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毎日新聞、問題を認める!
 すでに一部では「在日新聞」と的確なあだ名を付けられてしまった毎日新聞。朝方の電話では要領を得なかったので、夕方に再度電話した。何度掛けても不通が続いた後、ようやくつながった。相手は朝の「自称一記者」よりも高齢の方だった。会話の内容を要約して掲載する。

私「今回の朴記者の件ですが、この問題をどうお考えですか」

毎「はい、いま大変な問題になっておりまして、多くの電話が殺到しておりますので」

私「いや、そういうことじゃなくて、毎日新聞としてはどうお考えなんですか?あの質問は毎日新聞の指示でさせたんですか?」

毎「いえ、決してそういうわけではなく、記者個人のものです」

私「でも、記者は毎日の看板を背負って質問してますよね。指示はしなくとも、あの質問を容認してるんですか。天皇皇后両陛下を呼び捨てにしたり、費用がいくらかかるとか、それがもったいないだとか、どういうつもりですか?」

毎「その点に関しましては、大変誤解を与えるものだったと思います

私「誤解を与えるって、ではあの質問の真意は何ですか?あの質問にまったく別の意図でもあるんですか。それとですね、この質問をされた朴鐘珠記者、『普通に県民の感覚として…』と言ってますけど、この人は県民以前に国民じゃないでしょう。在日朝鮮人か韓国人か知りませんけど、外国人ですよね」

毎「そういった記者個人の事に関しては…」

私「いやいや、あなた方毎日新聞社が責任を持って雇った記者ですよ。それが毎日の看板背負って、県民を代表するような調子で皇室を侮辱するような質問を連呼したんですよ。ところが、その人が県民どころか日本国民じゃないわけでしょう。これは詐欺ですよ。この責任はどう取るおつもりですか?」

毎「対応についてはまだ検討している段階でして…」

私「では、毎日新聞としてこの記者を処分するなり、謝罪広告を掲載するなり検討しているわけですね?」

毎「いえ、そういうわけでは……今回の事は記事になってませんので」

私「いや、あなた何を言うんですか。記事にしたしないは問題じゃないですよ。だって新聞社の社員が不祥事を起こしたらそれは社会的にも批判されますし、社内でもそれなりの処分を下さなければならないでしょう。それに今回のは佐賀県知事室の記者会見記にもなってますし、映像でも記録されて公になってるんですよ、ならば新聞社が社会的責任を取るのは当然だと思いますが」

毎「はい」

私「朴鐘珠記者の質問には問題はなかったと考えているわけではありませんよね。私は一日本国民としてあの質問に激しい憤りと不快感を感じたのですが、どうなんですか?」

毎「えぇ、問題のあるものであったと思いますし、当人にも注意しておきました

私「ではそちらとしては、今回の事は問題であったと認識されているわけですね」

毎「そうです」

私「わかりました。とにかく、国の象徴であらせられる天皇陛下に対して貶めるようなことを外国人に言わせるのを御社が容認するのは問題だと思いましたからお電話いたしました。今後とも社会に対して誠意ある対応をしていただきたく思います。では失礼します」

 朝とは違い、この件を「問題」だと認めたのは大きな前進であった。他にも自分の知人や先輩達が抗議電話をしたようだったが、夕方ごろに「支局長自らが問題を認めた」との報を受けた。ついに毎日新聞が国民の怒りの前に崩れたのだ。

 しかし、毎日新聞の記者と電話していても、この朴鐘珠には困っているような印象を受けた。それどころか朝からの殺到した電話の対応で疲労困憊している感じだった。在日朝鮮人の同僚のために迷惑をこうむる日本人同胞記者に同情の念を禁じえなかった。

 毎日新聞佐賀支局は支局長以下六人のうち、二人が在日朝鮮人だという。まるで韓国領事館みたいな構成だ。こうした構図が日本の報道の最前線で罷り通っていることに改めて深い違和感を感じた。外国人の大手マスコミ就業に関して法的規制を設けた方がいいのではないか。

 また、今回の問題で多くの方が「不敬罪」の復活を言われたが、その必要性を肌身にしみて感じた。言論の自由を笠に着て、目を覆いたくなるような分別のつかない言論があふれている。何でも言っていいというのでは、皇室の尊厳が際限なく犯され、国家の統合が乱れる。

 そして今回の出来事は、既成マスコミに対して国民が団結してかかれば勝てるという、新たな情報社会日本のあり方を示した。無責任で放埒な言論は日本人の正気の前には風前の塵に同じだ。これからも多くの方々と結束して日本の為に戦っていきたい。腐敗した既成メディアを木っ端みじんに粉砕しようではないか!

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by shikisima594 | 2006-10-31 20:54 | 随想・雑記
毎日新聞、逃亡中
 十時過ぎ頃に毎日新聞佐賀支局に質問と抗議の電話をかけた。五、六回かけたが不通で電話中のようだった。やはり全国から抗議の電話が殺到しているのだろう。当然だ。ようやく三十代ぐらいの男性記者が電話口に出た。以下がその全容だ。「毎」が毎日新聞担当者だ。

毎「はい、毎日新聞です」
私「毎日新聞佐賀支局でしょうか」
毎「はい、そうです」
私「そちらの方に朴鐘珠さんという記者がいますよね?」
毎「はいはい」
私「その記者が九月二十八日の知事の記者会見で、天皇皇后両陛下の行幸啓に際して、その意味は何かとか、幾ら金がかかるのか、と質問したそうですね」
毎「あの、ネットでご覧になったんですか?」
私「やはり他にも抗議が来ていますか?では話は早いですね。これは毎日新聞であの質問をしろと指示したのですか?」
毎「いえ、そういうわけではなく、あれは記者個人のもので」
私「でも、質問の方は『毎日新聞ですが』として質問してますよね」
毎「はい、確かに毎日の看板を背負って…」
私「してますよね、天皇皇后両陛下を呼び捨てにしたり、適切な敬語を一切使わずに、どれだけの費用がかかるだとか、その費用がもったいないなど、そして質問の最後には質問ではなくて海づくりや弱者の救済といった自説まで述べていますよね。これ、質問じゃないでしょう。しかもこれを毎日新聞って看板背負って公の場でやっているじゃないですか。この事についてはどうお考えなんですか」
毎「あの、私は今一記者の立場でして、ご意見をちょうだいすることは可能なんですけど、見解となりますと話が大きくなって、かなりお電話も殺到している状態でして、支局長が個別に対応していることで、一応みなさんにはご理解いただいているんですけども」
私「そうですか、ではこれに関しての見解は毎日新聞として出されるんですか?」
毎「うーーーーん、うちのいま、責任ある立場の支局長が応対している状態ですんで…」
私「では、掛け直せば支局長さんのお話が伺えるんですか?」
毎「いや、あの、電話が殺到しておりましてですね、つながりにくくて申し訳ないんですけども、また改めて…」
私「この件に関しては是非とも毎日新聞の厳正な処分と、社会に対して誠意ある対応をしていただきたいと思うんですよ。我が国の元首・象徴であらせられる天皇皇后両陛下の行幸啓に際して在日朝鮮人の記者が、毎日新聞の看板を背負って質問ではなく、誹謗中傷の類いのようなことをするのは決して許されないと思いますんで、よろしくお願いしますね」
毎「はい、すみません、伝えておきます」
私「では、失礼いたします」

 とにかく、他にも電話が殺到している点と、自分は記者だから見解を述べられないとしていた。記者だから見解を述べられないとは何か。散々、一記者である朴鐘珠が天皇皇后両陛下の行幸啓に際して公の場で「見解」を滔々と垂れていたではないか。

 調子のいいときは自説を書いたり喋ったりし、都合が悪くなると見解が述べられないと逃げる。言論をする者の態度ではない。それに全国から抗議が殺到しているなら、個別に「答えられない」と言うのではなく、毎日新聞社か、せめて佐賀支局ぐらいで見解を発表すればいいのだ。それすらもしないのは、ほとぼりが覚めるまで逃げまわろうとしているに他ならない。

 幸いにも今回は多くの国民有志が毎日新聞に対して抗議を敢行している。毎日新聞に逃亡の余地を与えず、反日記者=朴鐘珠に厳正な処分をさせなければならない。

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by shikisima594 | 2006-10-31 12:35 | 随想・雑記
毎日新聞の不敬千万
 北朝鮮による核実験以来の怒りを覚えた。今月の二十八日から今日まで天皇皇后両陛下が佐賀県を行幸啓されている。それに先立つ事一ヶ月前の九月二十八日に佐賀県知事の記者会見が行われたが、その席で毎日新聞記者が不敬千万な“質問”を連発した。詳しくは当日の記者会見記記者会見動画をご覧頂きたい。一部だけ質問を引用する。

毎日新聞(以下、毎)「今回の行事に、天皇と皇后が佐賀に来ることの意味って何ですか。」

毎「ちなみに、この行事は天皇と皇后がここに来ることと来ないことと両方のパターンで、つまり、来ることによって幾らだけ予算が余計にかかるんですか。」

毎「つまり、私が言うのは、天皇皇后二人の関係で幾ら経費が余計にかかっているのかということです。」

 冒頭から両陛下を呼び捨てにして、適切な敬語を一切使わずに、行幸啓の費用がいくらかかるのかと嫌らしい下衆の勘ぐりを執拗に続ける。この記者会見記には掲載されていないが、この会見の模様を収めた映像から有志が文字起こしをしている。

毎「普通に県民の感覚として、仮に1,000万円だとしましょう、天皇皇后に対して係る経費負担が。それだけじゃないと思うんですけれども。仮に1,000万円だとしても、今の県の財政状況を考えたら、それすらもったいない気がするんです、僕。もっと有効な成果が出ると思うんです、海づくりよりも。別に海づくりのためだけじゃなくて、天皇皇后がここに来なくても、海の大切さ以外にも伝えなきゃいけない、例えば、教育でも福祉でも困っている人がいっぱいいるわけですよ、世の中の弱者というのは。そういった人たちにどうして目を向けられないのかなと私、疑問に思うんですね。」

 佐賀県庁が記者会見記に掲載しなかったのがわかる。もはや質問ではなく、進歩的文化人のなりそこないみたいに偉そうに自説を滔々と垂れている。記者会見場は他社を含めた場であり、そこでこんな「質問」をするのは常識が欠落している。

 新聞は市民の目と耳の代わりとなるものだと自称しているが、この質問が佐賀県民をはじめ日本人の意思や関心を代弁しているとでも思っているのか。現在までに多くの人がこの質問に激しい憤りと不快感を表明している。

 こんな質問をする奴は日本人なのか!?と思っていたら、やっぱり日本人ではなかった。この記者は毎日新聞社佐賀支局の朴鐘珠(ぱく ちょんじゅ)という在日朝鮮人三世だった。拉致、ミサイル、核実験、靖国神社、教科書と、そしてこの質問。朝鮮人は日本人を怒らせる事にしか能がないのか。

 だいたい両陛下の行幸啓に要する費用と税金の問題を言うのなら、在日朝鮮人達が日本政府から受給している多額の生活保護の受け取りをやめ、在日特権を全て返上してから言っていただきたい。在日朝鮮人のためにどれほどの日本国民の税金が不本意に使われていることか。

 そもそも、この記者はいくら在日であろうが、天皇陛下をいただいた日本に生まれ日本に育ち、その日本によって日々の生活も言論の自由も保障されているのに、どうしてこのように皇室を冒涜して平気でいられるのか。皇室が嫌ならば北でも南でもいいから祖国に帰ればいい。

 それもせずに日本で保証された豊かさと自由の中であぐらをかいて居候し続け、あげくは居候先の主人を侮辱する。だから在日は嫌われるのだ。このような者を雇って、不敬千万な「質問」をさせる毎日新聞の社会的責任は重い。徹底的に追及していかなければならない。

すでにネット上で多くの有志達が、この不敬な在日記者=朴鐘珠と、その飼い主である毎日新聞社に怒りの声をあげている。

極右評論
博士の独り言
この国は少し変だ!よーめんのブログ

〒840-0811(佐賀支局)
佐賀市大財1−7−11
TEL:(0952)23-8108 FAX:(0952)26-1284
〒100-8051 (住所不要)毎日新聞東京本社社会部
 TEL:03-3212-0321

 この毎日新聞の不敬に対する怒りは必ずや瞬く間に広がり、大きなうねりとなるでしょう。そして我々心ある国民一人一人が毎日新聞に対して批判の声をあげていかなければならない。

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by shikisima594 | 2006-10-31 01:15 | 随想・雑記
東京大空襲遺族、国を提訴
 大東亜戦争の敗色が濃厚となった昭和二十年三月十日、アメリカ軍は東京に焼夷弾を用いた無差別空襲を行い、一晩の内に十万人もの民間人を虐殺した。これは非戦闘員への攻撃を禁じた国際法に違反する、明白な戦争犯罪であり、到底許されるものではない。

 ところが、この東京大空襲の犠牲者や遺族達が国を提訴したのだ。国といっても、この無差別空襲をやったアメリカではない。なんと我が国日本を訴えたのである。提訴の動きは今年の三月からはじまり、その時にこのブログでも記事にした。

 そして今回、十月二十九日に被害者ら138人が東京地方裁判所に集団提訴したのである。これは殺人や傷害事件の被害者が犯人ではなく、自分の親や身近にいる人を訴えるぐらいの違和感を感じる。報道によれば原告団の訴えは次のようなものだ。

・日本政府による、原告1人あたり1000万円の損害賠償と謝罪。
・無差別爆撃の違法性を明確にさせる。
・軍人、軍属には補償がされたのに、一般人にはされていない補償の格差。
・欧州では民間被害者にも補償している。
・無差別爆撃は国際法違反で米国への補償請求権があったのに、サンフランシスコ講和条約で日本政府が勝手に放棄した。

 無差別爆撃が違法であるのは当然のことで、これをわざわざ日本の裁判に持ち込むまでもない。現在でも事実上、無差別空襲を敢行しているアメリカ本土で訴訟すべき事柄であろう。さらに補償の格差に関して言えば、軍人、軍属は政府の命令で戦地にいって死傷したのだから、当然ながら政府が補償の責を負うが、一般人は政府の命令によって死傷したのではなく残念ながら補償の対象外となるはずだ。

 「サンフランシスコ講和条約で政府が勝手に放棄した」と言っているが、これは歴史を知らないか、知っていたとすれば悪質な詭弁だ。当時の日本はアメリカをはじめ連合国側と役務賠償を残して、相互に全ての補償請求権を放棄した。サンフランシスコ講和条約調印まで日本は占領下であり、左翼の言う「全面講和論」もあったが、それ以外の選択がなかったのは歴史的事実である。ゆえに「勝手に…」という主張は成り立たない。

 そもそも、政府に賠償のみならず「謝罪」を要求するとしているが、これはどういう事か。東京大空襲を行ったのは「鬼畜ルメイ」こと、カーチス・ルメイ少将率いるアメリカ軍だ。もし、百歩譲って日本側に落ち度があるとすれば、防空・防火体制の不完全さと、避難誘導と被災者救助の点ぐらいであるが、それもアメリカによる大規模無差別空襲の前には余りに些末なものである。

 では、ここで言う「謝罪」とは何か。それはこの訴訟で原告団をバックアップしている弁護士を見れば、答えの一端がある。弁護団の代表は中山武敏弁護士であるが、中山弁護士は部落解放同盟と随分親密な関係のようで、非武装国家コスタリカを礼賛したり、畏れ多くも昭和天皇を「有罪」と断じた茶番劇=女性国際戦犯法廷を擁護し、中川昭一氏や安倍晋三氏を批判している方で、弁護士というよりも左翼活動家のようである。

 中山弁護士は今年の十月七日に、かつて支那事変中に日本軍が空襲した、中国の重慶を訪れて、「日本政府に戦争を起こした責任を認めさせ、戦後補償をさせることが、次の戦争を防ぐことになり、 日本と中国の友好を発展させていくことにもなる」と、今回の訴訟の真の意図を喋っている。

 つまり、あの戦争がおきたのも、東京大空襲で民間人が殺されたのも、全て日本のせいであると言うわけだ。こんな考えで戦争が防げると思っているのならば笑止千万だ。悪いのは全て自分達日本人と思い込んでくれていることに、アメリカも中国もさぞ喜んでいるだろう。こうした奇形左翼の陰険な「裁判運動」を断固として叩き潰そう。

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by shikisima594 | 2006-10-30 01:23 | 随想・雑記
必修科目履修漏れ問題に思う
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 全国の高校で必修科目の未履修が発覚して問題になっている。その数は現在までに約四百校の七万人の生徒にも及ぶとされる。もうすぐ十一月で、推薦入試も始まる頃で、生徒達にとっては大変だろう。

 これは大学受験のみにしか頭に無い、学校側の醜悪な失態であり、生徒達には寛大な措置を講じてほしいと思う。しかし、今回の問題ではじめて知って、驚いたのは、世界史が必修なのに、日本史が選択科目であった点だ。

 自分は高校時代両方とも普通に授業で習っていたので、まったく知らず、日本史も当然ながら必修科目だと思っていた。

 ものの本で読んだ話だが、イギリス人は、国語、外国語、数学、物理、歴史の中で一つしか子供達に教えられなくなるとしたら、迷う事なく歴史を教えると断言したそうだ。

 さすがはエドマンド・バークをはじめとする保守主義を生み出したイギリスだと感心してしまった。その理由は、歴史を教えれば、他の物は必ず付随して再生するというのだ。

 産業革命を成し遂げたイギリスにして、この言葉あり、であろう。ところが、日本は世界史を必修にしつつも、自らの根本である日本史を必修にしていない。

 英語や世界史は必修のくせに、日本史は必修ではない。この国は一体どのような人間を育てようとしているのか。

 海外に出て行って、外国人から「あなたの国は何年前に建国されたのですか?」と聞かれて、「I don`t know. 」と答え、「あなたの国は侵略戦争をしましたね?」と責められたら「I'm sorry. 」と謝る人間を生産するだけだ。

 それが果たして十分な教育といえるのか。いまの歴史教育には、多くの問題がある。唯物史観で構成され、神話を否定して考古学に偏り過ぎているし、なによりも近現代史は階級闘争史観と自虐史観の一色刷りだ。

 そもそも、「日本語」の授業は「国語」と言うのに、「国史」を「日本史」と呼ぶのには理由がある。戦前は「国史」という名前だったが、戦後になって歴史教育を再開するにあたって、「国史という名前は戦前の皇国史観を彷彿させるから」と左翼学者が反対し、「日本史」という名前になったのだ。

 それどころか東京大学の反日分子・小森陽一教授は「“日本語”を国語とするのは不適切だ。『国語』も『日本語』と改めるべき」と愚にもつかない主張をしている。

 世界に胸をはれる国民を育てるためにも、「日本史」を「国史」に戻し、自虐的・唯物史観的な内容も是正し、これを必修化しなければならない。

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by shikisima594 | 2006-10-29 00:22 | 随想・雑記
国士舘大学楓門祭のお知らせ
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  来る11月2日から3日の2日間にわたって、国士舘大学世田谷校舎(東京都世田谷区世田谷4-28-1)で、第二十二回楓門祭が行われ、皇国史観研究会も参加します。今年は日本の伝統と文化について写真や絵、現物などを展示します。

 現代は多くの海外文化に接するようになっております。しかし、そうした時代だからこそ、自分達の日本文化に今一度目を向けてみてはいかがでしょうか。古い物の中にこそ、かえって新鮮な感動があるかもしれません。祖先が編み出してきた文化の素晴らしさと、その美しさを少しでも伝えることが出来れば幸いです。

 また、当日は国士舘大学の諸サークルなどが多くの展示やステージ、露店をおこない、とても楽しめるはずです。みなさんのお越しをお待ちしております。詳しくは楓門祭実行委員会のホームページをご覧下さい。

日時:11月2日(木曜日)〜3日(金曜日、祝日)両日とも9時から5時まで。
場所:国士舘大学世田谷校舎(東京都世田谷区世田谷4-28-1)6403教室
   小田急線梅ヶ丘駅下車徒歩10分、世田谷線松陰神社前駅下車3分

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by shikisima594 | 2006-10-28 01:53 | 告知
尖閣諸島を断固死守せよ!
f0018981_201666.jpg 僕は秋が好きだ。いや、夏もいいんだけど、夏は寝ていると耳元を蚊が「プゥ〜〜〜ン」と飛び回り、それがうっとうしくて寝付きにくい。

 だけど秋は鈴虫の声を聞きながら、本を読んで寝られる……はずだったが、最近はどうも、蚊が出ない代わりに、蚊のようにうっとうしくて、蚊よりもタチが悪いモノの音が西の方から聞こえて来る。

 核実験をやらかして恫喝を続ける北朝鮮と、その親玉の中共だ。これだけは蚊みたいに、パチンッと叩き潰せないから困ったもんだ。

 さてさて、その中共の反日活動家達が性懲りも無く、尖閣諸島の領有権を主張してまた領海侵犯してくるそうな。報道によれば本日の明け方に、反日活動家29人を満載した漁船が尖閣諸島周辺海域に侵入するらしい。ホントにこいつらだけは耳元を飛び回る蚊と一緒だ。

 で、中共の外交部が二十二日に声明を出した。

「尖閣諸島は古来より中国固有の領土である。尖閣諸島に対する中国の主権は争う余地もない。」

 ……根拠も無いことを、さも偉そうに主張する事にかけて、中国人の右に出る者はいないだろうなぁ。日本は日清戦争中の明治二十八年から尖閣諸島を領有してる。この時には中華人民共和国は影も形もないのに、どうやったら「古来より…」って話になるの。

 それとも中国は、中華民国や清国の主権をひきついだつもりでいるのか?

 大正八年に尖閣諸島の魚釣島に漂流した中国人を、日本が救助した。これに対して中華民国駐長崎領事が石垣村に感謝状を贈っている。感謝状の中で尖閣諸島について「日本帝国八重山郡尖閣列島」と明記している。

 「古来から…」と言うんだったら、この事実もちゃんと踏まえてくれないと、昨日か一昨日の話でも中国に言わせると「古来」になってしまうって。さらに中共はこんなことも言っている。

 「(日本が)中国側の人員に危害を加えたり、船舶の安全を脅かしたりすることがないよう求める」

 だったら、最初から出航を許可するなよ。ケンカ売ってるとしか思えないね。台湾の外省人系反日議員の高金素梅が靖国神社に乱入を企てた時も、中共は「安全を保障しろ」と言ってきた。中共が安全の確保を要求する奴は日本にとって有害な連中ばっかりだ。

 尖閣諸島は今でこそ、何とか日本政府が実効支配してるけど、少し前までは「尖閣諸島」について奥歯に物が挟まったような答弁しかできなかった。そうした中で、尖閣諸島を守って来られた人たちがいる。

 東京都知事の石原慎太郎氏は昔から尖閣諸島問題に取り組んできて、その経緯は、著書『亡国の徒に問う』(文春文庫)にも詳しい。尖閣諸島防衛で一番活躍されたのは、民族派団体の日本青年社だろう。

 日本青年社は尖閣諸島に神社と灯台を建てて、多大な苦労をされながら、尖閣諸島を守ってこられた。先の石原氏の著書にも書かれているが、尖閣諸島防衛にあたる中で、過労により亡くなられた方もいる。この死はまさに“殉国”だと思う。本当に頭の下がる思いがする。

 その日本青年社の埼玉県本部ブログには、今回の事に関連して「日本政府に告ぐ!我々が命を掛けて守った尖閣諸島を今度はおまえらが守れ!」と書かれている。まさにその通り、日本青年社をはじめ、民族派有志達が命をかけて守ってきた尖閣諸島を、今こそ我々日本人全員が守らなければならない。

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by shikisima594 | 2006-10-27 03:02 | 随想・雑記
核武装カードを放棄する防衛庁長官の愚
f0018981_1114639.jpg 二十四日の国会での出来事だ。麻生太郎外務大臣が核武装に関する「議論は封殺されるべきでない」と答弁した。自らの核に対する考えはともかく、外務大臣がこのような答弁をしたことは非常に画期的だ。

 このブログでも以前から書いてきたが、日本には核兵器2000発を製造できるだけの核物資と、おおよそ半年で核兵器を完成させられるだけの技術もある。さらにはロケット技術も本気になって開発すればすぐにでも核ミサイルを配備できるだろう。

 朝鮮や中国、アメリカが恐れているのは日本の核武装決断であるから、日本にそうした口実を与えないために北朝鮮への圧力を強めている側面がある。ゆえに、日本国民が核武装の意思を持つ事や、政治家が核武装議論を提起することは、核兵器を所有していないのに、隠然たる抑止力となる。

 いまの日本が核兵器を開発した場合、一発あたりの生産コストが500億円と試算されている。しかし、世論や議論には一円のお金もかからないし、はるかに安全だ。それでいて技術大国日本であるが故に、抑止力を持ち得る。こんなに都合のいい話はない。さらに議論は、国民に自主国防体制について考えさせる絶好の機会となる。

 だから議論はもっと活発にさせるべきだ。そうした意味で麻生太郎外務大臣や、先の中川昭一自民党政調会長の提言は支持したい。ところが、この麻生大臣のせっかくの答弁を相殺するような愚にもつかない答弁をやらかした者がいる。

 f0018981_1374380.jpg それはよりにもよって我が国の国防を任されている久間章生防衛庁長官だ。麻生大臣の答弁に続いて、「一人が(核を)持つべきだという話をすると、国内では持とうという考えの人はほとんどいないにもかかわらず、そういう議論が沸き起こってきたかのようになる」と答え核武装議論に反対の姿勢を示した。

 国防の責任を負う防衛庁長官が自ら、日本のカードを放棄するとは余りにも愚かとしか言いようがない。あらゆる可能性を検討し、それに対する備えは余裕をもって用意しておくのが、防衛庁長官の務めではないのか。

 久間長官は核武装論者が「ほとんどいない」などと勝手に断言しているが、その答弁の根拠は一体何か。北朝鮮の核実験以降、新聞は核武装の是非に関する世論調査を行っていないし、ましてや内閣府も防衛庁もしていない。

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 この写真は、今月十四日に皇国史観研究会員ら有志学生達が新宿駅頭で実施した、核武装の是非を問う街頭シール投票の結果だ。この調査では核武装賛成派が30%いるし、他にもインターネットの投票で同様の数字が出されている。

 久間長官は何を根拠にして「ほとんどいない」といったのか、核武装に賛成する国民は一定数存在するのは明らかだ。いやしくも閣僚の責任にある者が、根拠も無いのに国会答弁するなど言語道断であり、さらにその答弁で自ら核武装のカードを放棄するなど許し難い。

 久間長官は過去に、あの「売国奴」と悪名高い加藤紘一議員と一緒になって「北朝鮮への経済制裁は効果がないからするな」と主張したり、暴力団との交際が発覚したり、不正献金や賄賂など、数々のスキャンダルが絶えない問題政治家である。

 このような、金正日やヤクザに喜ばれる者が、議員の椅子どころか、防衛庁長官の椅子に座っているのは百害あって一利なしである。一刻も早く更迭して、自由闊達に国防を論じられる空気を国会につくらなければならない。その議論こそが、日本にとってのカードとなるのだから。

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by shikisima594 | 2006-10-26 01:53 | 随想・雑記
『天皇—その論の変遷と皇室制度』
f0018981_132439.jpg 先月の親王殿下ご誕生に日本中が沸き立った。戦後、いわゆる「知的エリート」とされた人々、マスコミ人や学者らが、皇室に対して批判的でネガティブな言論を繰り広げてきたにも関わらず、皇室の御慶事には国民一同が大いに喜んできた。

 ここにこそ、GHQやリベラル左派が突き崩す事の出来なかった、日本精神の源があるのだろう。それはつまり、皇室と国民が一体となった国体に他ならない。この『天皇—その論の変遷と皇室制度』(展転社)は、その皇室をめぐる言論の変遷を俯瞰して解説した本で、戦後の人々に植え付けられた、誤った天皇観を払拭する好書だ。

 著者は皇室や大東亜戦争、東京裁判等に関して、盛んに言論を展開して戦ってこられた國學院大学の大原康男教授だ。昭和天皇がご不例で、国民がこぞってその容態を案じていた昭和六十三年十一月に出版されており、大原教授もまだ四十代なかばの若い頃で、左翼を批判する文章に勢いがある。

 日本国憲法に定められた「政教分離」を掲げて、神道を貶めようとする輩に対しては、國學院大学の本領発揮とばかりに論旨鋭く反論されている。すでに二十年近く前の本と言えども、そこで展開されている議論は、いまだに反日勢力が総理の靖国神社参拝を提訴したりする狂気の現状からして色褪せていない。

  本書は題名の通り、天皇論の変遷をたどった本で、ところどころで歴史上の人物の天皇観を紹介している。古くは『神皇正統記』を著した北畠親房から、新しいところでは出版当時、『ミカドの肖像』という大著を出して話題になっていた猪瀬直樹まで紹介している。その一部を少し引用する。

「あの日蓮も『日本国ノ王トナル人ハ、天照大神ノ御魂ノ入リ代ラセ給フ王也』と述べている。また、豊臣秀吉が明の使臣に与えた信書には『夫(それ)日本者(は)神国也。神即天皇天皇即神也。全無(レ点)別』との文言がある。」(44頁、引用文中の括弧は引用者が付した。)

 様々な天皇観が示される中でも、とりわけ日蓮や豊臣秀吉までもがこのような天皇観を持ったいた事は非常に興味深いことだ。ただ、本書は「天皇論」の根源的あらましは、古の人々が天皇に対し奉り深い畏敬の念を抱いていたと簡潔にまとめ、論の主題は大東亜戦争後の天皇論にしぼっている。

 「天皇論・100冊」と題して、天皇を論じた本を寸評と共に紹介している。有名な本や、マイナーでも中身がある本を取り上げていて、非常に参考になるが、惜しむらくは、これらの本が全て戦後に出版された本であることだ。つまり、戦後の天皇論に限定されているのだ。

 大原教授ならば、明治以降から戦前に至るまでの天皇論の変遷をもう少し詳細に書けたのではないかと残念に思ってしまう。しかし、肯定も否定も含めて、天皇論が最も活発に論じられて意見が戦わされたのは戦後に他ならないから、戦後の天皇論をたどるだけでも重要だろう。

 また、大原教授がこの本で主力を注いでいたのは、先帝陛下が昭和二十一年に出された、いわゆる「人間宣言」と呼ばれる「新日本建設に関する詔書」の研究である。この詔書がどうして出されたか、その背景にあったGHQの天皇観、なぜ「人間宣言」と呼ばれるようになったかを詳細に書いている。

 特に明治以降に出された詔書と比較研究し、本来、皇室では元旦に大切な祭祀があるため、その時に詔書を出されない事から、この詔書がGHQによるものと論証されているのは大変勉強になった。思えば、戦後の天皇論はこの「人間宣言」なるものを下敷きにしている。

 そうした意味で、この「人間宣言」とは何かを知り、日本における天皇とはいかなる御存在であるのかを考える上で本書は絶好の読み物である。

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by shikisima594 | 2006-10-25 16:35 | 読書録
大東亜戦争戦歿全学徒慰霊祭に参列
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昭和十八年十月二十一日に明治神宮外苑の陸上競技場での学徒出陣壮行会が開かれ、雨の中を行進した。大東亜戦争の戦局が悪化し、文系大学生の徴兵猶予が解かれ、多くの学徒が国の護りのため出征することとなった。

 この学徒出陣壮行会が開催されてから、六十三年目の十月二十一日。靖国神社の靖国会館で首都圏学生文化会議が主催する「大東亜戦争戦歿全学徒慰霊祭」がしめやかに催行され、皇国史観研究会員も手伝いとして参列させていただいた。約五十名ほどの方が参加された。(写真は慰霊祭終了後に遊就館前で撮影)

  同じ大学生として彼ら学徒兵が、祖国と後世に託した思いを受け継ぎ、彼らの御霊を慰霊するために、昭和五十九年から、この出陣学徒慰霊祭が開催されており、今年で二十三回目となる。第一部は、まず国歌斉唱にひきつづき、主催者の代表が開会の辞を述べ、次いで有志学生が意見表明し、戦歿学徒の精神を次の世代に継承していくことを誓った。

 そして、日本政策研究センター主任研究員の岡田幹彦氏が「我々に託された特攻精神とは」と題して記念講演をされた。特攻と言えば空の「神風特攻隊」が思い浮かぶが、岡田氏は海の特攻である「回天」と、それを発案した若い将校の愛国の熱意と、回天に乗って出撃していった青年達について話された。

 第二部は、場所を本殿に移して、昇殿参拝し、慰霊祭をとりおこなった。戦歿学徒慰霊祭では毎年『出陣賦』という歌を皆で奉唱する。この『出陣賦』とは昭和十八年に出征する事となった東京帝国大学(現在の東京大学)の法学部学生自治会が出陣の歌として募り、つくられたものだ。

 学徒出陣について製作された歌が他にないわけではないが、この『出陣賦』は学生自らが、出陣に臨んでの決意を歌い、広く学徒兵の間にも歌われたというから、当時の学徒兵の心情をよく表しているのではないだろうか。軍歌・戦時歌謡のCDにも収録されていないし、ネット上でも歌詞を掲載している所がないので、少し長くなるが全歌詞を掲載する。


出陣賦
大木彬彦 作詞
川添萬夫 作曲

一、
はろばろと青き空なり 厳しくもさやけき朝や
我等蹶(た)つ醜(しこ)の御楯(みたて)と 大君の任(まけ)のまにまに
眉あげて今ぞ征(ゆ)かむ

二、
さばへなす仇共討つと 風凍る北の島わに
天燃ゆる南の辺土(はて)に 愛(は)しけやし祖国をろがみ
同胞(はらから)は戦ひ死にき

三、
陸(くが)行かば山河(やまかわ)とよめ 海行ば潮とどろけ
海山のい尽くるまでに 夷らのまつろふまでに
撃ち撃ちて撃ちて止まむ

四、
御空(みそら)さす銀杏の並木 仰ぎみて学びし子等は
汝(な)が姿心に念(も)ひて 誇りかに生命(いのち)死にきと
伝へてよ八重の黒潮

五、
ああ我等究めし道は 一筋の真理(まこと)の精神(こころ)
戦ひの庭に出でては 荒魂の雄叫び猛く
征き征きてかへりみはせじ

六、
師よ父母よ心安かれ 男(を)の子われみことかしこみ
天翔り国土(くに)翔りつつ 七つ度(たび)生れ死にては
護らでや祖国の生命


 以上が『出陣賦』である。政府や軍部が強制してつくったものではなく、青年学徒達の中から自然と出来上がった歌であり、その中には彼らの祖国日本を命に代えてでも護ろうとする決意がはっきりと歌われている。こうした彼らが祖国日本と後世の我々に託した思いを受け継ぎ、微力ながらも日本を護っていこうと、戦歿学徒の英霊にお誓い申し上げた。

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by shikisima594 | 2006-10-24 01:52 | 活動報告