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法政大学の学生弾圧を批判する
 もう二ヶ月も前になってしまったが、今年の三月十四日のことだ。
 法政大学構内で大学当局が一方的に打ち出して来た、立て看板とビラ配りの規制に反対する学生達二十九人が、大学周辺でのデモを終えて構内に戻って来た所を、待ち構えていた公安刑事二百名に「威力業務妨害」「建造物侵入」で逮捕されたのだ。

 この事件については、フジテレビでも放送されたし、いろんな政治系・社会派系ブログが扱っているからご存知の方もいると思う。この逮捕された学生達というのは、革命的共産主義者同盟全国委員会マルクス主義学生同盟の学生達だ。早い話が中核派系全学連の学生達だ。

 あのヘルメット、タオル覆面にサングラスという出で立ちの集団だ。さて、彼らは逮捕されたあと、しばらく拘留されて取り調べを受けて釈放されて不起訴が確定したが、今度は法政大学当局が、当該学生達を「逮捕されたこと」を理由に自宅謹慎処分にし、五月十七日には法政大学文学部教授会で当該学生達に退学処分を下した。

 まず、断っておくが、僕はセクト化した左翼などポチホシュと同じくらい嫌いだ。人間性を喪失した共産主義論理をドグマとし、党派の論理でしか物事を観られない不幸で厄介な連中だと思っている。諸大学における連中の横暴さと、今までの学生運動華やかなりし頃の事件なども知っている。ただ、思想は違うにせよ志を持って声をあげていく彼らには、ある種よきライバルに対するような感情を持っていることは否定しない。

 しかし、それにしても今回の法政大学当局のやり方は許しがたい。思想や感情を超えて、同じ大学生として、同じ日本に生を受けた者としても看過できない。まず、威力業務妨害という罪状だが、これに関して警察は「大学当局が立て看板を撤去しようとしたのを中核派学生達が妨害した云々」と言っているが、そもそも当日は大学当局による立て看板撤去作業は行われていなかったようだ。故に威力業務妨害のしようがない。

 また、一番おかしいのは建造物侵入だ。逮捕された二十九人の中核派学生達のうち、五人は、れっきとした法政大学の現役学生なのだ。どうして白昼堂々と自分の大学に入っただけで逮捕されなければならないのか。こんな方法が罷り通るのなら、僕も明日から「建造物侵入で逮捕される可能性があるので登校しません」と言って家で寝ていたい。

 こういうと、「他の二十四人が他大学の学生や学外者だから問題があったんでしょう」と言う者がいる。では、スポーツの試合や、学術の交流会で大学に訪れる学外者を片っ端から逮捕するのだろうか。そんなことをしたら大変な事になる。僕も他大学への「侵入容疑」で逮捕されてしまうし、早稲田大学の早稲田祭など、膨大な逮捕者が出る。こうしたことから、いかにこの逮捕理由がバカバカしいかお分かり頂けただろう。

 しかも、先に書いた様に、この事件の模様はフジテレビが放送している。法政大学の説明では学生達とトラブルとなったので110番して警察がかけつけ逮捕してもらった、となっているが、逮捕した警察官達は皆私服の公安刑事であり、数も二百人だ。とても110番一発で来る陣容ではない。

 だとすると、大学と警察が、最近流行の“共謀”をして学生達に弾圧を行ったのだろう。だとするならば、その場にテレビ局が居合わせた事も説明がつく。いくら厄介な学生とはいえ、警察と組んで学生を司直の手に引き渡し、その挙句に、「逮捕」されたことを理由に退学処分にするとは法政大学もヒドい大学だ。

 三月にこの事件が発生したあと、保守派の仲間達にあって話をしてきたが、この事件の重要性を認識していないどころか、当然の処置と言う者や、単に喜んでいるだけの者が少なくなかった。そうした人々は大概、運動に携わる事もなく、大学や権力とぶつかる事もなく、口だけが勇ましい人たちだ。

 この法政大学の事件が一体何をもたらすのかを考えてほしい。ただでさえ無気力が充満し、社会から目を逸らした学生が増加し、個性・特色を喪失した状況が全国の大学に蔓延している。その中で自分の頭で国家を考えたり、社会を批判したりする学生が大学側から煙たがられ、消されて行けば、大学は実に味気なくつまらないところになる。

 そもそも、大学とはもっと自由かつアナーキーであってよいと思うし、大学の個性をもっと発揮出来るようになってほしいと願っている。それはずっとこのブログで言って来た事だ。今回の法政大学の学生弾圧は、大学の大学たる所以を消し去る“大学の自殺”である。法政大学は日本の大学史上消しがたい汚点を残してしまったのではないか。

 最後に、不遜かもしれないが、三島由紀夫烈士が、日本の先行きを憂えられて残された言葉を、“大学”に置き換えてみた。ご笑覧の上、大学とこれからの日本について共に考えていきたい。


「僕はこれからの大学に対して希望をつなぐことができない。
このまま行つたら『大学』はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。大学はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る事なかれ主義と営利主義の教育機関が日本の各地に残るのであらう。それでもいいと思っている人たちと、僕は口を聞く気にもなれなくなっているのである。」

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by shikisima594 | 2006-05-22 00:36 | 随想・雑記
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