「ほっ」と。キャンペーン
<   2007年 05月 ( 28 )   > この月の画像一覧
キチガイを隔離せよ!
f0018981_20191769.jpg 「また、なんて乱暴なタイトルを…」と思われる方もいるだろう。「“キチガイ”は差別用語だ!」と憤る人もいるだろう。でもやはり、書かずにはいられない。先日、次のような報道があった。


 同じ公営住宅に住む60歳代の無職男性を中傷する紙を張ったとして、名誉棄損の疑いで逮捕された栃木県下都賀郡の無職の女(67)について、宇都宮地検栃木支部は29日、「犯行当時、心神喪失の状態にあり、責任能力がない」として、不起訴処分にした。(読売新聞)


 この事件の概要を調べて驚いたのは、なんとこの女、15年間にわたって、この男性に公然と嫌がらせを続けていたというのだ。この男性の苦しみは想像を絶するものだろう。しかし、この女は社会的制裁や処置を受けないのである。

 そうなれば、刑務所にも施設にも収容されず、また自宅に戻り、この男性に対して前にもまして嫌がらせを続けるのは明白である。いったい、この男性を誰が守り、この女を誰が裁くのか、あまりにもおかしな話である。

 思い返せば、以前に奈良県で「引っ越し、引っ越し!!」と大騒ぎして、隣人に嫌がらせを続け、テレビにも取り上げられた、あの騒音おばさん(写真)の場合は、明らかに精神障害があると思われたのに、それは裁判で認められず、「反省の態度が見られない」との理由から、懲役一年になった。

 ひょっとしたら、もうすぐ釈放か、すでに娑婆を歩いているかもしれない。よく考えてもみよ。「反省の態度が見られない」のに、懲役一年とはどういう事だ。未決勾留(判決がおりて刑が確定するまでの拘留期間)を差し引けば、実際の懲役など半年とちょっとぐらいだろう。

 この騒音おばさんも、再び大騒ぎをやって、隣人をはじめ近所の人々に多大な迷惑と危害を及ぼすのは目に見えている。なにしろ「反省の態度が見られない」のだから。しかし、それでも、こうしたキチガイはテレビの向こう側の存在とばかり思っていた。

 ところが、先日、知人と渋谷駅前にいたら、いきなり後ろから来た三十代ぐらいの男が、何事か喚きながら知人を思いきり蹴飛ばしてきた。自分はかなり驚いたが、その男の目つきが異様だった事から、すぐさまキチガイだとわかった。

 数人がかりでその男を取り押さえて、交番に連行して引き渡した。そいつはまだ意味不明の事を叫んでいた。警察に調べてもらったところ、覚醒剤中毒でもなく、正真正銘のキチガイであることがわかった。「どうなるんですか?」と自分が問うと、警察官は苦々しそうに「しばらく様子を見て釈放する」というような事を言っていた。

 なぜこのような事が起きるのかといえば、それは日本国の刑法第39条 に、「心神喪失者の行為は、罰しない。 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」と定められているからだ。判断能力と責任能力を有さない人間を罰しないのも一理あるかもしれない。

 しかし、そのような人間を野放しにしておくのは理に適わない。そのおかがでどれほどの、正常な人間が犠牲になることだろうか。通り魔事件や無差別殺傷事件も、その多くがキチガイによるものである。責任が取れず、物事の判断できない人間は隔離するのが一番である。

 そのためにも、刑法39条の改正と、キチガイを取り締まるための新たな法体系の整備が求められて行くべきであろう。

キチガイを隔離せよ!という方はクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-31 20:43 | 随想・雑記
警察による国民移動監視システム
f0018981_1128187.jpg


「オービス」と呼ばれる自動速度取締り機(写真1)が路上に設置されていて、速度超過の違反車両と運転手を自動的に撮影していることは、車を運転される方なら大体ご存知なのではないでしょうか。しかし、この他にも路上には、国民移動監視システムとして「Nシステム」という盗撮・監視カメラが数多く存在していることはあまり知られていないのが現状です。今回はこのNシステムについて少し考えてみたいと思います。

f0018981_11285917.jpg


「Nシステム」(写真2)とは「自動車ナンバー自動読取装置」の通称であり、その名のとおり通過する全て自動車を強力赤外線ストロボと高解像度デジタルカメラで撮影し、ナンバーを読み取り照会・保存するシステムです。このシステムは警察の刑事局の管轄であり、盗難車両や手配車両の発見に使用するとされています。

しかし、これまでの設置箇所や運用成果から見れば警備・公安にかなり利用されているのは明らかです。具体的には、成田空港、軍事施設、オウム教団施設、過激派拠点などの周辺から優先的に設置されたことや、オウムの車両に対する検問・職務質問に利用されたことなど、数多くの事実が指摘されています。また、肝心のNシステムの設置数増加に伴う盗難車両の検挙率向上も見られません。監視対象が監視対象だけに惑わされてしまいそうですが、思想や信仰の自由を保障された我が国において、警備公安による監視システムが全国各地にあるというだけでも大変な問題なのではないでしょうか。

さらに、Nシステムは1基1億円とも推定されるほど高額なシステムであるにもかかわらず、莫大な税金を投じ全国約1900箇所(セルスター工業製の最新レーダー探知機に基づく)にも及んで設置されています。ところが、設置箇所、運用基準、予算、機能など様々な情報について警察は公表しておらず実態がわからないのが現状です。これでは、警察による国民移動監視システムの是非を問う以前の問題です。

また、このシステムを運用している警察の体質も気になるところです。愛知や香川などのNシステムの情報流出、私的な理由から捜査情報照会、警察OBの経営する興信所へ情報を流すなどの不祥事が相次いでいます。

国民の莫大な税金を使い、国民の車と顔を盗撮しているのですから、警察には国民への説明責任があります。「捜査上の機密」「捜査上必要」などという理由付けがしばしばなされますが、Nシステムの価格や製造企業すら公表しないのは警察の奢りであり横暴といえます。

私達は通常に生活しているだけで「Nシステム」の他に、「Tシステム」「交差点監視カメラ」「繁華街監視カメラ」「ETC出口カメラ」などの無数のカメラに撮影されています。それらの設置目的や運営者を調べて見ると、思わぬ危険性が潜んでいるかもしれません。

生意気ネズミ

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-29 23:40 | 随想・雑記
文化国粋主義という考え方 〇二一
 ここに連載し説明している文化国粋主義とは、私のもつ社会的理想の仮称である。
 これまでに本論は総括され、二つの重要な補足も施した。遺すところは、既に最後の補足事項のみである。

 今回皆様には、国際社会の現状とその本質を認識するに当たって、我々の立場から提示できる、重大な疑問を提示したい。この説明には、疑問自体の達成と同時に、その重大性までを明らめる必要性を認める。

 これには、まず現状に関して共通の見解に立たなければならない。然るに、第一に考えられなくてはならないのは、次のような問題である。
 我々は民族を、普遍性ある、正統な人類の区分単位として扱ってきた。しかしながら、現実にこの理想は、現代世界にとってどれほどの力を持っているのだろうか。

 現状として、我々は、この意見が世界において大きな力を持っていることを確認することができる。あらゆる民族集団はその内部に、自己の純粋性について、それも、我々の考察してきた内容と大いに交わる分野において探求を進めている者がいる。時に彼の思想は、具体的な行使力をもつ。
 しかし、我々の理解においては、それらはほとんどの場合、彼らが抗している、より大きな力に対する反発でしかない。民族主義とは、結局現代においては、それを否定する秩序の体系に挑戦する破壊活動かでしかないと見られる。残念ながら多くの場合、民族はむしろ、民族を否定する巨大な国際体制に対して、反乱を企てる少数者としてしか認知されていず、大きな力というものは、結局その反抗の結果認知されるようになった、秩序を乱す何かとしての見方しか与えられていないのである。

 民族とは、意志の体系である。客観的には、物質的な存在は、意志の有無に継ぐ副次的な要因に過ぎない。近年、民族は存在しないという言説が強い発言力をもつ。それが、これまで横暴を続けてきた民族主義的な欧米の出した当面の結論なのだという。
 彼ら欧米人は、古代中世と一貫して、民族という意識を強く持ち出すことのなかった歴史的経験を持つ。だがそれを普遍的自称として取り上げるのには、自民族中心の歴史観への強い志向を感じるところである。しかも、そのマルチカルチュラルな主張を旨に、またもや世界中で、新たな民族主義の抑圧に乗り出そうと画策するのであるから、彼らの植民地主義の政策は、ここに佳境を迎えたものと考えずにはいられない。我々の立場には、それが世界中に民族主義の武力闘争を起させるための陰謀であるかのごとく映る節さえあるが、みなまで述べる必要はあるまい。

 我々の認識では、民族というものが現実に及ぼしている影響は大きい。それは本質的に意思を持った現象に他ならず、その実現を閉ざされた閉塞的な事情にあってさえ、潜在的にはその力を保持しているとみなさなければならない。
 それは、民族を限定しない。その実現を価値として捉える動きは、恒久的に絶たれることはないと断言しうる。なぜなら、現実として、死を超克する絶対性を持った何かが、文化的に独自な共同体にしか実現されないという認識が多くの人々にあるからである。つまり、よく価値の本源とでもいうべきものが、民族に投影されるのである。

 これは単にその結論に留まるものではない。ここには最初から、ある重要な可能性がはらまれる。
 死を超克する民族共同体は、その構成員各自の生よりも共同体全体の存続を望まれる。その行為がまさにその構成員の自発的な意志によるのだとすれば、民族とは彼ら個人よりも大きな価値を持つことになる。そうとなれば、彼らが、民族のために死をも厭わない傾向が強いということも、原因を推定することができよう。
 ゆえに、主体の民族が政治的な正統性を否定され、主体の独自文化によらない政治体制に正当性が認められる場合、そこは容易な死を産出するか、或いは空虚感によって生を無意味なものに貶める状況を形成する。さもなくば、日常の権威と世界的な権威との間に隔たりを持った地域の生産である。

 今日、世界的な経済問題のほとんどと言ってもいい部分は、実際このような点に起因すると見受けられる。その例なぞ枚挙に暇が無い。
 アフリカの多くの地域では、旧植民地による、民族の境界を無視した国境線が正統なものとして延命してしまった結果、世界的な承認を経た国家は、全て「国内の統合を阻害」されている。ほとんどの「国家」の公用語は、植民地政府の首都が置かれた地域以外のあらゆる地域には通じず、また政府職員はどの現地民ともつながりの無いほとんど宗主国側の人間と同じ民族と内外に認められ、結果住民と全く乖離した財団が腐敗の温床となり、海外の資金支援を懐に収めることに良心の呵責はないことが多い。彼らは世界には支持されているが、現地には承認されていないのだ。

 だが、経済を無視したところでさえ、我々は民族と国家が一致しないことに関して違和感を持っている。その対象とは、端的に言って侵略という行為に他ならない。
 今日までに先進国となった国々の多くは、歴史上まれに見る規模で侵略を行ってきた。ゆえに彼らの言語は世界言語となったし、彼らの信仰や思想も世界的に広く認められることとなった。これらは、常に他の犠牲のもとに行われてきたということは多くの識者の訴えるところである。
 植民という行為は、明らかに非道である。普遍的な概念において、他者の集団が所有する何かを奪うという行為自体、正統な何かではありえない。それを、彼らは文明を口実に数々の民族集団の領土を簒奪して来た。
 人間には、集団の良心がある。歴史の残る限り、先祖の行為は意識され、それは善行でなくとも強く意識されるのだから、そのような視点では、アメリカ人民やオーストラリア人民といった植民地の子孫には、歴史への満足は永遠にやってこない。
 それどころか、我々はここに現行の植民地国家の論理、ひいては世界の法体系を解除する糸口をつかむことができる。ある植民地国家は、その領土に、武力や経済圧力をもって実際編入された他の国家の、法体系を否定する根拠を永遠に持つことが無い。所有という抽象的な概念は、既存の法体系の正統性を破棄する解釈の可能性を組み入れないのである。
 換言して言えば、領土の侵略は当初から無効である。そうと認知されたとき、現行の植民地国家は、その正統性の欠如から、法的な正当性の一切が当初から無効であったという証明の条件が満たされる。
 すなわち、アラワク人のカリブ諸島における自治法の体系が正統であるから、そもそもその地がスペイン帝国の領地になったことは一度もなく、ひいては、現在の諸国家は、その地のスペインからの独立を認められないのである。現状がどうあれ、少なくとも理念としてはこれが正統である。

 もう一つ、重要な観点がある。
 そもそも、我々は征服者の構築してきた征服者中心の世界に住まわされてきた。彼らによる国家の現状は、明らかに彼らの民族が有利である。日本民族の国家が、この世に一つ存在する。これは、確率的には奇蹟に近いことである。世界には小さく見積もっても三〇〇〇もの民族がある中で、彼らの定義による国家は、二〇〇から四〇〇ほどしかない。一〇に一つの民族は、望むと望まないとに関わらず、他の民族を抑圧することによって、国家を持つことができる。その中にあって、西欧の先進諸国は明らかに複数の国家を持つ傾向が強い。土着の政治機構別離ではなく、植民地によってである。中南米のほとんどの国家は、スペインの権威者であったカスティーリャ人が権威を持っている。アラブ人も、侵略によって世界に影響力を行使してきた。それらは、例えば国際会議で共同路線を採りやすく、他の意見よりも大きくはたらく。

 また、もし遠い将来、この傾向がなくならなかったとして、人類は多くの民族を失うことになるだろう。それが、最終的に民族自体を喪失する未来人にとって、彼らの尊厳と価値の意識にどのように影響するのか、我々は想像することができるはずである。

 さてこれらの議論を受けて、我々の思考には、かかる疑問が運命的な正当性の下に立ちはだかる。
 すなわち、我々文化国粋主義者の理想は、現在の世界の権威秩序の基礎単位である、国民国家という機構と矛盾するか否か。果たして我々の追求するべき命題は、より端的な問題に突き詰められる。文化国粋主義は、果たして既存の国民国家とそれに基づくあらゆる権威体制を容認するべきであろうか。現代の国家という制度は、果たしてそれ以前から存在する民族という意志に取って代わるほどの包容力があるだろうか。

 その疑問に対して、我々の立場の回答も、正当性の下に予定されている。

 一五、本来の国際関係は族際関係であるという認識を持ち、

  人類が、民族と国家との一致を正統的な領土や倫理において行わなければならないという意思を持つのは、まさにその普遍性を証明できるところである。
 しかれば我々は、民族を無視し、抑圧するべく作られた近代国家の世界構造には明確な敵意を持ち、この解体と、正統な民族国家の連合社会の構築とを同時に志向する。我々は新たな制度を構築するのではない。正統なる秩序の再構築に勤める。民族の正統的価値を信じる者は、それを否定することに始まった植民地主義体制と、それに因る政治機関とその現実への癒着を断固として拒否する。

 文化国粋主義の理想は、正統なる民族自決が、人類に安定した秩序をもたらす普遍的な法であると考えなければならない。

 ムネカミ

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-28 02:36
「はしか」が今更、何故騒がれる?
 最近、首都圏の大学が次々と「はしか」の流行によって休講している。幸いな事に国士舘では、まだ休講になっていないが、今後どうなるかは分からないから、怖いものだ。
 そもそも、「はしか」とはどういう病気なのか?
 「麻疹(はしか)」とは、麻疹ウイルスの感染によって患う感染症で感染力が強力な病気である。過去には、感染者と空港のロビーですれ違っただけで感染してしまった例もあるそうだ。ただし、人間以外には伝染しないウイルスでもある。
 流行が起こるのは晩冬から春にかけてだが、2~3年の周期があるようだ。
 症状は、1~2週間の潜伏期間を経て、発熱・咳・鼻水・結膜炎を発症し、特に咳が強くなる。
更に2~4日目頃、熱は一時的に下がりかけますが、口の中にコプリック班という白い斑点が出る。
 その状態から半日が経つと、再び高熱が出て、発疹が出始めて初期の症状が更に酷くなるが、二度目の発熱は、4~5日で下がり、発疹も収まる。
また、麻疹ウイルスは免疫機能を司るT細胞に感染するため、下痢や中耳炎・肺炎・麻疹脳炎・亜急性硬化性全脳炎等の合併症を伴いやすく、それがこの病気をやっかいにしている。
「はしか」には有効な薬品は存在しないため、予防接種が重要になる。
日本ではMRワクチン(はしか・風疹の混合ワクチン)を平成18年から使用していて、再感染を防ぐために二度の接種が基本とされているが、義務にはされていない。
その理由は、平成元年に当時の厚生省が採用して、一度の接種を義務付けたMMRワクチン(はしか・おたふく風邪・風疹の混合ワクチン)である。
このワクチンのおたふく風邪ワクチンに欠陥があり、接種の義務付けられていた一歳児に高い割合で無菌性髄膜炎が生じ、4人が死亡、被害を認定された人数も1000人を超えた。
そのため、平成6年には予防接種法が改正され、義務ではなくなったのだ。
また、MMRワクチン程ではないが、MRワクチンでも何件か副作用が報告されており、その原因は判明していない。
兎に角、日本での予防接種は義務ではなくなったのだが、平成10年にはアラスカに訪れた日本人の子供を発端に流行が起き、日本は「はしかの輸出国」として非難されている。
依然と流行を続ける「はしか」だが、その理由はワクチン接種率の低さと指摘されるのは当然だと思う。
日本小児科学会予防接種担当理事の加藤達夫氏は、「MMRの影響でワクチン全体への不信感があるのかもしれない。しかし、接種で制圧可能な病気で死亡例が出ていることは問題だ」と平成14年に指摘しているが、その発言から5年が経つ今も「はしか」は流行し続けている。
これだけの間日本の医師たちは「はしか」と戦ってきたが、現状の法律では予防接種を受けるのは人々の意志である。
一度の予防接種で、免疫が必ずしも身に付く訳ではないという事はご存じだと思うが、この機会に皆さんも予防接種を受けてみたら如何だろうか?

洗国

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-27 00:34 | 随想・雑記
葦津珍彦「一、国民統合の象徴」を読む
 いつであったか、大学の友人から「葦津珍彦って誰?」と問われて少し驚いた事があった。よく分からないが授業で出てきたらしい。特に政治や思想を話題にしない友人であったからやや説明に困り「全国の神社を纏める神社本庁という組織を作った神道家であり思想家だよ」と答えておいた。
 思い返してみれば私も葦津先生ご自身の事はあまりよく知らない。私が知るのは殆どこの葦津珍彦『日本の君主制─天皇制の研究』葦津事務所 平成十七年からである。今回はこの中から「一、国民統合の象徴」(六項)を取り上げる。

 本論文は昭和三十六年に左翼雑誌『思想の科学』三十七年新年号に掲載されるはずであったが中央公論によって自主規制され、結局四月号に掲載されることになったものである。今ひとつ事件の経緯や背景がはっきりと分からなかったのでこの事は割愛させて頂く。


 まず「戦争と敗戦とを通じて、日本の天皇制は、その根づよい力を立証した。」(六項)と始まり、占領下圧倒的な軍事力・統制力を発揮したGHQですら破壊できなかった「天皇制」(天皇制という言葉は日共が天皇と国民の関係を、いくらでも変えられるひとつの対立的政治制度として捉える為に創造した悪意ある単語として理解しているが、ここでは引用上著者に合わせる事をお断りする)の確認をして、「次次に亡び去った君主国と日本国とでは、大きな事情の差があったにちがいない。」(七項)と推定する。

 大戦後国民投票で君主制から共和制に移行したイタリアと日本を比較し、君主国の中にも様々な具体的事情が存在する事、また、一方に「君主制から共和制に移行するのは世界的事象」と考える潮流がある事を挙げ、「日本とか英国の具体的事実を無視して、日本、英国などの具体的な国の運命を、抽象理論で予見しようとする浅はかさ」(十項)を戒めた。

 次にアメリカ・フランスの政治事情を歴史的に詳しく考察してその共和制の中に、常に選挙を勝ち抜いた戦闘的で野心的な強力なリーダーの出現の可能性、下手をすると君主制的な状態になる事を証明した。これを踏まえイギリスとアメリカ・フランスの政治事情を比較する。イギリス国王は政治的責任を負う必要が無いので「政敵のない英国王が、米国型の大統領制よりも、はるかに“国民統合”の役割を演ずるのに適していることは、いうまでもあるまい。」(十八項)と考えた。

 では日本の場合はどうであろうか。日本の天皇は英国に比べて遥かに非政治的で非権力的である、しかし「列国の君主の中でも、もっとも強力な社会的影響力をもっており、もっとも根強い国民意識に支えられている。」(二二項)とする。
 そして「問題を端的に具体的に考え」(同)る為日本が共和制になった場合を考える。葦津先生は日本に大統領が立つとしたら「おそらく岸信介か池田隼人であろう。」(同)と想定。思わず時代を感じてしまった。「これらの人物に対して、多数の国民が国の代表または象徴としての敬意を感じるだろうか。」と権威の天皇と選挙によって立てられた時の権力者との決定的な差を明らかにする。安倍首相のせいで死ぬものはあっても安倍首相の為に殉死するものは無い事は明白である。

「国民投票過半数の数千万の票を集め得たとすれば、岸でも池田でも天皇以上に尊敬したらいいではないか、それが進歩した共和的市民の心理である、といってみても国民の実感が承知しない。なぜだろうか。国民の間に、動かしがたい国体意識あるからである。」(二三項)

 葦津先生の言う国体意識とは何か。それは美濃部達吉博士が説くところの倫理主義的なものではなく、千差万別の国民が皇室に引き寄せられる複雑な「心理的な力」(二五項)にあるという。国体に関しては昔からその解明が試みられてきた。葦津先生はその中で国体の一面的・表面的(倫理主義・道徳主義からの説明)な解釈を否定し、国体の多層的な面(文化芸術を含めた皇室と国民の複雑な結び付き)を認めたのである。この様な考え方から「君主制から共和制へ」という時流がたとえ存在していたとしても葦津先生はいや日本の場合はそうはならないよと明快に否定出来るのである。
そして本論の最後にある「この地上から、トランプの四つの王が消え失せるとも、日本の天皇制は繁栄し続けるであろう。(二五項)」という葦津氏の確信が大変印象的である。

 「道徳的とか宗教的とか政治的とかいって割りきれるものではない(二五項)」この皇室への国民の意識が、現在まで国体を形成する有力な力となってきたと考えるのには賛成である。皇室と国民との関係を政治・経済・宗教の枠組みのみで捉えては国体の持つ柔軟性というものが見えてこない。政治や経済が変われば皇室と国民との関係も変わるとすぐ考えるのは誤りである。資本主義が天皇制の本質と思い込み、本来なら無用な蜂起と弾圧を繰り返した悲劇を我々は知っているではないか。里見岸雄先生が叫ぶが如く、「社会主義を克服せずして何の金甌無欠の国体か、いわく、社会主義を国体化せよ!」の柔軟で積極的な国体の解明が求められているのである。

 本論文には葦津先生の“国民の自然的な皇室敬慕の念への信頼と確信”が読み取れる。私もそれを信じたいが不安を感じずにはいられない。「天皇制?無くてもいいけどあっても良いや」という戦後から続いたサイレントマジョリティに似たこの空気はいつ崩れるやも知れない。現代の最前線を生きる我々はいたずらに“かつての志士達の無限の殉国の末に構築されてきた国体”に安易にもたれ掛かるのではなく、自覚を持って常に国体をつくりかためなさなくてはならない。

追記:今回は駆け足の様な粗野な作りになってしまった。次回からはより踏み込んだ内容にしたいと思う。

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-26 23:45 | 読書録
大楠公精神を継いでゆけ
f0018981_2195590.jpg


 大楠公とは楠木正成公のことであるが、その名を知る人は甚だ少なくなってしまった。歴史教科書では、わずかに「河内の国の悪党」と記述されるにとどまっている。残念な事だ。

 我が国の歴史を顧みたとき、神武天皇建国、大東亜戦争に比肩すべきまでに、歴史に大きな影響を与えた第一等の人物こそ大楠公であり、まさにサムライの鑑、日本人の誇るべき大英雄であると思う。

 御親政を目指された後醍醐天皇を、御助けし奉り、北条幕府専横、四面朝敵の時代にあって、敢然と蹶起し、孤軍奮闘、忠義に生命を捧げ切った武将が大楠公である。

 大楠公は後醍醐天皇より、どうすれば専制的な幕府を倒し、よい世がつくれるかと聞かれ、次のように奉答している。

「戦の習にて候へば、一旦の勝負をば、必ずしも御覧ぜらる可からず。正成一人、未だ生きてありと聞召され候はば、聖運遂に開かるべしと思食され候へ」

 後醍醐天皇を前にして、自分一人が生きていれば大丈夫だとの、この大自信と忠義の誠。これが大楠公だ。この後、大楠公は赤坂城で挙兵し、幕府軍を相手に持久戦で善戦するが、形勢が不利になると大楠公は雨の夜に城に火をつけて密かに脱出。幕府軍は大楠公が死んだと思い引き上げる。

 しかし翌年、大楠公は再び挙兵し、縦横無尽の奇抜なゲリラ戦術で幕府軍を翻弄した。こうした優れて新しい戦法は、後世に「楠木流兵学」として広く伝えられた程である。この大楠公の戦いに勇気づけられ、幕府打倒の動きは全国に広がり、元弘三年五月に鎌倉幕府は滅亡した。

 そして、天皇親政による平和な世が訪れたかに見えたが、足利高氏が反乱を起こし、九州から京に攻め上がった。大楠公はこれを京都に入れ、包囲して討とうとしたが、朝廷はこの案を拒み、迎え撃つように命じた。

 大楠公は戦のプロである。失敗すると知っていると。しかし一度命令が出たならば、それに従い兵庫に向かう。途中、桜井の駅で十一歳の息子正行に「父亡き後は必ず高氏の天下だ。その時、大義を忘れ、我家多年の忠節を失う様なことがあってはならない。汝をこの世に留め置くのは親子の情にほだされ、汝を不憫に思ってではない。唯々大君のために、滅賊のために汝を残すのだ」と語って、今生の別れを済ませた。

  吾子には 散れと教へて 己れ先づ
       嵐に向ふ 桜井の里

 大楠公と弟の正季は七百人の兵を率いて湊川へ。一方の足利高氏側は数十万とも言われた。まさに一身万軍に当るだ。これだけの戦力差でありながら、正成は六時間あまり戦ったが、ついに兵も約七十人になってしまった。民家に立て篭り最期を迎える際に、大楠公は正季に「生まれ変わったらどうしたい」と聞いた。

 正季が「七度生まれて、賊を滅ぼしたい」すなわち「七生滅賊」と答えたのを聞き、「自分も同じ考えである」と言って刺し違えて自決した。大楠公四十二歳。それが延元元年五月二十五日、まさに本日、五月二十五日とは大楠公が湊川に散られた日である。

 日本の歴史をふりかえると、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった華々しい英雄達がいるが、彼らはあくまでも自分と一族郎党のために、権謀術数をめぐらせた人間であり、私利私欲の実現に武士道の味付けをした人間に過ぎない。

 大楠公の偉大な所は、尊皇絶対の信念のもとに、何ものをも求める事なく、自らの生命と一族挙げて忠義の道に殉じて行ったところにある。のちに湊川に水戸光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」と刻まれた石碑を建てた。

 そこには西郷隆盛、吉田松陰といった幕末の維新者達が続々と参り、大楠公の精神を継承し、賊を滅ぼし、維新の戦いを貫徹することを誓願していったのである。そう考えると、大楠公の魂は「七生」のみならず、何度も何度も、何百人、何千人の肉体を借りて生まれ変わり続けているのである。

 そして、明治維新の原点とは、実に湊川に大楠公の肉体が滅した瞬間から生じたとも言えるのである。大楠公精神とはすなわち維新の精神である。我々もかくの如き大楠公精神をしっかりと魂に受け継いで行かねばならない。

タカユキ

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-25 02:23 | 随想・雑記
『たかられる大国、日本』
f0018981_0105577.gif 最近、『たかられる大国、日本』という本を読み、その内容が大変興味深いものだったので、その中でも興味深いと思ったもの、特に中国に関するものを簡単に紹介します。私は知識も教養も乏しい者ですので、この本を読み、度々米国や中共の手口に驚きました。

 タイトルからも御察知して頂けるかと思いますが、米国や中共政府が、日本を自在に操れる魔法の呪文「戦争責任」を唱えることなどにより、どれだけの財産をむしりとってきたのかを、その具体的な手段とともに書き記したものであります。

 日本が「戦争責任への謝罪」として払い続けた日本の対中ODAは、一九八〇~二〇〇〇年までの二十年間で約六兆円。この額は世界の先進国と比してみて、明らかに異常です。そしてこの多額のODAを彼らはどうやって使うのか、その一例を紹介します。

 まずは中国の発展の為にという名目で国営の超巨大空港を建設するのですが、その建設にあたり「戦争責任」を巧みに用いて日本からODA援助金を引き出し、そして空港完成後にそれを株式会社化、株を外資系企業などに売りさばくのです。

 この時に売り出された空港の株券はその殆どが元は日本のODAであり、株を売りさばいて得た資産が中共の懐に入った後、その行方はわからないのだそうです。そして、「戦争責任」を口実に引き出された金が、戦争被害者に支給されるのかというと、実際に支給された例は殆どないのだそうです。

 ちなみに、日本が中共政府に対し多額のODAを支払うことが始まる前後に、中国の軍事力は飛躍的に増強されはじめるのです。日本の対中ODAが中国で軍の増強に用いられている可能性は、限りなく高いでしょう。

 なお、日本のODA大綱には軍事、戦争目的として使用されるための援助はしないと明確に記されています。台湾への侵攻に用いることが出来る鉄道の建設等にも日本のODAが使われています。ですから、対中ODAは日本のODA大綱に違反した援助であると言えます。

 中国は非常に軍事というものを重視しています。かつて鄧小平はこんな国家政策を掲げました。 軍民結合 平戦結合 軍品優先 以民養軍 これを日本語に直すと、「軍と民の区別はない、平和と戦争の区別もない、軍事が全てに優先するのだ。要は、民は軍に仕えていればよいのだ。」となります。

 鄧小平はもう亡き人ですが、中国の現状を直視すれば彼が掲げた国家政策は今もなお生きていると断言できるでしょう。中国が軍事を何より重視している証拠に、「超限戦」という今中国軍部で注目を集めている論文の内容を紹介します。

 「超限戦」、それは判りやすく例えるなら、「禁断とされる戦争手段のすすめ」とでも言うべき内容の本であり、弱い国が強い国に戦いを挑むときは、何も国際法に則った手段を選ばなくてもよいという分かりやすい視点に立った論文です。

 具体的には、暗殺、爆弾テロ、麻薬、生物化学兵器、毒ガス、サイバーテロ、金融面での攪乱、メディアを通じた洗脳あるいは情報操作、更には環境破壊による公害といった方法を大いに用いるべきという内容が記されています。

 こんな論文、たった一人の行かれた人間が書いただけで、軍部で注目を浴びているからといって実際に国家がこんな人道をはずした方法をとるはずがないと思う方もいらっしゃるかと思いますが、今の中国では似たような発想から執筆された論文が次々に発表されており、危機を敏感に察知した米国では、「超限戦」をコピーしたものを重要な討議資料として国会で全員に配布し、議会は騒然となったのです。

現在中国では「超限戦」は試行の段階であり、すでに日本はサイバーテロによって経済面、情報面に打撃を受けているといいます。中国は正に今、我々の予想の及ばぬような手段で日本を陥れる準備をしているのかもしれないのです。

 こうした軍事最優先自己中心国家中国が、かつての日本における「富国強兵」や「帝国主義」の悪を世界に宣伝するのは、滑稽にも見えますが、そのなりふり構わぬ姿勢には脅威と腹立たしさを覚えます。

 日本政府は日本国民の生命や財産を脅かす可能性のある国家及び政府に対し、ODA云々理由とつけて、「我々を脅かす何か」を実行、増強、生産する可能性を孕む援助金を出資することを、一日本国民としてやめていただきたいと思います。

下馬坊

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-24 23:59 | 読書録
夢と魅惑の全体主義   井上章一
f0018981_0171264.jpg この本では、イタリアのファシズム、ドイツのナチズム、そして日本の戦時体制を比較しながら全体主義を考察していく。第二次世界大戦下の日本を同時期のファシズム国家と比較した議論は数多く行われてきたが、都市と建築に着目した比較というのは珍しい。

 かつて、ヒトラーはベルリンをナチスドイツの首都にふさわしい姿へ造り変えようと
していた。スターリンも建築には熱心で、スターリン・デコとよばれる様式まで生みだすに至っ
ている。ムソリーニ、ヒトラー、スターリンは壮麗な巨大建築と都市改造計画により、自らの
体制の力を誇示していた。

 しかし、彼ら独裁者はともに権力の簒奪者であり、統治者の正当性にはどうしても欠けるところがあった。その弱点を克服するために、独裁者は国民を扇動し、彼らの支持をとりつける必要があった。ファシズム国家における都市改造計画は、民衆の支持を得るための重要な装置でもあった。

 しかし、同時期の日本の都市建築には、そのような形跡はない。むしろ、意匠を凝らした建築は贅沢品として敵視され、鹿鳴館などの明治期の名建築も取り壊されてしまった。

 その代りに、東京の官庁街には、鉄鋼の節約のため木製の安っぽいバラックの庁舎が次々と建てられた。外見が安っぽいだけではない。火災にも弱く、一度の落雷で九棟の庁舎が全焼したことさえあった。

また、物資の節約のため、建設途中のまま六階建てのうち三階以上が鉄骨しかない状態で竣工した駅舎まであった。ヨーロッパの独裁者たちは、壮大な建築により自らの正当性を示し続けなければならなかった。

 一方、日本においては、そのような大がかりな建築は必要ではなかった。その理由は、日本では統治者としての天皇の正当性は、建築に訴えずとも揺らぐことがなかったからである。



 だが著者は、そのような見てくれを否定し禁欲精神の貫徹する社会も、ドイツやソ連とは目指す方向が異なるものの似たようなユートピア色があると主張し、それを「日本ファシズ
ム」と表現する。

 私は「見てくれを否定し禁欲精神の貫徹する社会」というのは、つまり、当時の日本の国力の限界を示しているのであって、戦前・戦中の日本に存在した「日本ファシズム」とは「戦時体制」以上のものではないと考える。

 確かに、戦時体制の日本は全体主義国家であっただろう。
だが、それは戦時下においては仕方のないことであって、日本をファシズムという枠組みでひとくくりにすることはできないはずである。

私は建築には全くの素人だが、このような視点から歴史を見ることも興味深い。

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-22 23:12 | 読書録
第49回靖国神社清掃奉仕に参加
f0018981_22401154.jpg


 先日五月二十日に有志のボランティアである、靖国神社清掃奉仕有志の会による靖国神社清掃奉仕が行われ、我々皇国史観研究会のメンバーも参加致しました。

 今回清掃に参加された方々は大体四、五十名程でした。我々の様な学生もいれば、ご年配の方、小さなお子さんを連れて参加されてる方など正に老若男女、さまざまな方がいらっしゃり、靖国神社は多くの方々によって支えられている事を強く感じました。

 清掃に入る前に昇殿参拝をしてから控え室で荷物を置き、持参した軍手をつけて、準備していただいた竹箒等を持ち、清掃をはじめました。

 当日は天気も良く初夏を思わせる陽気のなかでの作業となりました。英霊に対する感謝、尊崇の思いからの気持ちはもちろんの事、私事ながら国士舘受験の際に合格祈願をして合格へ力をお貸し下さったであろう、靖国神社への奉仕は非常に嬉しく又身の引き締まる思いでした。

 安倍総理の参拝などでマスコミが、半端な=悪質な情報を流す昨今ですが、我々も微力ながらでも戦って行こうではありませんか。

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-21 22:42 | 活動報告
親思うこころ
 会津若松で、十七歳の少年が母親を殺害するという、実にショッキングな事件が起きた。子による親殺しは何もこれが初めてではないが、今回の事件はその手口の内容が、ここで重ねて記すのも躊躇われるほど余りにも凄惨であった。

 およそ子供以前に、人間の行為ではなく、まさしく鬼畜の類いの所行である。この殺害に至る経緯と、この母親の人柄を自分は知る所ではないが、いかなる理由があれ、自分を産んでくれた母親をこのように殺すのは尋常ではない。

 そして、先日来、話題になっているが、「赤ちゃんポスト」をはじめたところ、父親と見られる男性が自分の三歳の子供を置いていく事件があった。「赤ちゃんポスト」は乳児を想定したいたため、こうした三歳の幼児は想定外であったという。

 この他にも、大阪では若い夫婦が、一才の子供をバイクの座席下に入れっぱなしに死なせると言う、にわかには信じ難い事件があった。その理由も、自分がパチンコをするという身勝手極まりないもので、まるで子供を荷物のように扱っている。しかも死んでしまった子供の死体を山に捨てるというのだから、この親など動物と同じである。

 このような親がいる限り、こうした親の子供たちは、“邪魔”になった我が子を「赤ちゃんポスト」に捨てて行くだろうし、「赤ちゃんポスト」がこうした倫理なき社会構造を助長することは明白であろう。まことに現代日本の親子関係は「修羅」とでも言うべき陰惨な様相を呈している。

 こうした親や子を動物と同じである、と言ったが、しかし、実際の動物を見ていただければ分かるが、哺乳類は肉食動物の牙から身を挺して我が子を守るし、凶暴に思われている爬虫類のワニなどは、群れに危険が迫ると、子ワニを口にくわえて安全なところにつれていくという。

 そして、魚の中には、危険が迫ると小魚たちを自分の体内にかくまって守る魚がいる。そう考えると、この大阪の親のように、我が子を虐待して殺す親は動物以下ではないか。子煩悩なワニのツメの垢でも煎じて飲ませるか、ワニに頭を噛まれて反省した方がいい。

 幕末の維新者、吉田松陰先生は、「凡そ生れて人たらば、宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし。蓋し人には五倫あり、而して君臣父子を最も大なりと為す。故に人の人たる所以は忠孝を本と為す。」と説かれたが、今や、人と禽獣の差違以前の次元を徘徊している人の形をした連中が子供を産んでいるのではないか。

 そして、明治天皇が示された教育勅語を拝すると、その一節に「父母に孝に」とのみ記されている。しかし、「親は子に云々すべし」とは書かれていない。それは同時に、親が子を慈しむのは、それ以前の当然のことであるから、「親が子に云々すべし」と記されていないのである。

 その親があたえてくれた、無償無限の慈しみに少しでも応えるのが、「孝」という概念であるが、本来それは子がいくら思って、行じても、親の与えてくれる慈しみを超えるものではないのである。

吉田松陰先生辞世
 親思ふ こころにまさる 親ごころ
        今日の訪れ 何ときくらん

 安政の大獄に連座した吉田松陰先生は、ついに刑場の露と消えられる事となったが、その時、まっさきに頭に浮かんだのは両親の顔であった。自分がいくら親を思う気持ちがあっても、その気持ちよりも遥かに強く自分の事を思っていてくれた両親。

 その両親よりも先に自分が死んでしまう。その不孝の無念さと、子を思う親心と、親を思う子の純粋な思いが見事に歌われている。我々日本人が親子の鏡として立ち帰るべき精神は、実にこういった精神ではなかろうか。

タカユキ

応援のクリックをお願いします
[PR]
by shikisima594 | 2007-05-20 23:33 | 随想・雑記