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『博士の独り言』への言論弾圧を許すな!
 しばらくネット環境になく、昨日ようやくネットが出来る環境に戻ったのでブログを読んでいると、驚愕の事実を知った。この皇国史観研究会ブログも参加している、「人気blogランキング」の政治部門に登録し二位だった『博士の独り言』が何者かによって消されたのだ。

 『博士の独り言』といえば、鋭い筆致と碩学的知識、熱い憂国の至情に満ちたブログで僕なども頻繁に拝見させていただけに残念でならない。ことの経緯に関しては、同じ政治ブログランキングの『極右評論』『この国は少し変だ!よーめんのブログ』が詳しいのでご参照いただきたい。

 どうやら何者かがパスワードを破るなりして侵入し、ブログの内容を削除して閉鎖に追い込んだようだ。同じようにブログをやる者として大変許し難い暴挙だ。それと同時に脅威でもある。しかも複数人から長期的に渡る嫌がらせや脅迫のようなものも受けていたようだ。

 『博士の独り言』の筆者さんは現在、再起に向けて動いておられるそうだ。是非ともこのような暴挙に屈せずに頑張っていただきたい。『博士の独り言』といえば、時局問題や政治家に対する鋭い批評とともに、とりわけ創価学会を批判されていた。

 だから、今回の悪質な言論弾圧の背景には創価学会がいるのではないかと言われている。確たる証拠があるわけではないが、僕はさもありなんと思う。というのは、創価学会は新左翼過激派ばりに陰険な集団だからだ。

 僕の経験では選挙をめぐるものが多い。僕は選挙の手伝いを随分としてきたが、創価学会による嫌がらせや、連中の横暴な態度をうんざりするぐらい見て来た。対立候補を誹謗中傷する匿名ビラをバラ撒くのは当たり前で、街宣車を横付けして罵声を浴びせる、街頭演説にやってきて「眠れない」「迷惑だ」「警察に通報するぞ」などと騒ぐ、ポスターを剥がす……。

 とにかく常軌を逸した集団だった。そっちの事情に詳しい知人から話を聞くと、さらにスゴい話が出て来た。どこまで本当なのか分からないから、ここで書くのは差し控えるが、組織のためならば法律や常識など屁とも感じていない集団だ。

 「人権」「平和」と言いながら、自分達でそれを侵害して壊しまくっているのだから始末が悪い。敵対者や批判者への嫌がらせは、もはや犯罪的なレベルに達しており、とても仏法を口にする集団とは思えない。

 田中角栄元総理は創価学会名誉会長である池田大作氏のことを「法華経を唱えるヒトラー」と形容したそうだが、むしろ「法華経を唱える金正日」と言った方が適切だろう。ちなみに、かつてヒトラーに侵攻されて占領されたフランスでは、創価学会はカルト教団と認定されている。

 その理由の一つとして「批判者や脱会者への嫌がらせや裁判沙汰」などが挙げられている。創価学会は「出版妨害事件」や「盗聴事件」などを起こし、批判者に対しては執拗な攻撃を行ってきた。公称八百万世帯のマンモス教団が一個人を相手にムキになって攻撃する様は滑稽でもあるが、されるほうにとっては恐怖である。

 そして同時に、その批判者個人が創価学会にとって痛いことを言った証明でもある。とにかく『博士の独り言』が一日も早く復活し、真実が明らかにされることを願うばかりだ。

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by shikisima594 | 2006-09-30 01:16 | 随想・雑記
9・29反中共デー
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 昭和四十九年九月二十九日に我が国は中華人民共和国と国交を樹立した。それ以降
の三十年以上というもの、「日中友好」が金科玉条のように言われ続けて来たが、そ
の間に中共が日本に何をし、日中関係がどれだけ進歩してきたのか。

 尖閣諸島問題、教科書問題、靖国神社問題、歴史認識問題、遺棄ガス兵器処分問
題、度重なる内政干渉と諜報活動に領海侵犯。周辺国を核兵器で恫喝しながら、チ
ベット、ウイグルへの侵略と民族浄化をいまだに続ける中共。

 それでいながら日本からODA(政府開発援助)をせしめながら、一切感謝せず、そ
れをさらに後進国に回し傲慢な態度を取り続ける。平成七年には当時の中共幹部であ
る李鵬が「日本などあと二十年経ったら地球から消えてなくなる」などと許し難い暴
言をしている。

 日中国交樹立以降の歴史とは日本にとって、中共からゆすられ、たかられ、殴ら
れ、それにじっと耐え忍ぶという、友好の美名とは程遠いものであった。去年の上海
日本領事館員自殺事件にはじまり、自殺した海上自衛隊員らも中共側からスパイにな
るよう強要されていたとされる。

 もはや中共は我が国にとって敵国以外の何者でもない。平成十四年の九月二十九日
に東京都内で民族派有志により、日中国交樹立のこの日を第一回反中共デーとして中
共への怒りの声があげられて以来、その声は全国に広がり、年々反中共運動は高まり
を見せている。

 そして内閣府や各新聞社が行っている世論調査でも、「中国に親しみを感じるか」
という問いに対して、「親しみを感じない」とする人が毎年激増し、平成十七年末の
調査では過去最高の63.4%を記録した。いま、中共に虐げられて来た日本人の怒りは
沸々と燃え上がっている。

 かつて聖徳太子が「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや」と
いう書を当時の隋に送り、日支対等の関係を築いたというのに、今や日本はある種の
属国的状態に陥っている。中共に対する怒りをうねりを巻き起こし、傲慢中共の天狗
の鼻を叩き折ろう!


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by shikisima594 | 2006-09-29 00:02 | 随想・雑記
九月下旬・十月上旬の各運動のお知らせ
 以下に各HP様より引用させて頂きます。

悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い 
□日時 平成18年9月30日(土)
     午後2~4時 ※時間等の変更の可能性もあります。
□会場 東京・日比谷公会堂ホール
□主催 皇室の伝統を守る国民の会 会長・三好 達
□登壇者 渡部昇一氏(上智大学名誉教授) 櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)
 三好達氏(最高裁元長官) 池田佳隆氏(日本青年会議所会頭)
 中條高徳氏(日本国際青年文化協会会長)、加瀬英明氏(外交評論家)

 政界、経済界、学界、言論界、スポーツ界、芸能界など各界代表よりのお祝いのメッセージをいただき、国民挙ってお祝い申し上げます。多くの皆様のご参加をお待ちしています。詳細はのちほどお知らせします。
★お祝いの記帳所も設置します(午後1時から受付開始)


10月1日出陣学徒慰霊祭のお知らせ
 日本保守主義研究会は10月1日に靖国神社にて出陣学徒慰霊祭を催行いたします。学生の立場から大東亜戦争において散華され学徒兵の慰霊・顕彰を行い、ご英霊に祖国再生をお誓いいたします。
 本年は拓殖大学日本文化研究所所長の井尻千男先生を講師に迎え、【日米開戦やむなし】という演題でお話いただきます。
 どなたでもご参加できます。インターネットからご登録ください。なお、遠方で当日参加できないという方も玉串料を受け付けております。

日時 10月1日(日)午後1時半~4時半(1時開場)
場所 靖国神社内靖国会館2階
講師 井尻千男先生(拓殖大学日本文化研究所所長)
玉串料 大人3000円、学生1000円より(参加できない方も玉串料を受け付けております)
定員 150名(要予約)
主催 日本保守主義研究会
協賛 英霊にこたえる会


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by shikisima594 | 2006-09-28 00:09 | 告知
仇討ち制度の復活を
 平成十六年十一月に奈良県で小学一年生の女児を誘拐して殺害した小林薫に対して
奈良地方裁判所は二十六日、死刑判決を下した。これは司法の流れを変える判決だ。
いままで死刑はだいたい犠牲者四人というのが基準になっていた。

 それ以外では、強盗殺人や強姦殺人などの「強殺」で過去にも同様の犯罪を犯して
服役していた場合も死刑になった。今回は犠牲者は一人だったが犯行の悪質さ、残虐
性、社会的影響、犯人に反省の色や情状酌量の余地が見られないので異例の死刑判決
が下された。

 小林薫のような異常者の犯行は昔からあった。昭和六十三年から平成元年にかけて
発生した宮崎勤事件が有名だ。毎回、犠牲となるのは幼い女の子ばかりで、殺された
子供や、両親の悲しみは如何ばかりかと思う。

 自分は結婚していないし、子供もいないが、将来もし娘が出来て、その子が小学校
に入るか入らないかの可愛い盛りに誘拐されて殺されたら、絶対に何としてでも殺し
た奴を殺してやる。

 こういった事件の加害者は大概、精神異常者か異常な性癖を持っている。そして共
通するのは、犯行に反省の態度を示さないことだ。長い長い裁判を傍聴する被害者の
遺族にとってはこれが一番耐え難いことだろう。

 今回の小林薫も裁判中にアクビをしたり、死刑判決を受けても無言でガッツポーズ
を取ったりしていたという。そんな被告を人権派の弁護士がダラダラと「被告は幼少
期の人格形成に問題があり、これは被告の責任ではなく…」だとか「被告は反省して
いる」などとして死刑を回避しようとする。

 こんな被告と弁護士そろって、遺族の感情を逆撫でしているのだ。何が人権派かと
思う。こうした事件の被害者遺族は皆一様に被告に対して「極刑(死刑)よりも思い
刑を」と望んでいる。可愛い幼い娘を突然殺されて、反省の態度も見せないのだか
ら、当たり前の話だ。

 ところがそれに対しても「死刑には犯罪を抑止する能力はない」だとか、「死刑に
してそれで済むんですか?」「死刑よりも重い刑なんてないですよ」と、人の皮をか
ぶった人権屋達が騒ぎ立てて、遺族を更に傷つける。

 それならば、死刑よりも重い刑で、遺族の感情がいくらか晴れて、犯罪抑止にもな
る刑を導入すればよいのだ。それはつまり、仇討ち制度の復活だ。仇討ちは明治に
入ってから仇討ち禁止令が出されて以降、御法度となってきたが、これを復活させれ
ばよい。

 何を馬鹿な、と批判の声もあるかもしれないが、遺族が望む「極刑よりも重い刑」
なるものが現状では存在せず、遺族が犯人に対して報復感情よりそれを望む事から考
えて仇討ち制度の復活が一番妥当なのだ。

 むろん、自分はやりたくないという遺族もいるだろうから、任意制でやればよい。
犯人に対して死刑が確定した時点で、遺族に自分達で仇討ちするか、国に刑の執行を
してもらうかを選択できるようにすればいいのだ。

 死刑や仇討ちなど野蛮で、非文明的だというものがいる。しかし、その文明なるも
のは西洋の杓子定規でしかない。我が国には仇討ち制度が自然法的にあり、それが消
滅したのは西洋を受け入れ、西洋から見て野蛮とする風習を廃棄したことによる。

 「文明」や「人権」と言った実態の不明確な近代の造語にとらわれず、祖先の知恵
に立ち帰ってみる必要があるだろう。でなければ、鬼畜が大手を振って歩き、被害者
達は終わりのない泣き寝入りだ。

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by shikisima594 | 2006-09-27 00:21 | 随想・雑記
『侍従長の遺言』
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 この『侍従長の遺言』という本は平成九年に朝日新聞社から刊行された。昭和天皇に五十年間仕えた徳川義寛侍従長が、朝日新聞の岩井克巳記者に語った昔話をまとめたものだ。一部の昭和史研究家が読んだ程度ですぐに忘れられてしまった本で、初版のみで増刷も出ていないようだ。

 ところが、この本が刊行から十年近くたった今年の夏に、世間の注目を浴びる事になる。一旦は歴史の彼方に忘れ去られていた本が絶大な注目を浴びるようになったのは、一枚のメモからだった。七月二十日、日本経済新聞が宮内庁長官だった富田朝彦氏が遺していたメモに、昭和天皇がいわゆるA級戦犯の靖国神社合祀に不快感をお持ちであったと報じたからだ。

 ところが、この『侍従長の遺言』で徳川氏が靖国神社について語った言葉が、日経が昭和天皇のご発言として報じた富田メモと余りにも酷似しており、メモに書かれた「私」が誰であるのかという議論が起き、徳川侍従長説が登場することになる。

 それを受けて、当初は「昭和天皇の発言」としていたマスコミも、「昭和天皇の発言とされる」という風に意味に含みを持たせた報道に切り替えざるを得なくなった。肝心の『侍従長の遺言』だが、書店に行ってもおいてなく、古本屋を探しまわってやっとこさ見つけた。

 これは徳川氏が岩井記者に語った事を岩井記者がまとめたもので、録音が許されなかったため独特の構成になっている。徳川氏の語りの部分と、それに対する岩井記者の解説部分を読み比べると、岩井記者の主観がそれなりに混ざっていると感じる。

 取材は平成六年一月から平成七年の暮れまでの約二年間にわたって行われている。富田メモが書かれたとされるのが昭和六十三年四月二十八日。富田メモが取られてから六年後にこの本の取材が行われているのだ。

 徳川氏は寡黙な人と評されていたらしい。徳川家の末裔で明治生まれだけあって、誠実で剛直な人柄が垣間見える。ただ、この本を一読した限りでは普通の昔語りの好きな老人といった印象を受ける。特に美術や西洋哲学に造詣が深く、饒舌に語っている。

 徳川氏の話し方は独特だ。侍従長という特殊で重大な責務のある仕事柄、語り口は遠回しだったり、重要な事なのに口に出さなかったりする場所が何カ所もある。冒頭、若くしてドイツの大学に留学した時の事を語っているが、当時のドイツはヒトラー政権下だったが、徳川氏はそれを苦々しく思っていたようだ。そこで松岡洋右を批判している。

「(昭和八年の日本が国際連盟を脱退した際)松岡全権が見栄を切って。私の周りでは評判悪かったですね。英米を敵に回しちゃあ無理ですよ。
 松岡洋右さんはエキセントリックな人でしたね。」(20頁)

 徳川氏は松岡洋右と日独伊三国同盟については批判的であった。その点は昭和天皇と同じだが、徳川氏は軍人嫌いであった。松岡洋右や当時の軍人への批判的立場は全章通じて一貫している。

 敗戦の八月十五日。降伏に反対する近衛師団将校らが玉音盤を奪おうとし、その中の軍人に徳川氏は斬ると脅され、殴り倒されている。この時に徳川氏を殴った軍人が後年になって家宝の古鏡を溶かしてつくった茶釜をお詫びに持って来たことも語っている。

 しかし、その茶釜は一切、使われていない。その事に言及していないところに徳川氏の軍人に対する深い不信感と嫌悪感が表されている。徳川氏の息子である徳川義眞氏も今年八月十日付けの週刊新潮で「たしかに父は、軍人が嫌いでした。特に第二次世界大戦の頃は軍人が威張ってましたから。」と証言している。

 また、徳川氏は戦争放棄・戦力の不保持が定められた日本国憲法についても言及し、「私個人としては、今の憲法は変える必要はないと思いますね。」(149頁)と明確に語っている。これには徳川氏の先の戦争や軍人に対する思いが込められているのだろう。ところで富田メモの当該箇所には、

私は或る時に、A級が合祀され
その上松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司はどう考えたのか 易々と
松平は平和に強い考があったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから私あれ以来参拝していない。
それが私の心だ

と書かれている。これに対して『侍従長の遺言』には、

「私は、東条さんら軍人で死刑になった人はともかく、 松岡洋右さんのように、軍人でもなく、死刑にもならなかった人も合祀するのはおかしいのじゃないか、と言ったんです。」(181頁)

「しかし松岡さんはおかしい。松岡さんは病院で亡くなったんですから。
 それに靖国神社は元来、国を安らかにするつもりで奮戦して亡くなった人を祀るはずなのであって、国を危うきに至らしめたとされた人も合祀するのでは、異論も出るでしょう。筑波さんのように、慎重を期してそのまま延ばしておけばよかったんですよ」(182頁)

 富田メモと全く同一の論理構成になっている。この点について日本経済新聞社は「侍従長は天皇と一緒にいたから思考が同じになってもおかしくない」などと苦しい言い訳をしているが、この場合は徳川侍従長の発言と捉える方が自然だ。

 論理構成が同じだけではなく、拓殖大学前総長だった小田村四郎氏は徳川氏に会った際、しきりに「松平さんは親の心子知らずだ」と言っていたと証言している。いくら一緒にいても口癖や表現に用いる諺が同一になったり、批判対象者も同じになるとは考え難い。

 これは靖国神社についての徳川氏の証言にあるもので、岩井記者は解説の項目で「天皇が『今後参拝せず』の意向を示したのは、A級戦犯合祀が報道され、内外の批判が出る前からだったと証言する元宮内庁幹部もいる。」と付け加えている。

 事実、昭和天皇は五十一年十一月二十一日を最後に、靖国神社にも、それまで毎年行幸されていた各地の護国神社にも親拝されていない。いわゆるA級戦犯が合祀されたのが五十三年であり、この元宮内庁幹部の証言と一致する。

 ともあれ、昔語りの冗長な話の感は否めないが、昭和という一筋縄では行かない時代を先帝陛下と共に歩んだ侍従長の“遺言”は、富田メモに書かれた言葉に焦点を当てて読まなくても、一読しておく価値はあるだろう。

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by shikisima594 | 2006-09-26 00:43 | 読書録
9月22日、皇国史観研究会勉強会
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 夏休みも終わって、新学期のはじまってすぐの九月二十二日に、今期はじめての皇国史観研究会が行われた。今回は時局問題の討議ということであった。折しも東京地方裁判所が国旗・国歌訴訟で、国旗・国歌に反対していた教師ら原告勝訴という驚愕の判決に意見が相次いだ。

 自由とは義務の履行の上に存するものであり、それ以前に自由とは何らかの権力や合意の共同体があってこそ、はじめて現実的に確保されるものである。それはつまり、原告の教師らが拒否してやまない国旗・国歌に象徴される日本国が、彼らの“自由”を保証しているのであり、所詮彼らは釈迦の掌で騒ぐ孫悟空に過ぎないという指摘もあった。

 我が国には「職業選択の自由」も「居住の自由」も保証されており、彼らが大嫌いな日の丸と君が代を“強制”される仕事である教師をやめ、国旗・国歌のある日本を捨てて、無政府状態のソマリアにでも移住するのも自由だし、むしろ彼らのためになるはずだ、と言って皆で笑った。あとは中学・高校時代の偏向教師の思い出話なども出た。

 あとはベネズエラのチャベス大統領に代表されるような、南米をはじめ各地に反米政権が誕生しつつある現状と、その傾向が何をもたらすのか、強大なアメリカと距離を置き、アメリカ主体のグローバリズムが世界を呑み込もうとする激流をつくる中で、それに抗する独自の取り組みはどのようなものになるのか注目したい。

 特にチャベス大統領が国連で、アメリカのブッシュ大統領を「悪魔」として十字をきってみせた演説は無作法であるとも、痛快であったとも意見があったが、アメリカだけが世界ではないという当たり前の可能性を改めて見た思いがする。

 そしてまた、19日に発生したタイのクーデターについても討議が行われた。タイは日本と同じく、アジアの君主国であり、プミポン国王をいただいている。東南アジアはどこの国も賄賂や汚職が横行しており、タイも例外に漏れずタクシン首相が汚職をしていた。

 他の国の場合、クーデターが起きれば内戦となったり、おびただしい犠牲者が出たりする場合が多いが、プミポン国王が今回のクーデターに沈黙(黙認?)すると、国民もクーデターへの批判や抵抗を行わず、異常なまでに静かなクーデターとなった。ここに君主をいただく国の深い奥ゆかしさがあるように思える。

 昨今の国際情勢はまた新たな曲がり角に来たような感がある。そのような情勢に鑑みて、我が国はいかにすべきか活発な討論で秋の夜もふけていった。

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by shikisima594 | 2006-09-25 00:35 | 活動報告
ガス抜きとしての判決
 「今回の判決はガス抜きだよ」
 そんな指摘を、司法関係に詳しい人から聞いた。二十一日の東京地方裁判所が下した、東京都教育委員会が卒業式・入学式で教師に国旗・国歌に対して起立・斉唱を求めた通知は憲法違反とする判決だ。

 一旦、地方裁判所で反日教師連中が喜びそうな判決を下す。どうせ、高等裁判所や最高裁までいけば絶対にやすやすと「違憲」判決は出ないのを見越して裁判長もサヨクが喜ぶ違憲判決を下したのだ。つまり、今回の判決は一種の“ガス抜き”であると。

 それが証拠に、最近ロクなことがないサヨク連中の狂喜乱舞ぶりは凄まじい。当の原告である「日の丸・君が代強制反対 予防訴訟をすすめる会」はトップページに「勝訴」の幕を持った連中の写真を掲載し、デカデカと「全面勝訴!すばらしい画期的判決が出ました。」「日本の教育裁判史上でもまれな価値ある判決です。」「この訴訟を闘ってきてよかった。やっと人間としての誇りを取り戻せる。」などなど…

 宝くじが当ったどころの騒ぎではない。この裁判を以前から支援していた代表的な団体が二つある。一つはもちろん日本共産党だ。裁判翌日の機関紙「赤旗」はこの判決一色となった。二日後の二十三日付けですら、1面、2面、3面、4面、13面、14面、別刷り1面において、今回の判決を扱っている。

 その扱い方たるや、「多分、池田大作がノーベル平和賞を取ったら聖教新聞はこうなるんだろうなぁ」といった感じだ。日本共産党以外にもう一団体、この訴訟を支援していた団体がある。それは革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)だ。

 中核派は平成十六年頃から、機関紙「前進」で一連の訴訟について取り上げ、「傍聴に駆けつけよう。」とアジって、全面支援の姿勢を打ち出していた。セクト主義の傾向が強い同派が、敵対関係にある日本共産党も関連するこの訴訟を支援した背景には、原告の教師に同派の関係者が多数含まれていると考えられる。

 中核派は今回の判決を「速報」という格別の扱いで報じ、「石原・都教委の暴挙と教基法改悪—改憲を狙って登場しようとしている安倍政権に対する決定的痛打である。この勝利をテコに、職場から闘いを巻き起こし、教育基本法改悪を絶対に阻止しよう。」などと息巻いている。

 こうした様子を見ていると、本当に今回の判決は“ガス抜き”だったのだと思う。 当の原告達の中には「夢のようだ!」「信じられない!」と言って涙を流した者もいたそうだが、本人達にとってすら驚天動地だった。予防訴訟とは、訴訟を起こす事で権利侵害を予防することを目的としたもので、左翼運動家などがやるのは、勝敗よりも政治宣伝を目的としている。

 だから勝訴に「信じられない!」と驚いたのだ。本人達は無邪気に喜んでいるが、高裁や最高裁で覆るのは素人目にも明らかだ。今回の判決、結論部分には次ぎのようにある。

 「国旗・国旗法の施行されている現行法下において、生徒に日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長させるために、国旗、国歌に対する正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。
 そして学校における入学式、卒業式等の式典は、生徒に対し、学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わさせ、新しい生活への動機付けを行い、集団への所属感を深めさせる意味で貴重な機会というべきである。
 このような入学式、卒業式等の式典の意義、役割を考えるとき、これら式典において、国旗を掲げ、国歌を斉唱することは有意義なものということができる。」


 全くその通りだと思う。しかし、この判決文はこの直後に、「しかし」と来て、「思想良心の自由」を理由に東京都教育委員会の通達は違法だと結論付ける。論理が破綻している。ついでに次のようにも書いている。

「国旗、国歌は。国民に対し強制するものではなく、自然のうちに定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり、学習指導要領の国旗・国歌条項の理念と考えられる。」

 その“自然の定着”を阻もうとしているのが、今回の反日教師達と、この判決文を書いた難波孝一裁判長本人ではないか。あまりにも白々し過ぎる。このような“ガス抜き判決”を乗り越え、次の裁判で厳正なる裁きを下し、「夢のようだ!」と言っている反日教師達を夢から起こしてあげよう。

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by shikisima594 | 2006-09-24 01:51 | 随想・雑記
余は如何にして皇国史研になりし乎 第二回 タカユキ編
f0018981_0591571.jpg 今回は皇国史観研究会現会長に、当人の下宿で取材を行った。平成十七年十一月十一日に会長に就任して以来、十人十色を極める皇国史観研究会を現在も、まとめている。その会長はどうして今のようになり、何を考えているのか。

聞き手 タカユキさんは平成十六年度入学以来、大変活発な活動をなさっていますね。ではまず、ご出身はどちらですか?

タカユキ 西日本とだけ言っておこうかな。

聞き手 今のような考えに至るまでを、簡単にお願いします。

タカユキ 中学校の時に図書館でね、本を読んでたんだよ。分厚い「二十世紀の出来事」みたいな本だよ。その中に昭和三十五年の十月十二日の出来事としてね、山口二矢烈士が浅沼稲次郎をブスッと刺してる義挙の瞬間の写真があったんだよ。その下のキャプションに「浅沼稲次郎を刺殺した十七歳の右翼少年」ってあったんだ。
 これ見て「あっ、すげえな!」って思ったんだ。その時、僕は十四歳でね。自分より僅か三つしか歳が違わない少年だよ。世の中では十七歳の少年による事件が沢山あった。あの西鉄バスジャック事件とかね。その現代の少年たちと比べてね、「あぁ、この当時の少年ってすごいなあ」って思ったよ。
 それでちょっと読み進めてみたら「事件後少年は鑑別所で自殺。壁に七生報国・天皇陛下万歳と書き残してあった」とある。
その頃は特に思想とかは無かったんだけど、こういう風に自らの思想に命を捧げて、死を選択するっていう「衝動」はどこから出たのかなって思ったよ。
 それでまず「右翼」っていう思想にとても興味が湧いたんだよ。それで色々本を読んでいたんだけど、具体的に「右翼」ってどの様な人の事を指すのか分からなかったんだよ。
でも中学校の先生、女性の副担任だったけどその人が「小林よしのりって人が『戦争論』って本を出してるから是非とも皆さん読んでみましょう」って言われたんだよ。

聞き手 素晴らしい先生がいたもんですね。

タカユキ それで『戦争論』を読んでみたんだよ。もう自分の歴史観や人生観が一気に変わったね。読み終わるのに一時間か二時間かかったけど今までの人生の中で一番強烈な一時間か二時間だったかな。

聞き手 やはりあの本の影響は大きいんですね。

タカユキ それで昔のゴーマニズム宣言も読むようになった。すると漫画の枠外に「ワシは右翼の赤尾敏や野村秋介の言う事も分かる」ってなことが書いてあったんだ。
赤尾敏って誰だろう?野村秋介って誰だろう?と思って図書館の人物辞典を引いてみたんだよ。

タカユキ 「野村秋介」って欄があってね。「河野邸宅焼き討ち事件・経団連襲撃事件を起こす。後朝日新聞社にて自殺」と書いてあったんだ。その時は既に亡くなられていたけどね。
そしたらその下に「主な著書・・・『さらば群青』」と出ていて、調べてみたら野村先生が最後に書いた遺書の様なものだ、と書いてあったんだ。古本屋で探したらすぐに見つかったよ。これが中学三年生の頃だな。

聞き手 あれはかなり分厚い本ですよね。

タカユキ 分厚い本だよ。ずっと読んでいたらね、高校受験失敗したからね(笑)
高校二つ落ちた(笑)

聞き手 高校受験も眼中に入らない程『さらば群青』に魅了されたって事ですね。

タカユキ でもやっぱり読んでいてすげぇなあって思った。思想もそうだし生き様もそうだしね。高校は三流のヘンなとこ入ったけど、宿題とかほとんど出なくてね。だから本ばっかり読むいい機会だったよ。

タカユキ それでとある雑誌を読んでいたらね、国士舘高校出身で、いまは一水会会長の木村三浩先輩が昔の国士舘の記事を書いていて「うわぁ、こんな大学があるのか!」と思って国士舘大学に行くことにしたんだよ。
後年、木村先輩に「木村さんの記事で国士舘に入りました」って言ったら「君の人生を誤らせちゃったなぁ」と笑っておいでだったよ(笑)
『大義』を知ったのもその頃だね。

聞き手 杉本五郎中佐の『大義』を知ったのはその頃ですか?

タカユキ とあるきっかけで知ることになってね。いやあ凄かったね。雷に打たれたような衝撃とでも言うかな。何だろうな、うまく言葉に出来ないけど、自分が今まで「愛国」だとか「尊皇」と言ってきた事がただのファッションにしか思えないような、その「愛国」「尊皇」だとか言う事に人間が持てる全精神を傾けた著書でね、今まで『正論』とか『諸君!』とかも読んできたけど、そんなものが大した事無いなと思えるくらいの凄い文章だった。それでね「この生き様に人生賭けてやろう」って気になったね。

聞き手 そういう思想を持つにあたってご両親の反応は如何でしたか。ご両親は何か政治思想などお持ちだったんでしょうか?

タカユキ ノンポリだよ。左翼でもないし右翼でもない。本当にいい意味で言うところの「庶民」だね。「大衆」ではなかったよ。線引きは難しいけど。僕がこういう考えを持っても「それはダメだ!」とは言わなかったよ。

タカユキ 大学もね、国士館落ちたら大学行かない!って決めてたからね。だから国士舘以外受けてないんだ。推薦で受験を受けた時、小論文の題材が「拉致問題について自分の思うところを書きなさい」というやつだったんだよ。さすが国士舘!って思ったよ。(笑)
その直前に拉致問題についての本を二、三冊読んでいたからスラスラッと書けたよ。そして案の定合格!ってことになって凄く嬉しかったよ。

聞き手 なるほど。それで晴れて国士館入学!ってことになりましたけど、実際入学してみて自分の今までイメージしていた国士舘と現実の差っていうのは如何でした?

タカユキ 僕が思い描いてた国士舘ってのは雑誌で見た、いわゆる「当時の国士舘」であって、ものすごい期待して入ってみたら、茶髪もいるし渋谷徘徊してそうなチャラチャラした奴もいるし、「何だこれは!?」と思ったよ(笑)

タカユキ そしたらその矢先に、国士舘で最も蛇腹の似合う先輩と言われる某W先輩にばったりお会いしてね、皇国史観研究会もあって、「やっぱり国士舘だな」って思ったよ。
そしてそこには某Y先輩という方がおられて、お宅を訪ねたら壁には日章旗と旭日旗と教育勅語が貼ってあってね。蛇腹も吊るしてあったんだけどそれに「八紘一宇」って刺繍がしてあって「すげぇ、さすが国士舘!」って改めて思ったよ。感動だったよ。

聞き手 勉強の方についてお伺いしたいんですけど、今こちらにあります本棚を見ますと「共産党」やら「創価」やら、皇国史観とはかけ離れたものが随分あるようですがこれは一体?

タカユキ 「敵を知り己を知らば百戦危うからず」って事だよ。例えば今の論壇誌に「共産主義ってのはこんなのだ!」とか書いてあるけど、そういう連中の言う事は本当なのかなって、まず思ったんだ。
スターリンが何人殺した・毛沢東が何人殺したとも言うけれど、じゃあその思想自体には何が問題あるのかなってところが欠けてたんだね。実際に何冊か読んでみたら「共産主義は死んだ」とか言われてるけど「共産主義は資本主義がある限り絶対死なない」と、当時マルクスがあれを言ったのは極めて正当であるって感じたよ。
共産主義を真に解体するならば資本主義をどっかで解体するなり是正するなりしないといけない。つまり「敵」って言われるものが如何なる者なのかって言うのをまず知らなきゃいけないし、それから護るためには私たちには何が必要かって言うのを見据えなきゃいけない訳だよ。

聞き手 なるほど。しかしそういう自分達の思想とは反対の主張っていうのは読み辛かったり、腹が立ったりしませんでしたか?

タカユキ そういうことはなかったよ。むしろ共産主義暴力革命にまで人民を思い詰めさせてしまった資本主義っていうのに腹が立ったよ。それに昔の僕は「共産党大好き人間」だったしね。

聞き手 えっ!?それはどういうことですか?

タカユキ 僕は小学生から生まれてこの方、自民党っていうのが大嫌いでね、それをずっと批判していた日本共産党っていうのは好きだったよ。親に「赤旗とって赤旗とって」ってお願いしてたくらいだからね。『はだしのゲン』の影響もあったかな。

聞き手 何と。西日本とは昔から反日教育が盛んだと言われてますがタカユキさんの地元は如何でした?

タカユキ 僕の地元では幼稚園の時から国旗掲揚や国歌斉唱もしていたからね、そんなには感じなかったよ。先生に日教組の偏った奴はいたけどね。そういう教師がいることより、学校の図書館に『はだしのゲン』やら『火の鳥』がおいてある方が問題だと思うがね。学校の図書館には『戦争論1・2・3』置いておけばいいんだよ。

聞き手 皇国史観研究会に入会してからは如何でしたか?

タカユキ 濃い思い出はいっぱいあるな(笑)
とにかく入ってびっくりしたのは、いかにも国士といった感じの蛇腹に角刈りの先輩がいたり、国民服を着て授業を受ける先輩がいたり、ネオナチのファシストや、昔の大陸浪人みたいな人や、軍事マニアまでいたりね。かと思えばアキバ系みたいなのもいたり「何なんだこの集団は!?」って感じだった(笑)
普通なら絶対一緒にはいないだろうなって人たちが組織を形成して運営してるって言うのが、スゴいカルチャーショックだったよ。(笑)
進級したらまた変わった人たちがいっぱい入ってきたし。だからそれ以来、多少の事では驚かなくなったね。先輩達が「皇国史観研究会は度胸と根性が付く」って言っていたけど、確かにその通りだなと思うよ。これは裏を返せば多少の事には驚かない肝を持ってないと、皇国史観研究会員としてやってけないよ。

聞き手 タカユキさんが入会されてからの活動として『敷島だより』発行がありますよね。この経緯についてお願いします。

タカユキ 平成十六年に国士舘サッカー部が事件を起こしたでしょ。それで義憤を感じてね、前から壁新聞の話はあったんだけどこれを契機に僕が編集代表ということで作ったんだよ。絶対学生課から掲示許可の判子もらえないなって思ったけど貰えたよ(笑)
みんなで記事を書いて編集して、印刷して判子貰って、コピーして、月曜になったら各キャンパス教室棟に行って張り替えてって・・・。それを毎週やってたよ。
十四号の時、僕の原点である山口二矢烈士の記事を載せたらそれに“反革命”学生部からクレームがついて廃刊処分だよ(怒)
まぁ今はブログがあるからいいけどね。

聞き手 うちの大学は特にそうだと思うんですが、そういう大学の体質っていうのにはどう思われますか?

タカユキ 事なかれ主義・営利至上主義ってものが今の大学には行きわたってるね。大学ってものを就職教育だけの企業にしてしまっているよね。
大学から泥臭さや独特のアナーキーさやらを消し去って管理されたニュートラルなつまらないものにしてしまっているね。
今年三月の法政大学学生弾圧事件だって、逮捕・退学にされたのは自分達で勉強して考えて行動していた学生たちであってね、思想は違えどもそういう主体的な学生ってのには親近感は感じるな。
今の大学の何事もありませんようにって願う官僚的な策動から全国の学生は団結してね、これを打ち砕かなくてはいけないと思うね。

聞き手 特に国士舘は創設に柴田先生や頭山満先生方も迎えた比類なき学校ですからね。

タカユキ 全くだよ。それを思うと今の体制は冗談じゃないね。どうでもいいような勉強をして単位とって就職活動して、卒業していい企業に就職してっていう人間を大学側は期待してる訳だ。でも、それだけだと家畜小屋や商品じゃないんだからね。「我々は家畜じゃないんだ」という声をしっかり挙げていかなきゃいけない。ましてや国士舘ならば国士を育てるべきなんだよ。

聞き手 そこで目指すものというのは何でしょうか?

タカユキ まず学生に限って言えばね、社会の事象に関心をもって、僕らとは考えが百八十度違っていてもいいから声を挙げていこうってことだよ。そして、我々の護るべきものはやはり日本であって国体であって、そこに回帰していけばいいな、私達がその先駆けであろうって思うね。

聞き手 尊敬する人物を何か挙げてもらえませんか?

タカユキ いっぱいいるね。生きてる人でも両手じゃ足りないよ。でも尊敬する人に共通することは日本の為に活動している人たちだよ。まかり間違ってもアメリカや中国の為に活動してる奴らは尊敬できないよ。代表的なのは大楠公、大西郷、吉田松陰先生かな。嫌いな人間もいっぱいいるけど(笑)

聞き手 ではその嫌いな人たちとは?

タカユキ いわゆる「保守」と言われる人たちの中では中川八洋・古森義久・田久保忠衛・岡崎久彦・西尾幹二かな。

聞き手 いずれも『正論』や『諸君!』で執筆しているような方々ばかりではないですか。

タカユキ あれはね、あの人達は太平洋のどっち側に立っているのかと、問い詰めたいね小一時間。マジで。こういうとお前は朝鮮か中国の手先かって言う奴がいるけど、だからそういう思考こそ朝鮮の事大主義と同じなわけ。(笑)
こっちは日本に立ってるんだ。基づいてるんだ。あいつらは髪を金髪にして青いコンタクトでも入れたらどうなのかと。あまりに親米にすぎると。

聞き手 親米に過ぎる。

タカユキ 僕がさっき挙げたのはね、彼らが護りたいのは国民の生命財産であり自由主義であり民主主義なんだよね。もちろん生命財産は大切だよ。自由主義・民主主義もまぁ大切かもしれんよ。でもそれは目的ではなく手段なんだよ。
日本が本当に護らなきゃいけないものってのは国体なんだよ。彼等の口からはそれが出てこないよね。西尾幹二なんか「反共」を言いながら共産党の造語である「天皇制」って言葉を連呼してる。ギャグだね。
サヨクってのは放っといても勝手に自滅すると思う。でもこの時局に勢いを増しているのは保守とされるものであっても、その中で本当は保守ではない、ただの親米反共の言論屋がいっぱいいるわけだよ。本当に日本の事を考えるならば、まずそいつらをどうにかしなきゃいけないって思うね。

聞き手 「この時局」と出てきましたが、日本は今右傾化しているとよく言われますね。それについてはどう思いますか?

タカユキ 僕は本当に右傾化してるのかな?ってちょっと疑問なんだよ。『戦争論』などが広めたともいえるけど、それ以前にインターネットによる言論の結びつきってものがあったんじゃないかな。
で、それはただ単なるマスメディアに対する「大衆の反発」であってね、そういう人たちを追及しても結局は反韓国・反中国ってことであって、その議論がループするだけなんだ。
天皇とか国体とか、我々が帰るべきもの、拠るべきものの意見ってものが全く出てこないじゃない。大衆が指向するものが変わったってだけであって、右傾化とはまた違うんじゃないかな。「浅薄な右傾化」って意味だったらナルホドな、とは思うよ。

聞き手 拠るところ無き議論とは所詮はお遊びに近いんですね。

タカユキ 馬鹿なサヨクがね、「小泉首相を支持する奴は右翼だ!」って飽きずに言ってるけどさ、おかしな話だよ。小泉はこの日本の共同体社会を破壊して上流か下級かに国民を分けてしまったんだよ。そんな奴が決して本当の愛国者や維新者や尊皇家であるはずはないんだよ。

聞き手 そして地域社会やらなんやらを護ろうとしてるのが日共であったりするわけで、とんでもないねじれ現象です。

タカユキ そうだね。芯が無いように感じるな。小泉首相がただ靖国神社に参拝すればいい!と言う人もいるけどさ、その小泉首相がどういう歴史認識で参拝しているかといえば村山談話を踏襲したまんまなんだよ。英霊を侮辱してるよ。
そんな歴史認識を持った人の参拝なんて決して支持できないね。

聞き手 では最後に、この国の目指すところは?

タカユキ 僕たちが今こうして居るっていう結びつきがあるでしょ。それが小さい日本であるとして、そういう小さい結びつきをどんどん作っていくこと、我々の日本ってものを核にそえた結びつきってものを深めていくことによって、日本っていう本当の共同体を立て直して再建するってことじゃないかな。

聞き手 どうもありがとうございました。

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by shikisima594 | 2006-09-23 01:09 | 対談・座談会
国旗・国歌訴訟に不当判決
 治外法権時代なみの不当判決が出た。二十一日のことだ。卒業式・入学式で国旗に対して起立して、国歌を斉唱するのを拒否してきた東京都立の学校などの教職員四百一人が、東京都教育委員会の通達や職務命令が「思想・良心の自由を侵害する」として訴えていた反日訴訟に東京地裁で勝訴判決が出た。

 東京地裁の難波孝一裁判長は、当該教職員達への処分は違憲として、都に処分の禁止と原告四百一人全員に一人三万円の慰謝料を支払うよう命じた。総額1203万円だ。東京都民一人当たり1.2円となる。自分の納めた税金がこんな連中に支払われるのは嫌だ、という人の“思想良心の自由”はどうなるのだ。

 国旗・国歌に礼儀を尽くすというのは最低限の常識であり、法や通達にする以前のものだ。それすらも理解できずに、騒ぎたてて、法制化されたら裁判を起こしてでも拒否するという、教師どころか日本人失格の者が東京都の税金で四百人も養われ、さらにそいつらに一人三万円の小遣いが税金から出されるのかと思うと、目眩がする。

 難波裁判長の判決は全体にわたっておかしな点がある。冒頭から「国旗・国歌法で日の丸・君が代が国旗、国歌と規定された現在でも、なお国民の間で宗教的、政治的にみて価値中立的なものと認められるまでには至っていない」などと、法律で制定されたものを主観的・恣意的に否定している。

 そして国旗・国歌が「第二次大戦終了まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことは否定しがたい」と指摘した。「皇国思想」や「軍国主義思想」などという左翼がつくりだした実態不明の造語を安易に判決文に用いるのは、とても公平を旨とする裁判官の姿勢ではない。

 その「軍国主義思想」がいかなるものであり、日の丸がそれとどういう関係にあったか具体的に立証できるのか。戦争という行為には全体を団結させるシンボルが必要になるだけであり、大東亜戦争下の日本においても、今の平和な日本においても国旗は日の丸であり、それがシンボルになるのは至極当然だ。

 こんな理屈が通るなら、戦争をした事がある国の国旗は全て敬意を払う必要がなくなる。国連安保理加盟国の国旗など全て敬意を払う必要もなくなるのだ。しかし、そのような中でも取り分けなぜ日本だけが「軍国主義思想」のシンボルとされるのか。偏向・不当も甚だしい。

 以前、元司法関係者から「裁判官は引退前になると、自分の名前を残すために思い切った判決を下す」という話を聞いた。いままで国旗・国歌をめぐる訴訟は何度も国内反日勢力から起こされてきたが、原告敗訴が相次いでいた。あたりまえだ。法律で定められた自国の国旗・国歌に敬意を払えない方がどうかしている。

 ところが、今回、功名心に駆られたとしか思えない東京地方裁判所の難波孝一裁判長は卒業式荒らしどもに堂々と免罪符を与えてしまった。このような無法な判決が許されていいのか。国民の税金で運営される学校で、教員の信条一つで指導方針を無視してよいというなら大変な事が起きる。いや、もうすでに起きているのだ。

 国旗・国歌を冒涜し、子供達を教室という反日サティアンに監禁する教師と、無法な偏向法曹家の暴走を許してはいけない。東京都は控訴する方針だそうだが、次の裁判で連中に司法の真に峻厳なる判決が下されることを切に願う。

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by shikisima594 | 2006-09-22 12:35 | 随想・雑記
北朝鮮産マツタケの不買を!
 夏休みが終わって「はぁー」と少し落胆していた。でも、食欲の秋が到来したから美味いもんでも食べるか、と思って都内の某デパートの食品売り場をぶらりと覗いてみた。栗もおいしそうだが、やっぱり秋の味覚はマツタケだろう。

 国産のマツタケは高い。中国産のマツタケがだいたいその半額ぐらいであった。さらにその中国産マツタケの三分の二ぐらいの値段で売られているマツタケがあった。どこだ?と思って原産国を見ると北朝鮮と書かれている。

 一気に食欲が失せた。横でおばさん達が「あら、安いじゃない」と言って手に取るものの、「でも北朝鮮産じゃあ…」と言って品物をおくのを見て幾分か安心したが、堂々と「北朝鮮産」と表示して販売して恥じない店の姿勢に腹が立った。

 店員に「なんで売っているのか?」と聞けば、「あるから売っている。嫌なら買わなければ」というような意味の事を言っていた。本来ならば店名を掲載して批判したいところだが、営業妨害になっても困るから敢えて伏せる。ただ、とある交通企業の傘下の店であることは付言しておく。

 いまだに北朝鮮には数百名にも及ぶとされる拉致被害者の方々が残されている。その上、周辺国に対し核兵器で恫喝を続け、覚醒剤の製造や密輸も行っている。こんな国からマツタケを買う事はどうなるか。

 北朝鮮は社会主義国家で経済を全て国が統制管理している。それはつまり、我々日本人がマツタケ一本買った金がミサイルの燃料なり、工作船の燃料や、大麻・アヘンの肥料になり、金正日のワインやメロンの代金になるということだ。マツタケを買ってミサイルのお釣りをもらったのでは割が合わない。

 十九日、政府は北朝鮮の大量破壊兵器の開発との関係が疑われる団体と個人に金融制裁措置を閣議決定した。朝鮮総連はこの期に及んで「平壌宣言に違反する。撤回しろ」などと言っているが、自業自得だ。よくもこんな台詞を日本国内で言えたものだと、日本の懐深さにはつくづく感心してしまう。

 しかし、感心ばかりしている場合ではない。今回の北朝鮮関連企業への金融制裁だけでも、多くの抜け道や不徹底さが指摘されている。北朝鮮が対日輸出で外貨を稼いでいるものの大半は、アサリやマツタケなどだ。この不買運動こそ北朝鮮をもっと締め上げる事ができる。

 読者の方々には以下の点を実施していただきたい。
・北朝鮮産マツタケの不買。
・北朝鮮から流入した可能性のある中国産マツタケの不買。
・家族の中で買い物に行く人に、「北朝鮮産はダメ」と一言声掛け。
・北朝鮮産食品を販売する店に対して、商品販売と仕入れを中止するよう要望。
・それでも北朝鮮産食品を販売する売国企業の情報をネットに公開。

 北朝鮮産のアサリの不買運動があったが、アサリよりマツタケの方が利益率がはるかに高く、北朝鮮独裁体制を下支えしているのだ。食欲の秋とは言え、その欲望のために自らの祖国を燃やすような事がないように心掛けよう。

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by shikisima594 | 2006-09-21 20:13 | 随想・雑記