている。こうした配役もおもしろい。

 しかし、かなり気になった点が一つある。言うまでもなく昭和という時代は、昭和元年十二月二十五日から昭和六十四年一月七日までの六十二年と二週間ある。ところが、この『昭和歌謡大全集』に使用されている、往年の「昭和歌謡」を見てみよう。

(昭和22年)「星の流れに」
(昭和22年)「港が見える丘」
(昭和32年)「チャンチキおけさ」
(昭和32年)「錆びたナイフ」
(昭和41年)「骨まで愛して」
(昭和42年)「君といつまでも」
(昭和42年)「白い蝶のサンバ」
(昭和43年)「恋の季節」
(昭和46年)「また逢う日まで」
(昭和56年)「風立ちぬ」
(昭和58年)「SWEET MEMORIES」
(昭和62年)「リンダ リンダ」

 一見してわかるように、昭和の三分の二の曲しか登場していない。昭和元年から二十一年までの曲が一曲も使用されていないのだ。「第二次大戦後に朝鮮、ベトナム、ドイツは空間的な分断国家になったが、日本は“戦前”と“戦後”という時間的な分断国家になった」という指摘があるが、その分断現象がこの映画には色濃く表れている。昭和十年代には「出征兵士を送る歌」や「麦と兵隊」が大当たりしている。まさしく押しも押されもせぬ“昭和歌謡”ではないか。

 ところが、戦争の印象がついたものは全て切り捨ててしまうのを当然とする風潮があるから、『昭和歌謡大全集』はこんな構成になってしまったのだ。「戦後」という見えないカッコがついた昭和は明るい昭和で、戦前が冠せられた昭和は真っ暗の忌むべき時代という意識が多くの日本人の中にいまだにあるのだろう。いや、むしろそうした意識が強くなっているのではないか。なぜなら、昭和四十年代には、あのザ・ドリフターズが軍歌のカヴァー曲を出していたのだから。

 「ドリフのズンドコ節」というのは元は軍歌だ。ズンドコ節というのは俗称で本当は「海軍小唄」といった。しかし、時代の流れは恐ろしいもので、歴史的分断国家となった我が国の、「戦前」と「戦後」の亀裂はますます深まり広がっているようだ。

 それを防ぎ、日本人に戦前と戦後の歴史的連続性を取り戻させる意味で、是非とも『昭和歌謡大全集』に昭和元年から二十年までの歌を入れてリメイクしていただきたい。

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by shikisima594 | 2006-08-27 23:31 | 映画
「愛国を歩く」を読んで
 日本が右傾化している。そんな指摘がされるようになってから5年ぐらいたつかな。
 確かに世論の変化は感じる所があったけど、最近は特に感じる。というのは、八月って季節柄もあるのかもしれないけど、新聞社が「日本の右傾化」その中でも特に「若者達の右傾化」ってことで特集記事を組んだりし始めたからだ。

 今月の二十二日から二十四日まで、朝日新聞が「愛国を歩く」って連載を三回にわけて掲載した。随分と分量と読み応えのある記事で、まぁまぁ面白かった。特に二十二日の第一回目には自分の知り合いが二人登場して取材されていたから驚いた。いやぁ、世の中ってのはどうしてこんなに狭いのか。

 他にも中国と韓国の愛国主義的な若者達の取材は、彼らの意外な側面が見られて面白かった。あたりまえだが、彼らだって二十四時間三百六十五日、日の丸や小泉の人形を燃やしてるわけじゃない。それに集団心理ってのもある。皇国史観研究会だって、いつでもどこでも、日の丸掲げて天皇陛下万歳をしているわけじゃない。

 漫画も読めば、ゲームもして、酒も飲み、授業をさぼったりもする。そんなの当たり前だが、その当たり前の姿が見えなくなって、その人間の持つ一つの側面が相手に「敵意」や「狂信」としてのみ伝わってしまうマスコミってのは厄介なもんだと改めて思った。

 それから、二十二日の記事をよく見ると、出っ張った頬と嫌らしい眼鏡に独特のクセ毛頭のおじさんの写真が出ている。姜尚中だ。こういうの見ると、ホント朝日新聞だなぁと思う。自分なんか姜尚中がテレビに出たら即チャンネルを変える。おかずにもご飯にも、何でもマヨネーズをかける子供じゃあるまいし、何でも在日朝鮮人姜尚中にコメントさせりゃあいいって問題じゃないでしょ。

 でも、姜尚中も面白い事を言っている。

「(今、起きていナショナリズムは)明らかに戦前のナショナリズムとは異なる。近代100年で経験していないことが起こりつつある」

 自分の知り合いで、民族派運動に長年たずさわって来られた年配の活動家の人達が同じ事を口にしていた。「“本”を見失った愛国心」「左翼や外国への反発だけで“核”がない」
表現する言葉は違ったけど、大体同じ意味の事を言っていた。

 その言葉は反面で、いままで自分達が活動して来たのとは無関係にナショナリズムが勃興してきたことに、ある種の“焼きもち”みたいなのでもあるのかなぁ、と思ったりもしたが、確かに納得させられる部分が多かった。

 だから、今回の姜尚中の主張と、熟練の民族派活動家の人達の見解が、最近の「右傾化現象」に対して一致したことが興味深かった。さらに姜尚中は言う。

「日中韓がお互いのナショナリズムに刺激され、映画の題を借りれば『パトリオット(愛国者)・ゲーム』を繰り広げている」

 この指摘に誰がどう反論できるのか。せいぜい「最初に仕掛けて来たのはあいつら(中国・韓国・北朝鮮)だ!」という程度のことしか言えないんじゃないか?
 これではつまり支那・朝鮮と同じレベルになってケンカしていると言われても仕方ない。ただ、誤解なきように言っておくけど、自分はそれを否定するつもりはない。

 元来、ナショナリズムってのは情緒が基本で、情緒ってのは理性や論理とは異質なもの。論理や理性が大人っぽいとすると、情緒ってのは子供っぽいの。だからナショナリズムも子供っぽい部分がある。じゃあ子供っぽいそんなナショナリズムなんか捨てちまえって事を大人ぶって言う奴がいるけど、子供っぽい支那・朝鮮に“大人の対応”とやらをしていて、今まで日本は何をされたの?

 領土問題、拉致問題、教科書問題、安全保障問題、靖国神社問題、戦後補償問題……
こんなに不当な無理難題を押し付けられているだけじゃないか。だからこっちも向こうが生意気なことしたら、それ相応のお返しをしてやればいい。

 ただ、本当にこれだけだと、日本は支那・朝鮮と同レベルに落ちてしまうだけだ。だからこそ、先の民族派活動家の人が言っていた「本」や「核」となるものを、自分の中に持って、それを磨く事だ。我が国には万世一系の天皇陛下が君臨されている。神武天皇以来、百二十五代連綿とだ。吉田松陰は何と言ったか。「身、皇国に生まれ皇国の皇国たる所以を知らず、何を以てか天地に立たん」と。

 つまり、日本人としての“本”を知らなきゃ生きている価値なんかない!と叫んだのだ。その“本”を知って研鑽を重ね、確固とした自分の信念となったとき、自分の中に“核”ができる。そのために自分達は皇国史観の研究をしているのだ。

文責:タカユキ

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by shikisima594 | 2006-08-26 20:28 | 随想・雑記
岡崎久彦先生、かなりヘンですよ
f0018981_13295798.jpg 24日の産経新聞の正論において、驚愕すべき主張が載せられていた。

 保守界の大物としてその名を知られる、岡崎久彦が靖国神社境内にある遊就館の展示の歴史認識について批判を浴びせたのである。

 どういう展示に対して批判を浴びせたかというと、遊就館の大東亜戦争の発端に関して、アメリカの非が強調されており、反米的であるということから遊就館の歴史認識には賛同できず、反米的な展示を撤廃せぬ限り今後は靖国神社の擁護は出来ないということだそうだ。

 背景にはアメリカが、遊就館の歴史認識に遺憾の意を表明してことに対して、岡崎センセイも右にならえと言わんばかりにこれに同調して遊就館の歴史認識に対して批判をしたようにみえる。岡崎センセイの異常なまでの親米っぷりは、去年の検定に合格した「つくる会」教科書の執筆の際、反米的なものを全て削除したという行為からも伺える。

 まったく、これが現代日本の保守の大物だというのだから落胆するしかない。
遊就館に展示されている、ニューディール政策でアメリカが景気回復しそこなったので、経済制裁を発動してこれが戦争に繋がったという歴史認識は確かに甘いかもしれない。

 あの大東亜戦争は、数々の複合的な要因の結果、開戦したのであり、先の件だけで戦争が起きたわけではない。だが、大東亜戦争の原因は作ったのは、日本が開戦を避けるために譲歩に譲歩を重ねた甲案乙案をことごとく撥ねのけ、最後には日本が開国以来、先代の血と涙を流して勝ち取ってきた権益を放棄せよという、ハルノートをつきつけ戦争に追い込んだ、アメリカではないか。

 ここで、「なら放棄すればよかったではないか」という意見をよく聞くが、よほど平和ボケした人なのだろう。当時は、国民世論が日米開戦を声高々に叫んでおり、マスコミが国民を開戦に向けおおいに煽っていた。

 今では極悪人とされている、「いわゆるA級戦犯」の東条英機も開戦の回避に奔走していたため、国民世論に非難を浴びせられていた程だ。 ここから、もし政府がハルノートの要求を呑むような事態があれば、国民世論が爆発し、その後押しを受けた軍部が満州事変のような軍事クーデターに出ても不思議ではなかったのだ。

 要するに、日本は戦争する道しか残ってなかったのである。
 しかし、ここまで日本を追い詰めたアメリカを批判するような展示をやめろと岡崎センセイはいう。果たして、岡崎センセイは保守といえる存在なのだろうか?

 岡崎センセイは昭和五年の生まれだ。まだ、多感な年頃に負けるはずのない日本が戦争に負け、戦前日本に対して全否定まではいかなくとも、否定的になり、その後のアメリカに同調し親米に傾倒していったのであろう。

 そう、まさしく、岡崎センセイは、保守は保守でも戦後保守なのだ。彼らが保守したいものは、日本の歴史伝統文化ではなく、アメリカとべったりの戦後の豊かな日本を守りたいだけの現代日本に多数を占める保身主義者である。

 彼らの歴史認識は、大体こうだ。日清日露戦争まではよかった。しかし、シナ事変あたりから、おかしくなり始め、最後には日米開戦という暴挙に陥ったという司馬史観的な考えが多くを占める。

 だから、小泉首相が「アジアの人々に対して多大な迷惑をかけ、心ならずも戦争に赴き命を落とした人たちに不戦の誓いをするため」とかいう、村山談話を踏襲しても首相の靖国参拝が実現したと狂喜乱舞するだけで、これに対して反発も何もしない。

 少なくとも、大東亜戦争を聖戦だと思うものであれば、小泉首相の靖国参拝に無邪気に喜ぶ気にもならないし、発言には反発するであろう。彼らこそ、中国韓国に対して反発するためだけに靖国神社を政治利用している張本人であり、小泉首相の手の平で踊っているだけの哀れな人達だ。

 そのような、陣営に属している岡崎センセイに遊就館についてとやかく言う権利などないと私は思う。少なくとも、日本人であるというならば、国史側からみてあの戦争を語った遊就館に肯定的、そこまで行かないというのであれば、少しでも客観的に見ていただきたいと思う。

 岡崎センセイの視点は、あまりにもアメリカ側からものを見すぎているように感じられてならない。岡崎センセイのアイデンティティーがすでにアメリカにあるというのであれば、それはいたしかたないことなのかもしれないが。しかし、それを受けてか靖国神社側が展示の見直しを決めてしまったそうだから、肩の力が抜けてしまいそうになる。

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by shikisima594 | 2006-08-25 13:38 | 随想・雑記
日経の闇を突いて…
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写真右、タカユキ@皇国史観研究会代表(20)
写真左、死の先@皇国史観研究会会員(19)

タカユキ 七月二十日の日経「富田メモ」報道を受けて、皇国史観研究会ブログで七月二十四日から日経の追及をやって、この「富田メモ」の深層を考察してきたけど、君はどうだった?

死の先 自分としてはですね、マスコミというのは実にどうしようもない連中だなとつくづく実感したというのが率直な意見ですね。

タカユキ まぁ、「マスゴミ」なんて呼ばれるくらいだからね。今回はどのあたりで特にそう思ったの?

死の先 まず、自ずから強いたタブー、所謂、菊(皇室)、鶴(創価学会)、菱(山口組関係)の三大タブーの中の皇室に触れ、また、たとえ私的発言とはいえ検証がほとんど為されていないということですかね。 歴史史科でいえば、シナが主張するような、四等、三等史科にすぎないのに、さも真実のように叫ぶ態度が最も怒りというより、あきれましたね。

タカユキ 歴史資料とは厳密な検証が必要な物。資料批判にどれだけ耐えられるかで、その資料の価値が決まる。それを日経はロクな検証もせずに、検証過程と方法を問われると、事の本質を「歴史資料」から「報道のプロセス」にすり替えて、「答えられないと」言って逃げている。本当に卑怯だ。自分らの利益のためなら何でも利用するエゲツナイ新聞社だよ。

死の先 そうなんですよね、厳密な検証なく、これは先帝陛下がおっしゃたのだから間違いないって、子供も信じるわけがない。

タカユキ 中世に流行した「偽綸旨」と一緒だよ(笑)だって、検証したとされる東大の御厨貴教授は「私は、メモのあの部分しか見ていません」と言って、作家の半藤一利なんか「昭和天皇は主語が不明確なクセがあった。あのメモも主語が不明確だから昭和天皇だ」って言ってるけど、俺はマジで、この爺さんボケてんのとちゃうかと思ったね。だって、それは言い換えると、名前を書き忘れて提出されたテスト用紙を見た先生が「いつも名前を書き忘れるあいつだろう」と判断すんのと一緒だもん(笑)

死の先 よくまあ、御厨教授はまだメモの部分しかみていないと言ってて良心的ですけど、半藤のとっつあんはすごい妄想力ですね。
まあ、一般的公開ができない史科は史科ですらないです。結局はどうせ経団連や支那が何か指示を与えたで終わってしまうんではないかと自分はみていますね。

タカユキ そうそう、支那と財界の見方が一致してるんだよ。というのは、このメモが報じられた直後に、支那も経団連を中心とした財界も、「これで総理の参拝はなくなった。よかった〜」って反応を見せてるの。興味深いけどね。でも実際は、これで参拝しなかったらそれはそれで「天皇の政治利用」になるから、逆に参拝の口実を与えちゃったんだね。

死の先 非常にお気楽というか、自堕落というか(笑)
これで日本人を縛り続けることができると思ってしまったんだろうね。だけど、これではっきりしたのは今や天皇は日本国民ではなく、利用しようとするもの、左翼が天皇を掴んでいるように見えましたね。

タカユキ どうにもこうにも行き詰まった、左翼・反日分子の最後の主張が「大御心にひれふせ!」っていうのは我が国の歴史に残る悲喜劇だなぁ。
だって、朝日も「昭和天皇の重い言葉」で、姜尚中すら「大御心」なんて口にしてたんだぞ。もうね、アホかと。馬鹿かと。お前らな、「富田メモ」如きで普段批判している天皇陛下の大御心とか言ってんじゃねーよ、ボケが。富田メモだよ、富田メモ。と思ったね(笑)

死の先 自分としては左翼と言われる者の最後の悲鳴のようにも感じるんですよね。
それはなぜかといいますと・・・。この先、左翼というものは消えてしまって単に利益だけを求めるダラシナイ人間が大多数になると考えます。
その利益だけではない、という考えを持つものは弾劾されていってしまうのではないかと考えると、左翼といわれる者の中でもある程度思想をしようとする者と利益しか考えない者の対立がもう見え見えだと思います。だって、思想する左翼であるなら天皇を悪用しませんからね。

タカユキ 左翼もいまや生粋のマルキストは少数だしね。むしろ、新自由主義・ネオリベラリズム型の、国家・伝統・共同体を破壊する左翼勢力が力を付けている。そいつらは国のことよりも、自分達の懐具合で物を判断して行動する。日経とその背後にいる財界の連中がまさにそうだね。中国で上手に商売するためには殉国の英霊に後足で砂をかけても気にしないんだからね。まさに「エコノミックアニマル」だよ(笑)

死の先 日本というものを一つの教室と考えるのであるならば、今までの思想対立というのはいつも仲の悪い子が喧嘩しあっているといえるでしょうが、「経済猿」はその教室そのものとなって全てを利益のみが目的だと洗脳しようとしているみたいですね。これは非常にまずい状態だと思えます。
確かに、経済というのは国家には外せない機構ですけど、それは絶対ではないということに気づかねばならない時期にきたのではないかなと思えますね。でなければ平然と天皇を悪用することができてしまう君側の奸が増えてしまうと思います。

タカユキ 経済活動は生きるための手段なんだよ。それが目的に倒錯しちゃった時、人は金の奴隷になるわけね。ところで、話は戻るけど、一つの仮定としてね、あのメモが昭和天皇のお言葉であったとしたら、君はどう?

死の先 それはそれで全く問題はないです。だって、公式のお言葉ではないですからね。私的な言葉なんて、すぐに言い換えられるから当てにならない。それに。おいらは天皇主義者ではない、あくまでも皇統を支持するものであるが故にそのような天皇がいたとしても問題はないと考えますね。

タカユキ 補足すると、天皇陛下に「私的」はないんだよ。というのは、天皇陛下の行為は「公的行為」と「その他の行為」のみなわけ。御所で音楽鑑賞されるのも、雑誌を読まれるのも「その他の行為」なの。
まぁ、それはそれとして、天皇陛下をはじめ皇族方にもそれぞれお考えがある。御歴代の皇祖皇宗の事蹟を拝すればいろんなことがあるわけ。これは僕が前から言って来たことだけど、例えば畏れ多いけど、天皇陛下が「皇室制度を廃止したい」「退位したい」と望まれたら、それを諌死してでも押し止め奉るのが臣民のすべきことやと思うね。
だから、「富田メモ」のように陛下が考えられていたとしても、それはそれで昭和天皇の御心として受け止めなければならないけど、それで一切靖国神社参拝をやめたり、「分祀」をしてしまえば中世ヨーロッパの絶対王政と変わらなくなり、天皇国日本の所以は消滅するね。

死の先 まあ、全てにおいて公的な御存在であるが故にってことですかな。それにしても、日本人の大多数は「天皇制」=「絶対王政」と勘違いしている人がほとんどでしょうね。全然、歴史的経緯も全く違うというのに。

タカユキ いや、そんな人こそほとんどいないよ。小林よしのり氏が「もし、今後の世論調査で靖国参拝に慎重な意見が高まったとしたら、日本人は天皇が大好きな右翼的な国民だ」と言ってたけど、そう単純なものじゃなくて、天皇・皇室に対する日本人の思いって「右翼」だとか「専制・絶対王制」なんて言葉で説明できるものじゃないんだよ。
だって、今回の富田メモが報じられた時に、いろんな人が「天皇陛下のお言葉だとしても、総理の靖国神社参拝や分祀とは関係ない」って言いながら「あのメモは本物か怪しい」って言ったでしょ。関係ないならメモの真偽はそんなに問題にする必要はないの。でもそういいながら真偽を追及するのは、日本人の天皇に対し奉る、言葉にし難い崇敬の念があるからだと思うよ。

死の先 内在した、日本民族として崇敬ですね それをなくそうとして画策しているのはもうやめてほしいですね。そう考えるとマスコミは国民と乖離というより、日本民族と乖離している状態と考えられますね。

タカユキ だから、今回の報道は許せないね。誰が言ったのか定かじゃない紙切れ一枚持って来て、まぁ、徳川侍従長が言ったものだと思うけど(笑)
それで、皇室と靖国神社という我々国民の魂の根本を傷つけて、国内を混乱させたんだから。この落とし前を日経はどう取るんかってね。

死の先 どうやってもつけられないでしょ(笑)
むしろ、日経がどうやって消そうか中で考えているんではないですかね。だって、これは政治問題ではなく、歴史問題のほうに推移してしまいましたからね。まあ、これは後世の歴史教科書に載ってしまうでしょうね。日本を潰そうとした画策としてね。

タカユキ そん時はその教科書に、あのインサイダー事件で陳謝する日経の幹部達の写真を持って来て「『富田メモ』世紀の大誤報を謝罪する日経幹部達」って説明文でも付けとくんだ(笑)
まぁ、何を聞いても「答えられない」の連呼だから、責任なんか取る気はないんだろうけどね。

死の先 純粋に、責任を取るのは無理ですね、責任とる取らない以前に一番最初に一面張って流したのですからね。責任は分散しようとする気質を持っているとは言えども、この責任を取るのは不可能に近いでしょう。

タカユキ いや、日経もこの件は随分と恐がっていると思うよ。電話で向こうと話をしてて口ぶりが何か変だったもん。十四日の十時に電話しなおしてくれって言われたから、ちょうどに電話して皇国史観研究会の者だって名乗ったら、電話に出たおっさんが保留にするのを忘れて、後ろの方で「皇国史観研究会から電話がかかってきました!」「何、来たか!」「内線の何番に回せ」とか言ってるのが聞こえて笑っちゃったよ(笑)

死の先 笑いたくとも笑えない話ですね(笑)
それにしても、日経はどうするんでしょうかねえ・・・。全く分からないですね、さてさて真相はどこにいってしまったのやら。全ては日経のみがしるか・・・。

タカユキ まぁ、そんなソソッカしい新聞社だから「富田メモ」を大誤報しても不思議ではないわな(笑)
その電話した時「いま回答文つくっているのですが、いっぱい文書で質問状をいただいていて大変なんですよ…」っていうわけ。で、僕が「あぁ、そうですか、いっぱい来てるんですか。大変ですねぇ。何通ですか?」って聞いたら、そのおっさんが、うっかり「三通です」って(笑)
三千人の社員を抱える新聞社が三通の質問状で狼狽して、半月以上もまともに答えられないなんてギャグだろ(笑)

死の先 ネタですかって、純粋に聞きたくなりますね(笑)

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by shikisima594 | 2006-08-24 01:38 | 対談・座談会
『神さまと神社』
f0018981_20452411.jpg 「日本は天皇を中心とした神の国である」と森喜朗氏が総理大臣在任中に言ったら大問題になってしまった。あの時自分は中学生で、その時、マスコミが森氏を散々批判する報道に言い知れぬ違和感を覚えた。

 日本が神の国でどこが悪いんだ?いや、そもそも、日本が神の国かいなかという議論が行われて、日本に神様は全くいないって結論でも出たのか。それともマスコミは全社唯物史観的無神論を社是としてんのか。だったらそれをまず説明してくれよ!

 そう思ってたのが中学生のころだった。日本は神の国だと言ったら、さも国粋主義や軍国主義のように取られる。自分の国に神々がおられると思う事と軍国主義にどんな結び付きがあるのか。そんな風に短絡的に考えてしまう方こそ、非科学的な思考じゃないか。

 さて、自分は日本は神の国だと思う。山、川、森、海、岩、木、はてや街角から家にいたるまで八百万の神々が鎮まります国だと思っている。これは多くの日本人の普通の感覚の中にあるはずだ。でも、我々がそう考えるもとには「神道」というものがある。

 これは宗教というよりも日本人の自然観・伝統・文化といった方がしっくりくる。神道の神様たちをお祀りしたのが神社で、日本全国に数万社もの神社がある。創価学会だってそんなに文化会館はもっていない。で、そのほとんどに神主さんが不在だ。でも神社はたっている。神社は我々の身近にあって、どんなものか案外ほとんど知られていない。

 この井上宏生著『神さまと神社』(祥伝社新書)は、そんな神様と神社を初心者にも分かりやすく解説してくれている。神話にはじまり、神道を外国の宗教と比較して解説したり、神社の仕組みを詳しく説明していて面白い。

 著者は伊勢の皇学館大学中退という経歴を持っている。この理由ついて「あとがき」に言及がある。

「なぜ、大学に背をむけたかといえば、教室での講義に馴染めなかったからだ。そこでは法学の教授が大日本憲法を論じ、国史系統の教授は天皇中心の国家が日本の本来の姿だと語っていた。それらを耳にするたびに、私は時代錯誤の匂いに悩まされていた。世の中は一九七〇年の安保問題にゆれ、学生運動が激しさをまそうとしていた。」(247頁)

 自分から見れば楽園以外のなにものでもない。いまでもそうなら皇学館大学に転入したくなりそうだが、とにかく著者はこうした民族主義とは距離を取りたかったようだ。しかし、だからといって著者が左翼思想かといえば違う。

「教室に顔を出さなかったが、伊勢の神宮の清冽な大気には感動したし、素朴な神々の存在を身近に実感したりした。それは新鮮な経験だった。伊勢の風土は温暖であり、町の人びとは温かかった。学生のような、学生でないような私をあたたかく迎えてくれた。あの町に住まなければ、私が神々に興味を抱くことは永遠になかっただろう。」(248頁)

 僧侶だった西行法師が伊勢神宮を拝し、「何事のおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」の感慨を伝えたのに通じるものがある。右とか左とか、何とか主義じゃなくて、我々は日本人として生まれた以上、神を感じる事ができるのだ。

 その神と我々がどう関わって来たか、日本という国を考える上でこの『神さまと神社』は基礎的な知識を与えてくれる良い本だ。ところどころに「戦前は国家神道で…」というような表現もみられるが、そのへんは差し引いて読もう。

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by shikisima594 | 2006-08-23 21:13 | 読書録
高金素梅を讃美する朝日
f0018981_2358411.jpg 21日の朝日新聞を読んでいて驚いた。いくら朝日とはいえ、ちょっとヒドい。「週刊金正日」こと「週刊金曜日」かと思った。だって、高金素梅がスゴい好意的に紹介されているんだ。


 高金素梅、と言われても分からない人が多いだろう。僕だって去年まで知らなかった。今では少し懐かしい名前だ。これは台湾人だ。名前は「ガオチンスーメイ」と読み、日本では「こうきんそばい」と呼ばれる。といっても、純粋な台湾人じゃなくて、父親は中国大陸出身のいわゆる外省人で、母親が台湾の原住民タイヤル族だ。



 僕がはじめて高金素梅を知ったのは、去年の六月上旬ぐらいに、OBの先輩から「おい、大変だ、コウキンソヴァイが来るぞ!」と電話がかかってきた。聞き慣れない言葉だったから「なんですかそれ?」と聞き返した。聞いた当初は生物であることすら思いつかなかったぐらいだ。

 で、話を聞いてみたら、台湾のバリバリの親中反日政治家で、それが今月(平成十七年六月)の中旬ぐらいに靖国神社に祀られている高砂族(台湾の先住民族で、戦前は日本人として扱われた)の霊を取り返しにやってくるらしかった。できるわけねぇのに。それだけではなく、靖国神社と日本を貶める活動もやるらしい。それで当日は有志で防衛隊をつくって迎撃するから、ということだった。

 むろん、そんな狼藉を見過ごすわけには行かないから皇国史観研究会からも有志をあつめた。そして、平成十七年六月十四日早朝。高金素梅が靖国神社に来るとの報を受けて皇国史観研究会から四名が靖国神社にかけつけて、他の有志達と共に待った。

 しばらくすると、靖国神社近くの二松学舎大学前あたりまで高金素梅一行が来たとの情報が入ったので、警察の阻止線を密かにくぐり抜けて現場に駆けつけた。そこにはメガホンをかついで警察官に守られながら報道陣に向かって、キィー!キィー!と靖国神社を誹謗中傷する反日パフォーマンスを繰り広げるやかましいオバさんと不愉快な仲間達がいるのみだった。辻元清美の支那人版と言えばわかりやすいはずだ。

f0018981_0303412.jpg


 そこに続々と靖国神社から有志が駆けつけ、非難にされされると、恐れをなしたのか、バスに乗って罵声を吐きながら逃走してしまった。それが上の写真だ。警備にあたっていた警察官も「大騒ぎをして馬鹿馬鹿しい人だね」とあきれていたようだ。

 パフォーマンスだけしてマスコミに映ればそれでいいってだけの目立ちたがり屋さんなのだ。もともと高金素梅は芸能界出身で、そのころからスキャンダルまみれで「スキャンダルの女王」って呼ばれていたらしい。松田聖子や野村沙知代みたいなもんだ。

 台湾の李登輝元総統の来日に猛反対していた中共が、高金素梅については日本政府に対して「必要な措置を取り、彼らの身の安全を確保するべきだ」と要求している。この事から、高金素梅とはどんな奴かわかるだろう。ちなみに今年も今月中旬に来日し、反日行動で活躍していたようだ。極度の親中反日で、台湾人からも「中国の手先」「売国奴」と呼ばれている。

 前置きが長くなったが、その一種“キワモノ”の高金素梅を朝日新聞はどう書いたか。いくつか引用しよう。

「第2次世界大戦で『日本兵』として戦死し。靖国神社に合祀された先祖の霊を取り戻そうと闘う台湾原住民族を追った記録映画『出草之歌』が、大阪市内で始まった。小泉首相の参拝で中国や韓国が反発するなど、クローズアップされる靖国問題。映画は台湾原住民族からみた『ヤスクニ』を問いかけている」

靖国を「ヤスクニ」。広島を「ヒロシマ」とするのが、醜悪な左翼の古くさい方法だ。いい加減あきたんですけど。

「映画は台湾の立法委員で原住民族タイヤル族の高金素梅さんが02年8月に靖国神社を訪ねた時から3年間の記録だ。この間9度来日し、靖国神社に合祀の取り消しを求め続けている。」

できっこないのにご苦労な事で。というよりも、高金素梅は合祀の取り下げが目的ではなく、日本で反日活動をして、靖国神社を貶め、台湾と日本を反目させ、ひいては台湾を中国に併合させてしまうのが目的なのだ。だから高金素梅の靖国神社への認識もお粗末だ。

「なぜ、台湾の少数民族が『日本の国を守るために斃れた人』として靖国神社に合祀され、なぜ、そのことに反発するのか。高金素梅さんは、日本が台湾に出兵した1874(明治7)年からの歴史を説き起こす。植民地とされた後、教育で『日本人』になることを強いられ、第2次世界大戦中は高砂義勇隊として戦場に送られた。台湾出兵などで亡くなった日本兵が合祀されている靖国神社に、先祖の霊がいることは『被害者と加害者を同じ場所に祀る侮辱』であり、『自分の家に埋葬する』との原住民族のしきたりにも反するという。」

「高金素梅さんは言う。『祖先が伝えてきた私たちの文化と生活の知恵の中核は分配。お互いに分け合うことです』映画では『資本主義はつねに競争をともない、対外的な拡張と略奪に支えられている。私たちの生き方とは無縁です』という原住民族の言葉も紹介される。奪うものと、分かち合うもの。『靖国』を見るもう一つの視点が、そこにある。」

 なんだか高金素梅のイメージがスタジオジブリ『風の谷のナウシカ』みたいに美化されているように見えるのは自分だけだろうか。今度は朝日新聞が高金素梅主演の『ヤスクニ戦記』でもつくる気だろうか。高金素梅を一度でも見た事がある人は、ここに書かれた姿と実物は決定的にかけ離れていることを知っているはずだ。

 こうまでして反靖国のプロパガンダをバラまく朝日新聞と、反日芸人高金素梅には速やかに北京にお引き取りいただこう。

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by shikisima594 | 2006-08-22 01:46 | 随想・雑記